144 / 149
116-2 魅惑
しおりを挟むダリウスは目の前に置かれたその黒い液体から目が逸らせなかった。
商家の出身故様々な商品を見る事はあったが、果たして今目の前にあるものと出会った事はあっただろうか。
確かソレに似た黒い液体を一番上の兄が飲んでいたような気もするが、それとこれは全くの別物なのだろう。もし同じものだとしたら、飲料としていた兄の味覚を疑うところだ。
また一つとルクラーに手を伸ばし、その黒い液体と緑なら物体をほんの少しつけパクリと口内へと誘う。
冷たいルクラーの身は普段食べてるものとはまた違う所感で、濃厚な甘さで美味い。海水とは違う塩っけと、鼻へとくる辛さがルクラーの甘さを引き立てていた。
以前生でルクラーを食べた事はあったがもこんなに食べ応えのある食感ではなかったはずだ。
以前食べたものと何が違うとと自分に問えば、下処理の仕方しかないと考えた。
一本食べ終えるとまた次へと手を出し続け、気づいた時にはリズエッタとアルノーの姿はなく、そこにいたのはダリウスとスヴェンの二人のみ。
やってしまったと眉を潜めるダリウスを面白そうに観察していたスヴェンは、ニヤニヤと頬を緩ませながら徐に気になるかと声をかけた。
「リズエッタの作る飯は旨い、まぁそれはアルノーから聞いているだろうけどよ。 で、お前はどう思う?」
「……それはどう言った意味で、ですか?」
「商人の息子としてに決まっているだろう?」
指で机を叩くスヴェンの顔にはすでに笑みはなく、ただじっとダリウスを見つめている。
それはまるで敵を見ているような鋭いもので、ダリウスは背筋を伸ばしてスヴェンへと向き直した。
「商人として、ですと理解できないってのが本心です。 まずこの液体はなんですか? こんなもの俺は知らない。食べたことなんてないし見たことすらない。 塩っぱさを感じるので塩を使った調味料だと考えることは出来ますが、どうやって作ってるんです? 味に深みもあるのでスヴェンさんが扱ってるのたら是非購入したいですし、これを使ってリズエッタさんは調理してるんですよね? 多分飲食店を営んでる人は買い求めると思います。 街じゃ彼女の料理は有名ですし」
ダリウスがいう液体とはもちろんスヴェンの知るところの醤油である。
だがこれはリズエッタの庭でできているもので、スヴェンは作り方など知らない。
本来なら大豆を使って作られるものだがそれすらスヴェンは知らず、果物のように実になってるなんてリズエッタ以外誰も知り得ない事実でもある。
リズエッタは当たり前のように使っている醤油然り、その他調味料は今のところ作られている場所はなかった。
保存食という隠れ蓑がある故に公に出ていないだけで、リズエッタが生み出す調味料そのものに価値があるとスヴェンは考えていたが、ようやくそれが判明された。
保存食だけでなくこれらを販売すれば、塩に勝る調味料として高値で扱われることになるだろう。
「俺は扱っちゃいねぇよ。 これは郷土料理みてぇなもので量産できねぇ。 欲しけりゃリズエッタとアルノーに頭下げな」
「そうですか、残念です。 アルノーに這いつくばってでも頼んでみることにします」
だがそうは簡単に売れないのも事実。
リズエッタの庭になるものはもれなく"イレギュラー"を発揮してしまう。
それが外部に流失した挙句"奇跡"を多発してしまえば、リズエッタの身は危険にさらされる。
ただでさえ領主に目をつけられているというのにこれ以上の外部からの厄介は受けたくないのだ。
しかし商会の息子のダリウスが売り物になるというのならば、万が一の時これらを売る話を領主に通しても悪くないとスヴェンは考えた。
というのも騎士団の食事事情は己の身をもって体験したが惨憺たるもので、最悪、木の根を食うこともあったからだ。
今はリズエッタの卸す保存食でましになっただろうが、量は賄えていないに違いない。
万が一、そう、万が一。
領主が権力を武器にしてきた時の逃げ道があった方がいい。
そうスヴェンは胸に刻み込んだ。
「次の料理はルクラーのクリームコロッケだよー!」
数分後、二人の話し合いなど知らないリズエッタとアルノーが運んできたのはダリウスが見たことのない料理であった。
正確に言えばルクラーの爪が生えている揚げ物なんて見たことない、だが。
「まだ熱いからフーフーしてたべてね! ソースとタルタルはお好みで!」
いただきますと手を合わせる姉弟とスヴェンを眺め、ダリウスは同様の行動をし新たな料理へと手を伸ばす。
まだ暑いルクラーの爪を掴み噛みつこうとするとアルノーに止められ、見様見真似で皿の上で身へナイフを入れる。
するとルクラーの身ではなくトロッとしたクリームのようなものが現れたではないか。
白い湯気を纏うソレをフォークに乗せ、言われた通りに息を吹きかけ口の中へと放り込むと、思ってもいなかった食感と味が、口内へ広がる。
程よく柔らかなクリームは甘く、ソレでしっかりルクラーの旨味も閉じ込めている。トロトロの中身とは裏腹に衣はザクザクという噛みごたえ。
今まで食べたことのないその食べ物にウットリと目尻を緩ませ幸福を噛み締めていると、他の三人は各々に違う食べ方をしているのがみてとれた。
アルノーは黒いソースをかけ、スヴェンは真逆の白いソースをかけている。
調理したリズエッタはそのままチマチマと食べているが、たまにその二種類のソースを使い分けているようにもみえる。
三人に倣いダリウスは各々のソースをルクラーにかけて食してみると、ソレらの美味しさに驚愕し己の認識の甘さを呪った。
もう、ほかの料理が食べられない。
もう、学院の料理がうまいなんて思えない、と。
「……リズエッタ、さん。 この液体ってもらえたりする? します?」
「ん? ソースとタルタルですか? ソースはなんとかなりますけどタルタルは保存が効かないから無理ですかね? あ、かわりに醤油もつけましょうか? ルクラーにつけたやつなんですけどそこそこ保存効くので!」
「お願いしますっ!」
ダリウスはその日からひたすら頭を悩ませることになる、
どうすればアルノーの友人の立場から、リズエッタの友人へと変われるのかと。
そしてどうすればあの料理の数々をまた食べられるかと。
そして同時にその日から自炊する方法を真剣に学んだのである。
0
あなたにおすすめの小説
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話
狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。
そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【短編】子猫をもふもふしませんか?〜転生したら、子猫でした。私が国を救う!
碧井 汐桜香
ファンタジー
子猫の私は、おかあさんと兄弟たちと“かいぬし”に怯えながら、過ごしている。ところが、「柄が悪い」という理由で捨てられ、絶体絶命の大ピンチ。そんなときに、陛下と呼ばれる人間たちに助けられた。連れていかれた先は、王城だった!?
「伝わって! よく見てこれ! 後ろから攻められたら終わるでしょ!?」前世の知識を使って、私は国を救う。
そんなとき、“かいぬし”が猫グッズを売りにきた。絶対に許さないにゃ!
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる