104 / 215
第7章
104 夜会では定番3
しおりを挟む何ともお粗末な嫌がらせ。
プリメラは、レティシアがパーティー会場を去って行く惨めな姿を見たかったのだろう。汚れたドレスに涙して逃げ出せば尚よしと…期待していたのかもしれない。
ここは魔法の国、ワインの染みを消すのは簡単。ただし、ドレスに魔法を施すならば人前を避けて一旦会場から離れるのが淑女の礼儀作法。
ワイングラスを投げた瞬間に勝ちを確信したプリメラは、自分のシナリオ通りだと喜び…笑ったのだ。
♢
「…遠慮なさらずに、こちらのワインをどうぞ…」
すました様子でワインを勧めるレティシアとは対照的に、恥をかいたプリメラの顔は身に着けている派手なドレスと同じ、真っ赤な色をしていた。
呆気にとられている仲間の令嬢たちと比べてややふくよかな体型のプリメラは、美少女の部類に入る容貌をしていながら…ドぎついメイクと性格の悪さが濃過ぎて“残念”としか言いようがない。
会場内では周りの目もある。唇を噛み締め憎しみのこもった目つきでレティシアを睨むプリメラだが、ご自慢のシナリオが灰と化した今、グラスを受け取るしかなかった。
「…い…いただくわ…」
「今度は、落としたり躓いたりなさらないようお気をつけください。ご令嬢が怪我をしては大変ですもの」
微笑むレティシアが左手でグラスを渡し、添えた右手でプリメラの露出した手首に軽く触れれば…案の定、銀の指輪が邪気にピリリと反応する。小さくても、その強力な浄化の威力は何度も実証済みだ。
(あなたのその毒気、抜いてあげる!)
「プ…プリメラ様!他の場所へまいりましょう!」
「そ、それがいいですわっ!この席ではプリメラ様も不愉快ですもの」
「プリメラ様!…プリメラ様?行きましょう?!」
プリメラ、プリメラと…免罪符の如く連呼してやかましい。いつも同様の騒ぎを起こしては、四人で悦に入っている様子が目に浮かぶ。旗色が悪くなった仲良しグループは、明らかに焦っていた。
(…何でもいいから、早く立ち去って欲しい…)
レティシアのほうが帰りたい気分だが、そうもいかない。貴族との関わりが煩わしく不快だと言って、いつも顔を歪めるアシュリーの気持ちを深く理解する。
「わっ…私、とんでもないことをいたしました!!」
「「「プリメラ様っ?!!」」」
「申し訳ございません!グラスを投げつけるなんて…あぁ…どうお詫びすればよろしいのでしょう!!」
「「「えぇっ?!!」」」
その場でガクガクと震え出し、床へペタリと座り込んだプリメラが、いきなり懺悔を始めた。
三人の令嬢はわけが分からずに、顔を見合わせて唖然としたまま立ち尽くす。
(…めちゃくちゃ浄化されてる…)
こんなに短時間で180度態度を改めた者はレティシアの記憶にない。元は素直、いや…きっと頭の中が空っぽなのだ。
「お詫びですって?ご令嬢は先程『謝りました』と、仰っていたではありませんか…もう結構ですわ」
「でっ、でも……あぁっ!」
レティシアがドレスを右手で軽く叩くと、ワインの染みが銀色に発光してチラチラと美しく舞いながら消えていく。瑠璃色に落ちた赤いワイン一滴の穢れも見逃さない強烈な輝きは、舞台上でレティシアが祝福を授かった時と少し似ている。
その眩しさは、間近にいたプリメラが目を覆い隠す程。
「…聖魔法…?!」
小さな声で呟いた後、プリメラはヒュッと息を呑む。精霊たちの祈りが込められた、清らかに閃々と瞬く魔法は聖女のもの。信仰心など皆無のプリメラにも分かった。
「このドレスは、聖女であるサオリお姉様が…私にプレゼントしてくださいました」
「…聖女様…お姉様…?…贈られたドレス……もっ…申し訳ございません…」
「この通り、汚れはすぐに消えます。ご心配には及びませんけれど…残念ながら、こちらの世界ではワインを人にかけて楽しむ方がいらっしゃるようね」
口元は緩やかな弧を描いているのに、腑抜けた状態のプリメラを見下ろすレティシアの青い瞳は凍ったように冷ややか。取り巻きの令嬢たちも、ワイングラスを握りしめて立ち竦む。
「ご令嬢方は、そのワインをどうなさるおつもり?」
「「「…っ…!!!」」」
祝福を受けたところで所詮は平民だと、三人の令嬢たちはレティシアをナメていた節がある。最強の“侯爵令嬢”という盾を失い、自分たちへ矛先が向いた途端…俯いて黙り込んだ。
「私のドレスには聖魔法がかかっていて、汚れたり破れたりしたらサオリお姉様は分かるそうなの…」
「「「…………」」」
「ワインは、飲んで楽しんでいただけるとうれしいわ」
♢
数多く催されるパーティーの中で、令嬢同士の揉め事や家門の上下関係によるマウント取りはよくある。従って、レティシアは夜会の前にサオリから情報を貰っていた。
常識のある貴族ならば“聖女の妹”に悪意をぶつけることは絶対にしない。
ただし、貴族特有の会話を巧みに使ってレティシアを品定めして来る場合がある。相手の不敬を問える身分の高い男性=アシュリーと一緒にいれば安心だと、サオリには言われていた。
レティシアは異世界人であっても、召喚されたり聖力を持った特別な人間ではない。名を聞けば、平民だと誰にでも分かる。
貴族たちは、政治に介入しない平和の象徴である清廉な聖女や、家門を持たない平民が己の私欲を満たしてくれるとは考えないだろう。
「貴族令嬢に絡まれたら、それはレティシアが魅力的だという証拠。嫉妬しているのよ」
たった一度きりのパーティー、多少の困難ならば乗り越えようとレティシアは覚悟を決めていた。
「まぁ、何かあるとしたら…侯爵家のプリメラとかいう、馬鹿で小生意気な娘くらいかしら?」
現在、数少ない公爵家には妙齢の女性がいない。
令嬢の中で一番身分の高いプリメラは、パーティー会場には自分より格下の貴族令嬢しかいないと驕り高ぶっていた。彼女に意見する者は誰もおらず、やりたい放題。
「ギャフンと言わせてやればいいわ」
レティシアは、サオリの不敵な笑みを思い返す。
(サオリさん、ドンピシャですよ)
身支度に時間を掛け、遅れて感謝祭へとやって来たプリメラが会場入りしたのは“祝福の儀式”の後。
神に対する崇敬の念が薄い彼女は舞台上で行われる神事に見向きもせず、いつも通り令嬢たちを従えて会場内を歩いて回る。
スタイルがよく、品のいいドレスを着たレティシアを目にすると、うっかりドレスにワインを零したフリをしてパーティー会場から追放してやろうと企む。
しかし、レティシアは28歳の異世界人。今夜は相手が悪かった。
──────────
「今宵は、我が王国の護り神と国民を結ぶ年に一度の感謝祭である。その祝いの場で、聖女殿の妹君に無礼を働いておきながら…揃って黙りとは驚いた」
「「「「…!!!!…」」」」
へたり込むプリメラの後方から現れたのは、険しい表情をしたアフィラム。
一体いつからこのやり取りを見ていたのか?レティシアはドキリとする。それは、プリメラたちも同じだった。
「…アフィラム殿下に…レティシア・アリスがご挨拶を申し上げます…」
「うむ、大事ないか?」
「…はい…」
「この者たちの言動は、日頃より目に余る」
(今の状況で口を挟めるのは、アフィラム殿下だからよね)
アフィラムの登場に顔面蒼白のプリメラは、立ち上がってよろめき…何とか淑女の礼をする。令嬢たちも慌ててそれに倣った。
「ア、アフィラム殿下に…ご…ご挨拶を…」
「ウィンザム侯爵令嬢…バルクレー伯爵令嬢、タナトゥス伯爵令嬢、ガレット伯爵令嬢…挨拶は結構だ」
「…っ…殿下…」
「「「…………」」」
────────── next 105 夜会では定番4
53
あなたにおすすめの小説
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる