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9、はじめての詩
しおりを挟む今夜で最後にしたいと伝えたとき、拓斗は優しくほほ笑んで、
「もえぎさんを忘れません」
と言った。
…なにもかも、知っていたのかもしれない。
わたしたちは、ルイ・ロデレールのシャンパンで乾杯してから、三十九度の湯を張って、一緒にバスタブに入り、体をぴったりと密着させた。ひと言も話さず、ただじっとしていた。
やがて、わたしは声を出さずに泣いた。
わたしが泣き止むのを待ってから、風呂から上がり、
「これを見てください」
と彼は一冊の週刊誌を出した。
サンデー湯河に関するスクープ記事が載っていた。
…事務所社長は、所属する俳優たちに同性愛行為を強要している。被害者の中には、人気俳優の窪田拓斗も含まれており、未成年の頃から関係は続いているとみられる。
「ニューヨークに雲隠れさせられるんですよ」
彼が言った。
「地球の裏側ね」
「ねぇ、ぼくたち、向こうで会えませんか?契約とか難しいことはなしで…ふつうの男と女として」
「外国には興味がないの。わたし、飛行機も嫌いだし…パスポートだって持っていない」
「本当に?」
「本当よ」
「終わりなんですね」
「終わりなの」
「もし、今夜、ぼくが一緒に死にたいと言ったら、そうしてくれますか?」
と彼が訊ねた。
「もちろん」
とわたしは答えた。
「そうできたなら、どれだけ幸せだろうな…」
「そう思う」
「ある映画で、こんなセリフがありました…愛するひとの美しさが音楽と春風に溶け、一瞬、世界が完璧になった。私は、それが永遠に続くことを祈った…」
そう言って、彼はわたしを背中から抱きしめた。
「わたしたちも祈りましょう」
とわたしが言った。
…そして、言葉は失われた。
…それから何日かが過ぎ、わたしは拓斗を思って、はじめての詩を書いた。
透明な青い空の下で
たとえばですよ、
あのひとが野球をするとして、
わたしはどうするか?
お弁当をつくって、
球場に持っていきます。
声がかれるくらいに応援します。
透明な青い空の下で。
たとえばですよ、
あの人がサーフィンをするとして、
わたしはどうするか?
お弁当をつくって、
ビーチに持っていきます。
全身、こんがり日焼けします。
透明な青い空の下で。
たとえばですよ、
だから、たとえばなんですよ。
透明な青い空の下で。
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