酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第5話ー5

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 ――翌朝、午前8時過ぎ。

(コニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテ)

 自室の中、水色のブリブリお姫様ヴェスティートを着せ付けられているベル。

 その周りを囲うは、国王フラヴィオとその女神――王妃ヴィットーリア、弟の大公フェデリコ、親友の侯爵アドルフォ。

 ベルにヴェスティートを着付けたヴィットーリアが、仕上げに櫛で髪を整え。

 ベルが着替え終わったとの知らせの後に、部屋に入って来た男3人が、あれやこれやと揉めながら装飾品を選んでベルを飾り付けていく。

(あのモストロは、フラヴィオ様を悩ませている)

 ベルは目前に立っているフラヴィオの顔を見上げた。

 喜々としているが、昨夜たしかにその腕の中で深い溜め息を聞いた。

 なんとかせねばと、悩んでいた。

 コニッリョのことで。

 この男に直接訊いて教えてくれるのならばそうしているところだが、きっとこのベルに隠すだろうことは昨日一日で確信していた。

 フラヴィオの左隣で、本日は兄そっくりな笑顔を浮かべているフェデリコもそうだろうと思う。

 フェデリコはすっかりベルの勉学の先生で、色々なことを教えてくれるが、その辺はフラヴィオと同様だった。

 ベルを想い、何かを教えないようにしている。

 それはきっと、女をこよなく愛し大切にするマストランジェロ一族の男ならではのものだった。

(ならば……)

 フラヴィオの右隣で満足そうにベルを見つめている黒い大男――アドルフォと、母のような手付きでベルの髪を梳かしてくれているヴィットーリアを見る。

 訊くならば、この2人のどちらかが良さそうだった。

 プリームラ軍元帥のアドルフォは3日に1回は向こうへ将兵の調練に行っているが、本日はこっちの『中の中庭』でフラヴィオやフェデリコ、その子供たちと一緒に鍛錬をする日。

 となると、本日の日中はヴィットーリアに訊くのが良さそうだった。

 それに、フラヴィオがこのベルを想って隠し事をすると教えてくれたのも、このヴィットーリア故に。

 ベルが何か言いたそうなのを察したヴィットーリアの手が、一瞬止まった。

 その後また櫛でベルの髪を整えながら、こう言う。

「昼下がりになったら、裏庭へいつもの茶を持って来てくれぬか、ベル? 大丈夫じゃ、今日のその時間帯は家庭教師の下で勉強じゃからのう」

「畏まりました、王妃陛下。ところで、家庭教師とは……?」

 何のことだったか。

 そういえば現在、何故に華美なヴェスティートを着付けられているのだったか。

「ティーナの家庭教師じゃ。ティーナの勉強中は、時間が空くじゃろう?」

 理解するまでの数秒の黙考の後、ベルは「あっ」と声を上げた。

 そうだ。

 今日から、5番目の天使こと王女ヴァレンティーナの侍女なのだ。

 昨夜は安心感に包まれてぐっすり眠ったが、起きた瞬間からフラヴィオの溜め息の原因を思索しっぱなしで、すっかり忘れていた。

「い、いいいいい今からでも遅くはありません、じじじじじじ辞退させてくださ――」

「ダーメーじゃ」

 とヴィットーリアが呆れ顔でベルの言葉を遮る一方、男3人がおかしそうに笑ってベルの頭を撫でる。

「大丈夫だ、ベル。昨日も言ったが、そなたはティーナと天使同士なのだからそんなに緊張することは無い。妹が出来たと思って、気楽に可愛がってやってくれ。そなたを贈られたティーナは、余になんて言うと思う? 「父上、大好き!」だ」

「「フェーデ叔父上も大好き!」だ」

「「ドルフ叔父上も大好き!」だ」

 ふふふふふ、と響いた悦びの斉唱。

 つまりそれは、辞退するのは許さないと言われているようなもの。

 ここで必死になって抵抗したならば、3人は諦めてくれるのかもしれない。
 
 しかしそれは、3人の幸せを奪うこと。

「か、畏まりました。このベルナデッタ、いざ…………いざ! 腹を括ります!」

「おお、そうか」

 では、とフラヴィオの腕に姫抱っこされたその身体は、直立姿勢の石像のよう。

「お待ちください。それでは、まるで兄上だけからの贈り物みたいだ」

「そうですぞ、陛下。俺にも持たせて頂きたい」

 とフェデリコがベルの頭の方を持ち、アドルフォが足の方を持つ。

「…………それで行く気かえ?」

 とのヴィットーリアの問いに、3人が喜色満面で頷いた。

 突っ込んでも無駄であることを分かっているヴィットーリアは、やれやれと先頭になって廊下へ出て行く。

 その後を3人が足並み揃えて付いて向かうは、同じくここ4階にある5番目の天使・王女ヴァレンティーナの部屋。

 衛兵が両脇に立つ扉の手前、ヴィットーリアの後ろにベルを持った3人が並ぶ。

「行くぞ?」

 とヴィットーリアがその覚悟を確認するように問いかけたのは、緊張が最高潮に達しているベル。

 相変わらず直立姿勢の石像のようになったまま、小刻みに震えながら「スィィィー」と声を裏返した。

 ヴィットーリアが「では」と、ヴァレンティーナの部屋の扉をコンコンと2回叩いた。

「ティーナや、母上じゃ。朝餉から戻って来てるかえ?」

「スィー、母上」

 と、返って来た声は、まるで小鳥の囀りのようだ。

「父上と叔父上たちが、そなたに贈り物を持って来てくれた。だから、うーん、そうじゃな……扉から少し離れて、背を向けて待っておれ」

「スィー、母上! やっと来たのね! 待ってたわ!」

 欣々とした小鳥の囀りの後、ヴィットーリアから合図を受けた衛兵二人が扉を押し開ける。

 すると正面に見えた、その小さな後ろ姿。

 この時点で男3人の顔が恍惚とする一方で、ベルの目が丸くなる。

 一応昨日も離れたところから見ていたが、近くで見たら尚のこと思った。

 その腰の長さまである柔らかく波打つ髪は、まるで金糸で出来ているようだと。

 5人が中に入り、衛兵が扉を閉めると、ヴィットーリアが脇の方へと避けた。

 すると、男3人が同時に床に片膝を付き、低音の斉唱を響かせる。

「おお、愛らしい愛らしい5番目の天使よ」

「スィー、父上、フェーデ叔父上、ドルフ叔父上」

「受け取ってくれたまえー」

 と、腕を伸ばしベルが差し出されると同時に、振り返った王女ヴァレンティーナ。

 直立姿勢で横になっているベルの頭から爪先まで見つめ、最後にまた顔をまじまじと見つめ。

 フラヴィオ譲りの澄んだその蒼の瞳を、たちまち煌めかせていった。

「すごい……! こんなにちっちゃ可愛い天使、初めて見たわ!」

(そっくりそのままお返し致します)

 と、ヴァレンティーナが振り返った刹那には、あまりの衝撃に声を失っていたもので、心の中で返すしかなかったベル。

「うれしい! ありがとう、父上! フェーデ叔父上、ドルフ叔父上! 大好きよ!」

 との言葉に男3人がでれんでれんになるとほぼ同時に、ヴァレンティーナに抱き締められた。

 その途端、かちんこちんだった身体から力が抜けて行ってくれたが、意識も共に抜けて行った。





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