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おまけ話
それぞれの幸せ3 (クリストファーSide)
しおりを挟む「クリストファー」
「皇太子殿下」
「変わらず“兄上”と呼んでくれ」
兄上は、ご結婚されてから表情が少し柔らかくなった…。
「今、話せるか?」
兄上と一緒に、会場の1番奥にある警備の厳重な部屋へと向かう。
ここは控室や休憩室とは違い、宿泊できる充実した設備の整った部屋…当然、皇族専用となっている。
昔は、パーティーで気に入った令嬢を見つけると…この部屋へ連れ込んだりしていたとか。
「ユーリスの件だが…」
「あ、結局パーティーには来ていませんね」
2日前、ユーリスの婚約者である令嬢が駆け落ちをした。相手は、宮殿所属の護衛官だという。
「逃げた2人が…見つかった」
「そうですか!」
妃教育を受けている令嬢は帝国についての詳しい知識を持っているため、国外へ逃げたりすれば大問題になる。
「残念だが、婚約は破棄だ」
捜索の末に発見された2人は、安宿で情事の真っ最中だったらしい。
「ユーリスは…おそらく他国へ出すことになる」
ユーリス自身も、皇太子になれず、婚約者にも逃げられたとなれば…帝国に居辛いだろう。
新たな婚約者を選び妃教育を受けさせて…とするよりは、ユーリスが他国の王女の結婚相手となるほうが無駄がない。帝国皇子として役目も果たせる。
「まさか、こうなるとは…予想もしませんでしたね」
──────────
「公爵家はどうだ?」
「今のところ問題ありません。
半年間、タチアナがしっかりと頑張ってくれていましたので。彼女は領民とも交流して、信頼されていますからね。
宮殿に住まわせなかったことは正解だったと…私は思っています」
「後で反対意見が出たらしいな?」
「父上は“しきたりを破る”ことをよく思わないようでしたから、そこに乗っかる古株の貴族たちがいたんです。
あの人たちは、単にそれが決まりだという理由で何でも押し付けてくる…。
保養地でのタチアナの姿を見てしまったら、退屈な宮殿に閉じ込めることなど…私にはできませんでしたよ」
「…閉じ込める、か…」
皇太子である兄上は、数多の決まりに縛られ自由がない。兄上こそ…閉じ込められているお立場なのかもしれない。
「私とタチアナの関係はまだぎこちないですが、上手くやれたらいいなと思っています」
「クリストファーなら、自然と仲良くなれるさ」
「兄上たちも…仲良くなれましたか?」
「まぁ、そうだな。ナターリエとは、夫婦として同じ立場で、同じ志を持ち…同じ時間を共有していくのだと思う」
「夫婦として…ですか」
政略結婚であるのだから、兄上の話に何もおかしなところはない。
それでも、ついそう口から言葉が出てしまった。
「ん?夫婦というだけでは物足りなさそうだな」
「あ…いえ、先ずは夫婦として正しく互いの義務を果たすべきだとそう思っています。
ただ、タチアナにはそれ以上の気持ちを持って接していきたいというか…好きになってしまったので」
兄上が無言で目を丸くしている。
…これは、かなりビックリさせてしまったな。
「そう、か…ゆっくりと愛を育んでいけばいい。想う相手がすぐ側にいるというのは、とても幸せなことだから」
兄上は、レガリア伯爵夫人に想いを寄せている。
叶わぬ想いを一生隠していくと聞いてはいたが…やはり、それは変わっていないのだろう。
「はい。そうします」
兄上は、優しい目で私を見て…ポンと肩を軽く叩いた。
「クリストファーは、保養地で妻に恋をしたのか?」
「そうみたいです」
「私は、あの日…ナターリエを初めてちゃんと見た。
それまでは、見ているようで…見ていなかったことに気付いたよ」
「保養地での妃殿下は“笑顔を見せない令嬢”では…ありませんでしたよね」
『そうだな』と、保養地でのことを思い出したように兄上はどこか遠い目をした。
「ナターリエは私と似たような境遇で生きてきたと思う。厳しい教育に耐え、自制心が強く冷静。感情を表に出さず、常に周りの目と評価を気にして行動する。
そんな彼女が宮殿に閉じ込められたらどうなるのか…私が1番よく分かっていたはずなのに、結局…孤立させた。
たった1人の妃を守ってやれない者が国を治めるのか?と、あの時…私はそう問われたのだ」
「…兄上…」
「政略結婚でも、愛があってもなくても、互いに支え合っていくことが最も望ましいと思っていた。
私の掲げる理想と現実との差を埋めるためには、ナターリエと向き合うしかない。
そう分かっているのに、ずっと足踏みをして進もうとしない私の背中を…レガリア伯爵夫人が…強く押してくれた」
兄上は“夫婦として”妃殿下と心を通わせ合い、手を取り合って共に歩んでいくことを決めたのだと思った。
「ナターリエは優しい妃だ。いつも私の心に寄り添って支えてくれる。
彼女からのあたたかい気持ちを、私も大切にしている」
「兄上がお幸せならば…よかったです」
「あぁ。…実は…ナターリエが懐妊した」
今度は、私が目を丸くする番だった。
「本当ですか!それは、おめでとうございます!!」
「ありがとう。やっと体調が落ち着いてきたところだ」
「…ん?…ということは…え…と、兄上?」
「…あぁ…どうやら、初夜で授かったらしくてな…」
こんな…照れくさそうに話す兄上を見る日が来るとは。
「父上や母上は、さぞかしお喜びになったでしょう」
「うん…母上はナターリエの早い懐妊にかなり驚いていらした。しかし、父上は…笑顔で頷いただけだった…」
父上は、飛び上がって喜んだんじゃないのか?
『皇太子のうちに早く跡継ぎを作れ!』と、兄上に強く言っていたのに…。
「あれは…まるで、先に知っていたかのような…」
「そんなことあり得ないですよ」
「そうなのだが…いや、何となく…そう感じただけだ」
初夜で子を授かるなんてこと…あるんだな…。
私も“叔父さん”になるのか。
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