前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第13章

191 蜜月2

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(…あぁ…朝?…ううん…お昼みたいね…)


レティシアは、三分の一程度開いていた天蓋幕の隙間から明るい室内へ目を向けた。
大きな窓を透過した光とその影が織りなす造形の傾き具合を見る限り、昼食の時間はとうに過ぎている。隣で寝ていたはずのアシュリーはいなくなっていて、シーツを触るとまだほんのり温かい。


(…お風呂かな?)


湯浴みをするためにアシュリーがベッドを抜け出した後、残されたレティシアは彼の体温が感じられなくなって目を覚ましたに違いなかった。
直に肌を合わせて憶えた熱や感触は、胸を騒がしくさせる一方で安心と幸福感も与えてくれる。パジャマ愛用者のレティシアだが、今後は夜着を身に着けると熱量が物足りなく思えてしまいそうだった。


(…濃い魔力香、の…残り香…)


スカーレットの話では、魔力のないレティシアが膨大な魔力を持つアシュリーの精を体内に取り込んでも問題はなく、寧ろつがいならば男性側が強い程よしとされ、深く交わればより強固な絆を得て満たされるらしい。その影響は、神獣と繋がりを持つ王族のアシュリーのほうが大きい。


『契りを結んだ最初の蜜月が、最も大事ですよ』


というスカーレットの助言に従い、昨夜のアシュリーは何度もレティシアの中へ熱い精を放った。そして…今朝、彼の魔力香が自分から香っているかのように錯覚をする。


「レティシア、起きていたのか?」

「…殿下…」


タオル地のガウンを羽織ったアシュリーが、すっきりと晴れやかな顔付きで天蓋幕の向こう側から姿を現す。
夜通し恋人を抱いて睡眠不足かと思いきや、肌は艶めき、涼し気な目元にはくすみ一つない。


「今日は休みだ…ゆっくり横になっていればいい。急いで湯を浴びたつもりだが、一人にして悪かった」


慌ただしく浴室から出て来てレティシアを気遣うアシュリーの格好はというと…下穿きを身に着けず、ガウンの袖へ腕を通して肩に引っ掛けただけ。
清々しいくらい堂々と披露する鋼のような張りのある筋肉と均整の取れたスタイルは、雄壮且つ美しい。かの有名なダビデ像も潔く白旗を掲げることだろう。

無言の視線を察知したアシュリーはサッとガウンの前を合わせてベッドへ腰掛け『おはよう』と囁くと、レティシアの額へ優しく口付けた。長い黒髪が頬を撫でてスルスル滑って行く。


「おはよう…ふふっ、くすぐったい。殿下はどこかへ出掛けようとしているの?」

「いいや。ただ…私の代理で宮殿にいる叔父上が、公爵家へ戻る前に立ち寄ってくださるそうだ。だから、儀式が無事に済んだ報告とお礼を直接申し上げるつもりでいる」

「え?それなら私も」

「レティシアは休んでいて構わない。昨夜は無理をさせてしまった」


アシュリーは、何やら申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「私、記憶が曖昧で…途中で眠ってしまったのかしら?」

「…眠ったというか…気を失ったというか…」

「へ?」

「私の髪を結わえていた紐がいつの間にか解けて、見当たらなくなったんだ。それで、今みたいに身体に触れる髪がこそばゆいと言うから抱き起こした。覚えていないか…」

「…え…と…」

「…その…君が私の上に座って…」

「……上…?」


まさか、そんな大胆で恥ずかしい行為をしていたとは…全く記憶に残っていない。レティシアはいたたまれない気持ちで毛布を引っ張り上げ、顔を半分隠した。


(私が…殿下の上に馬乗り状態だったってこと?!)


腹の上に跨って弾む白い裸体は官能を誘い、甘い吐息と交互に響く淫らな水音は欲情を掻き立てて雄を狂わせる。快楽を拾おうと腰を揺らす拙い動きは愛おしくも緩慢で、もどかしさに堪え兼ねたアシュリーが下から激しく攻めた結果、レティシアは享楽の渦に呑まれて意識を飛ばす。


「…すまない…今夜は気をつける…」



─ グ~~ッ ─



アシュリーの呟きにタイミングよく返事をしたのは、レティシアの腹の虫だった。




──────────
──────────




「食事をする場所と…奥に休憩する個室。なるほど、部屋を仕切ったのですね。シャワー室を浴室に変えたのもいいです。これなら急な寝泊まりがあっても快適に過ごせますし、何より広くなって大公らしいではありませんか!」

「パトリックは純粋だな。レイは誰とお泊りするのやら」

「何です?カイン…後ろでブツブツと…」

「放っておけ」

「私は、殿下がやっとご自分の居場所に予算を割くお気持ちを持たれたことに大変感激しております」


アシュリーは宮殿内の私室を全面改装し、カーテンや壁紙、装飾品などのインテリアを明るい色に変え、立派な厨房を備え付けて、仮眠用の簡易なベッドを大きなものに入れ替えた。

個人秘書官室の小部屋も悪くはないが、正式にレティシアを婚約者とするならば、二人で気兼ねなく過ごすためにもこうした私室を構える必要がある。単なる自己満足だけではなく、今後、公爵家の養女となり大公妃へと上り詰めるレティシアを丁重に扱い、迎え入れる準備を行うことで、その存在と立場をしっかり周知させる目的を伴う。


「では、少し遅くなったが昼食ランチタイムにしよう。シェフを呼んで簡単な物を作らせてみるか…どうする?」

「あ、私は弁当を持参いたしました。お気遣いなく」

「俺も、ゴードンの飯を持って来た」

「………カイン…あなたという人は…」

「ゴードンが昼を過ぎても帰って来ない時は、大概外で食ってる。俺は飯を捨てずに済むよう、仕方なく処理してやっているんだよ」 

「毎回弁当が盗まれていれば、ゴードンも諦めてそうするしかないでしょう…気の毒に」


三日間の休みの間に溜まった書類を粗方片付け終えたアシュリーは、新しい私室のお披露目を兼ねて疲れ果てているパトリックを昼食ランチへ誘った。もれなく護衛のカインもついて来る。



    ♢



「殿下は、機嫌がよろしいようですね」 

「確かに、パトリックの言う通りだ。今日のレイはえらく落ち着きがあるじゃないか?今までは窓からチラチラ外を覗いて、痩せ我慢をしていた…」

「まるで、以前の私が忙しなく不機嫌だったかのような口ぶりだな。レティシアはいつも通り友人たちと一緒に昼を過ごしている。私も別に変わりはない。痩せ我慢などしなくていいように、お茶ティー休憩タイムを作っている」 

「いや、それこそが独占欲の表れって話じゃん」

「煩い」


カインと違い、パトリックは食事時のアシュリーを不満気だと思っていたわけではない。刻印の効果と、想い人を手に入れた余裕のある今の雰囲気が却ってそう感じさせたのだ。
パトリックとしては、昼休憩はさておき…執務に集中して貰えるだけで有り難い。この先、レティシアと婚約をすればもう心配などなくなる。
弁当を完食したパトリックは『そうだ、ダンス講師の手配を急がなければ』と独り言ちた。


「…ところで、レイ。どうだったんだ?」

「何が?」

「とぼけるな…初夜だよ、初夜!」

「とぼけていなくても、お前に言う必要はないが」

「…クソッ…パトリックも気になるよな?!」

「いいえ、全然。私はあなたと同類ではありません。変態扱いしないでください」

「……誰が変態だ。女の抱き方ってのはいろいろあるんだよ、俺なら最高のアドバイスをしてやれる。ちょっとは空気を読め…だからモテない…痛っ!」


カインの鼻先に、丸まった紙くずがクリーンヒットする。投げたのはパトリックだ。


「おまっ…どっから出して来た!」

「弁当の包み紙です」

「はぁっ?!」


しれっと答えて紙くずを拾うパトリックとカインの睨み合いに、アシュリーがため息をつく。


「私は、レティシアを伴侶にしたいと心から望んでいる。彼女が私と同じ気持ちでいてくれることをとても幸せに思う。刻印の儀を執り行い、私たちは強い絆で結ばれた。それ以上何も語るつもりはない」

「ごもっともです」

「…レイ…」

「カイン、グダグダ言わず…素直におめでとうと祝ってくれないか?」

「分かったよ…童貞卒業おめでとう!!……痛ぁっ!」








────────── next 192 公爵令嬢レティシア

初公開から2年が過ぎました。読んで下さる皆様のお陰でここまで書き続けて来れました。本当にありがとうございます。


※章の設定を少し細かく変更させて頂きました






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