リズエッタのチート飯

10期

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生まれた選択肢

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「久しぶりだな、嬢ちゃん! っとそっちはーー?」
「こちらこそお久しぶりです、エリオさん。 これはスヴェン。私のーーーー理解者? 保護者? 友人? ーー取り敢えずただの商人のスヴェンです!」

 ニッコリと笑ってエリオに対峙し、言われるがままに席に着く。エリオはエリオでスヴェンの名前を聞いた時に眉を微かに動かしたが、今は私が優先。 
 そのままスヴェンにも軽く挨拶を交わし、私の隣の席へ案内して咳払いをした。
 私はスヴェンが頷くのを確認し、そして"商談"の開始である。

「オスカーさんに聞きましたが、なんでもヤンを引き抜きたいとか? それはつまりここで働かせるということでいいんでしょうか?」
「嗚呼、それで間違っちゃいねぇよ。 もちろん嬢ちゃんには断る権利があるし、こっちも無理矢理引きぬこうと思っちゃいねぇ。 勿論ただで引きぬこうとも思っちゃいねぇよ。 それなりの対処はさせてもらうさ」
「そうですか、それは有難い。 ちなみにスヴェン、こういった時の相場はどのくらい?」

 このままズケズケと会話を続けてスヴェンに殴られるのは分かりきっている。
 そうなる前にスヴェンに話を振り、意見を求めるのが正解だ。私だって頭を叩かれるのは避けたいのだ。

「通常ならば銀貨五、六枚。 だがヤンは孤児だし仕事内容もそれほど難しくない。それを考慮するとそれより低く見積もって銀貨二、三枚じゃないか?」
「なるほど、銀貨二、三枚ね……」

 ハウシュタットで働いてるものの平均賃金は月、金貨一枚。この金額は主に"一般的な労働者"の賃金だ。貧民層になれば銀貨五、六枚で、孤児ならばもっと下の大銅貨程。
 それから考えるに銀貨二枚でもかなりの儲けになる。

 だがしかし、そこは問題じゃない。
 ぶっちゃけ今のヤンの稼ぎから私の手元に来るのはほんの僅かな金額で、比べようもないのだから。

 問題となるのはつまり、ヤン自身の意思なのだ。

 オスカーの横に気まずそうに俯くヤンに目をやり、そしてスヴェンに耳打ちをする。
 スヴェンは溜息を吐きながらも好きにしろと頭を掻き、私は椅子から立ち上がりヤンの目の前へ立った。

「ヤン、エリオさんは君を雇いたいようだ。 君はどうしたい?」
「お、俺はっーー!」
「好きにしなさい、君の人生なんだから。 私はこのまま君の生活を背負って生きる気はなんて全くないし、後からついていけば! ついていかなければ! なんて恨み言を言われたらたまらない。 自分の行く末くらい自分で選びな」

 そう言ってスヴェンをチラリと見れば呆れた顔をし、エリオとオスカーは驚いたような顔をする。
 そりゃ雇い主である私の権限ではなく、雇用者に、しかも身寄りのない孤児の意思を聞くなんて思ってはいなかったのだろう。
 何せこの世界じゃ孤児なんてモノと同じ扱いを受けるか、まるでいないもののような存在の一つ。
 意思なんてあってないようなものなのだ。

 そんな中聞き方によってはまるで善人のような私のセリフ。
 そこにあるのは言った通りの意味で、私は誰かの人生なんて背負いたくもないと云う意思そのもの。
 ぶっちゃけヤンがいようがいまいが保存食で稼いでいる分があるし、このまま残ったとしてもはした金と言っていい程度の金が入るくらいだ。大した額じゃない。

「私としてはエリオさんについてった方がいいと思うよ? このままここに残っても仕事が絶えずあるとは限らないし、今後引き抜きなんて事がまたあるかも分からない。 もし他の子供らのことを気にしてるなら、それは君が考えることじゃないだろう? アイツらだってほかの仕事に就いてるし、稼げてる。 年長一人の稼ぎが抜けたくらいで死ぬような環境ではもうないさ。 それにヤンが船員になればアイツらにもいい例にもなるしね。 頑張った分だけ報われるって!」

 私がにこりと笑ってそう言ってやればヤンは唇を噛み、そして働きたいとだけ小さく漏らした。

「ーー船に乗る機会なんて一生ねぇって思ってた、まともな仕事につける事なんてねぇって思ってた!  だから、働けるなら俺はここで働きたい! それに海の向こうがどんなになってるかも見てみたい!」
「んじゃそれで決まり! エリオさん、私には銀貨一枚でいいですので残りのお金はヤンの支度金にしてやって下さい。 流石にボロ服無装備で船に乗らず事なんて出来ないでしょ? なるべく長持ちするものを持たせてやって下さいな」

 終わった終わったと腰を上げ、背伸びをする。柔らかい椅子の座りごごちは中々良いが、どうも眠くなってしまう。

 それで良いのかと問うエリオに構いませんとだけ返し、私はスヴェンの手を取った。

「あ、そうそう。 スヴェンは中々の商人でしてね? よろしければいくらかものを買いません? なぁに、私とエリオさんの仲です。 スヴェンだって売ってくれますよ、ね?」
「ーーお前はまた勝手に……。 でもまぁ、私もエリオさんが運んでいる荷物に興味があります。 宜しかったらいかがでしょう?」

 エリオの船は街で一番と言っていいほど大きく、尚且つ他の領地からの大量の何かを運ぶ貿易船だ。
 最初に挨拶を交わした時、スヴェンの名前を聞いたエリオは一瞬眉を動かしたし、取引を持っても悪くないだろう。
 それにスヴェンもスヴェンで輸入品に興味があるなら問題はない。

「ほう、それは有り難い話だ。 それならばいくつか保存のきく物をいただきたいのだがーー」
「船旅には保存食がつきものです。 用意いたしましょう。 その代わりと言ってはなんですが一つお願いしたいものがありまして……」
「ーーそれはどういったもので?」
「なんといいますか、ペコランの番いか子供を手に入れたい。 番いなら三、四組だとなお嬉しいですね」

 ペコランというのは山羊のような姿をしているらしい動物だ。生息地は高い場所にある草原で、ハウシュタットを含めたこの地域にいない動物でもある。
 なぜそんな動物が欲しいのかと問われれば、私は間違えようもなくスヴェンの考えを当てる事が出来た。

 ペコランの乳は甘く濃厚で、チーズにしてもミルクのままでも一級品。ハウシュタットで買えなくはないが高級品に分類されるものである。
 私がよく買っているチーズが粗悪品とは言わないが、ペコランのもののと比べてしまえば劣る品。
 故にスヴェンはこう考えたのだろう。

 リズエッタのところで飼育すればいいんじゃね?

 と。

 そう考えれば、頷ける。
 前々からうまいチーズを片手にワインが飲みたいだの言ってた呑んべいスヴェンの事だ。そう考えるに違いない。

 真横で一人で頷く私をよそにエリオは眉間に皺を寄せ、仕入れることは出来るがそれ以降はーーと言葉を詰まらせた。

「仕入れていただければ後はこちらで管理しますのでご安心を。 動物を育てるのがうまい人間を知っているのですよ」

 爽やかに笑うスヴェンに私の考えは当たっていると確信し、まだ見ぬ高級品を思い浮かべた。

 一人にやける私の眼の前ではスヴェンとエリオが熱い握手を交わし、その日の交渉は終わったのである。





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