酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第5話ー2

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「これはうちの自慢の梨でさぁ、陛下」

「どれどれ……おお、美味いな! よくもこんなに芳醇に育て上げたものだ、素晴らしい」

「これはいかがですか、陛下」

「ほう、レオーネ料理の『かぼちゃの煮つけ』か。もぐもぐ……うむ、美味い! そなたの夫は幸せだな」

「あの、これも受け取ってくださいっ……初めて作ったので、自信はありませんがっ……」

クッキービスコットか、どれどれ……おお、塩味が利いていて美味いぞ。自信を持つのだ」

 ベルは大きく咳払いをした。

「うん?」と振り返ったフラヴィオが腕に抱えている食べ物を荷物入れにしまい、日が暮れるとからと言ってその場を後にする。

 ベルはもう知っていた。

 あのままフラヴィオを放っておいたら、食べ物を持って来られる限り永遠に食べようとすることを。

 また普段は素直に感情を顔に出すのに、どんなに不味いものを食べても笑顔を作るし、必ず「美味い」と褒める。

「ひとつ下さい」

 と、ベルが手を出して求めたのは、まだフラヴィオの手に握られていた紙袋――ビスコットだ。

「さて、プリームラ町に入るぞベル」

 と聞こえなかった振りをしてビスコットを引っ込めようとしたフラヴィオの手を、ベルはいささか強引に引っ張って紙袋を奪った。

 中からビスコット取って口に入れ、噛むなり言葉を失ってフラヴィオの顔を見上げる。

 さっきフラヴィオがこのビスコットを食べた時に『塩味が利いていて』とか言っていたが、そんな程度の表現で済まされる塩辛さではない。

 確実に砂糖と塩を間違えて作っている。

「ちょっと待っててくれ、プリームラ町でグラスビッキエーレを買う。それでさっきもらったヴィーノを飲むと良い。あ、それとも町の食堂で夕餉を取るか? いやでも、時間が――」

「フラヴィオ様」

「うん?」

「ご自愛ください」

 ビスコットの入った紙袋を一瞥したフラヴィオが「ははは」と笑った。

「余は大丈夫だ、これくらい。毒を食ったんじゃあるまいし」

いいえ。私はフェデリコ様からご教授頂きました」

 嫌な予感がして、フラヴィオに苦笑が浮かぶ。

 オルキデーア軍の元帥であるフェデリコはフラヴィオの補佐でもあり、朝廷にも顔を出すが。

 基本的には、朝昼は体力・武術の鍛錬および将兵の調練に、夜は図書室で勉学に励む、非常に真面目な性格だ。

 そんな彼が一番に大切にしているのが『健康』で、フラヴィオがちょっとでも偏った食事をしようものなら説教が始まる。

 図書室に行くと必ずと言って良いほど顔を合わせているらしいベルは、今やフェデリコの『生徒』で、しかも優等生。

 どんどん知識を吸収・記憶し、すっかり伝授されてしまったようだと察する。

「よろしいですか、フラヴィオ様。国王たるもの健康第一であり、それを築く上で最も大切なのは常日頃の『食事』です。調味料を含むすべての食材において食べ過ぎれば毒であり、また食べな過ぎてもどこかしら不調が出て来るもの。増してや、塩の過剰摂取など言語道断」

 と始まったベルの淡々とした早口説教。

 フラヴィオがに口を挟む余地すら与えないまま、30分に渡り続いた。

「――という訳で、如何に常日頃の食事が健康を左右するかご理解頂けましたか、フラヴィオ様?」

 たぶん、フェデリコの言うこととまったく一緒だった。『たぶん』というのは、いつも途中で欠伸をして眠りに落ちてしまう故に。

 しかしフラヴィオにとって、ベルは女というだけでフェデリコよりも何十倍も愛らしい。

 しかも天使となってはひたすら愛おしく映るお陰で、意外と説教されるのも悪くなかった。

 初めて最後まで眠ることなく聞けたかもな、なんて思う。

 真剣な様子で返事を待っているベルに、「うむ」と返す。

「よーく分かった。これからはきちんと意識して食事しよう」

「ありがとうございます」

 と安堵したベルは、ようやく気付く。

 いつの間にか右手にはヴィーノの入ったビッキエーレが、左手には町天使の店で買ったパーネが持たされていることに。

「腹減っただろう? 食堂に行こうとも思ったが、やはり時間がない。行儀が悪くて申し訳ないが、このまま食べてくれ」

 このまま――馬で移動しながら。

 フラヴィオの左手にもパーネが持たれていて、馬を右手と足で操縦しながら東へと向かって行く。

 プリームラも石畳と石造りの貴族の家、木枠の民家が大半で、一見して王都オルキデーアとさほど変わらない町だった。

 しかし二回りほど小さく、ちょっとした違いもいくつかあるようだった。

「フラヴィオ様、あれは教会ですか?」

「ああ、そうだ。こっちの教会は立派だろう? ここがまだ一国――プリームラ国で、さらに王政になる前の頃の話になるが」

「国王の領地の他、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵等の領地が寄り集まって出来ている頃ですか?」

「そうだ。その頃、こっちでは教会がほぼ支配しているような時代もあったらしくってな」

「教会――聖職者が、ですか。オルキデーア国の方はそうではなかったのですか?」

「そこそこ、だろうな。オルキデーア城の中に教会はないだろう? でも、こっちのプリームラ城の中にはあるんだ。城に住んでいる者の中には、毎朝礼拝を欠かさない者が多いらしい」

 石造りで大きく立派な教会を眺めていたベルは、フラヴィオへと顔を映した。

 じっとその顔を見つめる。

「なんだ、ベル?」

「先ほどの農民たちもそうだろうと思うのですが」

「うん?」

「私には、フラヴィオ様の方が神に見えます」

 フラヴィオが噴き出した。

「たしかにそんなことを言われたことはあるが、余はそんな大層な者じゃないぞ」

「そうでしょうか」

 このベルを奴隷生活から救ってくれたのはこの男――国王フラヴィオ・マストランジェロで、他の誰よりも何よりも、想像上の神を彷彿させた。

「ああ、そうだ。余はあくまでも人間だ。欠点もあり、それを周りが補ってくれるから王でいられる。余は王太子だったから当然のように王になったが、本当はフェデリコの方が向いていような」

 ベルはまた「そうでしょうか」と返していた。

「いえ、もちろんフェデリコ様も立派な国王陛下になられたと思いますが」

 フラヴィオが「うん?」と返すと、ベルは町を見渡した。

「本日私は、10年前よりもとても国民の笑顔が増えたことに気付きました」

 フラヴィオが「ははは」と笑った。

「マストランジェロ一族の男はみーんな女好きだが、余は特に女に甘いからなぁ」

「女性だけではありません」

 先日、ベルは目にしていた。

 オルキデーア城で軍事訓練に励んでいる、将兵たちの昼休み。

 下の中庭からたくさんの愉快げな笑い声が聞こえたので、ちょうど1階の廊下を歩いていたベルは戸口から覗いてみた。

 上の中庭は主に世襲で将軍に任命された貴族たちが使っているが、下の中庭で訓練しているのは自らの意志で傭兵になった者や、他に職を持っている民間人だ。

 普段は数人の将軍の他、中の中庭から元帥のフェデリコがやって来て短時間だけ調練している。

 しかしこんなに沸いているのは見たことが無く、どうしたのかと思いきや、たくさんの笑顔の見つめる先にはフラヴィオの姿があった。

 皆汗だくになった布鎧の上衣を脱ぎ捨て半裸になり、フラヴィオを囲んで共に昼食中だった。

 相手が国王陛下故の儀礼的作り笑顔でなく、心の底から楽しくて笑っているのは、皆のすっかり三日月形になった目を見れば分かった。

 その時ベルの背後からフェデリコが現れて、こう言った――「兄上だと、いつもこうなんだ」

「一部の貴族等は、違うのかもしれません。しかし、民衆はフラヴィオ様のお姿を見つけるだけで笑顔を咲かせ、フラヴィオ様とお言葉を交わすだけで笑い声を響かせる。これは、フラヴィオ様が国王陛下だったからこそ出来たことではないでしょうか」

 嬉しそうに「ふふふ」と笑ったフラヴィオが、ベルを抱き締めて頭に頬を摺り寄せる。馬は足だけで操縦できるらしい。

「あまり褒めては駄目だ、ベル。余の欠点の一つに、天使に褒められると図に乗るというのがあるらしくってなー」

「畏まりました。このベルナデッタ、金輪際フラヴィオ様を称賛しないと誓いま――」

「嘘だ」


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