婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。

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Ep.18 マリアンヌの最期

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拘禁塔の朝は、いつも薄暗い。

しかしその日だけは、窓の外から柔らかな光が差し込んでいた。

春の光。
冷たさと温もりが混じりあい、石壁を金色に染めていく。

マリアンヌは静かに目を開けた。
昨夜からほとんど眠っていない。
けれど、不思議と穏やかな気持ちだった。

「離れていても、あなたを感じています、殿下。
 ――どうか、見ていてね」

誰に聞かせるでもなく、囁く。

看守が扉を開けた。
「ロシュフォール令嬢、支度を」

マリアンヌは立ち上がり、乱れた髪を整えた。
足音は響かない。
まるで、地面が彼女の歩みを受け入れているかのようだった。

石段の上、淡い陽光のもとに小さな広場があった。
そこには、白い布が一枚、風に揺れている。
刃を覆うための布。
儀式のように整えられた処刑台の前で、彼女は立ち止まった。

「最期に言葉を」

司祭の声が静かに響く。

マリアンヌは空を見上げた。
春の空は高く、雲が流れている。

「――私は、間違えてなどいません。
 この国の“均衡”は、もう古い。それを変えたかった。
 たとえこの身が滅びても、
 いつか誰かが、この思いを拾うでしょう。」

彼女は微笑んだ。

「思い残すことはありません。
 わたくしの理想は滅びない、
 それを信じて逝けるのですから。」

風が吹いた。
花の香りが舞う。

その香りの中で、刃が振り下ろされた。

音は短く、澄んでいた。

白布が揺れ、ひとひらの花弁が血に触れた。


◇◇◇


その日の同刻、修道院の鐘が鳴った。

ルーファスは中庭のベンチに座り、目を閉じていた。
鐘の音が遠くまで響く。

彼は静かに手を組んだ。

「君の理想は、壊れなかったよ」

囁きは風に溶けた。

目を開けると、修道士の子どもたちが花壇を手入れしている。
彼らの笑い声が、春の空気を震わせていた。

ルーファスは立ち上がり、彼らのそばに膝をついた。
「花は、どこにでも咲くのだな」

子どもが笑う。
「はい、殿下……あ、もう“殿下”じゃないんでしたっけ」

ルーファスは穏やかに笑った。
「それでいい。名前で呼んでくれ」

彼の掌には、一輪の白い花。
その小さな花びらに、血の色が重なって見えた。
だが、それはもう恐怖ではなく、祈りのように見えた。


◇◇◇


同じころ、クラリッサは王宮の回廊を歩いていた。

春の光が、彼女の肩に落ちる。
廊下の窓からは、咲き始めた花々が見えた。

セドリックが近づいてくる。
「処刑が……終わりました」

クラリッサは短く目を閉じた。
「そう……ですか」

「あなたが止めようとしたと聞きました」
「止めることはできませんでした。
 けれど、祈ることはできました」

セドリックは言葉を探し、やがて静かに問う。
「彼女の理想は、間違っていたと思いますか?」

クラリッサは少しだけ笑みを浮かべた。
「いいえ。」
「理想は、いつも少し間違っていて、
 それでも誰かを動かすものです。
 だから、彼女もまた“この国を変えた人”です。」

セドリックは深く頷いた。

クラリッサは回廊の先を見つめた。
その先には、春の庭と、青い空。

「マリアンヌは“動く火”でした。
 わたしは“残る光”でいられたらいい。
 この国に、二つの誠実があったことを、
 いつか誰かが思い出せるように――」

風が吹いた。
花弁が舞い、陽光の中できらめいた。

その一枚が、彼女の掌に落ちる。
彼女はそっとそれを包み込み、微笑んだ。

――誠実の均衡、守る者ここにあり。

その言葉が、静かに春の空に溶けていった。
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