170 / 215
第12章
170 報告
しおりを挟む「レティシアちゃん、いる?」
「…イグニス卿?」
アルティア王国の王宮、鉄壁の守りで固めるアシュリーの個人室の扉を叩く音に続いて、様子を窺うカインの声が聞こえた。
王宮を訪れたアシュリーとレティシアは、早々に別行動を取る。
アシュリーは、国王クライス、騎士団長アフィラムとの話し合いに参加。レティシアは以前に利用したこの部屋で待機、つい先程まで王宮事務官より機密事項に関する諸々の説明を受けていた。
朝から腫れぼったい目をして元気がなく、口数の少ないレティシアに付き添っているのはゴードンとチャールズの二人。
少しでも気分が晴れればと、レティシアの好きなストロベリーのフレーバーティーをゴードンが淹れたばかり。カインの訪問は、あまりにも間が悪かった。
ザックの訃報に悲しむレティシアを放ってはおけず、聖女宮のエメリアから茶葉を譲り受けるなど…らしくない気遣いを見せたゴードンは、室内に入って甘い香りに鼻をひくつかせる邪魔者を鋭い眼光で睨んだ。
「……何事だ?」
「…怖っ…いや、ルークを待ってるだろうと思ってさ…」
ゴードンの低い唸り声に背筋をピンと伸ばしたカインは、レイヴンとルークの到着を知らせに来たと言った。
♢
簡易なベッドに横たわったルークは、レティシアとゴードン、カインから覗き込まれ、青い顔色をさらに白くする。
レイヴンと一緒に魔法陣で王国へやって来たものの、三歩歩いて力尽き…医務室に運ばれていた。
「死にそうな顔をしているな。今までで一番酷いぞ」
「…ゴードン…すいません…」
「魔力酔い?」
「…目が回って立っていられないだけだ、魔力は関係ない。あの方の使う転移魔法陣は…ゲートよりすごい…うぅ…」
(魔法耐性があるルークは、魔力に酔わないのかな?)
カインの話によると、レイヴンはどこの転移魔法陣も中継せずに目的地へ直接飛ぶらしい。その結果、身体に負担のかかったルークは担架で搬送されてしまった。
レティシアは、ウィンザム侯爵家の倉庫で見た…紫色の魔法陣を思い浮かべる。
「…乗り物酔いをしたのね…」
「仕方がない、後のことは俺に任せて…ゆっくり休んでおけよ」
「…悪いな…」
数日ぶりに会ったルークは、見ての通りの体調不良。足りない護衛役をカインが引き継いだ。
「イグニス卿、レイヴン様は?」
「聖女宮へ向かわれた。サハラ様が個人的にお呼びになったそうだ。昨日は、大魔女様もいらしていたと聞いた」
「大魔女様まで…?」
「事件後、聖女様は少々気分が沈んでいらっしゃる」
「…そうなの…」
(…サオリさんも、きっとザックさんのことで…)
聖女宮でザックの話をした時、悲報をすでに知っていたサオリは…だからこそ、彼が無実だと断言したに違いなかった。目を覚ましたばかりのレティシアには事実を告げられず、その嘆きを共有しないまま一人で抱えていたのかもしれない。
「…レティシアちゃんさ、ちょっといい…」
「え?」
俯くレティシアの前髪に触れたカインの指先が、目元へ軽く当たる。
「彼女に構うな」
「おっ…と、冷やしてあげようと思っただけなのに…?」
レティシアの肩を後ろへ引き寄せ、カインの手を遮ったのはゴードン。
「朝に一度、殿下が魔法を施されている」
「ん?…それでまだこの状態?…よっぽど」
「カイン、お喋りな護衛は要らない」
「………急に過保護だな…」
カインが肩をすくめるのと、ゴードンが両腕を組んで少し反り返ったのはほぼ同時。
(泣きながら殿下に抱きついて寝たせいで…朝は目が開かないくらいパンパンに腫れていたのよね)
事件後、激務で疲れ切っていたカインはすっかり元通り。彼の言動に悪気はないとゴードンも分かっている。アシュリーからレティシアを頼まれた手前、その使命を忠実に守り、果たす義務があるのだろう。レティシアが口を挟むことではなかった。
「…あの…続きは医務室の外でやって貰えます…?」
ルークの弱々しい声に、三人は顔を見合わせ…揃って外へ出た。
──────────
──────────
国王クライス、騎士団長アフィラム、大公アシュリーの三兄弟に続いて、宰相セドリック、魔法師団長イーサン、最後に大魔術師レイヴンが大会議室の円形に整えられた席に着く。全員が視線を向ける机の中心には、巨大な魔法石が置かれていた。
「…すごい顔ぶれ…」
「ウィンザム侯爵家は、王国でかなりの力を持つ家門。今回の事件に関与した影響が、それだけ大きいということです」
レティシアとゴードンの二人がいるのは、すり鉢状になった会議室の上部に設けられている傍聴席の一角。
特別に隔離された個室は、横に細長い窓から斜め下の会議室全体を見下ろせる形となっていて、議事録を作成する際によく使われる場所だった。感謝祭の時と同様、ガラスのパネルには会議中の映像が映し出されている。
本来ならば、ロザリーの兄であるルークがレティシアの護衛を兼ねて室内にいるべきところ、代わりをゴードンが務め、室外の入口前にはカインが見張りに立つ。
「実兄とその家族を殺め、私利私欲を満たそうとしたグラハム・ウィンザムの罪は重い。手を貸していたキュルスがいかなる存在であったのか、今から報告を聞けば分かるでしょう」
「…はい…多くの尊い命が犠牲になっていたんですね…」
(真実を知りたいと言ったのは私自身よ。ここから先は、気を確かに持たなければいけないわ)
レティシアはゆっくりと深呼吸をした。
♢
ラスティア国の街中、日用雑貨や衣類を主に取り扱う商店で、キュルスは偶然ロザリーを見かける。
明るい赤毛が珍しいとはいっても、人混みを歩けば一人二人はすれ違う。外套のフードを被り、大柄な護衛騎士に守られて商店内をうろつくロザリーに気付いたのは、同族の血が騒いだからだ。
かつて凶暴と恐れられた赤毛の人狼は、人間と交わることで半獣化を抑え、魔法耐性能力を持つ新たな種族として生まれ変わろうとした。
母体が人狼であれば、その生存率は跳ね上がる。
赤子を胎内で育む女の血こそ優性であり、能力を引き継ぐ鍵…キュルスは、異形と呼ばれる自身の出生からそう理解していた。
“黒魔法耐性薬”の幻の素材、赤毛の人狼の能力を帯びた血肉。絶滅した後に長い年月を経て素材は赤髪の一族へと変わり、入手難易度が下がったために乱獲が始まる。生き延びようと獰猛さを捨てた選択が、命を危険に晒した。
半端者として人狼の能力を持たずに生きるキュルスは、一族が再び絶滅の危機に陥ろうと興味はなかったが…ただ、女の血こそが最も高い効果を生み出す薬になると信じて疑わない。
そんなキュルスの前に現れたのが、赤い髪にブルーグレーの瞳をしたロザリーだった。
♢
「ロザリーには一般魔法が通用しない。キュルスは慌てず、ユティス公爵家の馬車の後を尾けた。住み込みのメイドだと分かると、パラフィルとアキュラスの花を使って攫う準備を整え…公爵家に出入りする庭師や弟子数人を脅し、荷馬車による侵入と誘拐を実行したのです。仲間のジャンによって庭師が殺害されたのは想定外、キュルスは自ら庭師に成りすますことで計画を続行した…その後は、皆様のほうがよく知っておられるでしょう」
レイヴンは、レティシアのいる傍聴席へ意識を向け、わずかに目線を上げる。
聖女宮で、ザックの死に関してはあまり刺激のないように話して欲しいと、サオリから直々に頼まれていた。
「ロザリーに子を産ませ…一族の血を繋いで行けば、この先延々と素材を手に入れられるとキュルスは考えていました。
ご存知の通り、黒魔法耐性薬についてその効果が如何程であるのか?明確に示せた者は過去におりません。全くの夢物語という可能性もあります」
レイヴンの話に、全員が静かに肯く。
耐性薬を飲んで攻撃魔法から身を守れたとして、自らの力で魔法を打ち破ったと胸を張ることはあっても、違法薬によって助かったとは誰も言わない。
また、耐性薬に効果がない、或いは災いを防ぎきれなかった場合…命を落とせば死人に口なし、生き残って違法薬を訴えようにもその前に本人が罰せられる。
それでも裏社会で薬が売れるのは、欺瞞に満ちた社交界でまことしやかに囁かれる“噂”という最高の宣伝があるからだ。
──────────
「レティシア、顔色が悪い」
「…ごめんなさい、ゴードンさん…心配ばかりかけて…」
ロザリーとキュルスが遭遇する話の序盤辺りで、レティシアの表情が曇り出したとゴードンは気付いていた。
(ロザリーが商店へ行ったのは…私のために…ナイトドレスを買いに出掛けたからじゃないの…?)
それが事件の発端であるとは考えたくない。これは、絶対に声に出してはならない負の感情だと…口元を引き結んだ。レティシアが自分を責めれば、ロザリーをも苦しめてしまう。
ロザリー、そしてルークがこの場にいなくてよかったと心底思った。今の姿を、兄妹には見られずに済む。
(分かってるわ、悪いのは…罪のないザックさんを殺した…キュルスたち誘拐犯よ)
「…部屋を出ましょう…」
「…いいえ…大丈夫です…」
────────── next 171 報告2
お読み下さいまして、誠にありがとうございます。
18
あなたにおすすめの小説
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる