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最終章

166 休養2

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「邸はもうすぐそこだ」

「…はぁ~~~…」



ルデイア大公邸は、敷地の広さこそユティス公爵邸に及ばないものの、やはり立派なであった。
その美しさでは、大公邸に軍配が上がるだろう。
古風で厳めしい雰囲気の公爵邸に比べると、白亜の城である大公邸は重厚感がありつつもエレガント。


(シンデレラのお城みたい…なんてロマンチックなの)


正門から邸へ辿り着くまで、馬車の窓から大公邸を見上げ続けたレティシアの口は…自然と大きく開いていた。



「「「大公殿下、お帰りなさいませ!!」」」

「出迎えご苦労。すでに知らせた通り…本日より、聖女様の妹君を我が邸へお迎えする。皆、心して誠心誠意努めよ」


豪奢な馬車から華麗に降り立ったアシュリーの凛とした声に、迎え出た上級使用人たちが一斉に頭を下げる。
30度の角度で敬礼し、姿勢をサッと戻すタイミングまでピッタリ揃っていて見事。


「レティシア、こちらへ」

「…は…はい…」


上ばかりを見ていたレティシアは、タキシードやメイド服を着た使用人がズラリと整列している状況に気付くのが遅れた。
巨大な壁かと見紛う程の大扉へ続くアプローチ前、ピカピカに磨き上げられた通路の左右に分かれて三列ずつ、全員が軽く目を伏せて礼儀正しく待っている。


(いつの間にあんなに人が!…すごい…すごいけど…私、あそこを歩くの?!)


アシュリーが差し出す手に触れたレティシアは、ゴクリと喉を鳴らし…ゆっくりと馬車から降りた。


「皆様…初めまして、レティシア・アリスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


休養中となるレティシアは、淡いブルーのドレスに真っ白なケープを羽織ったシンプルな装い。潤んだ瑠璃色の瞳で小さな唇をキュッと引き結んだ愛らしい表情に、ミルクティー色の髪と白い肌が相俟って儚げで庇護欲をくすぐる。
一方、隣に立つアシュリーは黒髪に黄金の瞳と…力強さの象徴のような雄々しい姿で、レティシアの手を取り腰を支えて寄り添う。

使用人たちは、お似合いの二人にホウッと見惚れた。


「レティシアは私の大切な人だ、皆よろしく頼む」

「「「畏まりました!」」」


そこからは、アシュリーがレティシアを抱え上げ“お姫様抱っこ”で邸内を移動。羨望の眼差しをたっぷりと浴びながら、レティシアは一歩も歩くことなく客室へ運ばれる。



    ♢



「ここは邸の離れ、来客の中でも近親者にのみ立ち入りを許している部屋になる。魔力がないと不便に感じるだろうが…しばらく我慢して貰いたい。レティシアの部屋は、近い内に完成させる」

「我慢だなんて、こんなに素晴らしいお部屋をありがとうございます。落ち着いたら邸を散策してみても?」


公爵邸同様、広い邸宅はやはり見学をしてみなければ。
レティシアが気になっているのは、朝晩のランニングに最適なコースがあるかどうか?…これだけは早めに探しておきたい。


「あぁ、それなら…今日から君に仕える騎士と侍女を紹介しておこうか…」

「騎士?」

「護衛騎士三名と、侍女五名だ。さぁ…皆入って挨拶を…」


どこに隠れていたのか?アシュリーの一声でゾロゾロと室内へ現れた八人の男女。一人ずつ名を名乗り、レティシアが会釈を返す。


(私一人に、幾ら何でも多いわ。でも、この人たちを前にしてそんなことは言い出せないし…どうしよう)


護衛が私兵ではなく、騎士というのもよく分からない。
安全な聖女宮では護衛が不要で、側仕えは三人、エメリアを入れて四人…レティシアは過分な配慮であると感じていた。それ以上の待遇を受ける事実を知って、困惑する。


「殿下、私にはルークとロザリーもおりますのに」

「二人は今まで通り、変わらず君の側にいる。ただ、ルークは帝国へ行っていて数日不在だ。ロザリーは侍従長と侍女長に引き合わせた…しばらくは戻って来られない」

「…あ…いないのですね…」

「部屋から出る時は、騎士と侍女を連れて行くといい。いや…今後は、ルークとロザリーがいてもそうなるかな…」


(んん?つまり…騎士+侍女=ニ名…が、標準装備って話?)


「侍女たちは、叔父上が大公だった時にこの邸で働いていた者ばかり、邸には詳しい。…さて、先ずは腹ごしらえだな…軽食を持って来させる、一緒に食べよう」

「…え、えぇ…」

「レティシアを楽な服に着替えさせてやってくれ」


アシュリーは侍女たちにそう言うと、三人の騎士と共に一旦部屋を出る。




──────────




正式な“公認の恋人”であっても、アシュリーが大勢の前でレティシアを『大切な人』だと告げたことは今までなかった。

大公邸に住まう上で、レティシアの立場を明確にしておくためか…或いは、レティシアを逃さないよう、アシュリーが外堀を埋め始めたのかもしれない。


「レティシア様、もしかして…お困りでしたか?」

「……え?」


考え込むレティシアの髪を丁寧に梳きながら話しかけてきたのは、新しい側仕えの侍女アナベル。レティシアが着替えを済ませた後も、部屋付きとして残っていた。
彼女は、公爵邸で時々入浴の介添えをしてくれていた女性。


「私は、レティシア様にお仕えしたくて公爵邸から移ってまいりました。他の者たちも同じだと思います」

「私に?…そ…そうなの?」

「はい。レティシア様の美しく聡明で明るいお人柄に惹かれて、こうしてお側につかせていただいております」

「…それは褒め過ぎよ…でも、ありがとう…」

「お仕えできて大変光栄にございます。ですが、レティシア様は公爵邸にいらっしゃる時から、何でもご自分でなさるお方でございました…私がお手伝いをするのはご迷惑でしょうか?」


(あぁ…お風呂では、髪や身体を自分で洗っていたのよね。お願いしていたのは、魔導具ドライヤーだけだったっけ?)


「気を遣わせてしまって、ごめんなさい。私、まだこういう暮らしに慣れていなくて…そうね…身の回りのことだけではなく、話し相手にもなって貰えたらうれしいわ」

「はい、私でよろしければ喜んで!」

「よろしくね」

「…あの…レティシア様、これは余談ですけれど…」

「何かしら?」


アナベルの話によると、今まで質素倹約を貫いていたアシュリーが、突如邸を改修し、多くの人員を雇用したため…社交界がザワついているという。
小国とはいえ、君主の邸に人が増えればその分警備も強化しなければならず、王国騎士団は新たに騎士を派遣。レティシアを担当する護衛騎士も、最近配属されたらしい。


「護衛となった騎士様たちのお姉さんや妹さんは、侯爵令嬢プリメラ様からの嫌がらせ被害に遭い、泣き寝入りしたり引きこもってしまったりと…辛いご経験をされていたそうなのです」


(…プリメラ…一体どれだけのご令嬢を泣かせてきたの!!)


「覚えておいでですか?感謝祭で、レティシア様はウィンザム侯爵家の無礼な振る舞いにも堂々と立ち向かわれ、あの傲慢なご令嬢を跪かせました。レティシア様の勇姿を知らぬ者はおりません」

「……へ?」

「それで、騎士様たちはレティシア様の護衛をしたいと名乗りを上げたとか…大公様は、騎士選びにご苦労なさったそうですよ」

「…嘘でしょ…」


そんな諸々の話を聞いてしまっては、レティシアは騎士にも侍女にも…お世話になっていく覚悟を決めるしかなかった。




──────────




「君は、邸にいるだけでこんなにも私の気持ちを浮き立たせる…どうしたものだ?」


食後の紅茶を飲むレティシアが一言話す度に、ウンウンと頷いてはチュッと軽く口付け、幸せそうに微笑むアシュリー。
本人曰く“浮かれている”状態で、表情緩みっ放しのキス魔と化した彼は、困ったような…うれしいような、初めて芽生えた感情に満更でもない様子で呟く。

そんなちょっと壊れたアシュリーが可愛くて、つい受け入れてしまうレティシアが『ストップ』と止めるまで、口付けは飽きることなく繰り返し続いた。


「そろそろ宮殿に行く時間よ?遅れたら、アンダーソン卿が気の毒だわ」

「…離れたくない…」

「早く行けば、早く帰って来れます!」


愚図るアシュリーを何とか宮殿へと送り出したレティシアは、護衛騎士とアナベルを連れてゆっくりと邸内を見て回った。
客室へ戻って侍従長と侍女長の挨拶を受け、ロザリーと話をしていた夕方ごろ、レティシアに来客の知らせが届く。



    ♢



「ヘイリー!」


仕事を早く終えたヘイリーは、レティシアの昼食ランチ仲間たちから預かったお見舞いの品や手紙、自分の両親が営む商店で新商品として発売したばかりの“フルーツサンド”を手にしてやって来た。


「フルーツサンド!」

「例の栄養たっぷりの果物を使っています。これを食べて、元気になってください!」


大喜びのレティシアは、酸味と甘味の絶妙なバランスに感激して舌鼓を打つ。


「美味しい!私はカスタード入りのが好き!!ねぇ、ヘイリー…この商品がもし人気になったら、次は果物を大福にしてみない?」

「…ダイフク?…レティシア様、そこんとこをもっと詳しく…」










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