前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注：期間限定)

感謝祭

118 薬草茶

「悪夢が諸悪の根源だったとは…大公とレティシアが出会わなければ、一生分からなかったかもしれないわ。今回は、おばあ様がいてくださってとっても心強い」

「大公が倒れたのは可哀想だったが…結果、隠れた禍が露見した。それに、レティシアのお陰で目出度く“刻印”まで得たわけだから、まぁ…悪くないね。お祝いに薬草茶でも煎れようか。レティシアも一休みおし。こちらへおいで」


スカイラが指をパチン！と鳴らすと、ティーセットが空中にフワフワと現れる。


「…はい、大魔女様」

「や、薬草茶ですのっ?!おばあ様!!」


サオリの妙に険しい声が気になりつつ、レティシアはスカイラの心遣いに感謝した。


「殿下、あなたは王族に相応しい大人の身体になっていたんですね…おめでとうございます…」


アシュリーの耳元で祝いの言葉を述べた後、レティシアは彼の手をベッドの上にそっと置いて側を離れる。
スカイラの煎れる薬草茶の香りが、治療室内に早くも漂っていた。


「…大人の身体…そう…そうね。だけど、大公は王族に必要な閨教育を学んでいないから…心配だわ」

「閨教育？」

「どんな国でも、王族とはその血を継いでいくものでしょう？子孫を残すために勉強させるの。特別な性教育よ。アルティア王国も例外ではないわ。“刻印”という特殊な力を持つ男性王族には、閨教育が欠かせない」


道徳的な部分は勿論のこと、女性を抱く手順から生殖機能の確認まで、手取り足取りの指導が一つのコース。全てを学んだ後は、実際に行為を見学して終了なのだとサオリが説明してくれる。


(ハードな性教育ね。王族のそういうところが、時に元・婚約者のようなド変態王子を生み出す原因では？)


「アヴェル前国王陛下は、大公の心を守ることを優先して閨教育には蓋をしたわ。女性に触れられない13歳の子供が、将来結婚して子を生す義務があるとか言われたら…生きる希望を失うわよ」

「…それは…正しいご決断だったと思います」


“刻印”についての知識を与える以外は、アシュリー本人が興味を持ってから学んでも遅くはないとアヴェルが判断をし、強制的な教育はしなかったという。


「そうでしょう？…でも、前代未聞のことで…当時は『男性に手解きをさせる』なんて話が出たくらいなんだから」

「え?!相手が男性ならいいって…そんな簡単な話ではありませんよ」

「…全くだわ…」

「殿下は、ご友人たちなど…いろいろと見聞きして恋人同士の付き合い方を自然と学ばれています。それなりに知識や興味もお持ちですし、もう18歳ですから頭の中でイメージはできているんじゃないでしょうか。生殖機能も、多分…大丈夫…？」


(大変ご立派な…うん。心配なさそうだった)


「足りないのは経験ね」

「まぁ、そうなりますけれど……キスはお上手で…」

「へぇ…そうなの？」

「こっ、個人的な感想ですが…殿下なら大丈夫だと思います。呪いが無事に解ければ、また状況は変化しますね」


未だ忘れられない唇の感触が急に思い出されて、レティシアの顔が一瞬カッと火照った。

レティシアに好意を寄せているアシュリーでも、呪いから解放され自由に他の女性たちと触れ合えるとなれば、気持ちが変わるところもあるはず。
恋愛もキスも…その先だっていくらでも経験できる。閨事への関心は高まるだろう。アシュリーが18歳の若い青春を謳歌するのは、これからだ。


(私とのキスは…ファーストキスだったとしても、ノーカンよ！)




──────────




「さぁ、薬草茶だよ。初めてだからちょっとクセが強いと感じるかもしれないが、身体にいいから飲んでごらん」

「ありがとうございます…いただきます」


青々とした独特の香りがするお茶を、一口ゆっくりと口に含む。


(…んぐっ?!…こ、これは…)


薬草茶と聞いて想像していた味をブッ飛ばす、ちょっとどころのクセではない超絶激マズ茶だった。
何を肥料にして育てたら、葉っぱがこんな味になるのか？薬草以外のモノが混入していると疑いたくなる。少なくとも、カップ一杯飲んだ直後は体調を崩すレベルで、スカイラが身体にいいと言い切る根拠が分からない。

一旦口に入れたものを出すわけにもいかず、覚悟を決めたレティシアが固く目を閉じ無理やり飲み込めば、薬液が食道を通り胃に到達するのを感じた。


(堪らえて、私の胃袋！頑張れ、胃液!!)


そっと目を開けると、隣には震える手でカップを持ち、目に涙を溜めたサオリの姿。飲んでいないことを突っ込みたいところではあるが、超絶激マズ茶を経験済みなため、身体が拒否反応を起こして口まで運べない様子は逆に気の毒。

そのサオリの隣に立ち、腰に手を当てて薬草茶をゴクゴクと飲み干すスカイラが、この時ばかりは…悪い魔女に見えた。



　　　　♢



「……ぅ……レ…ティ……ア……」

「殿下？」


アシュリーの弱々しい呼び声に、レティシアが気付く。
一休みどころか、ほんの一口でレティシアの体力を半分削った恐ろしいお茶をそっとテーブルの上に置いて、ベッドへと急ぐ。

白く薄い天蓋の幕を開けた瞬間、アシュリーの手がノロノロとした動作でシーツの上を撫でているのが目に入った。慌てて顔を覗き込むと、残念ながら目覚めてはいない。


(…無意識に何かを探している？…もしかして…)


誘われるように手を近付けてみれば、アシュリーが弱い力でレティシアの指を握り込んだ。その指をたどって、少しずつ他の指にも触れて確かめてくる仕草に…レティシアは胸が熱くなる。


(私の手を一生懸命探し求めていたの？何だかキュンとしちゃうわ)


レティシアが強く握ると、アシュリーもやんわりと握り返してくる…たったそれだけのことなのに、心が通じ合っているようで堪らなくうれしい。
レティシアは、また手の甲に優しく唇を寄せた。


「……ふぅん、二人はデキてんのかい？」

「やっぱり…おばあ様もそう思います？」

「どう見ても、両想いの熱々カップルじゃないか」

「…後、もう一押しなんですよね…」

「なるほど………じゃあ、私が押してやろうかねぇ」


スカイラが、真っ黒な瞳を光らせニヤッと妖しく笑う。




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「お…お待たせ…いたしました！」


息を切らした汗だくのパトリックが、治療室へと戻って来た。
紫色の液体が入った小さなガラス瓶を、ズイッとスカイラに差し出す。


「こちらが、例の魔法や…ん？…うっ!!…こ、このニオイは…まさか、薬草茶?!ちょっとやめてくださいよ、あんな生臭いお茶は二度と飲みませんからね!!」


眉間にしわを寄せ、身体を大きくのけ反らせるパトリック。スカイラの前では少々大袈裟なリアクションが見受けられる…が、これに関しては納得できる。



彼も、スカイラお手製“薬草茶”の犠牲者であった。









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