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第12話-1 『生きること』
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カプリコルノ国・宮廷料理長直伝『六連輪切り円舞』――
「――ぎゃうん!?」
と狼狽したホンファが飛び退り、驚愕したハナが「にゃあ!?」身を縮こまらせて友人――ベルを見る。
カプリコルノの宮廷料理長フィコから叩き込まれたという、包丁による『必殺技』。
それは斧と見まちごう大型包丁を両手で構え、その小さな身体を竜巻のごとく高速旋回させながら、ホンファに襲い掛かっていく。
豪快に刃を振り回しながらも、舞踏のように黒のスカートの裾が真円に広がる様は華麗で、その名の通り『円舞』に見えなくもない。
鋭い風切り音を立てながら回る刃は、飛び退って逃げるホンファの首、胸元、腹、腰、腿、膝の6ヵ所を掠めて赤い線を作って行く。
まともに食らっていたら本当に『輪切り』になっていたホンファが「危ないだろ!」と怒号した。
ベルの残り6枚のバッリエーラを破壊しようと、拳を振り上げる。
しかしまだ、早かった。
「『半月・斬り上げ』」
ホンファの膝の間、大型包丁の刃が真上を向く。
ホンファはっと息を呑み、モストロならではの優れた運動神経で再び飛び退る。
しかし、それを追うようにベルが一歩踏み出し、真下から大型包丁を振り上げた。
ホンファの目前を、皮一枚ばかりの隙間を残して虚空を切り裂いていった刃。
尚もベルの手の中で向きを変え、今度はホンファの頭上から真下へと振り下ろされる。
「『半月・唐竹』」
反射的に飛び退ったホンファだったが、避け切れそうにない。
その料理人の命ともいえる包丁の、鋭利に研ぎ澄まされた刃。
ホンファの額から鼻先、唇、顎へと、一本の赤い線を作った。
もし最初の円舞で輪切りになり、その後続け様にやられた2つの技のどちらか一方でも食らっていたら、たしかに『半月切り』にされていた。
そう思ったら、ホンファは怒りを通り越して震慄する。
ベルはやれやれと言わんばかりに、溜め息を吐いた。
「あなたをあまり苦しめたくはないのです。避けないで下さい」
カプリコルノ語故に理解出来ずにいるホンファの代わりに、ハナが恐る恐る突っ込んでおく。
「いや、避けるぞ……避けられないかもしれないけど、大半は全力で避けるぞ」
「そうですか。困りましたね」
船尾楼の前にいるリージンが、声を荒げた。
「おい、ホンファ! おめぇまでやられんじゃねぇだろうな!? 俺ぁ、役立たずは嫌いだぜ?」
はっとしたホンファの震えが止まった。後顧してリージンを見つめ、再びベルとハナに顔を戻す。
その瞳には、強い殺意が宿っていた。
「リージンは……ホンファが守る!」
そう吼えるや否やに、繰り出されたホンファの右足。
ベルの腰の脇で、バッリエーラを1枚破砕した。
甲板上に戻した右足を軸に、ホンファがくるりと右に回る。
その背を見せたと思った刹那、次の攻撃を読んだハナが飛び出した。
ホンファの軸足が瞬時に左足へと変わり、尚も回転を続けながら、ベルの胸元目掛けて右足を振り上げる。
それはハナの両手の爪が突き刺すようにして受け止め、そこに空いた10個の穴から血が滲み出すが、ホンファはまるで痛みを感じていないかのようだった。
苦痛に顔を歪めることも、鳴き声を上げることも、先ほどのように飛び退って逃げることもしない。
ハナを睨み付け、大きな牙を剥き出し。
咆哮を轟かせると共に、そのまま力尽くで右足を押し込んで、蹴り飛ばす――
「――うっ……!」
ハナの身体が、真後ろにいたベルに衝突した。
その際にバッリエーラの割れる音が3枚連続して鳴り響き、ベルを守る盾があと2枚となった。
一方、ハナを守る盾は先ほどすべて無くなっており、狼狽したベルがハナの身体を支えながら声高になる。
「ハナ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、これくらい平気だ。王太子付きのガットは、柔じゃなれないんだ。このホンファの様子からすると、狙いはベルの残りのバッリエーラの破砕らしい。あたいが弱らせておとなしくさせるから、ベルは下がったところから頼んだ」
ベルが返事をする前に、ホンファが怒号する――
「どけ、ネコムスメ!」
ハナは突き飛ばすようにしてベルを後方へ押しやると、飛び掛かって来たホンファと取っ組み合いが始まった。
ベルは遅れてしまったが「スィー!」と承知すると、バレストラの先端に付いている鐙に足を引っかけた。
本来のバレストラの弦は硬くてまだ引き上げられない故、ベルがぎりぎり引き上げられる程度の柔らかいものを持ってきた。
でも、それでもそれなりに威力があることは、先ほどホンファのバッリエーラを破壊したことで実証している。
両手で弦をしかと握り、大きく息を吸い込み、力を込めて一気に弦を引き上げ、矢を発射する引き金に引っかける。
そして矢を設置すると、ホンファに向かってバレストラを構えた。
ホンファの動きに合わせながら、発射の機を見計らう。
「間違ってもあたいを射貫かないでくれよ?」
「スィー。ところでハナ、武器は使わなくて良いのですか?」
「うん、いらない。モストロは基本、魔法か肉弾戦なんだ!」
そのようだった。
2匹が野生的な戦いを繰り広げる。
ハナは猫らしく鋭い爪で引っ掻いてホンファの肉を切り裂き、ホンファは犬らしくその大きな牙でハナの身体の至るところに穴を空ける。
やがて倒れ込み、転がりながら甲板を血で染めていく。
それはベルが思わず、構えていたバレストラを下ろさずにはいられないほどだった。
「ハナ……!」
「大丈夫だ! モストロは頑丈なんだ、ちょっとの流血くらい平気さ!」
とハナは言うが、どう見ても『ちょっと』ではなかった。
特に、噛まれた首筋からの流血が酷い。
見ていられなくなったベルが包丁を手にして駆け寄ろうかとき、ハナが突如「ぎゃあっ!」と叫んだ。
一体どうしたのか。
ベルは驚いて状況を目で確認あうる。
するとどうやら、『尻尾』が原因のようだった。
着物の中に丸め込んでしまっていたはずのハナのそれが、暴れているうちに着物の外に飛び出してしまっている。
それを、ホンファが掴んでいた。
「やっぱりな、ネコムスメ」
と、ホンファが真っ赤に染まった牙を見せて笑んだ。
「おまえ、光魔法の他は、尻尾が弱点なんだろ」
カンクロ語は分からないベルだったが、見ていてそのことに気付く。
ハナはただ尻尾を掴まれているだけなのに、錯乱に陥った様子で猫の鳴き声を上げて叫喚している。
爪で必死にホンファの手を引っ掻いて離そうとするが、ホンファが、ぐっと力を入れて尻尾を握ると、ハナがまた「ぎゃあっ!」と叫んだ。
「離してやるもんか。このまま、ぶっ千切ってやる。え、何? なんで弱点が分かったのかって? すごいなホンファって? そーだろそーだろ」
と、ホンファが得意げな顔になった。
「だって、ホンファも尻尾が弱点なんだ!」
「――おまえ、バカだろ!」
と錯乱に陥った様子ながらも、カンクロ語で突っ込まずにはいられなかったらしいハナ。
カプリコルノ語になって泣き叫ぶ。
「尻尾だ、ベル! こいつの尻尾を切ってくれ!」
ベルは「スィー」と答えながら、甲板の上に転がって高笑いを響かせているホンファの背面へと向かって行った。
その赤い犬の尻尾を掴まれたホンファが、さっと顔色を変えたときにはもう遅い。
ベルが手に持っていた包丁を、尻尾の根元に向かって振り下ろした。
「――ぎゃあぁぁぁあっ!」
ホンファが飛び跳ね、甲板の上に倒れてのた打ち回る。
一方ベルは、目を疑った。
自身の左手で掴んでいる尻尾が灰のようになり、指の隙間から零れ落ち、風に吹かれて飛んで行く。
涙目で立ち上がったハナが、尻尾を丸めて着物の中に隠しながら、こう言った。
「生粋のモストロだと、こうなるんだ。死ぬと肉体も、骨も、すぐに灰になる」
なんだか切なくなってベルの胸が痛んだとき、再びリージンが声を荒げた。
「おい、ホンファ! さっさとしやがれ!」
身体中に引っ掻き傷を作り、断ち切られた尻尾の痛みから悶絶しているホンファのことは何一つ心配していなさそうなリージンに、ハナは苛立ちを覚える。
またそれは言葉が分からずともベルにも伝わり、包丁を握る手に力が入った。
「リ…リージン……!」
四つん這いになったホンファの四肢が震えている。
「ホンファが守らなきゃ……ホンファがっ……!」
「弱点の尻尾が取られたんだ。おまえ、もうまともに動けないだろ」
だからもう止めろと言おうとしたハナの手前、ホンファが2本脚で立ち上がっていく。
ハナの目が丸くなった。
同じ人型モストロで、また同じ弱点だったらしいことから分かる。
尻尾を切り取られてしまったら、たとえグワリーレで傷口を治癒し、激痛から解放されようとも、数時間は身体に力が入らないはずなのだ。
それにも関わらず、ホンファは生まれたての小鹿のように震えながらも、2本の脚で今、立ち上がってみせた。
血だらけになった顔を上げ、牙を剥き出しにし。
その隙間から呼吸をするたびに、血が噴き出していく。
すべては主を守るため。
今もなお殺意に満ちた瞳で、ベルを、捕らえる――
「今、楽に」
鏃が、見えた。
バレストラから放たれたそれは、目で追いかけるホンファの視線の先、ホンファの心臓を貫いていく。
そしてホンファの背面にあった帆柱に突き刺って、止まった。
「――あっ……?」
磔にされたホンファが、顔を傾けて帆柱を見、ゆっくりと自身の胸に刺さっている矢に目を戻した。
突如咳き込んで血を吐き出し、矢を、両手で握りしめる。
そしてそれを引き抜こうとしているのだと分かると、ベルは驚愕せずにはいられなかった。
「そんな、心臓を射抜いたはずなのに……!」
「これがモストロなんだ、ベル! 人型だったら、完全に首を斬り落とさないと死ねないんだ!」
なんという生命力なのか。
それとも、ホンファのその精神力なのか――
「リージンはっ…ホンファがっ……!」
牙を食いしばり、ホンファが矢を引き抜こうと力を込めた。
徐々に引き抜かれていく矢と共に、ホンファの胸から血が流れ出していく。
呻き、牙のあいだから血を噴き出して、やがて矢を抜き切る。
瞬く間に、その足元に血だまりが広がっていった。
「――ホンファが、守るんだぁっ!」
それはきっと、ホンファが残りの力を全て込めた渾身の一撃だった。
ホンファの手から返された矢は、それこそ強力な弦のバレストラを使ったのではないかと錯覚してしまうような勢いで、咄嗟に掴もうとしたハナの手の中をすり抜けた。
ベルへと向かって、飛んで行く。
「――っ……!」
ベルが顔色を失って息を呑んだ刹那、響き渡った大きな破砕音。
ベルを守るバッリエーラが、すべて砕け散っていった。
「ベル!」
ハナが慌ててベルを背に庇う。
ホンファは「へへへ」と笑いながらよろけて倒れ、甲板の上に大の字に寝転がった。
ハナの目にも、ベルの目にも、もう動けないのだと分かった。
ベルを守る盾はもうなく、ハナは満身創痍。
しかしリージンには、ホンファが先ほど幾重にも掛けたバッリエーラが掛かっている。
ホンファは歩み寄って来るベルとハナの顔を見ながら、牙を見せてもう一度「へへへ」と笑った。
「ざまーみろ。おまえらの負けだ」
「ああ……そうだな、ホンファ。おまえ、リージンを――主を、守ったな」
ハナがそう言うと、「まぁな」と、とても誇らしげな笑顔が返って来た――
「すごいだろ」
ベルが静かに、両手で大型包丁を振り上げる。
ホンファが遠くにいる主へと顔を傾けた。
その姿をとても愛おしそうに、幸福そうに、見つめる。
「じゃあな、リージン…元気でな……――」
ホンファの記憶が、途切れた。
ベルの振り下ろした大型包丁によって、首と胴体に切り離されたホンファの身体。
瞬く間に灰になり、その上にベルとハナの目から溢れ出した、大粒の涙が落ちていく。
灰の一部は潮風に乗り、船尾楼にいるリージンの顔を擦り寄るように撫で、舞い散っていった。
「――ぎゃうん!?」
と狼狽したホンファが飛び退り、驚愕したハナが「にゃあ!?」身を縮こまらせて友人――ベルを見る。
カプリコルノの宮廷料理長フィコから叩き込まれたという、包丁による『必殺技』。
それは斧と見まちごう大型包丁を両手で構え、その小さな身体を竜巻のごとく高速旋回させながら、ホンファに襲い掛かっていく。
豪快に刃を振り回しながらも、舞踏のように黒のスカートの裾が真円に広がる様は華麗で、その名の通り『円舞』に見えなくもない。
鋭い風切り音を立てながら回る刃は、飛び退って逃げるホンファの首、胸元、腹、腰、腿、膝の6ヵ所を掠めて赤い線を作って行く。
まともに食らっていたら本当に『輪切り』になっていたホンファが「危ないだろ!」と怒号した。
ベルの残り6枚のバッリエーラを破壊しようと、拳を振り上げる。
しかしまだ、早かった。
「『半月・斬り上げ』」
ホンファの膝の間、大型包丁の刃が真上を向く。
ホンファはっと息を呑み、モストロならではの優れた運動神経で再び飛び退る。
しかし、それを追うようにベルが一歩踏み出し、真下から大型包丁を振り上げた。
ホンファの目前を、皮一枚ばかりの隙間を残して虚空を切り裂いていった刃。
尚もベルの手の中で向きを変え、今度はホンファの頭上から真下へと振り下ろされる。
「『半月・唐竹』」
反射的に飛び退ったホンファだったが、避け切れそうにない。
その料理人の命ともいえる包丁の、鋭利に研ぎ澄まされた刃。
ホンファの額から鼻先、唇、顎へと、一本の赤い線を作った。
もし最初の円舞で輪切りになり、その後続け様にやられた2つの技のどちらか一方でも食らっていたら、たしかに『半月切り』にされていた。
そう思ったら、ホンファは怒りを通り越して震慄する。
ベルはやれやれと言わんばかりに、溜め息を吐いた。
「あなたをあまり苦しめたくはないのです。避けないで下さい」
カプリコルノ語故に理解出来ずにいるホンファの代わりに、ハナが恐る恐る突っ込んでおく。
「いや、避けるぞ……避けられないかもしれないけど、大半は全力で避けるぞ」
「そうですか。困りましたね」
船尾楼の前にいるリージンが、声を荒げた。
「おい、ホンファ! おめぇまでやられんじゃねぇだろうな!? 俺ぁ、役立たずは嫌いだぜ?」
はっとしたホンファの震えが止まった。後顧してリージンを見つめ、再びベルとハナに顔を戻す。
その瞳には、強い殺意が宿っていた。
「リージンは……ホンファが守る!」
そう吼えるや否やに、繰り出されたホンファの右足。
ベルの腰の脇で、バッリエーラを1枚破砕した。
甲板上に戻した右足を軸に、ホンファがくるりと右に回る。
その背を見せたと思った刹那、次の攻撃を読んだハナが飛び出した。
ホンファの軸足が瞬時に左足へと変わり、尚も回転を続けながら、ベルの胸元目掛けて右足を振り上げる。
それはハナの両手の爪が突き刺すようにして受け止め、そこに空いた10個の穴から血が滲み出すが、ホンファはまるで痛みを感じていないかのようだった。
苦痛に顔を歪めることも、鳴き声を上げることも、先ほどのように飛び退って逃げることもしない。
ハナを睨み付け、大きな牙を剥き出し。
咆哮を轟かせると共に、そのまま力尽くで右足を押し込んで、蹴り飛ばす――
「――うっ……!」
ハナの身体が、真後ろにいたベルに衝突した。
その際にバッリエーラの割れる音が3枚連続して鳴り響き、ベルを守る盾があと2枚となった。
一方、ハナを守る盾は先ほどすべて無くなっており、狼狽したベルがハナの身体を支えながら声高になる。
「ハナ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、これくらい平気だ。王太子付きのガットは、柔じゃなれないんだ。このホンファの様子からすると、狙いはベルの残りのバッリエーラの破砕らしい。あたいが弱らせておとなしくさせるから、ベルは下がったところから頼んだ」
ベルが返事をする前に、ホンファが怒号する――
「どけ、ネコムスメ!」
ハナは突き飛ばすようにしてベルを後方へ押しやると、飛び掛かって来たホンファと取っ組み合いが始まった。
ベルは遅れてしまったが「スィー!」と承知すると、バレストラの先端に付いている鐙に足を引っかけた。
本来のバレストラの弦は硬くてまだ引き上げられない故、ベルがぎりぎり引き上げられる程度の柔らかいものを持ってきた。
でも、それでもそれなりに威力があることは、先ほどホンファのバッリエーラを破壊したことで実証している。
両手で弦をしかと握り、大きく息を吸い込み、力を込めて一気に弦を引き上げ、矢を発射する引き金に引っかける。
そして矢を設置すると、ホンファに向かってバレストラを構えた。
ホンファの動きに合わせながら、発射の機を見計らう。
「間違ってもあたいを射貫かないでくれよ?」
「スィー。ところでハナ、武器は使わなくて良いのですか?」
「うん、いらない。モストロは基本、魔法か肉弾戦なんだ!」
そのようだった。
2匹が野生的な戦いを繰り広げる。
ハナは猫らしく鋭い爪で引っ掻いてホンファの肉を切り裂き、ホンファは犬らしくその大きな牙でハナの身体の至るところに穴を空ける。
やがて倒れ込み、転がりながら甲板を血で染めていく。
それはベルが思わず、構えていたバレストラを下ろさずにはいられないほどだった。
「ハナ……!」
「大丈夫だ! モストロは頑丈なんだ、ちょっとの流血くらい平気さ!」
とハナは言うが、どう見ても『ちょっと』ではなかった。
特に、噛まれた首筋からの流血が酷い。
見ていられなくなったベルが包丁を手にして駆け寄ろうかとき、ハナが突如「ぎゃあっ!」と叫んだ。
一体どうしたのか。
ベルは驚いて状況を目で確認あうる。
するとどうやら、『尻尾』が原因のようだった。
着物の中に丸め込んでしまっていたはずのハナのそれが、暴れているうちに着物の外に飛び出してしまっている。
それを、ホンファが掴んでいた。
「やっぱりな、ネコムスメ」
と、ホンファが真っ赤に染まった牙を見せて笑んだ。
「おまえ、光魔法の他は、尻尾が弱点なんだろ」
カンクロ語は分からないベルだったが、見ていてそのことに気付く。
ハナはただ尻尾を掴まれているだけなのに、錯乱に陥った様子で猫の鳴き声を上げて叫喚している。
爪で必死にホンファの手を引っ掻いて離そうとするが、ホンファが、ぐっと力を入れて尻尾を握ると、ハナがまた「ぎゃあっ!」と叫んだ。
「離してやるもんか。このまま、ぶっ千切ってやる。え、何? なんで弱点が分かったのかって? すごいなホンファって? そーだろそーだろ」
と、ホンファが得意げな顔になった。
「だって、ホンファも尻尾が弱点なんだ!」
「――おまえ、バカだろ!」
と錯乱に陥った様子ながらも、カンクロ語で突っ込まずにはいられなかったらしいハナ。
カプリコルノ語になって泣き叫ぶ。
「尻尾だ、ベル! こいつの尻尾を切ってくれ!」
ベルは「スィー」と答えながら、甲板の上に転がって高笑いを響かせているホンファの背面へと向かって行った。
その赤い犬の尻尾を掴まれたホンファが、さっと顔色を変えたときにはもう遅い。
ベルが手に持っていた包丁を、尻尾の根元に向かって振り下ろした。
「――ぎゃあぁぁぁあっ!」
ホンファが飛び跳ね、甲板の上に倒れてのた打ち回る。
一方ベルは、目を疑った。
自身の左手で掴んでいる尻尾が灰のようになり、指の隙間から零れ落ち、風に吹かれて飛んで行く。
涙目で立ち上がったハナが、尻尾を丸めて着物の中に隠しながら、こう言った。
「生粋のモストロだと、こうなるんだ。死ぬと肉体も、骨も、すぐに灰になる」
なんだか切なくなってベルの胸が痛んだとき、再びリージンが声を荒げた。
「おい、ホンファ! さっさとしやがれ!」
身体中に引っ掻き傷を作り、断ち切られた尻尾の痛みから悶絶しているホンファのことは何一つ心配していなさそうなリージンに、ハナは苛立ちを覚える。
またそれは言葉が分からずともベルにも伝わり、包丁を握る手に力が入った。
「リ…リージン……!」
四つん這いになったホンファの四肢が震えている。
「ホンファが守らなきゃ……ホンファがっ……!」
「弱点の尻尾が取られたんだ。おまえ、もうまともに動けないだろ」
だからもう止めろと言おうとしたハナの手前、ホンファが2本脚で立ち上がっていく。
ハナの目が丸くなった。
同じ人型モストロで、また同じ弱点だったらしいことから分かる。
尻尾を切り取られてしまったら、たとえグワリーレで傷口を治癒し、激痛から解放されようとも、数時間は身体に力が入らないはずなのだ。
それにも関わらず、ホンファは生まれたての小鹿のように震えながらも、2本の脚で今、立ち上がってみせた。
血だらけになった顔を上げ、牙を剥き出しにし。
その隙間から呼吸をするたびに、血が噴き出していく。
すべては主を守るため。
今もなお殺意に満ちた瞳で、ベルを、捕らえる――
「今、楽に」
鏃が、見えた。
バレストラから放たれたそれは、目で追いかけるホンファの視線の先、ホンファの心臓を貫いていく。
そしてホンファの背面にあった帆柱に突き刺って、止まった。
「――あっ……?」
磔にされたホンファが、顔を傾けて帆柱を見、ゆっくりと自身の胸に刺さっている矢に目を戻した。
突如咳き込んで血を吐き出し、矢を、両手で握りしめる。
そしてそれを引き抜こうとしているのだと分かると、ベルは驚愕せずにはいられなかった。
「そんな、心臓を射抜いたはずなのに……!」
「これがモストロなんだ、ベル! 人型だったら、完全に首を斬り落とさないと死ねないんだ!」
なんという生命力なのか。
それとも、ホンファのその精神力なのか――
「リージンはっ…ホンファがっ……!」
牙を食いしばり、ホンファが矢を引き抜こうと力を込めた。
徐々に引き抜かれていく矢と共に、ホンファの胸から血が流れ出していく。
呻き、牙のあいだから血を噴き出して、やがて矢を抜き切る。
瞬く間に、その足元に血だまりが広がっていった。
「――ホンファが、守るんだぁっ!」
それはきっと、ホンファが残りの力を全て込めた渾身の一撃だった。
ホンファの手から返された矢は、それこそ強力な弦のバレストラを使ったのではないかと錯覚してしまうような勢いで、咄嗟に掴もうとしたハナの手の中をすり抜けた。
ベルへと向かって、飛んで行く。
「――っ……!」
ベルが顔色を失って息を呑んだ刹那、響き渡った大きな破砕音。
ベルを守るバッリエーラが、すべて砕け散っていった。
「ベル!」
ハナが慌ててベルを背に庇う。
ホンファは「へへへ」と笑いながらよろけて倒れ、甲板の上に大の字に寝転がった。
ハナの目にも、ベルの目にも、もう動けないのだと分かった。
ベルを守る盾はもうなく、ハナは満身創痍。
しかしリージンには、ホンファが先ほど幾重にも掛けたバッリエーラが掛かっている。
ホンファは歩み寄って来るベルとハナの顔を見ながら、牙を見せてもう一度「へへへ」と笑った。
「ざまーみろ。おまえらの負けだ」
「ああ……そうだな、ホンファ。おまえ、リージンを――主を、守ったな」
ハナがそう言うと、「まぁな」と、とても誇らしげな笑顔が返って来た――
「すごいだろ」
ベルが静かに、両手で大型包丁を振り上げる。
ホンファが遠くにいる主へと顔を傾けた。
その姿をとても愛おしそうに、幸福そうに、見つめる。
「じゃあな、リージン…元気でな……――」
ホンファの記憶が、途切れた。
ベルの振り下ろした大型包丁によって、首と胴体に切り離されたホンファの身体。
瞬く間に灰になり、その上にベルとハナの目から溢れ出した、大粒の涙が落ちていく。
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深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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