番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 今朝もシンは、朗らかな空気の流れる執務室で無邪気に微笑む。

「おはようございます、閣下。あ、ルキウス様」
「……いい加減慣れろ、馬鹿猫」
「はい、申し訳ありません」
「……」

 眉を下げて、シンは本当に申し訳なさそうに微笑む。柔らかな髪が憂いと共に揺れて、彼の白磁の肌に影を落としてしまう。

 違う。謝らせたい訳ではない。
 しかし長い事錆び付いていたルキウスの心は、滑らかに動き出すことが出来ない。
 シンに掛けるべき言葉も思いつかない。そしていつも黙り込んでしまう。

「ルキウス様、カーテンの色を変えても差支えないですか?」
「……好きにしろ」
「はい! 好きにします!」

 先ほどとは一転、シンは満面の笑みを浮かべる。
 その笑顔が好ましいと感じたのは、いつからだったか。

 シンの笑顔は、まるで子供のようだ。
 可憐な笑顔を浮かべているつもりなのだろうが、そこには弾けんばかりの無邪気さが含まれている。
 嬉しくて嬉しくて仕方がないといった笑顔を見ると、ぐっと胸が詰まることがある。

 ルキウスはシンが倒れたあの日、彼の背中の傷を見た。

 項から肩甲骨にかけて付いた傷は、明らかに魔法によって付けられた傷だ。熱によって赤く腫れあがった傷痕は、今でも後遺症に悩まされていることが窺い知れた。
 そしてそれと同時に、シンが着衣での行為を望んだのは、この傷痕を見せたくなかったからだと気付いてしまったのだ。

(……俺に、傷痕を見せたくなかったのは何故だ。……何か意味があるのか?)

 シンを抱き始めた頃のルキウスは、彼への情など一欠けらもなかった。
 しかしあの時、もしもシンの傷痕を見ていれば、その後は呼び出すことも無かっただろう。魔傷に悩まされている者を、続けて抱き潰すほど冷酷ではない。

 あえて傷痕を隠さないでおけば、ルキウスに執着される可能性を減らせたはずだ。それほどあの痕は痛ましい物だった。しかしシンはそうしなかったのだ。
 頑なに隠し、そして露見したと分かっている今でも、その傷痕の話題には触れないでいる。
 シンは何かを隠している。そんな気がしてならなかった。

「……シン。……お前、出向元に帰るのはいつだ?」
「来月です。それまで精一杯、役割を務めさせて頂きますね!」
「……そうか……」

 ルキウスは手を伸ばし、シンの身体を抱き寄せた。彼の頭に鼻を付け、その香りをすぅっと吸い込む。
 朝露に濡れる花のような香り。この香りも心底好ましい。
 抱き寄せたシンの身体が、戸惑ったように揺れた。 

「あ、あの……人前ではないですが……」
「人前じゃないと、お前を抱きしめられないのか?」
「いや、良いですけど……。良いんですけど……」
「良いけど、なんだ?」

 ルキウスはシンの柔らかい髪を撫でて、小指でするりと耳朶を弾く。彼の身体が硬直するのを感じると、喉の奥からくつくつと声が漏れていく。

(……ああそうか。……幸せ、とはこの事か……)

 長い間感じる事のなかった小さな小さな幸せを、ルキウスはぐっと噛み締めた。



 *****

 ザザドから渡されたルキウス宛の招待状を見て、ロジェは思わず苦笑いを零した。
 まず手触りが違う。濃紺の封筒には白銀の装飾が施され、真ん中に公爵家の紋章が金色に輝いていた。

「これはすごい……大きな晩餐会なんですね」

 届いた招待状は、ガイナス・フェルグス公爵から届いたものだ。彼は亡き王女から領地を引き継ぎ、その権力も衰えていない。

 恐らく揃う顔ぶれも、王族を始めとした名だたる貴族が集まるだろう。
 魔王族が勢揃いの晩餐会となると、相当迫力がありそうだ。

「豊作祭に合わせて行われる晩餐会です。ルキウス殿下は毎年、この晩餐会だけは参加されています」
「へぇ……」

 ザザドの丁寧な説明にも、気の抜けた返事しか返せない。
 魔族の晩餐会なんて、元人間のロジェにはまったく想像できないものだった。

 半魔の晩餐会には参加したことがあるが、あの時はジョルノの侍従として付いて行っただけだ。半魔は穏やかな人が多く、人間の晩餐会と変わらないように思えた。
 しかし魔族となると、そこも大きく変わってくるのだろう。

 例のごとく執務机に足を放り出していたルキウスが、椅子を軋ませる。

「へぇ、じゃない。お前も行くんだ、華奢猫」
「へぇ……って、僕が⁉ なんで⁉」
「俺の寵愛を受けている者だろう。……自覚はいつ芽生えるんだ?」
「えぇ……」

 露骨に嫌そうな表情を浮かべると、ルキウスの眉が跳ね上がった。
 
「何か問題でも?」
「……僕は半魔ですよ? 魔族の……それも力のある王族たちが集まる晩餐会なんて、あまりにも場違いではないですか?」

 半魔、という身分が魔族らに受け入れられ始めたのは、たった数十年前のことだ。それ以前はヒト族と同じく虐げられており、未だに差別は根深い。

 種族としての優劣はさることながら、魔族には長く続いた歴史がある。
 半魔に国は無いし、常に魔族の下にぶら下がるしかない存在だ。晩餐会なんて参加できる身分ではない。
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