婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。

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Ep.10 逆婚約破棄

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冬の夜、王宮の大広間は紅の灯に包まれていた。

壁一面の燭台が黄金に輝き、
磨かれた大理石の床が、光を映して淡く揺れている。

年末の舞踏会――、一年の終わりを祝う、王国最大の夜。

音楽が始まる前から、人々の視線は一点に集まっていた。

エインズワース家の馬車が、城門に到着したのだ。

クラリッサは緋色のドレスをまとっていた。
それは控えめな色ではない。
彼女自身が望み、沈黙を翻した。

リアが裾を整える。
「お嬢さま……いよいよですね」
「大丈夫。もう覚悟は決めたわ」

広間に入ると、楽団の音がひときわ高くなった。
視線が次々と彼女に向かう。そのすべてを、彼女は穏やかに受け止めた。

ルーファスが、玉座下の階段の前に立っていた。
金の刺繍を施した礼服。凛々しい姿に、誰もが「王太子」の威厳を見た。
だが、クラリッサにはその肩の緊張が見えた。

――彼は、まだ自分を支える言葉を持っていない。

マリアンヌは彼の隣にいた。
淡いピンクのドレスをまとい、微笑を浮かべ、
まるで夜そのものを味方につけたかのようだった。

「殿下、エインズワース嬢がお見えです」

側近の声に、ルーファスが振り向いた。

その瞬間、クラリッサは歩を進めた。

裾が静かに床を滑る。

誰もがその音を聞いたように感じた。


◇◇◇


軽やかな音楽が流れる中、エインズワース公爵がゆるやかに玉座のもとに進み出る。
白金の髪を撫でつけ、よく通る声で言い放った。

「陛下。本日は、王太子殿下と我が娘クラリッサの婚約について――申し上げたいことがございます」

「婚約の件だと?」
 国王がわずかに眉を上げた瞬間、公爵の声が響き渡った。

「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」

一瞬、音楽が止まる。沈黙が広間を覆った。

「理由はただひとつ。
 互いの“誠実の均衡”が崩れたためである。
 誰が悪く、誰が良いということではない。
 王国の秩序を守るため、ここに形を改める」

ルーファスが立ち上がった。
「待て、公爵、それは――」

マリアンヌの指が、そっとルーファスの袖を制した。
「殿下、どうか……今は何もおっしゃらないで。わたくしがそばにおります。」

クラリッサは、一歩前に出た。
周囲が息をのむ。
マリアンヌの瞳が、恐れとも驚きともつかぬ色に変わった。

クラリッサは深く礼をした。
「この七年、王家の名のもとに誓いを交わし、多くを学びました。
 殿下の未来が祝福に満ちたものでありますように」

短く、しかしはっきりと。
――シャーロット王女との約束どおり、「一度だけ笑って」。
その笑みは誰にも責められないほど静かで、涙よりも痛みを伝えた。

ルーファスが言葉を探したが、何も出てこなかった。
「クラリッサ……僕は――」
「どうか、お言葉をおしまいください。
 今宵は、王国の祝いの夜です」

マリアンヌがそっと彼の腕を取った。
「殿下、ここで無理をなさらないで」

その声は甘く響いたが、その瞳の奥に一瞬、勝ち誇る光が見えた。

エドガーは静かに壇を降り、娘の傍らに立った。
「行こう」
「はい」

二人は人々の間をゆっくりと歩き、扉の前で一度だけ振り返った。

クラリッサの視線はルーファスに向いた。

そこには怒りも涙もない。

ただ――終わりを受け入れた者の静けさだけがあった。

広間の扉が閉じる。音楽が再び流れ出す。
だが、それはもう、先ほどの旋律ではなかった。

まるで別の国の曲のように、
調べの中に新しい時代の気配が混じっていた。


◇◇◇


馬車の中で、リアがすすり泣いていた。
「お嬢さま……おつらくはありませんか」
「少しだけ、寒いわ」

クラリッサは手袋の上から指を重ね、窓の外の雪を見た。
「でも、寒さは痛みを隠してくれるの」

リアは涙を拭った。
「殿下……あの方は、きっと後悔なさいます」
「後悔は、本人の救いです。わたしのものではありません」

エドガーが静かに目を閉じた。
「――よく、やり遂げた」

その声は淡々としていたが、普段よりもわずかに柔らかかった。

クラリッサはその声を聞きながら、初めて、ほんの少しだけ目を伏せた。
「ありがとう、ございます……父上」

雪が車窓を流れる。

白い夜が、ゆっくりと遠ざかっていった。


◇◇◇


その夜、王宮の奥で。

ルーファスは静まり返った部屋に一人でいた。

手の中には、クラリッサから返された指輪。
小さな金の輪に、薄く光が残っていた。

「……僕は、何を守りたいのか」

指輪を握りしめ、前を向いたその瞳には、強い光が宿っていた。
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