前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第1章

9 婚約破棄3

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「…っ…離して!…ねぇ!!フィリックス様ったら!!」


廊下に響きわたっていたアンナの叫び声がどんどん遠ざかって聞こえなくなり、ようやく応接室に静寂が戻る。


「何と下品で騒がしい、あれが貴族令嬢だとはな。…フィリックス、お前はそこで立ったまま黙って話を聞いていろ」

「………はい…父上…」


アンナを排除したところで、父である国王の不興を買ったフィリックスの立ち位置は変わらず、王子としての面目は丸潰れ。
フィリックスは握った両拳を小刻みにブルブルと震わせ、苛立ちを抑え切れない。


「さて、レティシア嬢。侯爵から簡単に事情は聞いている…少し、私と話せるかな?…護衛官は、皆外に出て待機しておくように」


国王は人払いをすると、ソファーに座ってレティシアを手招く。

応接室の奥、テラス側に置かれたテーブルセットに姿勢よく静かに座るレティシアは、フィリックスとアンナの騒動に我関せずと気に留める素振りもなかった。
国王の目には、以前と何ら変わりない『人形』と呼ばれる美しい侯爵令嬢に見える。


「国王陛下、


レティシアは、少しドレスを引きずりながら国王の下へ歩み寄ると、両手を揃えて背筋を真っ直ぐに伸ばし、ゆっくり丁寧なお辞儀をした。

その姿に、国王とトラス侯爵、フィリックスまで…ハッと息を呑む。
レティシアが淑女の挨拶“カーテシー”をしないという事実に、全員が衝撃を受けていた。トラス侯爵など、口を半開きにして固まっている。


(…え?何?…私、そんなにおかしい…?)


貴族がする優雅な挨拶など知らないレティシアは、しっかりと深く頭を下げたつもり。まさか、ここまでお辞儀が受け入れられないとは…思ってもみなかった。
どうやら、自分の行動は貴族令嬢として大きく礼儀から外れてしまったのだと、レティシアはこの場の空気を読んだ。


「私は、貴族制度の存在しない国で育っております。多少の無礼は…国王陛下の寛大なお心でお許しいただけますでしょうか?」


今のレティシアの話し方や立ち居振る舞いは、貴族のそれではなかったが…最低限の礼儀を弁えていることは国王にも見て取れた。


「…いいだろう…」

「ありがとうございます」


許しを得て柔らかく微笑むレティシアは、光り輝く女神のよう。
その表情は『人形』ではない。以前と同じ容姿と声であるのに、言動が異なる目の前の存在に驚きつつも、国王は平静を保つ。


「レティシア嬢、さぁ…こちらへ座りなさい」

「はい。ありがとうございま…す……あ、あれ?」


膨らんだドレスで身動きが取りにくく、レティシアは低いソファーに上手く座れず焦る。
ここへ来るまでは介添えしてくれる女性が側についていたが、重いドレスの扱いや脚さばきが初心者には非常に難しく、レティシアは心底困っていた。 

見兼ねて国王やトラス侯爵が手を貸す…という事態に。


「こ、国王陛下…侯爵様、本当に申し訳ありません。ドレスなんて、私は生まれて初めて着たもので…」


やっと座れて安堵したレティシアは、ポッと頬をピンク色に染めて恥ずかしそうに身を縮める。


「ぅん…侯爵、何も覚えていないと言っていた話は本当だな」

「信じていただけたようで、何よりです」




──────────




「正確には、現世を生きていたレティシアがいなくなったことで、17年間がスッポリと抜けてしまっている感じでしょうか」

「…ふむ…」

「一番戸惑っているのは私です。今、この身体には前世の記憶しかないのですから」

「つまり、我々の知るレティシア嬢は消滅絶命した…ということか?」

「……えぇ、残念ながら…仰る通りですわ」

「バルコニーから転落したそうだな、何があったのだ?」


レティシアは隣に座るトラス侯爵と目を合わせ、軽く頷くと…応接室の隅に立つフィリックスを手のひらで指し示す。


「国王陛下、あちらの婚約者が原因となって…起こった出来事なのです」 



    ♢



「…は?!…何だと!ふざけるな!!」


すでに感情が昂って爆発寸前の状態で立っていたフィリックスは、突如話の矛先が自分に向いたことで感情を一気に噴出させる。


「レティシア!!お前、いい加減にしろよ!
記憶がないとか言って下手な演技をするな!!…父上に、そんなデタラメが通用すると思っているのか?!ただじゃおか…」

「黙らんかっ!!!フィリックス!!!!」


ビリビリッ…と、室内に国王の怒号が響く。


「発言を許していないぞ。お前も…あの下品で騒がしい令嬢と変わらんな。どれだけ私を失望させれば気が済むのだ?」

「…ヒィィッ…ち、父上ぇ…」


国王から冷ややかな目で睨まれ、怒鳴られた経験など生まれて初めてのフィリックスは怯えて腰が抜け、ヘナヘナとその場に座り込んだ。


「愚息が騒々しくてすまぬ。だが、フィリックスが原因というのは聞き捨てならん。理由もなくそう言っているわけではなかろう?」

「勿論です、国王陛下」


両手を胸に当て、ほんの少し頭を下げるレティシアは、国王の大声にも大した反応を見せず…何事もなかったかのように堂々と話を続ける。
この後どうなるのかを想像して、若干顔色を悪くしていたのはトラス侯爵のほうだった。


「お時間はございますか?…できれば…国王陛下には全ての映像をご覧いただきたいのですが?」

「映像だと?」

「はい」


(国王陛下がさらに失望する…御子息の映像です)




──────────




「…何だ…これは…?」


国王がそう呟いたのは、フィリックスとアンナが半裸状態でイケない行為をしている…やや生々しい場面。
映像の後半になると、女性との絡みが濃厚になってくる。


「学園内の空き教室で、アンナの純潔を奪わない程度に睦み合って…興奮して喘いでいるところですね。因みに、授業はサボっているみたいです」


説明した途端、国王とトラス侯爵は…バッ!と、同時にレティシアの顔を見た。


「あ…お気遣いなさらないでください。前世の私は、今の見た目と違ってそれなりの年齢ですから」



    ♢



じっくりと楽しんだ後、フィリックスは時間を気にしてさっさと教室を出ていく。映像の中に残ったのは、アンナ一人。


『この身体を使えば…エロ王子はイチコロ、簡単よねぇ』


乱れた服を手早く直すと、軽い足取りで教室を後にする。



    ♢




(バカ王子か…エロ王子か…甲乙つけ難くて迷うわね?)








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