酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第5話-1 アップンタメント(デート)~後編~

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 カプリコルノ国王フラヴィオ・マストランジェロの赤の愛馬の背、その腕の中。

 カプリコルノ島の北西に位置する王都オルキデーアから、北東に位置している隣町プリームラへと移動する道中。

 国王の7番目の天使ベルことベルナデッタは、右手側――馬上に横に座っているので、正しくは正面――に見えるガローファノ鉱山に目を奪われた。

 ここカプリコルノ島自体が周囲450kmと小さいものの、島の中央から南へと、ほぼ半分近くを占めて屹立しているそれはとても大きく見えた。

 そして、懐かしさを覚える。

 奴隷にされる10年前までは、毎日眺めていた山だ。

 10年前からそれなりに知っていたが、現在暮らしている宮廷――オルキデーア城の図書室の本で再確認した。

 ガローファノ鉱山からは金銀その他金属も採れるが、最高級の宝石――オルキデーア石が採れ、それこそがこの国最大の収入源だった。

「ここで問題だ、ベル。オルキデーア石の中でも、もっとも価値がある色は何だと思う?」

 と、フラヴィオ。

 ベルはフラヴィオの左耳のピアス――本日は青のオルキデーア石――を見ながら考える。

 色によって価値が変わることは、図書室の本からも、ベルの先生となったフェデリコからも、まだ学んでいなかった。

 でも本日宮廷を出て間もなく、フラヴィオが『紫が最も高貴な色』と言っていたので、こう答えてみる。

「紫でしょうか」

 答えは違ったようだ。

「惜しいな。紫は貴重な色だから、2番目に価値がある。1番は赤だ、真紅のものだ。他国でも赤の宝石は採れるがここまで赤いものは無く、また照りや輝き、透明度、内包物の少なさ、どれを取ってもオルキデーア石が最高級だ」

 ちなみに3番目は青で、4番目は貴重な紫が淡くなったライラックリッラ色、5番目・6番目には、赤や青が淡くなったローザ色や水色が来るらしい。

「それに、他国で採れる無色透明のダイヤモンドディアマンテも人気だが、それは複数の国で採れる。だが、今のところではあるが、オルキデーア石はここカプリコルノ島でしか採れない希少な宝石だ。そんなこんなで、他国にとにかく高く売れてなぁ」

 と、フラヴィオが愉快そうに笑った。

 でも間もなく、「しかし」と溜め息を吐いた。

「余よりも勉学を好むフェーデがな、こう言うのだ。宝石や金属は、地殻変動や火山活動によって運ばれてくるもの。もう何百年も噴火していないガローファノ鉱山からは、遠くないうちにオルキデーア石が採れなくなるだろうってな。まぁ、余はまだまだ大丈夫だと思っているが」

 ベルは「そうですか」と答えて改めてガローファノ鉱山へと見つめる。

 まだ大丈夫とはいえ、いずれ最大の収入源が無くなるというのは心配になる話だった。

 フラヴィオが続ける。

「何代前の王だったか忘れたが、ガローファノ鉱山の噴火の記録を残していてな。その時の一度だけで、もう二度と無いと思うが、火山灰に混じってオルキデーア石が雨のように降って来たことがあったそうだ」

「なんと……」

 とベルは少し驚いてしまう。

 鉱員がせっせと汗水たらして採掘してくるものに加え、空からも降って来てくれるのならばそれはもう有難い話だ。

「またそういった噴火が起きると良いですね」

 フラヴィオの答えは、「うーん」と腕組みだった。

「噴火の度合いによっては国民の生死に関わるし、喜んでいる場合じゃないだろうな…。となると、やはりここで頼りたいのは……」

 と独り言のように言っていたフラヴィオは、ベルの視線を感じると「いや、何でもない」と笑った。

 さっき西の山――コニッリョの山の手前でもそうだったが、またこのベルに、隠し事をしたのだと分かった。

「それからな、ベル。鉱員でなくとも、余は、この国の男に一生のうち一度だけ『採掘許可証』をやっている」

 そんな贅沢な、と思いながらベルは問う。

「どんな時に差し上げるのですか?」

「求婚の時だ。義務ではないが、この国の男は自らガローファノ鉱山にオルキデーア石を採りに行き、指輪に加工してもらって求婚するという習慣があってな。採掘の時は見張りの兵士付きだし、持って帰れるのは大粒過ぎないものを1つだけだがな。そうすることで、願いが叶いやすくなる――女が応えてくれやすくなるようだ」

 フラヴィオがベルのネックレスコッラーナに目を落とす。

 水色のオルキデーア石だ。

「ベルは、水色やローザ色といった淡く可愛らしい色が似合うな」

 と、ベルの小さな左手を取った。

 とても細い薬指の根元を親指と人差し指で弄りながら、「ふふ」と笑う。

「欲しくなったか?」

「いえ、特に」

「Oh……」

 また、ガローファノ鉱山の山巓にある火口の周りは円く凹んでいて、そこに水が溜まって湖――フェルチェ湖――になっており、南側の麓には温泉が湧き出ている。

 湯船は山肌の岩盤を削って底から湯が湧き出てくるようにしてあり、露天であることから南の海を一望できるらしい。

 入浴は誰でも可能だが、島の南にあるとなると町からは遠く、鉱山の衛兵や鉱員たちはよく利用しても、大抵の民衆は頻繁には利用しないようだ。

 むしろ入浴よりも、病に掛った時の飲泉療法が目的で汲みに行くことの方が多いかもしれないとのことだった。

「ちなみに先月、コニッリョが入っているのを見たことがある者がいるようだ」

 その言葉にベルがちょっとむかつきを覚えてしまう一方、フラヴィオの表情は怡然として見える。

「これまでコニッリョの好きなものといえば『甘いもの』だったが、どうやら入浴も好きらしい。これは素晴らしい発見やもしれん」

 つまり何だというのだろう。

 コニッリョ専用の露天風呂でも作ってやる気なのだろうか。

 だとしたら、ベルは無駄骨折りの気がしてならなかった。そんなことをしてやったところで、コニッリョから恩返しがあるとは思えなくて。

 表情に乏しいベルの心情をすっかり見抜けるようになったのか、フラヴィオが「ふふ」と笑ってベルの頬をつついた。

「コニッリョのことになると、ぷんぷんになるのか?」

はいスィー。コニッリョのために、何かをして差し上げる必要はないように存じます」

「それでは駄目なのだ」

「何故ですか?」

「そうすべきなのだ」

 まただ。またフラヴィオが隠し事をした。

 フラヴィオがコニッリョのことで何か悩みを抱えているのは、もう確定と言って良さそうだった。

 ベルはそれを知り、力になって恩返しをしたいと願っているのに教えてくれない。

 教えてくれないと分かっているのに問い質すのは無礼に当たる気がして、それも出来ない。

 胸が痛み、悲しくなり、ベルはフラヴィオとは反対側にある進行方向に顔を向け、ぼやけた視界が元に戻るのを待った。

 ――太陽が赤くなって来た頃、プリームラ町へと辿り着いた。

 オルキデーアから真っ直ぐにやって来て、市壁の西門から中に入るのかと思いきや、フラヴィオは馬を方向転換させて町の南の方に広がる農村の方へと向かって行った。

 西門から見える位置――農村の端っこあたりを見た時、ふとベルの鼓動が高鳴る。

「フラヴィオ様……」

 と、その辺りを指差す。

 ベルが言葉を続けずとも意味を察したフラヴィオが、「あそこか」と馬の足を速めた。

 外観は変わってしまっていたが、近くの木や隣家などからベルは分かった。

(私の生まれた家……5歳まで、お母さんと暮らした家)

 また、近所に住んでいたラチェレの家もあった。

 ずっと隠されていたラチェレ失踪の謎や、エステ・スキーパの最期は家族に知らされたと聞いている。

 ラチェレの家の手前、ベルの口から声が出た。

「――おじさん、おばさん」

 2人が振り返った。

 フラヴィオの姿が見えて慌ててお辞儀した後、はっとベルの姿に気付く。

「ベル…? おまいさん、ベルかいっ……?」

「ベル! 間違いない、ベルなんだね!」

 ベルが「スィー」と答えると、泣き出した2人が寄って来た。

 馬から降りるなり抱き締められると、ベルの方にも涙が込み上げてきた。

 当時12歳の少女だったラチェレがこのベルを庇ってくれたことを、どれだけ勇敢だったかを、2人に熱弁する。

 やはり感情は表に出にくいが、それでも無事に伝わったようだった。

「そうかい」「ラチェレがね」――そう言いながらくれた微笑は、少しだけ誇らしげに見えた。

「申し訳ない。余がもっと早くに気付いていれば、娘殿を助けられたのだが」

 とフラヴィオに謝罪されては焦らないわけがなく、とんでもないと2人が狼狽した。

 むしろ、エステ・スキーパの最期を知った時に報われたと言った。

「本当にありがとうございました、陛下」

「何かお礼をさせてください」

 遠慮したフラヴィオだったが、2人はそういうわけにもいかなかったらしい。

 フラヴィオが馬を連れているのを見て、馬の餌となる野菜や草を持って来て給餌する。

「大丈夫なのですか?」

 ベルが問うと、2人が笑った。

「大丈夫だよ、これくらい」

「今は生活にゆとりがあるからね」

 その証拠か、ベルの記憶の中の10年前の2人よりも、今の方が小綺麗でずっと若く見えた。

「そういや、『宮廷天使』の話はこっちまで来てるよ。おまいさんのことだったんだねぇ、ベル」

「さすがはプリームラ随一の器量良しだよ」

「いえ、私など全くで……」

 と2人と雑談していたベルは、馬の給餌が終わってから気付く。

 振り返ったら、フラヴィオの周りに人だかりが出来ていた。

 普段あまりこっちにまで来られないせいか、まるで神のように拝まれている。

 あちこちから持ってこられる食べ物は、まるでお供え物のようだ。

 両腕一杯に食べ物を抱えているフラヴィオはさぞ困っているのではないかと思いきや、喜色満面で玩味しているようだ。


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