188 / 215
第13章
188 刻印の儀3
しおりを挟むレティシアを抱えて寝室に入ったアシュリーは、締めた扉を背にして足を止める。
「ここが、今夜…二人で過ごす部屋だよ」
明るい廊下から一転、広い室内は少々薄暗い。所々に配置されている煌びやかであろう調度品類が控えめな灯りの中で鈍い輝きを放つ儀式の間は、清閑にして穏やかだった。
「…あっ…あれって流れ星…?」
「うん」
「…わぁ…」
目を丸くしてポッカリと口を開いたレティシアが、数回大きく瞬きをした後にスンと鼻をひくつかせる。アシュリーは、そんなレティシアの様子を見逃すまいと…抱き上げた腕に力を込めてじっと窺う。
(…まるで、プラネタリウムだわ…)
高い天井は一面夜空と化していて、そこへ無数の星屑が目一杯散らばっていた。屋内だというのに、星の粒がチカチカと点滅し、時折流星まで現れる不思議な光景に、レティシアは求婚を受けた日の満天の星を思い出す。
この星空の演出は機械的に天井へ投映しているわけではなく、きっと魔法なのだろう。
「刻印の儀は、こういった趣向で行われるの…?」
「…いや、そうではない…」
本来ならばレティシアの身支度と同時に刻印の儀の準備をすべきところ、昨日全てを済ませていたアシュリーは短時間で最終確認を終えていた。期待と喜びに膨らむ想いを抱え悶々と待ち続ける間、さらに室内へ手を加える。
儀式のために整えた別荘の寝室は、大公邸より広い。少しでもレティシアが落ち着いて過ごせるようにと、照明の調整に拘って思い出の星降る夜を魔術で再現した。
「レティシアの好みには合わなかったか?」
「ううん、とっても素敵よ。ただ驚いて」
「儀式を王宮で執り行う場合、既定通りの進行以外は認められない。王宮内は監視の目もある…王子であれば習わしに従っただろうが、今の私は大公で、ここは公爵家の別荘だ。正しく魔法呪文を唱え領域を占有できていれば、後は正式な儀式の流れに添うだけでいい。多少自由にしても構わない…そう、叔父上が私に教えてくれた」
「…公爵閣下が…」
「だから…まぁ、要は…気に入って貰える部屋にしようと思ってだな…」
(…私のために、ここまで手の込んだことを…?)
皆まで言わせるつもりかと、口を閉ざしてしまったアシュリーの首元にレティシアは頬を擦り寄せる。途端に、彼の喉仏が忙しなく上下した。
(あ、殿下の香りがまた強くなったみたい)
アシュリーが毎日を過ごす私室や執務室でもないのに、寝室には濃い魔力香がこれでもかというくらいに充満している。部屋の隅々まで魔力が行き届いて、特殊な魔法がしっかりと施されている証でもあった。
刻印の儀は、男女が契りを交わす儀式。愛を確かめ合う行為なのだから、緊張や恥ずかしさはあっても怖くはない。心地いい空間で、大好きな人の香りに包まれて初夜を迎えられることを…レティシアはこの上なく幸せに思う。
♢
部屋の真ん中にドンと置かれているのは、天蓋付きの大きなベッド。その回りの床がうっすらと円形に発光して、陽炎のように光が立ち昇り揺らめいて見える。上から星が降り注ぎ、下からやんわりとスポットライトを浴びるその場所が、神聖で特別なものに思えた。
番であっても、神の審判は必ず通過しなければならない。アシュリーの伴侶となる許しを得るために、これから大切な儀式を行うのだと実感する。
アシュリーはレティシアをベッドへそっと座らせて、自分は床に跪いた。
「…レティシア・アリス…」
「はい、殿下」
「今宵、私…レックス・アシュリー・ルデイアは、貴女に刻印を与える」
「…私は…レティシア・アリスは、刻印を謹んでお受けいたします…」
予め決められた儀礼的な詞を述べるだけだというのに、堅苦しい物事に不慣れなレティシアの声はかすかに震えている。初々しい恋人の姿を見つめる黄金色の瞳の中心が、鮮やかに赤く光った。
「この儀式で私たちは身も心も結ばれ、互いの存在を魂に刻み込み深く繋がる。私は、レティシアを生涯愛すると言った誓いを絶対に破ることはない…永遠にだ…」
(…永遠…)
至誠溢れる言葉と男らしい低音の声に胸がキュンとして、心臓のドキドキは今や指先にまで脈打って響いている。
アシュリーは、そんなレティシアの手のひらに優しく唇を当てた。これは、触れ合いたい…愛してもいいか?と問うもので、儀式への最終的な同意を求めているのだ。
レティシアはぎこちない動きでアシュリーの長い前髪を掻き分け、前屈みになって額にキスをして返す。
こうして、奥ゆかしく刻印の儀は幕を開ける。
──────────
──────────
華奢な身体に純白のナイトドレスを纏ったレティシアは、女神の如く清廉で気高く、妖精のように儚げ。ガウンを脱がせたアシュリーは目が眩む思いをした。
「…あ…あんまり見ないで欲しいの…」
「それは、できない約束だな」
露出した足を重ねてモジモジと身を捩るレティシアを引き寄せ…膝の上へ横抱きにすれば、か細い身体は相変わらずの軽さ。薄布を通して柔らかな肌の感触と温もりが生々しく伝わって来る。
「…じゃあ…殿下もガウンを脱いで…」
「私を丸裸にするのか?」
「まっ…あっ、だ…駄目駄目駄目…まだ…駄目ぇ」
ちょっとからかっただけで頬を染めて照れる様子が可愛くて、紺碧の瞳を潤ませながら『駄目』と子供みたいに繰り返す愛らしい唇を…アシュリーは強引に塞いだ。
♢
延々と止まない口付けに翻弄され続けたレティシアは、咥内を掻き乱す舌が離れた隙に堪らず喘ぐ。
「…はぁ…ぁ…んっ……でん…かぁ…」
「……っ……」
色っぽい吐息と舌っ足らずな呼び声は、番の甘い香りをたっぷりと嗅いで高揚した感情に刺激を与え、一瞬で全身の熱い血を燃え上がらせる。すぐにでも身体を繋げてしまいたい…強欲で淫靡な思考が頭を擡げた。
『肉欲に支配されるな』『閨の手順を全うしろ』と、アシュリーは自分の理性に懸命に語り掛けて奮い立たせる。
気付けば、レティシアが腰に跨って大胆な格好をしていた。ナイトドレスの裾からスラリと左右に伸びた太腿も丸見えだ。アシュリーは誘われるようにレティシアの首筋や鎖骨へ舌を這わせ、肌触りのいいドレスの布地を熱っぽい手つきで撫で、ゆっくりと丁寧に胸を愛撫していく。
「……ふっ……んぅ……」
女性らしい曲線をなぞる度に、声を抑えた切ない息遣いが耳に届いて、アシュリーの下半身が痛い程に反応する。すでに硬く勃ち上がった欲望の塊が下穿きを持ち上げ、その存在感は最早ガウンでも隠しようがない。
レティシアが恥じらいを捨て去り、感じるままに肉体を解放するよう導いてやらなければ、そそり勃つ長大なアシュリー自身を受け入れては貰えない気がした。
「…脱がせてもいいか…?」
布越しに触れる…ふっくらと盛り上がった胸の先が、ツンと尖り始めているのは気のせいではないだろう。
コクリと素直に肯くレティシアのナイトドレスのリボンを一つ、二つと解いて、四つ全てを開いた時…レースの生地は磨き上げられた艷やかな肌から呆気なく滑り落ちた。
「……綺麗だ……」
アシュリーは小さく感嘆の声を漏らし、目を細めてレティシアを眺める。寝室に施した魔術の発動に伴う明光を浴びた天蓋幕の中で、朧げな明かりに包まれた裸体は何とも神々しく美しかった。
細く括れた腰から脇へ向かって素肌に指先を滑らせれば、自慢していたモチモチ肌の弾力がよく分かる。触れただけでも敏感に感じて身悶えるレティシアからは、むせるような芳香が漂う。情欲をそそられたアシュリーは、目の前で踊る真っ白な双丘の頂に思わず吸いついた。
「……ふぁっ!……っ……」
室内に大きく響いた自分の声に驚いて、きつく唇を引き結んだレティシアの焦りと葛藤などお構いなしに、アシュリーは口に含んだ胸の先端をねっとりと舐めしゃぶり、甘噛みし、舌先で転がすことに夢中になっている。
盛った雄の匂いが混ざった魔力香は、レティシアにとって性的な興奮を促す媚薬そのもの。濃厚で密な触れ合いが、感度の高まったレティシアをトロトロに溶かす。
執拗なまでに胸を交互に弄られ、下腹部の奥がジンジンと痺れて疼きが収まらない。得も言われぬ快感に、喉の奥を鳴らして嬌声を上げるしかなかった。
「…ンッ……ゃっ……あぁっ!!…」
アシュリーが口と指で胸先を同時に可愛がった瞬間、甲高い声と共にレティシアの身体が大きく跳ねる。背を仰け反らせて小刻みに肩を揺らしたかと思うと、そのままふにゃりと脱力した。
「…達した…のか…」
小さな唇を半開きにしてまどろむレティシアの表情は、蠱惑的で恍惚としている。
しっとり汗ばんで薄ピンクに色付いた肌を抱き締め、アシュリーは誇らしさと戸惑いが半々の複雑な笑みを浮かべた。強い快楽の余韻に浸るレティシアの頬を愛おしそうに撫でて、そっとベッドへ横たえる。
「…そんな蕩けた顔をされては…加減ができない…」
逸る気持ちを抑えながらガウンを脱げば、火照った胸筋が鼓動に合わせて振動し、獰猛な欲棒はさらに凶暴さを増して…早く窮屈な下穿きを取り去れといきり立っていた。
────────── next 189 伴侶の証
お読み頂きまして、誠にありがとうございます!
55
あなたにおすすめの小説
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる