前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第7章

105  夜会では定番4

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「……プリメラ?…お前、何をしているのだ!」

「お、お父様っ!!」


アフィラムの後ろから姿を見せた紳士は、プリメラの父親ウィンザム侯爵。その隣には、料理とワインを手にしたカインが立っていた。
ウィンザム侯爵は娘の置かれている立場が十分に把握できておらず、レティシアを前にして傲慢にも顔をしかめている。


(…あぁ、さっさと逃げるべきだったわ…)


「ウィンザム侯爵は、常日頃プリメラ嬢を称賛していると聞くが…少々親の欲目が過ぎるのではないか?」

「なっ…何を仰います、アフィラム殿下。プリメラ、何があったのだ?説明を……プリメラ?!」


銀の指輪アーティファクトにより邪気の抜けたプリメラは、アフィラムに拒絶されたことがかなりショックだったらしく…父親の問い掛けに返事をしない。


「殿下、少々お待ちください…これにはきっと理由があるはずです」

「理由?ほぅ…侯爵、プリメラ嬢はパーティー会場で不用意に躓き、転ぶところを助けられた。その礼を言うべき相手に…ワイングラスを投げつけたのだぞ?」

「…そ…それは…」

「参加者のドレスと会場を汚し、何の後始末もせず数人で騒ぎ立てる。この非常識極まりない行動を正当化する理由があるのならば…是非聞こう」


(…嘘でしょ、最初っから全部ご存知なの…?)


レティシアはカタカナの家名を覚えてはいないが、伯爵家の令嬢らしい取り巻きたちは、プリメラの豹変ぶりとアフィラムに“非常識極まりない行動”の一部始終を見られていた事実を知って、ソワソワし始めた。


「…プリメラにも…余程のことがあったのかと…」


ウィンザム侯爵は、アフィラムを意識しながらもレティシアを横目で睨みつける。『原因はレティシアだ』と言いたげなその表情は、親子でそっくり。
半ば感心しつつ、レティシアは目を逸らさずに視線を受けて…その上で、無反応を決め込んだ。


「では、プリメラ嬢の話を聞くとしよう」

「…あ…」


アフィラムから侮蔑の目を向けられ、プリメラの身体はビクッと大きく揺れた。


「は、はい…聖女様の妹君…アリス様に非はございません。私がワインを…全て殿下のご覧になった通りでございます」

「プリメラッ!!」

「お父様、申し訳ございません!私は…よくない行いをいたしました」

「何を言い出すんだ…っ…お前は周りにいる令嬢たちに唆されたのであろう?!…そうだよな…?」


三人の伯爵令嬢を指差し、娘の罪をなすりつけようとする父親…こんな茶番劇は見ていられない。
この騒動の被害者はレティシアだが、一言物申そうと息を大きく吸った途端、カインの身体に目の前を遮られる。


(…ちょっと、カイン?!)


手にしていた料理とワインをテーブルに置き、いつの間にかレティシアのすぐ側まで来ていたカインは、人差し指を口に押し当て“黙っていろ”と…レティシアに合図をしていた。


「侯爵、見苦しい親子喧嘩は後にして欲しい」

「…失礼を…いたしました、アフィラム殿下…」

「プリメラ嬢、ルーベル嬢、カトリーナ嬢、シエナ嬢…随分と好き勝手をしていたように見えたが?」

「…殿下にご不快な思いを…お詫び申し上げます…」

「アフィラム殿下、私は何もしておりませんわ!ワインの件は、プリメラ様がお一人でなさったことです」

「殿下、プリメラ様がどうかは存じ上げませんが…私は好き勝手をしたつもりはございません」

「アフィラム殿下、私は騒ぎ立ててなど…それはプリメラ様だけにございます」


プリメラは侯爵家の名と親の権力を利用する虎の威を借る狐で、本人のカリスマ性は皆無。プリメラを心から慕ってなどいない伯爵令嬢たちの本音が露呈する。
一人頭を下げたプリメラは、唇を噛み締めていた。


「呆れたものだ。四人集まって騒いだところで、果たして…相手にもされず、無意味であっただろう?」

「「「「…………」」」」

「元より敵う相手ではない。彼女はラスティア国ルデイア大公の庇護下に置かれてはいるが、有能な秘書官でもあるのだから」

「「「「…秘書官…?!」」」

「ザハル国の一件で、我が王国を優位に導いた秘書官の噂を…耳にしたことはないか…?」


アフィラムが意味あり気にレティシアへ視線を送れば…それは、レティシアが噂の秘書官だと言っているに等しい。

アルティア王国の貴族なら、ザハル国に科された経済制裁の話を知らぬはずはなく…四人は黙って項垂れる。
その傍らには、立つ瀬がない状況に追い込まれたウィンザム侯爵が、拳を握って震えていた。


「今後は、身の程を弁えたまえ。…ウィンザム侯爵、あなたもだ」

「…っ…!!」

「鋭い睨みは悪事に向けて貰いたい。それから、愛娘の躾にも目を光らせたほうがいい」



    ♢



(…一体、どんな噂なのよ…)


困惑した表情で眉間にシワを寄せるレティシアの後頭部を生温かい目で見ていたのは…パトリック、ゴードン、ルークの三人。


パ)『助ける必要がない…強い』

ゴ)『今のところ負けなしとはいえ、心臓に悪い』

ル)『報告する俺の身にもなれ…アホ!』

パ・ゴ・ル)『カイン、よくぞ止めてくれた!!!』


三人の中で、カインの株がちょっとだけ上がる。


「…行こうか…」

「えっ…え?!…わ、私ですか?」

「そうだ」


この場から一旦離れたほうがいいと考えたアフィラムは、腰に軽く手を添えただけで飛び上がって慌てるレティシアが手袋を片方しかしていないことに気付く。


「カイン、彼女に手袋を」

「…しかし、団長…」

「少しの間、バルコニーへ出るだけだ」

「…………」

「…お前と一緒にするなよ?…私は何もしない…」


(…んん?…カイン、やっぱり王宮でも…?)


レティシアの刺すような疑いの眼差しにいたたまれなくなったカインは、乾かした手袋を無言で手渡す。

レティシアの中で、カインの株がかなり下がった。




──────────




「…わぁっ…!」


アフィラムにバルコニーへと案内され、目の前に広がる美しい夜景にレティシアは感嘆の声を上げる。

広いバルコニーに置かれたカウチソファーは、座っても寝ても余るくらいの大きさだった。ソファーは外に向くように配置されているため、バルコニーの入口となる背中側をカーテンで仕切ってしまえば個室として使える。

数種類のドリンクを持った給仕係がやって来て、アフィラムの指示した物を手早くサイドテーブルに置いた。


「…綺麗…」


熱い空気のこもった会場とは真逆、ひんやりと涼しい外気をゆっくりと吸い込んで深呼吸をした。

時折強く吹く風に髪がなびくと、手すりに肘を置いて立つレティシアの背中の白い肌が見え隠れする。
アフィラムは、その無防備で警戒心のない後ろ姿を見続けていられず…自身のコートをレティシアの肩にそっと掛け、ずり落ちないように支えた。


「座らないか?」

「あっ、そうですね。申し訳ありません」


先程までの厳しい声とは違うアフィラムの優しい囁きに、レティシアが振り向く。


「コート、寒くないので大丈夫ですよ?」

「身体が冷えてはよくない」

「こんな高級なコートをお貸しいただいて…恐れ多いです…重い…」


アシュリーのコートと比べると、厚みのある布に装飾がかなりふんだんに施されているせいかズッシリとした重みを感じる。黄金色の上質なコートからは、少しお香に似た上品なコロンの香りがした。
いい香りなのに、なぜだか落ち着かない気分になってしまう。

アフィラムは、レティシアが最後に『重い』と呟いたのを聞いて首を傾げる。


「…ん?…そのコートは重いか?」

「え?…えぇ、私には重いのです。魔法をお使いの方は軽くできるので、重いと感じないそうですね」

「そうか、君は魔力がないんだったな」

「はい、残念ながら重力に逆らえません。あ、私が重いと申しましたのは、このコートがとても立派なものだという意味ですよ」

「クククッ…そうか、君が発した言葉には生きた感情がこもっているんだな。素直で、とてもいい」


アフィラムの目は笑うとキューッと細く、糸目になった。










─────── next 106 アフィラムとレティシア

いつも読んで頂きまして、ありがとうございます。








    
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