酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第13話ー3

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 ――オルキデーア城の大手門を潜ったところから、城下の凱旋パラータを鳥瞰していた一同は、しばらくして中央通りにベルとハナの馬車が見えると、あっと声を上げた。

「来た来た! 来たわよ!」

 と、ベラドンナが興奮気味に2人を指差した。

「あーら、可愛い衣裳だこと!」

「でしょでしょ! アヤメちゃんと私で、がんばって考えたのよ! かわいいわベル、ハナちゃん! かわいいわ!」

 とヴァレンティーナがはしゃいで小躍りする傍ら、ムサシが「わぁ!」とその糸目を見開いた。

「すごいでござる! ベル様だけでなく、ハナ殿も人気者になってるでござりまする!」

 馬車からぴょーん、ぴょーんと飛び跳ね、時に宙返りをしてみせるハナを見て、タロウはぎょっとしたようだ。

「ちょ、何してんのハナ…! 調子こきすぎだよっ……!」

「いや大丈夫だ、タロウ」

 と、アドルフォが宥めるようにタロウの頭を撫でた。中央通りを指差して「ほら」と続ける。

「見てみろ、民衆のあの笑顔を。ハナは歓迎されてるんだ」

「そ…そんなわけないよ……」

 と戸惑いながら、タロウはナナ・ネネ姉妹を見た。

 同意したらしい2匹が、同時に頷いた。

「ここはカプリコルノだ」

「モストロは嫌われる」

「祝福されてるのは天使だ」

「ハナじゃなくて天使だ」

「天使がいなかったら罵詈雑言の嵐だ」

「天使がいなかったら石とゴミの雨だ」

 そんな会話をするナナ・ネネ姉妹の前に、マサムネがすっと手を伸ばして制止した。

 その糸目は町の民衆の様子を、どこか不審そうに見つめている。

「待て……タロウもナナ・ネネも。そうとも言えんかもしれん……。なんやねん、これ……?」

 と、耳目を疑う。

 民衆の笑顔・歓声がベルだけでなく、ハナにも向けられていると分かるからだ。

 今回、海賊リージンを倒したのはベルだと伝えてあるし、英雄はあくまでもベルだ。

 正直、ハナはおまけみたいなものだった。

 でも、ハナの力あってこその成果故に、ある程度は想定していたマサムネだったが、遥かに想像を超えている。

 ハナが馬車から飛び跳ねる度に、歓声が津波のように押し寄せ、ハナが宙返りすると、口笛が鳴り響く。

 これまでモストロを嫌忌し、敵対し合っていたこの国では前代未聞の光景で、マサムネは寝惚けているのかと思い、瞼を擦って二度見してしまう。

 馬車が中央通りの北端までやって来ると、こんな民衆の声が聞こえて来た――

「天使様を守ってくれてありがとう、ネコさん!」

 マサムネは隣にいたフラヴィオの顔を見上げた。

「なぁ、この民衆のあえりへん変貌ぶり……実は、7番目の天使が『策略』に嵌めたんちゃう?」

 フラヴィオを挟んだ向こうにいるヴィットーリアが、「ほほほ」とおかしそうに笑い、さらにその向こうにいるアリーチェが「有り得そうね」と少し複雑そうに笑った。

 フラヴィオもおかしそうに笑ったが、ベルとハナ――特にベル――を見つめているその顔は、とても誇らしげに見えた。

「これは『策略』というわけでは無かろう。ただ7番目の天使は、掛け替えのない友人のハナを想い、何やらしたようには思う」

「てか、確実にしたやろコレ。おかしいもん。ハナのためもあるんやろうけど、ベルのことやし、行き着くところはやっぱおまえのためやんな」

「ああ……」

 と微笑したフラヴィオが、中央通りから宮廷の大手門へと続く、緩やかな上り坂に入って来た馬車に顔を向けた。

 坂を上り切る前に、ハナがベルを連れてテレトラスポルトで一同の目前に現れた。

 見るからに興奮していると分かるハナが、タロウの手を引っ掴む。

「行こう、兄貴! 町に――オルキデーアに! ナナ・ネネもだ! きっとこれは、天使を守ったあたいだけじゃない!」

 タロウとナナ・ネネは顔を見合わせた後、承知した。

 ハナのテレトラスポルトで坂の下まで降り、中央通りを北から南へと、4匹で歩いていく。その様子を、他の一同は大手門のところから見守っていることにした。

 すると、ひとりの小さな女の子が、無邪気な笑顔を浮かべながらすぐに4匹に駆け寄っていった。

 続いて他の子供たちもはしゃいで駆け寄っていき、その親と思われる者たちも寄っていく。

 高齢になるほど遠くから眺めていたが、比較的若い世代を中心に、民衆が4匹に群がっていく。

「わぁ、すごい。ハナちゃんたち、アリさんに見つかったキャンディーカラメッラみたい」

 と、ヴァレンティーナが声高に言うと、一同が頷いた。本当にそんな感じの光景を見ているようで。

 4匹はあっという間に歩くこともままならなくなり、揉みくちゃにされ、溜まらず群衆を掻き分けるようにして抜け出し、一匹ずつテレトラスポルトで帰って来る。
 
 撫で回された頭はボサボサで、手にはクッキービスコットを握っていた。

 そしてその顔は、ハナは喜色満面、他の3匹はぽかんとしていた。

「もらっちゃったよー」

 と、ハナがビスコットを口に入れる。

「えへへ、うまーい」

 他の3匹は顔を見合わせた後、ハナに続いてビスコットを口に入れた。

「――……うん……美味しいね……隠し味の塩が利いてる」

 と、タロウが瞼を擦る。隠し味は、どうやら目から零れ落ちたものが口に入ったようだ。

 その傍らで、いつだって正直なナナ・ネネが声をそろえる。

「普通」

 と言った後すぐに「でも」と続けた。

「ちょっと美味い」

 さらに、これだけでは無かった。

 いつの間にか忽然とその場から居なくなっていたベルが、城の中から使用人たちをぞろぞろと連れて戻って来て、ぴしっと指先を揃えた右手をハナに向けた。

 強い語気で、こう語る。

「そう、それはこちらのハナです。彼女が、私を守ってくださった友人なのです。ハナはこれまで人を殺めたことも、また殺めることもありません。何故なら彼女は、とてもとても心優しいモストロだからです。それ故に、か弱き人間の女である私を守らねばと、必死に……そう、傷だらけ血だらけ死にかけの満身創痍になりながらも、守り抜いて下さったのです。一体どれだけの人間が、自身の身の危険を顧みず、他人を守ることが出来ましょう。真の英雄は私ではなく、彼女なのです!」

 とベルがハナの武勇伝を力説しているあいだ、マサムネがフラヴィオに耳打ちした。

「やっぱ7番目の天使の『策略』やん。言い過ぎやろ、絶対」

 フラヴィオは「ふふふ」と笑いながら、使用人たちの様子を見つめる。

 ベルの話に耳を傾け、感動や感涙、感嘆してどよめきだっていく。

 流石にそれは、すべての使用人というわけではない。

 しかし、これまでよりも明らかに、遥かに、モストロに対する恐怖や嫌忌が和らいでいったのは見て取れた。

 料理長フィコに至っては、その髭面の瞼を逞しい腕で擦りながら、おんおんと号泣し、ハナの手を両手で握り締めて感謝していた。

「ありがとうよ、ありがとうよ、ハナちゃん! 俺のか弱い一番弟子を守ってくれてありがとうよ! 俺ぁ、感謝してもしても、しきれねぇ!」

「お、大袈裟だよ、フィコ料理長。あたいはベルの友達なんだから、当たり前なんだ。ベルの言うような英雄じゃないよ。ていうか、ベルがか弱いのは分かるけど、あたいより凄かったし」

「レオーネ国の女は、一体どこまで慎ましいんでい!」

「いや、そうじゃなくて、本当にさぁ?」

 と困惑した様子の、でも照れ臭そうな笑顔を見せるハナの傍ら、ベルがリージンの船から持ってきた香辛料をフィコに手渡した。

「フィコ師匠、見たことのない香辛料を手に入れました。これはきっと、ガット・ネーロの好きな魚料理にも、ガット・ティグラートの好きな肉料理にも合うと思われます」

「おお、そうかい俺の一番弟子! おし、任せろい! ハナちゃんたちのため、腕を振るって料理追加するぜい!」

 と、フィコが部下の料理人たちを引き連れて厨房へと向かっていく。

 続いて他の使用人たちも、ハナたちのために何かせねばと、城の中へと駆けていく。

 大手門に残された一同の中、フラヴィオが民衆の様子を鳥瞰しながら口を開いた。

「ムネ、『側室』の件だが」

「ああ……せやな」

 と答えたマサムネも、町の様子を眺めていた。

 ハナを真似てタロウやナナ・ネネも手を振ってみると、笑顔が返って来る。

 また、町天使セレーナが腕に店のパンパーネを、村天使パオラが畑の人参を抱え、ハナたちに手を振りながら大手門への坂を駆けて来る。

「我が国は一歩前進したように思う。とりあえずのところ、静かに見守っていてくれぬだろうか」

 ベラドンナが、「そうよ」と声高に口を挟んだ。

「一歩じゃなく、二歩も三歩も前進したわ。ほんっとに、こんなの見たことないんだから。びっくりよ! 確実にコニッリョとの融和に近づいたわ! だから、しばらくはギャーギャー騒がないでくれる? ワタシ、別邸で静かに暮らしたいのよ!」

「あとベルの結婚の件は無効でお願いします」

 と、オルランドが続いた。

 マサムネがベラドンナとオルランドを一瞥し、再び王都オルキデーアの民衆に顔を戻す。

「ああ……ああ、せやな。分かった。少し、様子見てみよか」

 顔を見合わせ、笑顔になった一同の手前、マサムネがフラヴィオの顔を見て続ける。

「けど、コニッリョが仲間になってへんうちは、やっぱ心配や。その間、ちょいちょいワイの猫4匹に来させてもええか? つっても暇ちゃうから、どれか一匹をせいぜい週に一度って程度やけど」

 フラヴィオが「良いのか?」と、猫4匹に顔を向ける。

 ハナが真っ先に「もちろん!」と答え、タロウが「うん」とはにかんだ。

 ナナ・ネネはもう一度民衆を見たあとに、声を揃えた――「いいぞ」

 フラヴィオは念を押して、もう一度確認する。

「本当に良いのか? これで、すっかり陰口が消えたとは言ってやれない、もう二度と石やゴミが飛んで来ないとも言ってやれない。特に朝廷の中やプリームラ貴族は一筋縄とはいかず、今までと何ら変わっていないということもあろう。だから無理をしてはいけない。本当に、良いのか?」

 ハナが「もっちろんだ!」と言って、ベルに抱き付いてはしゃぐ。マサムネたちは今まで一、二ヶ月に一度こっちへ来る程度だったことから、すっかりベルの友人となったハナとしては、溜まらなく嬉しいようだ。

 タロウも「うん」と答える。

「本当に良いんだ、フラビー。皆が皆、僕たちを受け入れてくれた訳じゃないのは分かってるけど、もう大丈夫。すっかり平気ってわけじゃないけど、もう怖がったりしない。だって、こんなに僕たちを受け入れてくれた人々がいるんだから。強くならないと」

 ナナ・ネネが頷き、「平気だ」と言葉を揃えると、フラヴィオが安堵の表情を浮かべた。

「では、頼む」

 そういうことになった。


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