酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第17話ー2

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 1489年1月7日、午後6時。

 現在、サジッターリオ国で一週間に渡って開催されている宮廷舞踏会。

 その招待状は、カプリコルノ国とレオーネ国にも先月届けられていた。

 よって、カプリコルノ国からはフラヴィオ・ヴィットーリア国王夫妻、フェデリコ・アリーチェ大公夫妻、王子4人、王女とついでにその侍女が。

 レオーネ国からは、マサムネ王太子とその長女アヤメが、サジッターリオ国の宮廷前へとやってきた。

 テレトラスポルトで送ってくれたハナは、また後で迎えに来ると言って、すぐにカプリコルノの宮廷へと戻っていった。

 それは、どこか周りの目を気にした様子というか、逃げるようだった。

 どうしたのかと心配に思っているベルに、マサムネがこう言った。

「こっちの国民もな、カプリコルノと似たようなもんなんよ。一応人型モストロはおんねんけど、人にまったくもって関心持たんモストロやからな。人間の暮らす町から、遠い山に生息しとるし」

 つまりカプリコルノ人がそうだったように、サジッターリオ人にもモストロは奇怪な生き物に映ることが理由のようだった。

 カプリコルノ同様、石造りの堅牢な宮廷に入ると、とても広い舞踏室へと招かれた。

 そこには、サジッターリオ国の王侯貴族の他、本日はカプリコルノの東隣のアクアーリオ国の国王夫妻も来ているようだった。

 フラヴィオとヴィットーリアが舞踏室に入るなり、それまで賑々しかったその場に一瞬の静寂が訪れる。

「おお、カプリコルノ国王夫妻だ。いつ見ても凄いな」

「ご夫婦揃って、どうしてあんなに素敵なのかしら……溜め息が出ちゃう」

 その後にフェデリコ・アリーチェ夫妻、王子4人、王女とその侍女がぞろぞろと続いて入って来ると、今度は騒然とし始める。

「ああ、今年も素敵っ……わたし大公閣下派なの。今年も一曲踊って頂けるかしら」

「王子殿下たち久々に見たけど、大きくなったなー。王太子殿下と第二王子殿下、すでに俺よりでかそうだ」

「くっ、相変わらずの天使か王女殿下…! 腰が抜けてしまった、助けてくれ……!」

「ところで、あのお人形のようなレディはだぁれ? 王女殿下の侍女かしら?」

 また、その後にレオーネ国王太子マサムネとその娘のアヤメが入って来ると尚のことざわつく。

「レオーネ王太子殿下って、いつ見ても糸目よねー。本当に見えてるのかしら、あれ」

「あれは王女か? 可愛いじゃないか、王太子殿下に似てなくて」

 フラヴィオとヴィットーリア、フェデリコとアリーチェ、マサムネら大人たちが挨拶に追われ始める傍ら、ベルは舞踏室の中を見渡した。

 上級貴族から下級貴族まで来ているのか、物凄い数だ。

 コラードに耳打ちして問う。

「サジッターリオ国のマヤ王太女殿下はどちらでしょう?」

 コラードが「さぁ」と首を傾げて、オルランドに顔を向ける。

「兄上、顔覚えてるか?」

「うーん……父上と母上は毎年来てるけど、私たちが前に来たのは3年前だからな。ぼんやりだな、マヤ殿下の顔も、女王陛下の顔も」

 ヴァレンティーナが「私も」と言った。

 それより下の2人は、まったくもって覚えていないようだ。

 ちなみにベルと同様、初めてサジッターリオにやって来たアヤメも知らないようだ。

 ではフラヴィオたちに聞こうと思ったが、忙しそうだったので止めておく。

「ちょっと探して来ます」

 とベルがその場から離れていった。

 残った子供たちが、サジッターリオ国の王太女を探して室内を見渡す。

「サジッターリオ王太女殿下は、14歳でウチと同い年なんやろ?」

「うん、そうだよアヤメ。あ、あの子かな?」

「私はあっちの子だと思うわよ、ランド兄上?」

「おれはあの子がいいなぁ」

「って『好み』をさがしてるんじゃないよ、ティート? あ、あの子じゃないですか、コラード兄上?」

「どれだって、レンツォ? あー、可愛いがたぶん違うな。どこかなー、オレの女神は」

 と、「ふふふ」と笑ったコラードの顔を、第3王子レンツォが見た。

 コラードは最近オルランドの身長を超え、12歳ながらもう175cmあった。

 レンツォは今月で7つで、やはり大きいではあるが、2人の兄の顔は完全に真上を向いて見ている。

「ほんとにいいんですか、コラード兄上……政略結婚でも」

「ああ」

 と返って来た。

「オレは国のために生きる。王族の結婚なんて、普通はほとんどそうなんだぞ、レンツォ?」

「でも、父上たちは愛したひとと結婚したし、ボクだって将来は……」

「ああ、オレがそうさせてやるよ。ここでオレが王太女と結婚したくないなんて言ったら、宰相ベルの標的がおまえに映るからな」

「そ、そんな、コラード兄上……」

 コラードの手がレンツォの頭に重なった。

 レンツォの瞳に映る明るい笑顔は、父のものと重なる。

「そんな顔するなって。おまえや兄上はフェーデ叔父上似で受け入れ間口が狭めだけど、オレは完全に酒池肉林王似だぜ? つまり、女ならとりあえず可愛く見えるんだ。まぁ、ティートもどっちかといったら父上似だけど、まだ5つのチビだし、やっぱオレの方が父上似っぽいし? 王太女がどんなんでも、オレはちゃんと愛せる。心配するな」

 レンツォが「スィー」と返事をした。

 2番目の兄の顔を、じっと見つめる。

「ボクは、コラード兄上をそんけいします」

 コラードが「お」と嬉しそうに笑い、オルランドを見る。

「なぁ、兄上聞いた? レンツォはオレを尊敬するって。兄上は兄上でも、オレの方を尊敬するってよ? はははっ」

 短い失笑が返って来た。

「あ、いえ、ボクはランド兄上のことはもともとそんけいしてます。コラード兄上の方は、今はじめてしたんです」

「おま……」

 レンツォの頭に拳を振り下ろしたコラードの頭に落ちる、オルランドの拳。

「さっさとマヤ殿下を探せ、コラード」

「スィー、兄上!」

 と再び、舞踏室の中にいる王侯貴族の女たちの顔々を確認するコラード。

「うーん?」と腕組みしながら首を傾げた。

「皆、可愛いっちゃ可愛く見えるけど……なんか、ピンと来ないな。王太女は別のとこに行ってて、今ここにいるのはどれも違うんじゃ……」

 と、ぐるりと一周見渡していく。

 そして、後方――戸口を見たときに、ふと固まった。

「どれも違うって、失礼だろうコラード。この中にマヤ殿下がいたらどうするんだ? ……あ、ほら、あの子じゃないか? 良いドレスヴェスティート着てるし」

 と、コラードがいた場所へと顔を向けたオルランド。

 それは忽然といなくなっていた。

 オルランドが「あれ?」と言うと、他の子供たち一同もコラードが居ないことに気付いて「あれ?」と辺りを見回す。

 そしてその姿を戸口付近にいるのを見つけるなり、一斉に衝撃が走った。

「Oh……オレは見つけてしまった……!」

 とか言ってるコラードが、明るい茶色の瞳を煌めかせて近寄って行くは、明らかな『お姉様』。

 14歳などきっと10年以上前の話だ。

 たちまち狼狽した子供たちが掴み、揺さぶり、思わず叩くはオルランド身体。

「ちょちょちょ、何しとんの! コラード何しとんの! さっき国のために生きるとか言っとったやん! 前言撤回、早っ! ランド、止めてや!」

「大変よ、大変よランド兄上! あの女性、ぜったい14歳じゃないわ! ベルに怒られちゃうわ!」

「うわあぁぁ! 助けてください! 助けてください、ランド兄上! ボクは好きな子と結婚したいよ!」

 また、『お姉様』の方はコラードの顔を覚えているようだった。

「あら? 大きくなったわねー。カプリコルノ国のコラード殿下でしょう?」

「スィー。あなたは女神? オレの」

「流石ね」

 とくすくすと笑う彼女の顔を見ながら、コラードが完全に恍惚としている。

 これは不味いことになると、オルランドが駆け寄ろうかとき、第4王子ティートの声――

「あ、ベルがもどってきた」

 はっと息を呑み、振り返った子供たち。

 ベルが本物の王太女マヤと思われる少女を連れて戻って来たのが見え、慌てて横一列に並んで『壁』になる。

 そうやって『お姉様』を口説くコラードを隠し、強張った笑顔で王太女マヤを迎える。

(――あれ……?)

 と、子供たちが妙に不自然に『お久しぶり』や『はじめまして』の挨拶を交わす傍ら、ベルは首を傾げた。

 コラードを探して、辺りを見回す。

 そして間もなく、その明るい茶色い頭を、壁になっている子供たちの後方に見つけた。

 眉をひそめる。

 蘇るは、先日の嫌な予感。

(ま、まさか……)

 助けを求めた様子の子供たち。

 その視線が集中するは、ベルの顔。

 それは子供たちの顔々を見つめ返しながら、見る見るうちに驚愕の色に染まっていった。

(不首尾に終わられるおつもりでございますか、コラード様っ……!)

 王太女マヤが、華やかにまとめた茶色の髪や、豪奢なヴェスティートの乱れを気にしながら、そわそわとした様子で問う。

「ところで、コラード殿下はどちらへ?」

 ぎくりとしたベル。

 その栗色の瞳に、咄嗟に捕らえられた第三王子レンツォ。

 さっと顔色が悪くなると同時に、小さな身体を震わせた。

(――きた)

 突如始まる、心と心の会話。

(出番でございますよ、レンツォ様?)

(ま、まってください、宰相! ボクは将来、好きになった女の子と……!)

(『政略結婚』、それは王侯貴族としてお生まれになった以上、本来は避けてはならぬ重大なお仕事でございます)

(ボクとランド兄上はフェーデ叔父上似で、女のひとならみんな愛せるってわけじゃ……!)

(別に、表面上だけ夫婦になればよろしいだけのことでございますので、ご心配なく。あとは見初めた女性とお好きなだけ愛し合ってくださいませ、『裏』で)

(ぜったい今ここに『悪い子』がいます、父上!)

(さぁ、レンツォ様。いつまで王太女殿下をお待たせする気でございますか?)

(おゆるしください! ボクはっ……!)

(これ以上は無礼でございます。さぁ、どうぞ)

(コラード兄上のバカ!)

(さぁ……さぁ、さぁ、さぁ)

(…たっ…助けてください、父上えぇぇっ……!)

 とフラヴィオに助けを求めてレンツォが、泣き出そうかとき。

「おー」とその明るい声が割り込んで来た。

 突如、王太女マヤの頬が「あっ」と染まる。

「お久しうございます、カプリコルノ陛下っ……!」

「見る度に美しくなっているな、マヤ。もうすっかり大人の女に見えるぞ」

「ふふ、ありがとうございます。だってカプリコルノ陛下、マヤはもう14なのよ? 今年で成人ですの。舞踏だって、きちんと踊れるのだわ」

「ほう。もう余の足を踏んづけないのか?」

「ふ、踏みませんわっ……!」

 とサジッターリオ王太女――マヤが頬を膨らませると、フラヴィオがおかしそうに笑ってその頬をつついた。

 では踊って頂こうかと、マヤの手を取って舞踏室の中央付近へと向かって行く。

 ベルとすれ違う際、小声で問うた――

「どこ行った?」

 コラードのことだ。

 そしてそれは、いつの間にか戸口からいなくなっていた。

 舞踏室の中にも見つからず、きっとさっきの『お姉様』を2人切りになれるところに連れて行ったのだろうと思う。

 他の大人たちが寄って来ると、レンツォがヴィットーリアにしがみ付いて「わーん」と泣き出した。

「なんじゃ、どうしたのじゃレンツォ?」

「宰相が……宰相がっ……!」

「え?」

 とベルに集まる、大人たちの視線。

 そこにも、泣き出しそうな顔があった。

「なんだ、どうしたんだベルまで」

 とフェデリコがベルの頭を撫でる傍ら、マサムネが辺りを見回した。

「コラードはどこ行ったん?」

 アヤメが苦笑した。

「ベルちゃんが悪いんやなくて、そのコラードがやってしまったんよ……」

「そうなんだ」

 と、オルランドが溜め息を吐いて続いた。

「コラードがしくじったんだ。『国のために生きる』とか格好付けてから5分以内には、好みの『お姉様』を口説きに行ってた。しかもあれは、完全に惚れてた。 あいつのことだから、今夜はもうここへ戻って来ない」

 そういうことかと、大人たちの顔が呆れ顔になっていく。

 驚きはしない。

 少なからず予想はしていた。

「結局、『愛に生きる』のがマストランジェロ一族の男性なのよね。フラヴィオ様だって、本当は公爵家か侯爵家の娘と結婚っていうしきたりがあったのに」

「それをお構いなしに破って、男爵家の私と結婚したかのう。兄弟・従兄弟の中でも、一番フラヴィオ似のコラードには、しきたりだとか政略結婚だとか、無理があったのかもしれないのう」

 と、ヴィットーリアが、悄然としてしまったベルの頭を撫でる。

 そのベルがじっと見下ろしているのはレンツォ。

 視線を感じて恐る恐る振り返り、またヴィットーリアのヴェスティートに顔を埋めて「わーん」と泣き出した。

 アリーチェが「こら」と、ベルに眉を吊り上げる。

「いじめないの!」

「いじめてません」

「諦めなさい、政略結婚は!」

「では、どうするのですか……どうするのですか」

 とベルの語調が強くなると、マサムネが「まぁまぁ」と口を挟んだ。

「焦らず、ちょっと待ってみようや。コラードが口説きにいったんは『お姉様』やろ? いくら王子で、酒池肉林王似で、王族の結婚はほんま年齢関係ないって言っても……相手にされへんかもしれんやん。あいつ身体は大人やけど、まだ12のガキなんやから。どーせ、すぐ戻って来る来る!」

 ――来なかった。


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