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ルブラン王国
37 大公殿下2
しおりを挟む「殿下、なぜこのような…一体どうされたのです?」
アシュリーの着替えを手伝い、上着を羽織らせたゴードンは不思議そうに問いかける。
“シリウス伯爵”ではなく“ルデイア大公”の姿で外出先から戻って来た主人を見て、従者全員が驚いていた。
レックス・アシュリー・ルデイア大公は、黄金色の瞳と黒髪を持つアルティア王国王族の一人。
当然その魔力量は多く、優れた能力の持ち主。
アシュリーの変身魔法は、そう簡単に解けたりしない。
過去にはなかった事態に、何があったのかと…年長者のゴードンは気になって仕方がない様子。
身体のサイズにピタリと合う服を身に着け、アシュリーは少しホッとした表情でソファーに浅く腰を掛けた。
「レティシアが…馬車の中で泣いたんだ」
「お二人の間で何か諍いでも?」
従者たちは、アシュリーとゴードンの会話を静かに見守っている。
「いや、私を傷つけて申し訳ないと謝って…泣いていた」
「…傷つけたというのは、殿下の“唯一の女性”ではないと否定したことを言っているのでしょうね…」
従者たちが、ウンウンと頷く。
レティシアは、前世の記憶とそれに釣り合わない現世の身体で、未知の世界を懸命に生きている。
困難な境遇でありながら、アシュリーを気遣い心を痛めていたと聞いて、ゴードンはレティシアに対する印象が少し変わった。
「私に触れるべきではなかった…後悔していると…そう言っていた。ずっと自分を責め続けていたんだと思う」
「殿下は、彼女との出会いを大層喜んでいらっしゃいました。勿論、お仕えする私共も同じ気持ちでした。ですから、尚さら申し訳ないと思ったのかもしれません」
再び、従者たちが揃って頷く。
「限られた期間であっても、彼女を連れ帰り側に置くと…殿下は我々の前で決断なさいました。主従関係を結ぶのなら、わだかまりを残さないほうがよろしいかと…」
「…分かっている、後で様子を見に行くつもりだ…」
ゴードンは『始めが肝心』と、アシュリーに念を押す。
「周りにいる多くの貴族は、人を蹴落として不幸にしても素知らぬ顔をしているだろう?多少汚い手を使ってでものし上がろうと皆必死じゃないか。…だが、レティシアは真っ直ぐで純真だ…私を利用して、甘い汁を吸おうなどとは考えもしない」
「確かに、魂や同化の話など…本人が言い出さなければ、我々は知り得ませんでしたね」
「最初、彼女は私からの誘いを断っていた。たとえ一時的だとしても“唯一の女性”として特別扱いされることを望まなかったからだ。…無欲で、高い地位や身分に何の興味もない…」
アシュリーが突然姿を変えた時には、かなり驚いて慌てていたレティシア。
ところが、伯爵ではなくラスティア国の大公で王族だと聞いても『はぁ』と、気の抜けた返事をしただけだった。
目の色を変えて大騒ぎをして欲しいとは思わない。しかし、眉根を寄せた困惑の表情をされ続けては…流石に気になる。
身分を明かした後に、ここまで妙な空気を感じた経験のないアシュリーは、少し首を傾げて遠い目をした。
従者たちも、アシュリーに合わせたように首を傾げる。
「貴族社会をよく知らない、異世界人の物の考え方や価値観の違いでは…?」
「あぁ…ゴードンの言う通りかもしれないな」
「しかし、お二人が一緒にいたというだけで魔法が解けてしまったのですか?」
「今日一日、レティシアに触れていたせいだ。私には、刺激が強かったらしい」
変身魔法が男女の触れ合いで解けるとは初耳、ゴードンは詳しく話を聞くべきか迷った。
「刺激?」
「恋人同士のように過ごしてみたら、彼女が可愛くて…はぁ…」
切ない吐息を漏らしたかと思えば…アシュリーは頬を染めて顔を両手で覆い隠し、若干乙女じみた格好でポソッと感情を漏らす。
「…楽しかった…」
─ まだ、ゴードンが何も聞いていないのに ─
主人のチョロ過ぎる姿に、思わず従者たちの口元が緩んだ。
♢
「ところで、ゴードン…そっちは無事に済んだのか?」
「はい、問題なく処理いたしました」
「レティシアは、今日で退職したんだな…?」
やや語尾を強めてゴードンに確認を取ると…アシュリーは前屈みだった姿勢から、ソファーの背もたれへドカッと背中を預け、ゆったりと満足気な笑みを浮かべる。
「仰せの通りにいたしました。商店から、彼女に関するものは全て引き上げさせております」
「助かる。…トラス侯爵は、どうだった?」
ゴードンは少し表情を曇らせた。
「トラス侯爵は、今のレティシアにはあまり興味がなかったと思われます。商店での暮らしにも、侯爵家が手をかけていた様子はありません。籍を抜いた他人ですから…過度な施しは必要ないと思いますが、目を向けていなかったことは明らかでした」
「除籍したのは、17年間育てた娘と同じ扱いはできないと判断したからだろう。聞いていた噂の侯爵令嬢と、異世界から来た彼女との違いは歴然だ。別人になった娘に対して戸惑いがあったとしても…仕方がないな。喪った娘は、もう戻って来ないのだから」
「はい、侯爵夫妻はレティシアの姿を目にするのが苦しかったのでしょう。厄介なのは…あの兄だけかもしれません」
「…兄…か…」
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