リズエッタのチート飯

10期

文字の大きさ
127 / 149

レドセラピー

しおりを挟む
 



 無心になれ。無心になれ。無心になれ。



 そう念じ、心を閉ざした私が作り上げたのは合計百は超えたであろう三角チェリーパイ。
 チェリーは庭で取れるものを甘く煮詰め、四角形の生地に包み込んで焼き上げた力作だ。

 外はサクッと、中にはトロりとしつつも果実がごろりと飛び出すソース、チェリー独特の甘みと酸味、バターの香る最高の出来だと自画自賛出来る品物だ。

 試しに一つ食べてみたが、トロトロソースで舌を火傷してしまったのはいうまでもないだろう。

 普段ならば美味い美味いと満遍の笑みで食することが出来るのだが、今日はそうはいかない。
 私の背後では目を釣り上げたレドと、それに対峙するようにアクアが向かい合って言い争いをしているからである。

「お嬢のお側にいるのはこの俺だっ! 新入りは黙って他の仕事でもしてろ!」
「何を言ってるですか!? 御使い様の側にいるのは私達のような目を持つものの方がいいのです! 貴方こそ違う仕事でもしたらどうなんですか?!」

 バチバチと火花が見えそうなほどのいがみ合いは既に三時間程前から始まっていて、私の気が休まる事はない。



 精神が壊れていたはずのエルフ達は何故か私の存在が現れただけで生き生きとし始め、心に傷を負っていても、亜人の男ですら怖くても、健気に私を信仰しここで生活を送ることを決意したようだ。
 しかしその一方でレドが私のお気に入りなのが気に入らず、こうやって口喧嘩をする事が増えているとパメラが嘆いていたのも事実。
 本来ならば私が間に入って仲を取り持つのがいいのだろうけれど、私にはそんなことが出来る度胸がなかった。

 私だってレドとイチャイチャして癒されたい。
 けれどそれをエルフ達が許さず邪魔される。

 邪魔するなと叱りたいが、盲目なまでに私を崇拝している彼等と言葉を交わすのは恐ろしい。

 だってあいつら私の意見は全部イエスで通す気でいるんだもん。

 きっと私が黒といえば白ですら黒くなり、私が死ねと言えば喜んでと言うほどに、私を崇め奉っているのだもの!


 私としては何もしていないのに、変な宗教のトップになってしまった気分だ。
 それも過激派な宗教のトップに!


「えーと、アクア。 君は一旦パメラのとこに戻って果実採取してもらっていい? ドライフルーツが少なくなって困ってるんだ。レドは私と一緒にパイを運んでくれる?」
「了解ですお嬢!」
「私も!パイを!」
「アクアは他のエルフと仕事しようねー。あまり私を困らせないでねぇー」

 邪魔だよなんて言えば何しでかすか分からないので、取り敢えず私を困らすなと伝えれば歯を食いしばりながらも分かりましたとアクアは頷く。
 一度キッとレドを睨みつけて背を向けて歩いて行ったが、私の指示に反抗はしてこない。
 言うことを聞く亜人が欲しかったのは確かだが、恐ろしいくらい崇拝する使徒は欲しくなかった。


「ーーレド、だっこ! そんでカゴ持って?」

 一度深くため息をついたあと、ん!と両手をレドへ向かって伸ばせば嬉しそうに尻尾を振って私を抱え、三分の二ほどパイを詰めた籠を片手で抱えてくれる。
 そしてゆっくりと庭を散歩するように歩き始めた。


 レドは今じゃ庭の支配者といっても過言ではなく、何処でどんな仕事を何人で取り組んでいるとか、家畜用の柵がもう完成しそうだとか、様々な新情報を私に与えてくれる。
 それを聞いて私は次はどんな仕事をさせるかを決めレドに指示を出し、ついでに亜人達の好物なんかも聞いておく。
 ここで過ごす以上、食事は満足にさせ、不平不満を溜めたくない。

 エルフは兎も角、他の亜人達を従える為にそれなりの配慮はするつもりではいるのだ。反乱なんてされた日にゃ、レドに同族殺しをさせてしまうのは不本意だからだ。

「多分一番大変なのはエルフ達の行動制限かなぁ。私にとって一番はレドだって言ってるのにどうしてああも突っかかるか」
「ーーそれはあいつらが精霊を信仰しているから仕方ないかと。エルフにとって精霊は先祖とも力の根源ともされていやすし、お嬢を崇めるのは当たり前といっちゃ当たり前みたいです。俺を排除しようとするのは俺がただの亜人だからでしょう、気に食いやせんが」

 精霊が見えるから特別だと彼等が思っているわけではないが、少なからず見えない者よりも精霊と近しい者は自分達だ思っているのは確かだろう。
 レドが気にくわないというよりも、私の側で精霊を感じていたい、高貴な私を下々から遠ざけたい。そう思っているそうだ。

 全くもって面倒くさい。


 ぐるりと一周庭を見渡した後残りのパイを配るようにレドに指示を出し、そしてレドの頭を思う存分撫で回し、お腹の毛を触りまくり、尻尾をわしゃわしゃし、日頃のストレスをアニマルセラピーで発散したのちに家へと戻る扉に手をかける。

「色々大変だと思うけど宜しくね、レド。レドだけが私の頼りで癒しだよ!」
「勿論お嬢の為に頑張らせていただきやす! お嬢もお気をつけて」

 最後にもう一度レドのふわふわの頭を撫で回し、私は扉を開けて外へと向かう。
 パタンと扉が締まればそこには誰もいない、ただ静かなだけのリビングが私の帰りを待っていた。


「それじゃあ、行きますか!」

 レドには十分癒された。
 やはり私にはアニマルセラピーならぬレドセラピーは必需品のようだ

 片手には無心で作り上げた出来立ての大量のチェリーパイが入った籠を抱え、今日のお昼はおやつ付きだなと一人で頷き、私は商業ギルドへと足を運んだのであった。




しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話

狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。 そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...