前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第1章

6 謎解き

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「わっ!…何っ…?!」


突然、右手がパアッと明るく光る。



─ カタンッ! ─



「ん?…開いた…?!」


眩しさに驚いて思わず手を離した引き出しが、ほんの少し前に飛び出していた。
引き出しの中身は、小さな道具らしき物体が二つ、綺麗なピカピカの丸い玉が一つ。


「機械と水晶玉?…あ、これが取説かな?」


道具の下に敷かれていたのは、細かな文字が書かれた白い紙と数枚の紙切れ。
レティシアは文字に目を通しながら…ふと、自分の右手を見る。


「…さっきの光は…?…開けゴマ、的なやつ?」


この世界に魔法はあっても、ルブラン王国で魔法を使えるのは極一部の人間だけだと、カミラが話していたことを思い出す。
レティシアが魔法を使えるとは聞いていない。秘密の引き出しには、きっと何かの装置が仕掛けられていたのだろう。


「大事なものを、ここに隠していたみたいね」




──────────




「レティシア様、お夕食をお持ちいたしました」

「ありがとう、カミラ」


カミラは、お粥と果物やデザートを盆に載せ、レティシアがベッドの上で食べられるようにテキパキとセッティングをする。

スプーンで粥をすくって口に含むと、ふわりと口当たりが柔らかく、ほんのり甘味がして…レティシアの顔がほころぶ。


(…あったかい…あぁ…私、本当に生きてるんだ…)


「レティシア様は三日も意識がお戻りになりませんでした。胃に優しいものから、少しずつお食事を増やしてまいりましょう」

「…三日…」

「旦那様や奥様が、大変ご心配なさっておいででした。ジュリオン様は、毎晩遅くまでお側についておられましたよ」

「………そう…」


転落事故の騒ぎで心配をしただろうと想像はできるし、気の毒であると思う。
そう思うのに…今のレティシアには、悲しいくらい家族に対して何の想いも湧いて来ない。一切の記憶がないからか、感情がどこかで途切れてしまっているようだった。

自分は“レティシア”という殻を被った別の人格なのだと、否応なしに理解をする。


(私は、レティシアとして…ずっとこの世界で生きて行ける?)


今の状況を正しく説明できるか、理解して貰えるかは分からない。それでも、一度ちゃんと話をすべきだと強く思った。


「ねぇ…カミラ、お願いがあるの」




──────────




「…レティシア…起きていて平気なのか?」

「お陰様で、最初よりも随分とよくなりました。ありがとうございます」


『侯爵様と話がしたい』とカミラに頼むと、知らせを受けたトラス侯爵はすぐに部屋までやって来た。

レティシアの格好は怪我をした病人のようでも…ベッドで寝たまま話をするわけにはいかないため、丸みのあるデザインと猫足が特徴的な洒落たソファーセットに向かい合わせで腰掛ける。


「あなたが、クロード・トラス侯爵様…ですね」

「………父である私を…そんな風に呼ぶのか…?」

「…………」

「…あぁ…少し驚いただけだ…悪かった」


娘の前で酷く落ち込む父親の姿を目の当たりにしたレティシアは、俯いて一度ギュッと目を瞑った。


(ごめんなさい…今から、本当のことをお伝えします)


「トラス侯爵様、私は…医師の言っていた“一時的な記憶喪失”などではありません。
ご家族を悲しませることになって心苦しいのですが…失った記憶を取り戻せる状態ではないと…ご理解いただきたくて」

「つまり、私たち家族のことを…永遠に思い出さないと?」

「思い出せないんです。元から…私の記憶にはないので…」

「…………」

「申し訳ありません」

「…だが、結局…記憶喪失に変わりはない。違うとはっきり言い切る根拠は一体何なのだ…?」

「…根拠?…それは…」


(私が、有栖川瑠璃だからです)


「その様子では、なぜバルコニーから落ちたのかは分からないのだろう…なぜだ…どうしてレティシアは…」


トラス侯爵は答えを求めて『なぜ?』と…何度も繰り返した後、ガックリと項垂れて髪を両手でグシャグシャと掻き乱した。
その苦悩する姿を、レティシアはただ黙って見ていることしかできない。


「侯爵様は、なぜか?…を、知りたいですか?」

「…っ…当たり前だ…!」


ガバッと顔を上げたトラス侯爵の…その言葉を聞くが早いか、レティシアは引き出しの中に入っていた道具と丸い玉をテーブルの上に置いた。


「これが、謎を解く鍵になるかと思います」

「…魔導具と…特殊な魔法石…?こんな高価なものを、どうやって…何のために手に入れた…?!」


数多の商品取引を行う輸入業者の本領発揮というべきか…トラス侯爵は、一目見て道具と丸い玉が何かを見極める。
いきなり飛び出した珍しい品を凝視しながら、レティシアに理由を問う。


「分かりません。…が、百聞は一見にしかず…」


“魔法石”といわれた丸い玉にレティシアがそっと手を当てると、ホログラムのように映像が浮かび上がった。



    ♢ 



「…フィリックス殿下…?」


映像は、主にフィリックスの堕落した学園生活を撮ったものだった。要は、魔導具を使って撮影し…魔法石に記録を残していたのである。

レティシアの悪口を吹聴し、授業をサボって昼寝をする様子や女子生徒と校舎裏で口付けを交わす姿、学園内に掲示される成績順位表などが次々と映し出されていく。


「…殿下は…こんなお方だったのか…?!」


そう呟くトラス侯爵は全身がブルブルと震え、顔面蒼白の状態。


「見る限り、とんでもない婚約者のようですね。そして…これが一番お見せしたい最後の映像です」

「最後?」



─ お前とは婚約破棄だ!私はアンナを婚約者にする!! ─



アンナの腰を引き寄せたフィリックスが、一方的に激しくがなり立てている。



─ これだけ証拠があればもういいわ…にします ─



か細い声が聞こえた後、映像はそこでブツッと途切れた。



「…婚約破棄?!」

「撮影日付は、バルコニーから落ちた日…そして、これは…隠してあった薬包紙と思われるものです」


引き出しに入っていた数枚の紙切れをレティシアが差し出すと、トラス侯爵は目を見開いて“まさか”という表情をする。


「…薬?…では…あの日、薬を飲んで…」


紙切れは一枚ではない。
つまり、何かしらの薬を…過剰摂取したのだろうとレティシアは考えていた。


「はい…おそらくは、薬の影響で転落事故が起きたのだと思います。生死の境を彷徨った結果として…この身体だけが残ったのではないでしょうか…?」

「…か…身体だけ…?」

「私は、そう感じています」

「…レティシアの…魂が…ない…ということか…そんな…」


ここで、トラス侯爵は新たに湧き上がった疑問を口にする。
 

「………ならば、君は……誰なんだ?」

「私は“有栖川ありすがわ瑠璃るり”。レティシアの…多分、前世の人間です」






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