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バラとユリの園
しおりを挟む太陽が白い雲に隠されて、白い半月が浮き上がる空の下。
バラ、なんだろうな。
広大な庭園の、低木の細い枝だけがあって。棘があるからバラだとは分かる。
暖かい季節に咲く花だけの、冬の庭は花も葉っぱもなく寒々としている。
魔女の告白の後、猫の鳴き声がして。それを追っていると皆んなとはぐれて、こんな寂しい場所に出てしまった。
鳴き声が止んだところで、その場所に、彼女を見つけてしまう。
リリー=マーカス公爵令嬢だ。
母親と同じチョコレート色の髪を若い女の子らしく長く垂らして、キラキラのアクセサリーで飾っている。ドレスと同じ赤がベース。そう言えば、母親と同じ様な格好だったな。全く同じでは無いが、お揃いみたい。
いつもだったらーー元の世界だったら、見なかったことにして、回れ右して帰ってる。
が、俺は彼女に向かって進んでった。
なんか俺、異世界に来てから進歩著しくない?
バラは所々アーチ状に枝を伸ばす様に形作られているが、全体に低く刈り込まれていて彼女の後ろ姿がよく見える。
令嬢は身動ぎもせず前を向いたままだ。
という事は、俺に気付いている。
「寒くはないですか?」
彼女の座っているベンチに少し距離をとって座る。
この時期、女性はストールというものを羽織ったりしないのだろうか?
自分の上衣を脱いで貸してあげるというのが定番だろうが、俺はどうしようと逡巡した。
ダメだ! 全く進歩なんてない!
そんなカッコいい事、ハードルが高過ぎる。
「ここ、昔はユリの庭でしたの」
全く紳士ではない俺を気にすることもなく、リリー=マーカスは喋り始めた。
「貴女の名前もそうですね」
「ええ。祖母がユリが好きで」
そこで彼女は言葉を切り、初めてこちらを向いた。でも俺には興味がない様子ですぐ前を向き直した。
「でも祖母が亡くなってすぐ、母はバラに植え替えてしまいました。
ここだけじゃなく、ありとあらゆる祖母の好きだったものを排除して自分の好きなものに取り替えました。
私の名前も、“ローズ”に変わるところでしたの。本当ですのよ」
彼女は自嘲気味に笑った。くすりと大人びた笑い方だった。
「それは流石に父にも実家の両親にも反対されたらしくて諦めたらしいですが。
時々、『ローズ』と呼ぶんです。無意識だったり、何かに凄く怒ってたりする時に」
自嘲気味に笑う彼女の横顔が歳より老けて見える。諦めてるのか、疲れてる証拠だ。
「私の結婚相手が決まらないのも、名前のせいだそうで。
もう直ぐ本当に『ローズ』にされてしまうかも。ますます笑いものですわね」
「私、母に逆らった事が無くて。小さい頃はそうでもなかっのですけれど。何かしようとすると、全部否定されてしまうんです。何だか色々面倒くさくなって、自分の意見も言うことがなくなって。そのうち自分が何をしたいのかも分からなくなりました」
「……俺は嫌いじゃないですよ、母上」
「でも母親にはしたくないでしょう?」
う~ん、言い返せない。
彼女はうふふと、今度は子供っぽく笑った。
「公爵家にもそれで断られました。表立っての理由として挙げられはしませんでしたけど。他にも理由はあったのでしょうけれど」
リロイと縁談話があったという事か。
それは初耳だ。
けど、成程それはそういう話は出るんだろうな。
家格も、歳も、釣り合いが取れて丁度いい。でも他人事の様で、嫌なカンジでもなかった。
彼女はうふふと、俺を見て笑った。
「あまりショック受けられませんのね。つまりませんわ」
「申し訳ありません」
思わず謝ってしまうと、うふふはコロコロになって長い間本当に楽しそうに笑うので、彼女を無視しなかった甲斐があったというものだ。
そんなに面白かったかな、俺の受け答え。
「こんなに笑ったの久し振り」
目尻に涙が光っている。
「戻りませんか? ここ寒いし」
俺の提案にリリー=マーカスは素直に立ち上がった。
悪戯心が出て、俺は腕を差し出した。
こちらの世界ではフツーに女性をエスコートするけど、純和風の俺にこんな事が出来るとは。
「噂になりますわよ」
「いいですね。どうせ噂の的ですから。
噂になってしまいましょう」
組んだ腕はお互い冷たかった。でもその内温かくなるだろう。
腕を組んで屋敷に戻りかけた俺たちの視線の先ーー冬のバラ園の向こうで人が動いているのが見えた。
リズベスト夫人が何かの部屋から出て来たところだった。
「あら、私の恋敵ですわ」
何と答えていいものか。
随分、印象が変わった。元はあけすけでさばけている女の子なのかも知れない。母上には及ばないけれど。
「お母様の衣装部屋に何かしら」
あちらの彼女はこちらの彼女と違って全く距離が縮まらないな。俺たちの存在も忘れてるんじゃないだろうか。それ以前に記憶にも残っていないのではなかろうか?
「母上の衣装部屋なんですか? 広いんでしょうね?」
「ええ、広大ですわ」
リリーは何故か遠い目になった。
「広大なのに、靴も夥しくて足の踏み場にも困るのに、お母様は足を取られることも無く、目当てのドレスに行き着くんですの。何の魔法を使ってるんだろうといつも不思議で」
その情景が目に浮かんで俺は大笑いしてしまった。
「あら、人を笑わせる事が出来るなんて」
彼女はにこやかにしっかりと前を向いた。
「私、大丈夫。ええ、もう大丈夫」
その瞬間。
公爵夫人自慢であるに違いない衣装部屋は爆発した。
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