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今朝もシンは、朗らかな空気の流れる執務室で無邪気に微笑む。
「おはようございます、閣下。あ、ルキウス様」
「……いい加減慣れろ、馬鹿猫」
「はい、申し訳ありません」
「……」
眉を下げて、シンは本当に申し訳なさそうに微笑む。柔らかな髪が憂いと共に揺れて、彼の白磁の肌に影を落としてしまう。
違う。謝らせたい訳ではない。
しかし長い事錆び付いていたルキウスの心は、滑らかに動き出すことが出来ない。
シンに掛けるべき言葉も思いつかない。そしていつも黙り込んでしまう。
「ルキウス様、カーテンの色を変えても差支えないですか?」
「……好きにしろ」
「はい! 好きにします!」
先ほどとは一転、シンは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔が好ましいと感じたのは、いつからだったか。
シンの笑顔は、まるで子供のようだ。
可憐な笑顔を浮かべているつもりなのだろうが、そこには弾けんばかりの無邪気さが含まれている。
嬉しくて嬉しくて仕方がないといった笑顔を見ると、ぐっと胸が詰まることがある。
ルキウスはシンが倒れたあの日、彼の背中の傷を見た。
項から肩甲骨にかけて付いた傷は、明らかに魔法によって付けられた傷だ。熱によって赤く腫れあがった傷痕は、今でも後遺症に悩まされていることが窺い知れた。
そしてそれと同時に、シンが着衣での行為を望んだのは、この傷痕を見せたくなかったからだと気付いてしまったのだ。
(……俺に、傷痕を見せたくなかったのは何故だ。……何か意味があるのか?)
シンを抱き始めた頃のルキウスは、彼への情など一欠けらもなかった。
しかしあの時、もしもシンの傷痕を見ていれば、その後は呼び出すことも無かっただろう。魔傷に悩まされている者を、続けて抱き潰すほど冷酷ではない。
あえて傷痕を隠さないでおけば、ルキウスに執着される可能性を減らせたはずだ。それほどあの痕は痛ましい物だった。しかしシンはそうしなかったのだ。
頑なに隠し、そして露見したと分かっている今でも、その傷痕の話題には触れないでいる。
シンは何かを隠している。そんな気がしてならなかった。
「……シン。……お前、出向元に帰るのはいつだ?」
「来月です。それまで精一杯、役割を務めさせて頂きますね!」
「……そうか……」
ルキウスは手を伸ばし、シンの身体を抱き寄せた。彼の頭に鼻を付け、その香りをすぅっと吸い込む。
朝露に濡れる花のような香り。この香りも心底好ましい。
抱き寄せたシンの身体が、戸惑ったように揺れた。
「あ、あの……人前ではないですが……」
「人前じゃないと、お前を抱きしめられないのか?」
「いや、良いですけど……。良いんですけど……」
「良いけど、なんだ?」
ルキウスはシンの柔らかい髪を撫でて、小指でするりと耳朶を弾く。彼の身体が硬直するのを感じると、喉の奥からくつくつと声が漏れていく。
(……ああそうか。……幸せ、とはこの事か……)
長い間感じる事のなかった小さな小さな幸せを、ルキウスはぐっと噛み締めた。
*****
ザザドから渡されたルキウス宛の招待状を見て、ロジェは思わず苦笑いを零した。
まず手触りが違う。濃紺の封筒には白銀の装飾が施され、真ん中に公爵家の紋章が金色に輝いていた。
「これはすごい……大きな晩餐会なんですね」
届いた招待状は、ガイナス・フェルグス公爵から届いたものだ。彼は亡き王女から領地を引き継ぎ、その権力も衰えていない。
恐らく揃う顔ぶれも、王族を始めとした名だたる貴族が集まるだろう。
魔王族が勢揃いの晩餐会となると、相当迫力がありそうだ。
「豊作祭に合わせて行われる晩餐会です。ルキウス殿下は毎年、この晩餐会だけは参加されています」
「へぇ……」
ザザドの丁寧な説明にも、気の抜けた返事しか返せない。
魔族の晩餐会なんて、元人間のロジェにはまったく想像できないものだった。
半魔の晩餐会には参加したことがあるが、あの時はジョルノの侍従として付いて行っただけだ。半魔は穏やかな人が多く、人間の晩餐会と変わらないように思えた。
しかし魔族となると、そこも大きく変わってくるのだろう。
例のごとく執務机に足を放り出していたルキウスが、椅子を軋ませる。
「へぇ、じゃない。お前も行くんだ、華奢猫」
「へぇ……って、僕が⁉ なんで⁉」
「俺の寵愛を受けている者だろう。……自覚はいつ芽生えるんだ?」
「えぇ……」
露骨に嫌そうな表情を浮かべると、ルキウスの眉が跳ね上がった。
「何か問題でも?」
「……僕は半魔ですよ? 魔族の……それも力のある王族たちが集まる晩餐会なんて、あまりにも場違いではないですか?」
半魔、という身分が魔族らに受け入れられ始めたのは、たった数十年前のことだ。それ以前はヒト族と同じく虐げられており、未だに差別は根深い。
種族としての優劣はさることながら、魔族には長く続いた歴史がある。
半魔に国は無いし、常に魔族の下にぶら下がるしかない存在だ。晩餐会なんて参加できる身分ではない。
「おはようございます、閣下。あ、ルキウス様」
「……いい加減慣れろ、馬鹿猫」
「はい、申し訳ありません」
「……」
眉を下げて、シンは本当に申し訳なさそうに微笑む。柔らかな髪が憂いと共に揺れて、彼の白磁の肌に影を落としてしまう。
違う。謝らせたい訳ではない。
しかし長い事錆び付いていたルキウスの心は、滑らかに動き出すことが出来ない。
シンに掛けるべき言葉も思いつかない。そしていつも黙り込んでしまう。
「ルキウス様、カーテンの色を変えても差支えないですか?」
「……好きにしろ」
「はい! 好きにします!」
先ほどとは一転、シンは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔が好ましいと感じたのは、いつからだったか。
シンの笑顔は、まるで子供のようだ。
可憐な笑顔を浮かべているつもりなのだろうが、そこには弾けんばかりの無邪気さが含まれている。
嬉しくて嬉しくて仕方がないといった笑顔を見ると、ぐっと胸が詰まることがある。
ルキウスはシンが倒れたあの日、彼の背中の傷を見た。
項から肩甲骨にかけて付いた傷は、明らかに魔法によって付けられた傷だ。熱によって赤く腫れあがった傷痕は、今でも後遺症に悩まされていることが窺い知れた。
そしてそれと同時に、シンが着衣での行為を望んだのは、この傷痕を見せたくなかったからだと気付いてしまったのだ。
(……俺に、傷痕を見せたくなかったのは何故だ。……何か意味があるのか?)
シンを抱き始めた頃のルキウスは、彼への情など一欠けらもなかった。
しかしあの時、もしもシンの傷痕を見ていれば、その後は呼び出すことも無かっただろう。魔傷に悩まされている者を、続けて抱き潰すほど冷酷ではない。
あえて傷痕を隠さないでおけば、ルキウスに執着される可能性を減らせたはずだ。それほどあの痕は痛ましい物だった。しかしシンはそうしなかったのだ。
頑なに隠し、そして露見したと分かっている今でも、その傷痕の話題には触れないでいる。
シンは何かを隠している。そんな気がしてならなかった。
「……シン。……お前、出向元に帰るのはいつだ?」
「来月です。それまで精一杯、役割を務めさせて頂きますね!」
「……そうか……」
ルキウスは手を伸ばし、シンの身体を抱き寄せた。彼の頭に鼻を付け、その香りをすぅっと吸い込む。
朝露に濡れる花のような香り。この香りも心底好ましい。
抱き寄せたシンの身体が、戸惑ったように揺れた。
「あ、あの……人前ではないですが……」
「人前じゃないと、お前を抱きしめられないのか?」
「いや、良いですけど……。良いんですけど……」
「良いけど、なんだ?」
ルキウスはシンの柔らかい髪を撫でて、小指でするりと耳朶を弾く。彼の身体が硬直するのを感じると、喉の奥からくつくつと声が漏れていく。
(……ああそうか。……幸せ、とはこの事か……)
長い間感じる事のなかった小さな小さな幸せを、ルキウスはぐっと噛み締めた。
*****
ザザドから渡されたルキウス宛の招待状を見て、ロジェは思わず苦笑いを零した。
まず手触りが違う。濃紺の封筒には白銀の装飾が施され、真ん中に公爵家の紋章が金色に輝いていた。
「これはすごい……大きな晩餐会なんですね」
届いた招待状は、ガイナス・フェルグス公爵から届いたものだ。彼は亡き王女から領地を引き継ぎ、その権力も衰えていない。
恐らく揃う顔ぶれも、王族を始めとした名だたる貴族が集まるだろう。
魔王族が勢揃いの晩餐会となると、相当迫力がありそうだ。
「豊作祭に合わせて行われる晩餐会です。ルキウス殿下は毎年、この晩餐会だけは参加されています」
「へぇ……」
ザザドの丁寧な説明にも、気の抜けた返事しか返せない。
魔族の晩餐会なんて、元人間のロジェにはまったく想像できないものだった。
半魔の晩餐会には参加したことがあるが、あの時はジョルノの侍従として付いて行っただけだ。半魔は穏やかな人が多く、人間の晩餐会と変わらないように思えた。
しかし魔族となると、そこも大きく変わってくるのだろう。
例のごとく執務机に足を放り出していたルキウスが、椅子を軋ませる。
「へぇ、じゃない。お前も行くんだ、華奢猫」
「へぇ……って、僕が⁉ なんで⁉」
「俺の寵愛を受けている者だろう。……自覚はいつ芽生えるんだ?」
「えぇ……」
露骨に嫌そうな表情を浮かべると、ルキウスの眉が跳ね上がった。
「何か問題でも?」
「……僕は半魔ですよ? 魔族の……それも力のある王族たちが集まる晩餐会なんて、あまりにも場違いではないですか?」
半魔、という身分が魔族らに受け入れられ始めたのは、たった数十年前のことだ。それ以前はヒト族と同じく虐げられており、未だに差別は根深い。
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