酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第17話-1 第二王子の婚約

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 1489年1月1日0時0分。

 カプリコルノ国・王都オルキデーアにて――

新年おめでとうブオン・カポダンノ!」

 新年を祝福しようと、寒空の下で祭を開催していた国民が、祝賀の声を天に響かせた。

 それから毎年10分程度すると、国王フラヴィオ・マストランジェロが、赤の愛馬に騎乗して宮廷オルキデーア城から下りて来る。

 その後ろには、必ずと言って良いほどレオーネ国の王太子マサムネ・サイトウが乗っている。

 そして必ず「フォォォォウ!」と歓喜の声をハモらせてやって来る。

「あっ、来たわよ来たわよ!」

「今年も酔っ払ってんなぁ、陛下もレオーネ殿下も」

「まぁ、オレたちもだけどな。――って、おお?」

 と、民衆は目を凝らしてフラヴィオたちを見る。

 今年はその腕の中に、7番目の天使ベルもいた。

「宮廷天使様だ! 椅子持って来い、椅子!」

「英雄天使様よ! お風邪を召したら大変、膝掛け持って来なくっちゃ!」

「ていうか実質的に宰相だよな、あの処刑天使様って? 食い物と酒持って来ねえと!」

 フラヴィオは王都オルキデーアの中央通りに入ると、国民と「おめでとう」や「今年もよろしく」の挨拶を交わしながら下馬する。

 そして毎年そうであるように、そこで待ち構えていた男たちに向かって「とう!」と飛び込んで行く。

 続いてマサムネも「ワイも!」と飛び込むと、男たちが「せーの」で胴上げを始める。

 宙を舞ってはしゃぐ2人の姿は、今年も幼児のようだった。

「毎年、こんなことしてたんですねぇ……」

 と呟き、フラヴィオを見て顔を上下させているベルの下へと、民衆が駆け寄って来た。

「どうぞ!」

 の言葉と共に用意されたのは、豪奢な椅子。

「ありがとうございます」

 とベルが座ったら、膝の上にふかふかの毛布が掛けられた。

 少し経つと、小さなテーブルターヴォラも出て来た。

 続いて、グラスビッキエーレワインヴィーノ、皿に盛られた料理が出て来る。

「お構いなく」と言ったベルだったが、どうぞどうぞと進められるので「では」とビッキエーレを手に取った。

 その目線の先、胴上げが終わる。

 今度は何をするのかと思いきや、フラヴィオが「さぁ」と両腕を広げた。

「美しく愛らしい余の花たちよ、来るが良い」

 マサムネが「ええなぁ」と羨ましそうにする一方、ベルの口からはヴィーノが噴き出しかける。

 待ってましたと言わんばかりに、黄色い声を上げた民衆の女たち。

 あっという間にフラヴィオに群がり、顔や首に好き放題吸い付いていく。

 やがて押し倒されたら、何をされているのかまったく見えなくなった。

 とりあえず聞こえてくるフラヴィオの愉快げな笑声から察するに、『嬉しいこと』をされているらしい。

「やってるなぁ、今年も……」

 と、タロウの声が聞こえて振り返る。

 そこには、マサムネの猫4匹がマタタビ酒を片手に立っていた。

 レオーネ国の年末年始は人間だけでなく、宮廷で働くガット・ネーロ、ティグラートたちも休暇をもらえるらしい。

 こちらの一同揃って、8時間早いレオーネ国でも新年の祝祭に参加して来たのだが、4匹はそのときから飲みっぱなしだ。

 でもモストロは酒に強く、ほとんど素面と変わらない様子で寛いでいる。

「毎年思うけど、なんちゅー陛下だ……」

 とハナが、フラヴィオの方を指差してベルを見た。

「毎年毎年、ほぼ全裸にブーツスティヴァーレで城に帰って来るぞ」

 ベルの声が「は?」と半ば裏返ったとき、フラヴィオの狼狽する声が聞こえて来た。

「ま、待て待て! 今年は怒られる! 怒られるから、下は脱がさないでくれっ……! 余の補佐その3は、ぷんぷんすると説教が長いのだ。うん? では、何で連れて来たのかって? ベルを目の届かぬ場所に置いておくと、腰の剣を忘れたのと同じくらい不安に駆られるのだ」

 とフラヴィオが立ち上がると、再びその顔が見えた。

 ベルの方に歩いて来たと思ったら、下半身の下着一枚に、スティヴァーレ、剣帯けんたいという姿だった。

「痴漢ですか?」

「穿いてるぞ」

 と仁王立ちするフラヴィオを見、ベルが立腹して立ち上がる。

「気温3度の寒空の下で、何をしていらっしゃるのですか」

 とフラヴィオに毛布を巻き付けて、椅子に座らせた。

 その後は当然のごとく、ベルはその膝の上に座らせられる。

 5つ追加された椅子にはマサムネと猫4匹が座り、周りには民衆がわらわらと集まって来る。

 その中に町天使セレーナと村天使パオラの姿もあるのを見つけると、椅子がもう2つ用意された。

 民衆は地面に腰を下ろし、持ち寄った酒や食べ物で宴会を始める。

「さーて、おまえら」

 と、マサムネが民衆の男――兵士たちに向かって言う。

「正月終わったら、めっちゃ鍛えときー。カンクロとの戦はもう決まったようなもんやから。まぁ、準備に時間かかるから何年も先やけど」

 承知の返事があちこちから聞こえた。

 ひとりがフラヴィオに問う。

「うちはどの程度の将兵で行くので?」

「ほぼ全将兵だ。必ず生きて帰るぞ、おまえたち」

 強い『スィー』の声が町の中に響く。

 その後、またひとりが問うた。

「戦のあいだ、国の方の守りはどうするので?」

「そのことですが」

 と、ベルが今後の予定を語り出すと、民衆がうんうんと頷きながら耳を傾けた。

 酔っ払いたちが、おいおいと泣き出す。

「ヴァレンティーナ殿下が、隣の島に行っちまうなんて!」

「嫌だあぁ! うちの絶世の美少女天使があぁ!」

 マサムネも泣いていた。

「泣くな、おまえら! 大丈夫や、テレトラスポルトで月に一度は里帰りさせたるからなあぁ!」

 そして一番号泣しているのはフラヴィオだ。

「頼んだからな、ムネ……! というか、タロウ・ハナ、ナナ・ネネだ。なるべくなら、こっちに来る度にティーナも隣から連れて来てくれ……!」

 ナナ・ネネは「分かった」と承知したが、タロウ・ハナは苦笑を返す。

『こっちに来る度』ということは、一週間から十日間の感覚だ。

 ヴァレンティーナがアクアーリオ国の王太子妃になったら、そんなに頻繁に里帰りさせてもらえるとは思えなくて。

 でもフラヴィオが『スィー』の返事を待った様子だったので、ハナが話を逸らす。

「まぁ、落ち着けよ皆。ティーナより先に、コラードだろ? さっき言ってたじゃないか、ベルが。うちの国も呼ばれててマサムネが出席するけど、正月が終わったらサジッターリオ国の宮廷舞踏会だ。たぶん決まるぞ、コラードの婚約」

 そうだったと、民衆がベルに顔を向ける。

「北隣には、コラード殿下が婿に行くので?」

「スィー。あちらは王太女殿下ですので」

 女たちの口から残念そうに「えー」と漏れる傍ら、ひとりの男がフラヴィオに問うた。

「サジッターリオの王太女殿下って、おいくつでしたっけ?」

「14だ」

 数人が「14」と鸚鵡返しにした。

 第二王子コラードは酒池肉林王2世を継承するにふさわしい心象を持たれているが、一部ではこんなことも有名だった。

「コラード殿下って、特に『お姉様』が好きですよね」

 そうなのかと、ベルはフラヴィオの顔を見て確認した。

 答えは『スィー』らしい。

「うん……正直、コラードは年の近い10代の少女よりも、20代・30代の『お姉様』の方が好みだ。さらに言えば、華やかな『王侯貴族のお姉様』がもっとも好みだ。一杯いるんだよなぁ……向こうの舞踏会に」

「え」

 と、ベルの眉間にシワが寄る。

「フラヴィオ様?」

「うん?」

「大丈夫ですよね?」

「うん……」

「本当に大丈夫ですよね?」

「うーん……」

「本当に絶対大丈夫ですよね?」

「うーーーん……」

 嫌な予感しか、しなかった。


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