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第12話ー2
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酒の酔いか、日焼けか、そのどちらもか。
リージンの赤い顔が、げんなりとしていく。
「おいおい、猫の方が強ぇのかよ。なら、次はレオーネのガット手懐けっか。あー、めんどくせ」
その言葉に勃然としたハナが、船尾楼の前にいるリージンへと向かって駆け出した。
溢れ出す涙が濡らすその顔は、リージンに負けず劣らず真っ赤だった。
甲板から跳び上がり、爪を立ててリージンに襲い掛かる。
リージンは落ち着いた様子で腰から湾曲した剣を抜き、ハナの爪を受け止めた。
「おまえにっ……おまえみたいな下衆に、モストロを飼う資格なんてない! この場で死ね!」
リージンが失笑した。
「満身創痍だな、ネコムスメ」
リージンが刃を振るうと、ハナの身体は甲板上へと戻されていった。
後方宙返りして体勢を立て直し、甲板へと足を付けて踏ん張る。
身体中に空いた穴から、血が流れ出していった。
「ハナ、こんなに傷だらけでは無理です! 治癒魔法を!」
「駄目だ、ベル。帰る時のテレトラスポルト使えなくなっちゃうよ」
「大丈夫です、ほら」
と、ベルが帆を指差した。
先ほどまで膨らんでいた帆は、すっかり垂れ下がっていた。
ホンファが亡くなったことで風魔法が止み、また進行方向からの微風で、船はもう止まりそうになっていた。
ということは、先ほどまで付かず離れずの距離を保っていたハナ号の方から迎えに来てくれるということだった。
「――って、ハナ号が衝突するじゃないか! あたいの宝物なんだぞ、アレ!」
「ぎりぎりのところで、ハナ号の風魔法を止めましょう」
「すぐ近くまで来たら言ってくれよっ?」
ハナはベルの「スィー」の返事を聞きながら、自身の深い傷の部分だけ治癒魔法グワリーレを掛けていった。
グワリーレは初級魔法で、上級魔法の中でも特に力を使うテレトラスポルトより遥かに楽に、また何度も使える。
それ故に余力ができ、ベルにももう一枚バッリエーラ――これは中級魔法――を掛けておいた。
ベルが「しかし」と言葉を続ける。
「ハナも一応、見ておいて下さい。私も共に、戦いますので」
とベルは一旦ハナに大型包丁を持っていてもらうと、もう一度クロスボウの弦を引き上げて矢を設置した。
その次に黒のゴンナをまくり、上げて華奢な太腿に手を滑らせ、右太腿に装備してある短剣と、左太腿のナイフを取った。
それらはすぐに取れるよう、大型包丁と一緒に矢筒に入れておく。
「ハナ、リージンのバッリエーラは何枚ですか?」
「多過ぎて分かんないくらいだ。ホンファが魔法の力を全部使って掛けたからな。でもあたいのバッリエーラより薄いし、柔い分、弾き返す力も弱いから、そんなに時間掛からずに破砕出来ると思う。あたいがリージンの正面から攻撃するから、ベルは遠くからリージンの背中側を頼んだ」
ハナがリージンに向かって声を大きくする。
「ほら来いよ、リージン!」
リージンが黄色い歯を見せ、にやりと笑った。
船尾楼から甲板へと飛び降り、剣を振り上げてハナに襲い掛かっていく。
ハナが振り下ろされてきたリージンの剣をかわし、飛翔してリージンの背面に回った。
すかさず剣を横に振るいながらリージンが振り返ると、構えていたハナの腕に深い傷が出来た。
早速のことにベルは「あっ」と声を上げて心配になったが、「大丈夫だって!」と言ったハナ。
両手の爪を振り回し、リージンに襲い掛かっていく。
時に剣で受け止められ、弾き返され、傷付けられながら、穴掘りをするように、幾重ものバッリエーラを破砕していく。
しかし、リージンの振るう刃が、如何に力強いか見ているベルも分かった。
左肩から斜めに振り下ろされてきたリージンの剣を、両手の爪で受け止めたハナの身体。
リージンが剣を振り切った瞬間、後方へと吹っ飛ばされていった。
帆柱に背と後頭部を強打し、「うっ」と呻き声を上げたハナがふっと気を失い、その場に足を延ばして座り込む。
「じゃあな、ネコムスメ」
とリージンがハナの頭掴んで髪を引っ張り、首を切り落とそうかとき、バッリエーラが1枚破砕した音が響いた。
リージンが眉を寄せ、左右を見、足元を見る。
踵の近くに、バレストラの矢が落ちていた。
顔を上げると、少し下がったところにベルが立っている。
「何してんだ、女ァ……」
ハナから手を離したリージンが、こめかみに青筋を浮かべながら振り返る。
続いて4本のコルテッロが、1本ずつ鋭い風切り音を立てながら飛んでいく。
もう一枚、リージンのバッリエーラが破砕した。
「何してんだって、訊いてんだ!」
何となく問われたことを察したベルが答えた。
「カプリコルノ国・宮廷家政婦長直伝『ただのコルテッロ投げ』です。ピエトラ様は、フィコ師匠と違って技名を付けたがりませんもので」
カプリコルノ語はほとんど分からないし、分かったとしてもそんなことは聞いていないリージンが、ベルに歩み寄っていく。
ホンファの遺灰を踏みつけ、大粒の赤い最高級のオルキデーア石のネックレスを首から掛けているその姿。
改めて近くで見つめるベルの瞳に、憎悪の色が浮かんでいく。
そして今になって気付く。
リージンは両耳合わせて8つのピアスと、左手に4つ指輪をしていて、それらは全て赤・青・紫の高級オルキデーア石だった。
コッラーナのオルキデーア石だけでも豪壮な邸宅を3、4軒は優に建てられるほどの価値があるというのに、それはもう大層な盗賊がいてくれたものだった。
ベルから「まったく……」と深い溜め息が漏れた。
「近日、我が国ではドルフ様・ベラ様ご夫妻の別邸が建設される予定なのですよ」
「何言ってか分かんねぇんだよ」
「小さいとは言っても、並の貴族の家よりも遥かに豪壮な邸宅を予定されているので、資材だけでも2、30億オーロはくだらないでしょう」
『オーロ』と聞いたリージンの足が止まった。
盗賊としての嗜みか、そういう言葉だけは覚えているようだ。
くくく、と笑う。
互いに言葉が分からない故の、まったく噛み合っていない会話が始まる。
「オーロって、カプリコルノの通貨だな。なんだ? フラヴィオ・マストランジェロに身代金払わせっから、許してくれって? 無論、俺の命の保障があるってんなら、大喜びで受けてやんぜ?」
「また早急に完成せねばならないので、1日当たり2000人も使って建設されるようです。しかも我が主は気宇壮大なため、ひとりあたり日給1万5000オーロで充分な所、倍の3万オーロ支払われるおつもりです。人数が多ければ早く仕上がるのは分かりますが、1日の人件費だけで6000万オーロって……週休二日制で1日3食とおやつ食べ放題でふかふか寝床付き、ついでに仕事に失敗すれば家政婦長からは叱責される一方で主からは気にするなとご容赦頂き、至極当然の仕事をしただけで主から不必要なほどの称賛のお言葉を頂ける下級使用人120人の給料だけでも毎月6000万オーロも支払っていることだって信じられないというのに」
「何? 身代金は6000万オーロでどうだって言ったか? おめぇ、早口すぎだろ」
「また人数は各段に減りますが、当然のこと中級使用人の給料はさらに高くなり、上級使用人の給料となったらその上なのです。さらに官僚や将軍といった貴族の給料に至っては理解不能、兵士たちの給料も入れたら意味不明。他にも国民の治療費や入院費、学費も無料にしていますし、医者や教師の給料も国庫からですし、大体城の維持費だけでも驚愕の巨費が掛かっているのですよ。たしかに我が国は宝島ではありますが、いずれオルキデーア石が採れなくなる日が来る恐れもある故、そういうことをされては洒落にならないのです、迷惑千万なのです」
「おめぇは酒池肉林王に特に大切にされてる女みてぇだし、もっと取れんだろ? なぁ? くくく」
「それにあなたがうちの財宝を奪ったのは3年前のことですし、奪われた財宝は大量だったと聞きましたし、確実に大半はもう物々交換なり換金なりして使ってしまったのでしょうね。あぁ、あなたはつくづく言語道断、不届き至極、もはや問答無用……」
「ああもう、ちったぁー分かるように言え」
「万死に、値する――」
とベルのカプリコルノ語に、ハナのカンクロ語が合わさった。
リージンがはっとして振り返った刹那、その前面に鋭い爪が、背面に大型包丁の刃が襲い掛かる。
再びリージンのバッリエーラが割れる音が響いていく。
リージンがチッと舌打ちして声を荒げる。
「うぜぇんだよ、ネコムスメ! 身代金の交渉の前に、先にてめぇをブチ殺してやる!」
「だからさ、リージン。おまえ、『万死に値する』ってよ。身代金ておまえ……ベルが主にそんなもの払わせるわけないだろ」
リージンが耳を疑った様子で、背後のベルに振り返った――
「騙しやがったな!」
リージンが何か猛烈に怒っているのは分かったが、それはベルとて同じこと。
再び大型包丁による『必殺技』が炸裂していく。
「カプリコルノ国・宮廷料理長直伝『乱切り乱舞・左旋回』」
自身の右下に両手で大型包丁を構えたベルが、リージンの左腰から右肩へと刃を振り上げた。
その勢いに乗ったまま左方向に身体を回転させ、振り上げたままの刃をリージンの左肩から右腰へと振り下ろす。
それを繰り返し、バッリエーラを2枚破砕したベルに、ふとハナが問うた。
「フィコ料理長って、いくつ包丁技考えてんだろ。なぁベル、それの『右旋回』はあったりするのか?」
ぴたりと止まり「スィー」と返事をしたベルの手の中、包丁の刃がくるりと向きを変える。
すると今度はベルの回転が右方向へと変わり、リージンの右腰から左肩、右肩から左腰へと刃が飛んでいく。
今度は逆の右腰からの刃を食らい、そのまま左肩、右肩、左腰へと食らってもう一枚バッリエーラを破砕されたリージン。
だが2周目の『乱切り乱舞・右旋回』を食らうことは無く。
2度目の右腰目掛けて飛んできた包丁を、剣を振り下ろして叩き落す。
ベルの手から甲板へと、包丁が落ちた。
ベルがリージンの顔を見上げると、紅い顔が大きく歪み、目が血走っていた。
「終わりだ、女ァ……!」
リージンがベルに剣を振るおうか時、ハナの猫の絶叫が響き渡った。
それはリージンだけでなく、ベルの耳も劈いた。
2人の耳がキンキンと痛み、視界がチカチカするほどの眩暈に襲われる。
「ハナ号がぶつかるぅーっ!」
すっかり忘れていたベルが海の方を見ると、すぐそこまでハナ号が推進して来ていた。
慌ててハナがハナ号を動かしている風魔法を止める。
「あっぶなー、衝突するところだった」
「さっきから何度も何度も、うぜぇネコムスメだ! やっぱりおめぇから殺す!」
ハナが呆れ顔になった。
「そう言ってさっきからあたいを狙ったり、ベルを狙ったり、フラフラ浮気してるからそういうことになるんだリージン。二兎を追って二兎とも得るだなんて、フラビーじゃあるまいし。まぁ、フラビーが本気になれば二十兎や三十兎、二百兎や三百兎追ってもすべて仕留めるけどな」
「あァ!?」
「おまえもう、これで最後だって言ってんだよ」
ハナがそう言いながら、軽く拳を突き出す。
リージンを辛うじて守っていた最後のバッリエーラの破砕音が、鳴り響いた。
リージンの赤い顔が、げんなりとしていく。
「おいおい、猫の方が強ぇのかよ。なら、次はレオーネのガット手懐けっか。あー、めんどくせ」
その言葉に勃然としたハナが、船尾楼の前にいるリージンへと向かって駆け出した。
溢れ出す涙が濡らすその顔は、リージンに負けず劣らず真っ赤だった。
甲板から跳び上がり、爪を立ててリージンに襲い掛かる。
リージンは落ち着いた様子で腰から湾曲した剣を抜き、ハナの爪を受け止めた。
「おまえにっ……おまえみたいな下衆に、モストロを飼う資格なんてない! この場で死ね!」
リージンが失笑した。
「満身創痍だな、ネコムスメ」
リージンが刃を振るうと、ハナの身体は甲板上へと戻されていった。
後方宙返りして体勢を立て直し、甲板へと足を付けて踏ん張る。
身体中に空いた穴から、血が流れ出していった。
「ハナ、こんなに傷だらけでは無理です! 治癒魔法を!」
「駄目だ、ベル。帰る時のテレトラスポルト使えなくなっちゃうよ」
「大丈夫です、ほら」
と、ベルが帆を指差した。
先ほどまで膨らんでいた帆は、すっかり垂れ下がっていた。
ホンファが亡くなったことで風魔法が止み、また進行方向からの微風で、船はもう止まりそうになっていた。
ということは、先ほどまで付かず離れずの距離を保っていたハナ号の方から迎えに来てくれるということだった。
「――って、ハナ号が衝突するじゃないか! あたいの宝物なんだぞ、アレ!」
「ぎりぎりのところで、ハナ号の風魔法を止めましょう」
「すぐ近くまで来たら言ってくれよっ?」
ハナはベルの「スィー」の返事を聞きながら、自身の深い傷の部分だけ治癒魔法グワリーレを掛けていった。
グワリーレは初級魔法で、上級魔法の中でも特に力を使うテレトラスポルトより遥かに楽に、また何度も使える。
それ故に余力ができ、ベルにももう一枚バッリエーラ――これは中級魔法――を掛けておいた。
ベルが「しかし」と言葉を続ける。
「ハナも一応、見ておいて下さい。私も共に、戦いますので」
とベルは一旦ハナに大型包丁を持っていてもらうと、もう一度クロスボウの弦を引き上げて矢を設置した。
その次に黒のゴンナをまくり、上げて華奢な太腿に手を滑らせ、右太腿に装備してある短剣と、左太腿のナイフを取った。
それらはすぐに取れるよう、大型包丁と一緒に矢筒に入れておく。
「ハナ、リージンのバッリエーラは何枚ですか?」
「多過ぎて分かんないくらいだ。ホンファが魔法の力を全部使って掛けたからな。でもあたいのバッリエーラより薄いし、柔い分、弾き返す力も弱いから、そんなに時間掛からずに破砕出来ると思う。あたいがリージンの正面から攻撃するから、ベルは遠くからリージンの背中側を頼んだ」
ハナがリージンに向かって声を大きくする。
「ほら来いよ、リージン!」
リージンが黄色い歯を見せ、にやりと笑った。
船尾楼から甲板へと飛び降り、剣を振り上げてハナに襲い掛かっていく。
ハナが振り下ろされてきたリージンの剣をかわし、飛翔してリージンの背面に回った。
すかさず剣を横に振るいながらリージンが振り返ると、構えていたハナの腕に深い傷が出来た。
早速のことにベルは「あっ」と声を上げて心配になったが、「大丈夫だって!」と言ったハナ。
両手の爪を振り回し、リージンに襲い掛かっていく。
時に剣で受け止められ、弾き返され、傷付けられながら、穴掘りをするように、幾重ものバッリエーラを破砕していく。
しかし、リージンの振るう刃が、如何に力強いか見ているベルも分かった。
左肩から斜めに振り下ろされてきたリージンの剣を、両手の爪で受け止めたハナの身体。
リージンが剣を振り切った瞬間、後方へと吹っ飛ばされていった。
帆柱に背と後頭部を強打し、「うっ」と呻き声を上げたハナがふっと気を失い、その場に足を延ばして座り込む。
「じゃあな、ネコムスメ」
とリージンがハナの頭掴んで髪を引っ張り、首を切り落とそうかとき、バッリエーラが1枚破砕した音が響いた。
リージンが眉を寄せ、左右を見、足元を見る。
踵の近くに、バレストラの矢が落ちていた。
顔を上げると、少し下がったところにベルが立っている。
「何してんだ、女ァ……」
ハナから手を離したリージンが、こめかみに青筋を浮かべながら振り返る。
続いて4本のコルテッロが、1本ずつ鋭い風切り音を立てながら飛んでいく。
もう一枚、リージンのバッリエーラが破砕した。
「何してんだって、訊いてんだ!」
何となく問われたことを察したベルが答えた。
「カプリコルノ国・宮廷家政婦長直伝『ただのコルテッロ投げ』です。ピエトラ様は、フィコ師匠と違って技名を付けたがりませんもので」
カプリコルノ語はほとんど分からないし、分かったとしてもそんなことは聞いていないリージンが、ベルに歩み寄っていく。
ホンファの遺灰を踏みつけ、大粒の赤い最高級のオルキデーア石のネックレスを首から掛けているその姿。
改めて近くで見つめるベルの瞳に、憎悪の色が浮かんでいく。
そして今になって気付く。
リージンは両耳合わせて8つのピアスと、左手に4つ指輪をしていて、それらは全て赤・青・紫の高級オルキデーア石だった。
コッラーナのオルキデーア石だけでも豪壮な邸宅を3、4軒は優に建てられるほどの価値があるというのに、それはもう大層な盗賊がいてくれたものだった。
ベルから「まったく……」と深い溜め息が漏れた。
「近日、我が国ではドルフ様・ベラ様ご夫妻の別邸が建設される予定なのですよ」
「何言ってか分かんねぇんだよ」
「小さいとは言っても、並の貴族の家よりも遥かに豪壮な邸宅を予定されているので、資材だけでも2、30億オーロはくだらないでしょう」
『オーロ』と聞いたリージンの足が止まった。
盗賊としての嗜みか、そういう言葉だけは覚えているようだ。
くくく、と笑う。
互いに言葉が分からない故の、まったく噛み合っていない会話が始まる。
「オーロって、カプリコルノの通貨だな。なんだ? フラヴィオ・マストランジェロに身代金払わせっから、許してくれって? 無論、俺の命の保障があるってんなら、大喜びで受けてやんぜ?」
「また早急に完成せねばならないので、1日当たり2000人も使って建設されるようです。しかも我が主は気宇壮大なため、ひとりあたり日給1万5000オーロで充分な所、倍の3万オーロ支払われるおつもりです。人数が多ければ早く仕上がるのは分かりますが、1日の人件費だけで6000万オーロって……週休二日制で1日3食とおやつ食べ放題でふかふか寝床付き、ついでに仕事に失敗すれば家政婦長からは叱責される一方で主からは気にするなとご容赦頂き、至極当然の仕事をしただけで主から不必要なほどの称賛のお言葉を頂ける下級使用人120人の給料だけでも毎月6000万オーロも支払っていることだって信じられないというのに」
「何? 身代金は6000万オーロでどうだって言ったか? おめぇ、早口すぎだろ」
「また人数は各段に減りますが、当然のこと中級使用人の給料はさらに高くなり、上級使用人の給料となったらその上なのです。さらに官僚や将軍といった貴族の給料に至っては理解不能、兵士たちの給料も入れたら意味不明。他にも国民の治療費や入院費、学費も無料にしていますし、医者や教師の給料も国庫からですし、大体城の維持費だけでも驚愕の巨費が掛かっているのですよ。たしかに我が国は宝島ではありますが、いずれオルキデーア石が採れなくなる日が来る恐れもある故、そういうことをされては洒落にならないのです、迷惑千万なのです」
「おめぇは酒池肉林王に特に大切にされてる女みてぇだし、もっと取れんだろ? なぁ? くくく」
「それにあなたがうちの財宝を奪ったのは3年前のことですし、奪われた財宝は大量だったと聞きましたし、確実に大半はもう物々交換なり換金なりして使ってしまったのでしょうね。あぁ、あなたはつくづく言語道断、不届き至極、もはや問答無用……」
「ああもう、ちったぁー分かるように言え」
「万死に、値する――」
とベルのカプリコルノ語に、ハナのカンクロ語が合わさった。
リージンがはっとして振り返った刹那、その前面に鋭い爪が、背面に大型包丁の刃が襲い掛かる。
再びリージンのバッリエーラが割れる音が響いていく。
リージンがチッと舌打ちして声を荒げる。
「うぜぇんだよ、ネコムスメ! 身代金の交渉の前に、先にてめぇをブチ殺してやる!」
「だからさ、リージン。おまえ、『万死に値する』ってよ。身代金ておまえ……ベルが主にそんなもの払わせるわけないだろ」
リージンが耳を疑った様子で、背後のベルに振り返った――
「騙しやがったな!」
リージンが何か猛烈に怒っているのは分かったが、それはベルとて同じこと。
再び大型包丁による『必殺技』が炸裂していく。
「カプリコルノ国・宮廷料理長直伝『乱切り乱舞・左旋回』」
自身の右下に両手で大型包丁を構えたベルが、リージンの左腰から右肩へと刃を振り上げた。
その勢いに乗ったまま左方向に身体を回転させ、振り上げたままの刃をリージンの左肩から右腰へと振り下ろす。
それを繰り返し、バッリエーラを2枚破砕したベルに、ふとハナが問うた。
「フィコ料理長って、いくつ包丁技考えてんだろ。なぁベル、それの『右旋回』はあったりするのか?」
ぴたりと止まり「スィー」と返事をしたベルの手の中、包丁の刃がくるりと向きを変える。
すると今度はベルの回転が右方向へと変わり、リージンの右腰から左肩、右肩から左腰へと刃が飛んでいく。
今度は逆の右腰からの刃を食らい、そのまま左肩、右肩、左腰へと食らってもう一枚バッリエーラを破砕されたリージン。
だが2周目の『乱切り乱舞・右旋回』を食らうことは無く。
2度目の右腰目掛けて飛んできた包丁を、剣を振り下ろして叩き落す。
ベルの手から甲板へと、包丁が落ちた。
ベルがリージンの顔を見上げると、紅い顔が大きく歪み、目が血走っていた。
「終わりだ、女ァ……!」
リージンがベルに剣を振るおうか時、ハナの猫の絶叫が響き渡った。
それはリージンだけでなく、ベルの耳も劈いた。
2人の耳がキンキンと痛み、視界がチカチカするほどの眩暈に襲われる。
「ハナ号がぶつかるぅーっ!」
すっかり忘れていたベルが海の方を見ると、すぐそこまでハナ号が推進して来ていた。
慌ててハナがハナ号を動かしている風魔法を止める。
「あっぶなー、衝突するところだった」
「さっきから何度も何度も、うぜぇネコムスメだ! やっぱりおめぇから殺す!」
ハナが呆れ顔になった。
「そう言ってさっきからあたいを狙ったり、ベルを狙ったり、フラフラ浮気してるからそういうことになるんだリージン。二兎を追って二兎とも得るだなんて、フラビーじゃあるまいし。まぁ、フラビーが本気になれば二十兎や三十兎、二百兎や三百兎追ってもすべて仕留めるけどな」
「あァ!?」
「おまえもう、これで最後だって言ってんだよ」
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