23 / 29
After 1. あなたと見る、やわらかな景色
しおりを挟む
春の午後。
王宮の裏庭では、土の匂いと若葉の香りが混じり合っていた。
クラリッサはスコップを手に、苗を植え替えていた。
白い手袋の指先が、湿った土に沈む。
「まさか、公爵令嬢が泥だらけになるとは」
声の主はセドリックだった。
いつの間にか背後に立ち、腕を組んでいる。
「見物ですか?」
「いえ、警護のつもりです。あなたに悪い虫が付かないか心配で」
クラリッサはくすっと笑い、髪をかきあげた。
「父上がご覧になったら、あなたのことを"悪い虫"と言いそうですね」
「確かに」
ふたりの間に、やわらかな笑いが生まれた。
沈黙のあと、クラリッサが小さく息をついた。
「この庭の名前、“誠実の庭”に決まったそうです」
「あなたが決めたのでは?」
「提案しただけです。――でも、いい名前でしょう?」
セドリックは彼女の手元を見つめた。
土に触れる指。折れても立ち上がる芽。
「誠実とは、こういうことかもしれませんね」
「え?」
「静かに根を張り、見えないところで生きる強さです」
クラリッサは微笑み、また一つ苗を植えた。
「……それなら、この庭は、あなたに少し似ているかもしれませんね」
セドリックが返事を探す前に、風が吹いた。
春の風が、ふたりの間の距離をほんの少し縮めた。
◇◇◇
午後、突然の雨。
王宮の回廊の外では、水滴がガラスを滑っていた。
クラリッサは執務机の上の書類を整えていた。
「文面、ここ。もう少し柔らかくしたほうがいいと思いませんか?」
セドリックが身を寄せ、肩越しに覗き込む。
その距離が近く、クラリッサは一瞬、息を止めた。
「……柔らかく、とは?」
「“施行する”より、“始める”の方がいい。国の歩みを人の歩みに近づけたいんです」
セドリックはしばし考え、頷いた。
「あなたの言葉は、いつも温度がある」
「温度?」
「人を動かすとき、理屈よりも温もりが必要なんです」
クラリッサは少し笑って、ペンを置いた。
「なら、セドリック様は“温もりのある理屈”を探してください」
「……それは難題ですね」
雨音が強くなり、窓を叩く。
セドリックが立ち上がり、窓辺に近づく。
クラリッサはその背を見つめながら、静かに言った。
「わたし、ようやくわかったんです。
誠実って、正しさよりも“選び続けること”なんですね」
セドリックは振り返り、優しく微笑んだ。
「あなたはもう、それを体現している」
彼の手が机の上に伸びた。
書類を押さえようとした拍子に、彼女の指先と触れる。
一瞬の静寂。
その沈黙が、言葉より深く、胸に残った。
◇◇◇
雨が上がり、空が金に染まる。
クラリッサは外に出て、濡れた花びらを撫でた。
「生きてますね」
「ええ。――どんな嵐にも負けないようです」
セドリックが傘を畳み、隣に立った。
「あなたが植えた花は、よく根づく」
「育てるのは得意なんです」
「国も、ですか?」
「ふふ、それは皆で育てるものです」
ふたりの視線が合う。
その間に、夕陽が差し込み、影が重なった。
クラリッサは小さく言った。
「……セドリック様。あなたがいたから、わたしは沈黙を越えられました」
「あなたが言葉を選び続けたから、私は信じられた」
言葉が重なり、静かに溶ける。
まるで、二人の間に咲く花が呼吸しているようだった。
◇◇◇
夜。
エインズワース邸の庭では、灯籠の光が花々を照らしていた。
ふたりは並んでベンチに座り、紅茶を手にしていた。
風が通り、カップの縁が触れ合って小さな音を立てる。
「静かですね」
「静けさは、次の言葉が育まれる場所ですよ」
クラリッサが頷く。
「昔は、沈黙が怖かったんです。
でも今は――あなたとなら、この静けさが愛おしいです」
セドリックが、そっとカップを置いた。
「私も同じです。
言葉の先に、あなたがいる。
それだけで、この世界を信じられる。」
クラリッサは彼を見つめた。
月明かりの中、頬がわずかに紅く染まっていた。
「これからも、一緒に歩んでくださいますか?」
「ええ。――あなたと、この道を選び続ける限り、いつまでも」
ふたりの指が、静かに触れ合った。
◇◇◇
夜が明ける。
東の空が薄桃色に染まり、花びらが光を受けて揺れる。
クラリッサは微笑み、手を伸ばして一輪の花を摘んだ。
「この庭を、未来の王女たちが見てくれたらいいですね」
「ええ。――そこにはきっと、“誠実”の花が咲いているでしょう」
ふたりは並んで立ち、朝の光を見つめた。
風が通り抜ける。
クラリッサは静かに目を閉じた。
“誠実とは、選び続けること”
セドリックが、そっと彼女の手を取った。
クラリッサはその温もりを握り返す。
そして――二人は、新しい一歩を踏み出した。
王宮の裏庭では、土の匂いと若葉の香りが混じり合っていた。
クラリッサはスコップを手に、苗を植え替えていた。
白い手袋の指先が、湿った土に沈む。
「まさか、公爵令嬢が泥だらけになるとは」
声の主はセドリックだった。
いつの間にか背後に立ち、腕を組んでいる。
「見物ですか?」
「いえ、警護のつもりです。あなたに悪い虫が付かないか心配で」
クラリッサはくすっと笑い、髪をかきあげた。
「父上がご覧になったら、あなたのことを"悪い虫"と言いそうですね」
「確かに」
ふたりの間に、やわらかな笑いが生まれた。
沈黙のあと、クラリッサが小さく息をついた。
「この庭の名前、“誠実の庭”に決まったそうです」
「あなたが決めたのでは?」
「提案しただけです。――でも、いい名前でしょう?」
セドリックは彼女の手元を見つめた。
土に触れる指。折れても立ち上がる芽。
「誠実とは、こういうことかもしれませんね」
「え?」
「静かに根を張り、見えないところで生きる強さです」
クラリッサは微笑み、また一つ苗を植えた。
「……それなら、この庭は、あなたに少し似ているかもしれませんね」
セドリックが返事を探す前に、風が吹いた。
春の風が、ふたりの間の距離をほんの少し縮めた。
◇◇◇
午後、突然の雨。
王宮の回廊の外では、水滴がガラスを滑っていた。
クラリッサは執務机の上の書類を整えていた。
「文面、ここ。もう少し柔らかくしたほうがいいと思いませんか?」
セドリックが身を寄せ、肩越しに覗き込む。
その距離が近く、クラリッサは一瞬、息を止めた。
「……柔らかく、とは?」
「“施行する”より、“始める”の方がいい。国の歩みを人の歩みに近づけたいんです」
セドリックはしばし考え、頷いた。
「あなたの言葉は、いつも温度がある」
「温度?」
「人を動かすとき、理屈よりも温もりが必要なんです」
クラリッサは少し笑って、ペンを置いた。
「なら、セドリック様は“温もりのある理屈”を探してください」
「……それは難題ですね」
雨音が強くなり、窓を叩く。
セドリックが立ち上がり、窓辺に近づく。
クラリッサはその背を見つめながら、静かに言った。
「わたし、ようやくわかったんです。
誠実って、正しさよりも“選び続けること”なんですね」
セドリックは振り返り、優しく微笑んだ。
「あなたはもう、それを体現している」
彼の手が机の上に伸びた。
書類を押さえようとした拍子に、彼女の指先と触れる。
一瞬の静寂。
その沈黙が、言葉より深く、胸に残った。
◇◇◇
雨が上がり、空が金に染まる。
クラリッサは外に出て、濡れた花びらを撫でた。
「生きてますね」
「ええ。――どんな嵐にも負けないようです」
セドリックが傘を畳み、隣に立った。
「あなたが植えた花は、よく根づく」
「育てるのは得意なんです」
「国も、ですか?」
「ふふ、それは皆で育てるものです」
ふたりの視線が合う。
その間に、夕陽が差し込み、影が重なった。
クラリッサは小さく言った。
「……セドリック様。あなたがいたから、わたしは沈黙を越えられました」
「あなたが言葉を選び続けたから、私は信じられた」
言葉が重なり、静かに溶ける。
まるで、二人の間に咲く花が呼吸しているようだった。
◇◇◇
夜。
エインズワース邸の庭では、灯籠の光が花々を照らしていた。
ふたりは並んでベンチに座り、紅茶を手にしていた。
風が通り、カップの縁が触れ合って小さな音を立てる。
「静かですね」
「静けさは、次の言葉が育まれる場所ですよ」
クラリッサが頷く。
「昔は、沈黙が怖かったんです。
でも今は――あなたとなら、この静けさが愛おしいです」
セドリックが、そっとカップを置いた。
「私も同じです。
言葉の先に、あなたがいる。
それだけで、この世界を信じられる。」
クラリッサは彼を見つめた。
月明かりの中、頬がわずかに紅く染まっていた。
「これからも、一緒に歩んでくださいますか?」
「ええ。――あなたと、この道を選び続ける限り、いつまでも」
ふたりの指が、静かに触れ合った。
◇◇◇
夜が明ける。
東の空が薄桃色に染まり、花びらが光を受けて揺れる。
クラリッサは微笑み、手を伸ばして一輪の花を摘んだ。
「この庭を、未来の王女たちが見てくれたらいいですね」
「ええ。――そこにはきっと、“誠実”の花が咲いているでしょう」
ふたりは並んで立ち、朝の光を見つめた。
風が通り抜ける。
クラリッサは静かに目を閉じた。
“誠実とは、選び続けること”
セドリックが、そっと彼女の手を取った。
クラリッサはその温もりを握り返す。
そして――二人は、新しい一歩を踏み出した。
70
あなたにおすすめの小説
「偽物の聖女は要らない」と追放された私、隣国で本物の奇跡を起こしたら元の国が滅びかけていた件
歩人
ファンタジー
聖女リーゼロッテは、王太子カールに「お前の加護は偽物だ」と断じられ、
婚約を破棄された。代わりに聖女の座に就いたのは、愛らしく微笑む男爵令嬢エルゼ。
追放されたリーゼロッテが隣国に辿り着いたとき、その地は疫病に苦しんでいた。
彼女が祈ると、枯れた泉が蘇り、病は癒え、荒野に花が咲いた。
——本物の聖女の力が、ようやく枷を外されて目覚めたのだ。
一方、リーゼロッテを失った王国では結界が綻び始め、魔物が溢れ出す。
カールは今さら「戻ってくれ」と使者を送るが、リーゼロッテの隣には、
彼女の力を最初から信じていた隣国の若き王がいた。
「あの国に戻る理由が、もう一つもないのです」
選ばれなくてよかったと、今は思います
たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。
理由は「家格の不一致」。
傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。
王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。
出勤すると、一枚の張り紙があった。
新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。
昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。
彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。
でも仕事の評価だけは正確だった。
「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。
婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~
鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。
私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。
公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。
だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読?
そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため!
王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。
アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる!
すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため――
「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは?
痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド!
破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
婚約破棄はあなたの意思でしたわね? ~王太子を廃嫡に追い込み、義妹を平民に落とした公爵令嬢は新時代の王妃になります~
鷹 綾
恋愛
王立学園の卒業舞踏会――
公爵令嬢ヴェルミリアは、王太子アルヴァリオから突然の婚約破棄を言い渡された。
「俺は、君の義妹セシルを愛している」
涙を浮かべる“可哀想な妹”。
それを守ると宣言する王太子。
社交界はヴェルミリアを冷酷な姉と断じた。
けれど彼女は、ただ微笑んだ。
なぜなら――
王家が回っていたのは、彼女の裏調整と資金管理のおかげだったから。
婚約破棄の翌日、王家の事業は次々と停止。
王太子の無責任な契約、義妹の盗用、不正資金の流れが暴かれていく。
守ると誓ったはずの義妹を、王太子は切り捨てる。
だがもう遅い。
王太子は廃嫡。
義妹は爵位剥奪のうえ平民落ち。
二人はすべてを失う。
そして――
「責任を共有できるなら、共に歩みましょう」
冷静沈着な第二王子との正式婚約。
王国再建の中心に立つのは、かつて捨てられたはずの公爵令嬢だった。
婚約破棄はあなたの意思でしたわね?
選んだ未来の責任を――
きちんとお取りいただきます。
さよなら王子、古い聖女は去るものなのです
唯崎りいち
恋愛
元聖女の私は、自分が無能だと思い、有能な新しい聖女に任せるために王都を去ることを選んだ。しかし幼なじみの王子は、私を追いかけてくる。王子の真剣な想いと、自分の無自覚な力が国や人々に影響を与えていることに気づき、私は王都へ戻る決意をする。こうして二人は互いの気持ちを確かめ合い、結ばれる――自己評価の低い少女が本当の価値と愛に気づく、ハッピーラブファンタジー。
婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。
しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが──
「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」
なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。
さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。
「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」
驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。
ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。
「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」
かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。
しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。
暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。
そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。
「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」
婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー!
自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる