第3惑星レポート

野洲たか

文字の大きさ
6 / 6

6、未知へ挑戦する勇気、とでもいうのかしら?

しおりを挟む


 *

 寝室の大きな窓からは、荘厳な朝陽が差しこむ。
 早起きして、珈琲だけ飲みながら、真瑠斗くんはパソコンを開いた。しかし、昼過ぎまで画面を睨んだだけで、一行たりと書けなかった。肩に力が入りすぎていた。
「おまえの荷物を引き取りにきてくれ」
 スマホが鳴って、山形シゲキからいきなりそう言われた。
 先日の電話で、家賃も電気代もガス代も水道代も払わないと伝えたのだが、シゲキからこんなふうに追い出されるとは予想していなかった。(だいたい、誰のせいでアパートに住めなくなったというのだ!)
 シャワーを浴びて支度して、猛烈な暑さの中、最寄り駅まで十五分も歩き、地下鉄を乗り継いで三十分、自宅アパートへと向かった。ブラックのVISAカードでタクシー代くらい簡単に払えたけれど、そうはしたくない気分だった。
「段ボールへ詰めておいたよ。おまえ、持ちものが本当に少ないな。たった三つにおさまった。マットレスや布団はリビングに出してある。捨てるなら捨ててやるけど」
「いくらなんでも、手際が良すぎないか」
 むっとして、真瑠斗くんはシゲキをにらんだ。
 シゲキの後ろから、青森街子さんが姿をあらわした。
 はじめて見るピンクのワンピースを着ている。
 透明感があって、相変わらず可憐だった。
「ここに引っ越すの。真瑠斗が出ていくって聞いたから」
 なんの罪悪感もない感じで、彼女が言った。
「ぼくの部屋に?」
「そう。シゲキくんが家賃を払ってくれるって」
「そうなのか?」
 真瑠斗くんは、シゲキを見た。
 きまり悪そうに、シゲキが頷く。
 折り畳みの簡易ベッドが置かれてある。もう彼女は寝泊まりしているのだ。
「おまえ、服装の印象が変わったな。シンプルだけど、それって、すごい高級品だろう」
 シゲキは真瑠斗くんの変化に気付いていた。
「前から持ってる安物だよ」
 そういうことにしておいた。事情を話したって、信じてもらえるわけがない。
「実家に帰るのか?」
 シゲキが聞いた。
「うん、そうする」
 仕方なく、そう嘘をついた。
「小説家、あきらめるなよ。豆腐屋をやりながらでも、休日なら書けるだろう。親の喫茶店を継いでも、おれはロックを止めないつもりだ」
「もう、友だちのフリをするのはやめてくれ」
「真瑠斗…」
「おまえは信用できない」
 さっさと段ボールの中身を確認して、そこに自分の人生に必要なものがひとつもないことを知った。これまで大切だと思っていたもの、それさえもがどうでも良いものに感じられた。
「ぜんぶ捨てておいてくれ。マットレスや布団と一緒に」
 真瑠斗くんは言った。
「なんだか、おれも捨てられた気分だ」
 シゲキがそう答えた。
「ふたりとも仲直りして」
 街子さんが見かねてはいった。
「シゲキは止めておいたほうがいいです。こんな嘘つきな男。友だちを平気で裏切るような人間だから」
 そう言ってから、真瑠斗くんは涙ぐんだ。
 つらそうな顔のシゲキの手をつないで、街子さんがこう言った。
「シゲキくんはね、謙虚だわ。誰に対しても公平なの。でも、真瑠斗はね、物腰は穏やかだけど、実際は違う。他の人間より自分が優れていると思っている。特別な人間だと信じている。そんなふうに思うのって、不公平じゃない?そんなふうに思うのって、そばにいる人を不幸せにするんじゃないかしら」


 *

 その日、昼も夜も食事しなかった。
 真瑠斗くんは、水しか飲まなかった。
 ホテルの部屋に戻って、灯りも点けず、シャワーも浴びず、着替えもせず、ベッドの上にただ横たわった。
 目を閉じて、たくさん涙をこぼした。
 街子さんの言葉には説得力があった。
 ぼくは傲慢な人間なのだ、と。
 とにかく、眠ることにした。
 他にできることがないように思えた。
「朝の散歩に付き合ってください」
 翌朝、美音さんがアン王女を抱いて、部屋を訪ねてきた。
 着の身着のままで、髪の毛もバサバサだったけれど、そうすることにした。
 …庭園へ出ると、雨が降っていた。
「こんな天気でも、アン王女を歩かせるのですか?」
「まさか!抱っこしたままで歩きます。外の空気を吸うだけでも気分が良くなるから。わたしたちだって、同じでしょう」
 ホテルの傘を借りて、三人(?)で庭園を歩く。
 好奇心いっぱいの目で、アン王女が周囲を眺めている。
 雨音がドラムみたいに響いた。
「ぼくには小説を書く資格がないと思います」
 思います、と言ったのは、美音さんから慰めてほしかったのかもしれない。そんなことはないわ、きみには才能があるのだからって。
「書きたいときに書けばいいし、書きたくないときは書かなくてもいい。資格なんか必要ありませんよ。きみは、人類の素晴らしさを愛だとか言っていたけど、愛がなんなのかなんて誰も答えを知らないでしょう。そんな、訳の分からないことを描こうとする姿勢こそが人間の素晴らしさなのでは、とわたしは思います。未知へ挑戦する勇気、とでもいうのかしら?」
 そう言って、突然、美音さんは真瑠斗くんの頬っぺたをベロンベロンと舐めた。まさしく、犬の愛情表現らしく。
「いったい、どうしたんですか!」
 真瑠斗くんの顔は真っ赤になった。
 次の言葉が出てこなかった。
「アン王女からアドバイスを受けました」
「アドバイス?」
 アン王女が、美音さんの手の甲を舐めている。
 そこには愛が感じられた。
「人間を知りたいなら、人間を愛してみなさいって」
 美音さんは立ち止まり、真瑠斗くんと向かいあった。
 真瑠斗くんは緊張して、傘のハンドルをぐっと握った。
 さらに雨がひどくなってきた。
「真瑠斗くんを愛させてください」
「えっ?」
「聞こえましたよね」
「ぼっ、ぼくをですか?」
「迷惑ですか?」
「いいえ、迷惑だなんて…でも、だけど…本当に?」
「覚悟してください。マスコミにも発表しますから」
「へっ?」
 …そんなふうにして、降りしきる夏の雨の中でふたりは付き合うことになった。


 *


 これが現実なのか、秋田真瑠斗くんにはまだ分からない。
 女優の円塔美音さんやチワワのアン王女、庭園のある豪華なクラッシックホテル、そして、おおいぬ座の異星人たちが実際に存在するのか?『第3惑星レポート』を書いていくことで、それは明らかになるのだろう。
 ひとつ確かなことは、人生でも小説でも、あらゆる物語には終わりというものがあって、そこをめざして時間は容赦なく流れていくということだ。
 もしかしたら、ぼく自身こそが架空の人物なのかも?
 真瑠斗くんは、そう思うことがある。誰かほかの人間がこの文章を綴っているような気がしてならないのである。『第3惑星レポート』の中でこれより起こるであろう数々の事件も、実はまだ書かれておらず、まっ白なページの状態のままなのかもしれない。
 ありがちな発想だな、と真瑠斗くんは反省する。
 とにかく、毎日、パソコンに向かおうと決意した。一ページでも一行でも前へ進みたい。そして、それが人類の存在の証明となってくれれば最高だけど、と願うのだった。
 そんなふうにして、この物語は続く。


 THE END


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...