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マグウェルと出会ったのは16年前。あの事件の日だ。
ロジェとルキウスが愛し合った狩り小屋で、ロジェはひとり目を覚ました。そこにルキウスはおらず、いくら待っても帰って来なかったのだ。
そしてそこに二度目の襲撃が来て、ロジェは一人で応戦した。辛くも回避できたが、重傷を負ってしまう。
そして逃げ惑って力尽きたところを、医者のマグウェルに拾われたのだ。
(____ 懐かしいな。マグウェルさん、最初は俺の事……性暴力の被害者と思ってたんだっけ……)
ロジェは裸に外套を巻きつけただけという姿で、行き倒れていた。狩り小屋では裸で過ごしていたし、急襲されて服を着る暇など無かったのだ。
ぼろぼろの身体に上着一つを身に纏い、おまけに下半身には行為の後がしっかりと残っている。そんな男が倒れていれば、当然性被害者だと思うだろう。
自室に戻ったロジェは、鍵をしっかりと掛けた。そして姿見の前に立ち、ファーのついた上着を脱ぐ。
襟足まで伸ばした髪をかき上げて、項を露わにする。そこにあったのは火傷のような痕だ。
項から右の肩甲骨まで伸びる傷痕は、未だに痛ましく引き攣れている。あの日、二度目の襲撃者と戦った時にできた傷だ。
この傷を、ルキウスにだけは見られたくなかった。だから着衣での行為を望んだのに、倒れたお陰で見られてしまったかもしれない。
この傷は通常のものとは違い、魔法攻撃で出来た『魔傷』というものだ。治りにくく、後遺症も残りやすい。
ロジェのこの傷も未だに痛むことがある。その度に、ルキウスがつけてくれた『印』を守れなかったという罪悪感に苛まれるのだ。
ロジェは項の傷痕をなぞって、どこに歯形が付いていたのか想像する。ルキウスの口の大きさなら、と指で辿ると、ぐっと涙が溢れそうになった。
(……ごめん、ごめんな、ルキウス……)
彼がどんな想いで項を噛んでくれたのか、今となっては分からない。しかし過去の彼の眼差しや、後になって分かったことで、ロジェは強く生きてこられた。
マグウェルに拾われたロジェは、その後生死の境をさまよった。
意識も浮いたり沈んだりを繰り返していたが、不思議とその時の記憶ははっきりと思い出せる。
+++++
『____ お前さん、もしかして……。おい、辛いだろうが……私の言葉を聞いてくれ』
うつ伏せになったまま魔傷の手当を受けていると、ロジェの視界に誰かが映り込む。
長くて尖った耳は横にピンと伸び、乳白色の髪はきっちりと後ろで纏められている。妖精族のマグウェルは、齢500歳を超える伝説的な医師らしい。
500歳と言えど見た目は青年で、死にかけていたロジェも初見は驚いたものだ。
拾われて数週間が経った頃だろうか、ロジェの意識がやっと定まりかけていた頃、マグウェルが驚愕の表情を浮かべて言ったのだ。
『――君は、ヒト族なのか?』
ロジェがこくりと小さく頷くと、マグウェルは更に目を見開いた。
虹色の宝石のような瞳が、くるりと色を変える。医師として予想外な事があると、こうなるらしい。
『では……君はオメガだったかい?』
首を横に振りたかったが、傷が痛んで顔を歪める。しかしマグウェルにはそれで通じたようだ。「やはり」と口に含むと黙り込んでしまった。
魔傷の手当をしていたルーナが、ロジェの背中を労わるように撫でる。
彼女はマグウェルの助手をしているヒト族の女性だ。吐き出す吐息が震えていて、まるでマグウェルの言葉を、ロジェより恐れている気がした。
『……うん。率直に言おう。……君は強制的にオメガにさせられた可能性が高い。そして恐らく番契約も結んでいる。……相手は魔族だ。覚えがあるかい?』
『……つ、がい……?』
第二の性の教育は幼い頃に一通り受けていた。しかしそれはおとぎ話の延長のようなもので、真剣に受け取ってはいなかったのだ。
番になるには、どんな行為が必要だったか。記憶を辿れば、思い当たる節ばかりだった。
『……こんな事が出来るのは、ほんの一握りの……いや、かなり限られてくるな。君の項に、強大な魔力の流れを感じる。ヒトには本来、魔力はない。……お陰で君は、もうヒトじゃなくなっているよ。半魔だ』
『……え……』
『信じられないよ、恐ろしい事だ。なんて所業だろう……! 君は同意したのかい? ヒトの子を強制的にオメガにし、半魔にしてまで手に入れるなど……私には狂気の沙汰にしか思えん。相手は誰だ? 恋人だよな?』
『……』
ロジェが頷かないのを見て、マグウェルは悲鳴のようなものを飲み込んだ。次いで眉間の辺りが真っ赤に染まっていく。
見かねたルーナがロジェから離れ、マグウェルへと駆け寄るのが見えた。
足が悪い彼女は、片足を引き摺りながら近付く。その様子を見て、マグウェルが更に怒りを露わにする。
『魔族というものは、これだから嫌いなのだ! 凶悪で残酷で身勝手で……数百年前からまるで変わらない! ルーナも分かっているだろう! 君のその足は、魔族のせいで……』
『マグウェル様! この子にはまだ酷な話です。まずはこの子の身体を治さないと……』
『しかしルーナ! この子はまだ、少年だぞ! ……あまりに鬼畜ではないか!』
『そうですが、ここは……気を落ち着けて下さい!』
二人の会話を聞きながら、ロジェは緩く目を瞬かせる。会話の内容は未だ頭に入ってこないが、どうやらロジェは未成年と思われているようだ。
ロジェとルキウスが愛し合った狩り小屋で、ロジェはひとり目を覚ました。そこにルキウスはおらず、いくら待っても帰って来なかったのだ。
そしてそこに二度目の襲撃が来て、ロジェは一人で応戦した。辛くも回避できたが、重傷を負ってしまう。
そして逃げ惑って力尽きたところを、医者のマグウェルに拾われたのだ。
(____ 懐かしいな。マグウェルさん、最初は俺の事……性暴力の被害者と思ってたんだっけ……)
ロジェは裸に外套を巻きつけただけという姿で、行き倒れていた。狩り小屋では裸で過ごしていたし、急襲されて服を着る暇など無かったのだ。
ぼろぼろの身体に上着一つを身に纏い、おまけに下半身には行為の後がしっかりと残っている。そんな男が倒れていれば、当然性被害者だと思うだろう。
自室に戻ったロジェは、鍵をしっかりと掛けた。そして姿見の前に立ち、ファーのついた上着を脱ぐ。
襟足まで伸ばした髪をかき上げて、項を露わにする。そこにあったのは火傷のような痕だ。
項から右の肩甲骨まで伸びる傷痕は、未だに痛ましく引き攣れている。あの日、二度目の襲撃者と戦った時にできた傷だ。
この傷を、ルキウスにだけは見られたくなかった。だから着衣での行為を望んだのに、倒れたお陰で見られてしまったかもしれない。
この傷は通常のものとは違い、魔法攻撃で出来た『魔傷』というものだ。治りにくく、後遺症も残りやすい。
ロジェのこの傷も未だに痛むことがある。その度に、ルキウスがつけてくれた『印』を守れなかったという罪悪感に苛まれるのだ。
ロジェは項の傷痕をなぞって、どこに歯形が付いていたのか想像する。ルキウスの口の大きさなら、と指で辿ると、ぐっと涙が溢れそうになった。
(……ごめん、ごめんな、ルキウス……)
彼がどんな想いで項を噛んでくれたのか、今となっては分からない。しかし過去の彼の眼差しや、後になって分かったことで、ロジェは強く生きてこられた。
マグウェルに拾われたロジェは、その後生死の境をさまよった。
意識も浮いたり沈んだりを繰り返していたが、不思議とその時の記憶ははっきりと思い出せる。
+++++
『____ お前さん、もしかして……。おい、辛いだろうが……私の言葉を聞いてくれ』
うつ伏せになったまま魔傷の手当を受けていると、ロジェの視界に誰かが映り込む。
長くて尖った耳は横にピンと伸び、乳白色の髪はきっちりと後ろで纏められている。妖精族のマグウェルは、齢500歳を超える伝説的な医師らしい。
500歳と言えど見た目は青年で、死にかけていたロジェも初見は驚いたものだ。
拾われて数週間が経った頃だろうか、ロジェの意識がやっと定まりかけていた頃、マグウェルが驚愕の表情を浮かべて言ったのだ。
『――君は、ヒト族なのか?』
ロジェがこくりと小さく頷くと、マグウェルは更に目を見開いた。
虹色の宝石のような瞳が、くるりと色を変える。医師として予想外な事があると、こうなるらしい。
『では……君はオメガだったかい?』
首を横に振りたかったが、傷が痛んで顔を歪める。しかしマグウェルにはそれで通じたようだ。「やはり」と口に含むと黙り込んでしまった。
魔傷の手当をしていたルーナが、ロジェの背中を労わるように撫でる。
彼女はマグウェルの助手をしているヒト族の女性だ。吐き出す吐息が震えていて、まるでマグウェルの言葉を、ロジェより恐れている気がした。
『……うん。率直に言おう。……君は強制的にオメガにさせられた可能性が高い。そして恐らく番契約も結んでいる。……相手は魔族だ。覚えがあるかい?』
『……つ、がい……?』
第二の性の教育は幼い頃に一通り受けていた。しかしそれはおとぎ話の延長のようなもので、真剣に受け取ってはいなかったのだ。
番になるには、どんな行為が必要だったか。記憶を辿れば、思い当たる節ばかりだった。
『……こんな事が出来るのは、ほんの一握りの……いや、かなり限られてくるな。君の項に、強大な魔力の流れを感じる。ヒトには本来、魔力はない。……お陰で君は、もうヒトじゃなくなっているよ。半魔だ』
『……え……』
『信じられないよ、恐ろしい事だ。なんて所業だろう……! 君は同意したのかい? ヒトの子を強制的にオメガにし、半魔にしてまで手に入れるなど……私には狂気の沙汰にしか思えん。相手は誰だ? 恋人だよな?』
『……』
ロジェが頷かないのを見て、マグウェルは悲鳴のようなものを飲み込んだ。次いで眉間の辺りが真っ赤に染まっていく。
見かねたルーナがロジェから離れ、マグウェルへと駆け寄るのが見えた。
足が悪い彼女は、片足を引き摺りながら近付く。その様子を見て、マグウェルが更に怒りを露わにする。
『魔族というものは、これだから嫌いなのだ! 凶悪で残酷で身勝手で……数百年前からまるで変わらない! ルーナも分かっているだろう! 君のその足は、魔族のせいで……』
『マグウェル様! この子にはまだ酷な話です。まずはこの子の身体を治さないと……』
『しかしルーナ! この子はまだ、少年だぞ! ……あまりに鬼畜ではないか!』
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