酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第7話ー4

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「お待ちください、フラヴィオ様っ……!」

「大丈夫だ、ベル。怖くない」

 と2人が会話するは、オルキデーア城4階の角部屋――ベルの部屋。

 そのベッドレットの上。

 レットの傍ら、黄色の瞳でそれを眺めているハナが呟く。

「フラビー……」

 マサムネたちにとって、それがフラヴィオの愛称らしかった。

「なんだ、ハナ?」

「万年発情期だな……」

 ふふふ、と笑ったフラヴィオの手が、ベルのヴェスティートを肩から臍の下までずり下ろしていく。

「認めよう。しかし、今は違う」

 露わになったベルの痣だらけの胴体を見て、ハナが少し驚いたように「うわ」と言った。

「何だコレ、ひどいぞ。フラビー、ついに女兵の導入でも始めたのか?」

「女兵? 余には考えられんぞ」

「ああ、天地がひっくり返るよりも有り得ないことを言った。じゃあ、ベルが悪さでもしたのか?」

「していない、何も。純真無垢の真っ白な天使を拉致し、軟禁し、10年に渡りこんなことをしていた糞がいたのだ」

「何だソレ!」

 と、ハナが声高になった。

「人間の中には、時々本当に意味の分からない奴がいる。あたいも兄貴も人間の宮廷育ちだが、そういうところは全く理解できないぞ。糞にも程がある」

 と立腹したらしいハナが、ベルの腹部にそっと手を当てた。

「あっ」と声を上げて逃げようとしたベルの両手を、フラヴィオがその肩の脇あたりに優しく押し付ける。

「大丈夫だ、ベル。ハナは痣を治療してくれるだけだ。『グワリーレ』という治癒魔法でな」

 ベルはその魔法――未知なる力が怖い。

 身体が小刻みに震え、フラヴィオに押さえられている小さな手は緊張で冷たくなっていた。

 ハナがベルを落ち着かせるように、笑顔を見せてこう言う。

「大丈夫だ、痛くも何ともない。ただ、あたいらガット・ネーロはあんまりグワリーレが得意でないから、一瞬では治せない。怖いかもしれないが、少しのあいだ我慢しててくれ」

 ベルが覚悟をすると共にフラヴィオの手をぎゅっと握ったとき、ハナが呟くように何かを唱えた。

 その刹那、腹部に当たっているハナの掌が一瞬だけ光を放つ。

 ハナの言った通り、その体温は感じるが痛みなどは何もない。

 そしてハナが手を離すと、そこだけ痣が消えてなくなっていた。

「――えっ……?」

「ほら、大丈夫だったろう?」

 とフラヴィオに頭を撫でられながら、ベルは目を疑ってグワリーレという治癒魔法を掛けられた箇所を見つめる。

 痣だらけの胴体の一部に、ハナの手形が白くくっきりと浮かんでいる。

 ベルの元の肌の色だ。

 その横にハナがまた手を置き、再びグワリーレを掛けていく。

「グワリーレってな、光属性の魔法なんだ。でもあたいらガット・ネーロは、闇属性のモストロだ。相対してる光と闇は、お互い弱点だし、使えなくは無いが不得意なんだ。あたいとタロウは、マサムネに随伴してテレトラスポルトで色んな国に行ったことがある。その時に、いろんなモストロを見た。モストロやそのメッゾサングエっていうのは、見ただけで相手の魔力が分かる。今のところ、あたいらが一番魔力を持ってる」

 フラヴィオが「ほう」と声を高くした。

「レオーネ国のガットは、モストロの中で最強か」

「あたいらガット・ネーロと、ガット・ティグラートの魔力は、たぶんそうだ。腕っぷしの方は分からないけど。あ、ベル、『ガット・ティグラート』っていうのはな?」

 一見、ガット・ネーロとそっくりのモストロだ。

 しかし、ガット・ネーロが黒猫の耳と尻尾なのに対し、ガット・ティグラートは虎柄の耳と尻尾を持っているらしい。

 またネーロは闇属性だが、ティグラートは風属性。

 ネーロは海の近くに棲息し、ティグラートは山に棲息。

 ネーロは魚が主食で、ティグラートは肉が主食。

 といった違いがあるようだ。

「魔法は使い手の技術によっても変わって来るけど、グワリーレは魔力があるほど一度に治癒できる範囲が広いんだ。でも、あたいらネーロはやっぱり駄目だ。魔力はもちろん、技術もそれなりのはずなのに、やっぱり相対してる属性の魔法は上手くいかない。ティグラートの方がずっと得意だ。風属性のティグラートの不得意は相対する土属性の魔法であって、光属性の魔法は得意とまでは言わずとも普通に使えるからな」

「そうなのですね」

 と返したベルは、先ほどよりもずっと落ち着いていた。

 不思議な体験に完全に恐怖が消えたわけではないが、疼く痣が治癒されて消失していく度に身体が楽になっていく。

 顔を上げればフラヴィオのいつもの優しく明るい笑みに見つめられているし、手も握ってくれている。

 それに、ハナが賢明にこのベルを助けようとしてくれているのが伝わって来る。

「悪いな、あたいらで。治癒の仕事があるって分かってたら、マサムネはティグラートを共にしたんだろうけどな」

いいえ、ありがとうございます、ハナさん」

 ハナが「ああ」と微笑した。

 さっきヴァレンティーナも言っていたが、このハナも、きっとタロウも、本当にとても優しいモストロであることが分かる。

 胴体の前面の治癒が終わると、フラヴィオがベルをうつ伏せに寝かせた。

 背中の方の治療が始まる。

「でも……あれか、フラビー? ティグラートを連れて来るのはまずいか?」

「ああ……コニッリョのことか?」

 そのモストロの名に反応したベルが問う。

「ガット・ティグラートが来ると、コニッリョがどうかするのですか?」

 フラヴィオが「うむ」と頷いた。

 まず、コニッリョは『草食』で、ガット・ネーロ、ティグラートは『肉食』。

 でもネーロは肉を好まず『魚』が好きで、ティグラートは魚を好まずひたすら『肉』が好き。

 それが問題なのだと、ハナが言う。

「だってな、そういうのモストロ同士だと分かるんだ。コニッリョはあたいらネーロには食われないって分かるけど、ティグラートには食われるって思ってるんだ。実際は、ティグラートは人型モストロの肉に興味ないんだけどな」

「前に一度、マサムネ付きの双子ティグラートが、コニッリョの山に遊びに行ったことがあった。レオーネ島の山とどう違うのか、知りたかったらしくってな。そうしたら、コニッリョたちが悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らしたように逃げ出したそうだ。余やフェーデ、ドルフ、将兵といった武器を持っている者も逃げられるが、そういう逃げ方をされたことはないし、よっぽど恐ろしかったのだろう」

 ハナが少し呆れたように溜め息を吐いた。

「正直厄介だ、コニッリョは。あたいらガットの半分以下の魔力しか持っていないのも原因だろうが、それでも臆病すぎるぞ。まるで野ウサギと変わらない」

 と、ハナが「ベル」と呼んで、こう言い聞かせる。

「気を付けた方がいいぞ。少しでもコニッリョを怯えさせるようなことは止めた方がいい。コニッリョは、光属性のモストロだ」

 ベルはその言葉の意味を理解するまでに、数秒ほど時間が掛かった。

「コニッリョは、グワリーレが得意……ということですか?」

「そうだ。でもコニッリョが使ってるのを見たことないから、知らないのかもしれない。だから仲間にして教えるんだ。まだ断言はできないけど、人型モストロっていうのは人間と同じように知能があるって言われてるから、魔法書も読めるようになる。そして、グワリーレだけでなく色々な魔法を使えるようになる」

 今度はフラヴィオが「ベル」と呼んだ。

「現在のこの国の、女の死因一位は出産だ。女は本当に命がけで子を産んでくれる。産婆でなく医者に任せるようになってからはマシになったが、それでもまだまだなくならない。しかし、レオーネ国にはそれがほとんどない。病院にティグラートやそのメッゾサングエがいて、グワリーレを掛けてくれるからだ」

「なるほど……それはとても助かりますね」

 と納得したベルは、警戒心を抱いていたコニッリョに少し心を許す。

「そういうのもあるが、それ以上に……。あのな、ベル、この国は――」

 うつ伏せになっているベルの死角で、フラヴィオがハナの口を塞いだのが分かった。

「――……いや、何でもない。もうすぐで治療が終わるからな」

 と言い直したハナに、ベルは小さく「ありがとうございます」と返した。

 フラヴィオがまた、このベルに隠し事をした。

 それがこのベルを想ってのこととは分かっていても、その度に胸が痛くなる。

「よし、治ったぞベル」

 ベルは身体を起こしたあと、もう一度感謝する。

「本当にありがとうございました、ハナさん」

「下半身の方は大丈夫か?」

 との問いかけに、心配になったフラヴィオが、ふとベルのゴンナを足元の方からめくった。

 そして中を覗き込んだその金色の頭を、かち割るが如くハナの強烈な手刀が「オイ」と振り下ろされる。

「あイテ」

「おまえ、やることがつくづくマサムネとそっくりだ」

「すまん」

 と言いながらゴンナを戻したフラヴィオの顔は、すっかりデレている。

「腿に少しあるようだ。頼む、ハナ」

 承知したハナが、ベルのゴンナを少しめくって痣の位置を確認する。

 そこに手を当てて最後のグワリーレを掛けると、ベルの痣の治療は終了した。

 ベルは最後にまた感謝すると、ヴェスティートを腰のところで押さえながら、レットの近くにある姿見の前に歩いて行った。

身体の前面を見て、後ろを向いて顔を傾けて後面を見て、また前面を見ながら感動に包まれる。

 痣ひとつない自身の胴体を10年ぶりに見た。

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