酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第17話ー3

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 サジッターリオ国の宮廷にある客間。

 2人用の豪奢なベッドレットの中。

 夢現でいたコラードが、優しく頭を撫でられる感覚でゆっくりと瞼を開けていく。

「そろそろ行きましょう、コラード殿下。23時を過ぎたわ」

「待って……もう少し」

 とコラードが柔らかな枕――彼女の二の腕に、頬を摺り寄せ、また瞼を閉じていく。

「頭も撫でてて。あとでいっぱい怒られるんだ、オレ……」

「後悔してるの?」

「してないよ。5回頑張ったあとじゃ流石に眠いけど……」

「そういう意味じゃないわよ、もう」

 それじゃ、どういう意味の『後悔』だろう?

 また夢の中へと誘われて行きながら、コラードが黙考する。

 すると彼女が言葉を続けた。

「やっぱり止めた方が良いんじゃない? 王子殿下にとって何の得もない、男爵家の私との結婚は」

 一気に覚醒したコラードが「嫌だよ!」と言いながら顔を上げた。

「止めないよっ……! ほんとにオレ、フロリアンさんが好きなんだ!」

 彼女が優しく微笑した。

「ええ……分かったわ、コラード殿下」

 そう言った彼女を見ながら、コラードは安堵の溜め息を吐いた。

 彼女は珍しい紫色の、とてもとても美しい瞳をしている。

 その瞳に吸い寄せられるよう、キスバーチョすること、すでに数え切れず。

「ねぇ……もしかしてメッゾサングエだったりする?」

「なんだったかしら、それ」

「人間とモストロの混血のことだよ」

「違うわ。この国にも人型モストロはいるけれど。人間にまったくもって興味を持たないから、きっとこの国には存在しないわね、そのメッゾサングエ。でも、どうして私がそう見えたの?」

「だって、魔法にでも掛けられた気分なんだ……」

 とまたコラードが彼女に口付ける。

 彼女が「ふふっ」と笑った。

「あなた、笑うとカプリコルノ陛下とそっくりだけど、中身も似ているのでしょうね」

「よく言われるよ。昔の父上と今のオレ、そっくりなんだって」

「カプリコルノ陛下も男爵家の娘と結婚したし、変わった一族だこと。一応もう一度訊くけど、本当にいいの? 後悔しない? カプリコルノ国にとって、ほとんど得はないのよ?」

「しないよ、後悔なんか。実はさっき弟に『オレは国のために生きる』とか言っちゃったんだけど、やっぱ『愛に生きる』ように出来てるんだなーオレって」

 と、「はははっ」とコラードが陽気に笑うと、彼女がおかしそうに笑った。

 コラードの顔を手で包み込む。

「本当、笑うとカプリコルノ陛下そっくり」

「顔はそんなに似てないけどね」

「私のどこが好きなの?」

「最初は一目惚れだったよ。でも今は全部。っていったら適当に聞こえる? でもやっぱ全部」

「我儘言ったり、困らせたりしたのに」

「いやぁ、マストランジェロ一族の男って振り回されると気持ち良くなってさぁ」

「王族の結婚なんて年齢関係ないけど、でも私29よ?」

「そうなの? 通りでお色気ムンムン、オレムラムラ。やっぱ、男も女も色気が出て来るのは30手前あたりからなんだねー」

「あなたはまだ12ね」

「あーうん、これはこれで嬉しいでしょ? ピチピチで」

 彼女が「そうね」と返して、また笑う。

 手の中のコラードの笑顔を、しばし見つめて呟く。

「そっくり……」

「父上に?」

「ええ。特に、あなたのお父様の王太子の頃にね。でも、あなたの方が可愛いわ」

  と、彼女がコラードに軽くバーチョしてから身体を起こした。

「行きましょう? 舞踏会が終わっちゃうわ。あなたと踊りたいの」

 承知して身体を起こしたコラードだったが、すぐに「あー」と言いながら倒れて行った。

 脳裏に浮かぶわ、実質的宰相ことベルの顔。

「おーこーらーれーるぅー」

「大丈夫よ。ほら、起きて」

「うん……」

 と、また身体を起こしてから、コラードは彼女の顔を見た。

「どうして『大丈夫』?」

 彼女はただ、「ふふっ」と笑った。





 ――その頃。

「何をしているのだ! 悪い子め!」

 カプリコルノ国王の補佐その3が舞踏室の外に連れ出され、叱られている。

「良い子でございます!」

『力の王』や『力の王弟』に畏縮するがあまり、その美しい妻たちや娘を遠くから眺めるしかない王侯貴族の男たちの一方。

『酒池肉林王』やその弟という存在には、近寄りやすいらしい。

 女たちが一曲だけでもと、次から次へと寄って来、行列が出来た。

 これを利用しない手はないと、ここで商人魂に火が付いた補佐その3。

 行列の最後尾でこっそり『受付』を始め、カプリコルノの通貨に換算し、ひとりあたり一曲1万オーロの料金を頂いた。

 酒池肉林王とその弟、どちらとも踊りたがる女が多く、平均ひとり2万オーロだった。

 なかなか行列が途切れず、長いこと『受付』をやっていた。

 儲かった。

 バレた。

「どこが良い子だ! なーんーだーコーレ!」

 と、フラヴィオが、ベルが手に持っていた布袋を持ち上げる。

 ずっしりとするそれを振ると、ジャラジャラと硬貨の音がした。

「なんだではございません。取れるところから取っておくべきだと、私はいつも申し上げております」

「余はこういうことが嫌いだ! 返してくる!」

 と舞踏室の中に戻って行こうとしたフラヴィオの後方から、低く声が響く。

「おふざけになるのも大概にしていただきたく存じます」

 振り返ったフラヴィオの碧眼に映る。

 まだまだ表情に乏しい補佐その3の、これまでで一番のはっきりくっきりとした膨れっ面。

「本日、ほぼ確定していたこちらの王太女殿下とコラード様の婚約はご破算決定。コラード様が『お姉様』に夢中になられているあいだに、マヤ殿下はこちらの貴族少年と仲良しこよし。だったらせめてもと、国庫金を稼げば『悪い子』……私は、理解不能でございます。このまま無収穫で帰国する方がよっぽど言語道断、不届き至極でございます!」

 と言ってベルが、堪え切れずに泣き出した。

 フラヴィオの吊り上がっていた眉が、たちまち下がっていく。

「わ……悪かった」

 と、ベルの脇の下に手を入れて持ち上げる。

 まるで小さい子を抱っこするようになってしまったが、今はそう見えた。

 ベルは本日のコラードの失態が、心底無念やるかたないらしい。

 顔を真っ赤にして、小さな拳で零れ落ちて来る涙を拭いながら、泣きじゃくっている。

 ふと、まつりごとに悩み、涙している少女を不憫に思い、思わず出て来た言葉が――

「補佐、止めるか?」

 失言だった。

 賑々しい舞踏室の中にまでベルの泣き声が響いてしまって、戸口付近にいた家族やマサムネたちがやって来る。

 女の涙を目にしたとき、一族の男たちは決まって『男』の方を責めるように出来ているわ、泣いているベルを見たヴァレンティーナも泣き出すわで、激しい親子・兄弟喧嘩が勃発しそうになった。

 そこへ――

「うわー、父上最低」

 割り込んで来た、コラードの声。

 はっと息を呑み、こめかみに青筋を浮かべた力の王。

 振り返るなり、おまえが悪いのだと怒号を轟かせようとしたのだが――

「――……は?」

 妻と弟夫婦、マサムネといった他の大人たちと共に、ぽかんとした。

「待った、待った!」と言いながら、舞踏室の中央へと駆けていくコラードを目で追う。

「演奏、止めないで!」

 すっかり大人と変わらない身体に成長したその腕には、ひとりの『お姉様』が抱かれていた。

「ああ、そうそう! マヤ王太女殿下を放っておいて、あの『お姉様』を口説きに行ったんだ、あいつ!」

 と言ったオルランドを一瞥した大人たち。

 またコラードの方へと顔を向ける。

 本日の舞踏会で一番のざわめきが起こり、ベルとヴァレンティーナが泣き止んだ。

 コラードと『お姉様』から、慌てた様子で遠ざかっていくサジッターリオの王侯貴族。

 中央に残された2人。

 静寂に包まれていく舞踏室――

(――え…? これは……?)

 ベルがフラヴィオを見る。

 他の子供たちも大人を見る。

 どれも、唖然としている。

 その様子に、舞踏室に流れる空気に、子供たちに緊張が走った。

(まさか……)

 コラードの腕の中で、舞踏の準備に入った『お姉様』。

 楽士たちに向かって、すっと片手を上げた。

 すると流れ出した、優雅な円舞曲。

 2人の足が、同時に動き出す。

 その刹那、ベルは小さく息を呑んだ。

(コラード様……)

 どきっとする。

 兄弟・従兄弟の中で、一番の運動神経と力を持ち、両親や叔父がそうであるように、舞踏の才もあるコラード。

『お姉様』の身体を優に支えて主導し、完璧ペルフェットなテンポでステップパッソを踏む。

『お姉様』の青のスカートゴンナが華麗に広がり、回って、翻り、壁際にいる観客――王侯貴族の目を奪っていく。

「あかん……今日のコラード、ランドよりかっこいいわ」

「止めてアヤメ……」

 これだけの観客の視線が集まっても、きっと2人にはお互いの顔しか見えていない。

 ときどき何か話しているようで、2人の口が動く。

 星を散りばめたように煌めく瞳。

 フラヴィオとよく似た、いつもの明るい笑顔。

 でもベルの知っているコラードとは、どこか違う。

 さっきまでとは、何かが変わった。

 これまでのコラードは、ベルから見ても当然12歳の『少年』だった。

 もちろん急に、フラヴィオやフェデリコ、アドルフォのような大人の男になったとは言わない。

 それが、何を当然のこと言っているのかと突っ込まれそうだが、『異性』という言葉に当て嵌まって見えた。

 今、この会場にいる女たちがそうであるように、ベルも少しばかりの鼓動を感じながらコラードを眺めている。

「ちょっと待て……」

 フラヴィオが小声で口を開くと、ベルの身体がその腕からずるずると落ちていった。

 床に足を付けてその顔を見上げると、それは驚愕した様子で他の大人たちを見た。

 その他の大人たちは、開いた口が塞がらないまま、フラヴィオの顔を見る。

「な……何をしているんだ、あいつは? そりゃ、彼女は現在、独身ではあるが……て、手籠めにしたのか?」

「お、落ち着いてください、兄上。コラードは今、彼女とただ踊っているだけです」

「いーや、ワイはさっきたしかに見た。あいつ、2、3発やったからほんまは眠くて仕方ないんやけど、踊りたいっていう彼女のために頑張らなきゃみたいな感じの顔で走って来たとこ」

「いやいや、ムネ殿下よ。コラードはフラヴィオ似じゃから、恋したらその程度じゃ済まんぞえ?」

「え、なんやあいつ、いきなり5、6発やったんかいな……!」

「回数どうのこうのじゃないわ。コラード殿下の見初めた『お姉様』って……!」

「待て待て、アリー。兄上も、義姉上も、ムネ殿下も。もう一度言いますが、コラードはきっと、ただ『お姉様』に踊っていただいただけです。それ以上の関係も、想いも、無い……!」

 曲が終わり、わっと拍手が沸き起こる。

 そちらに目を戻すと、舞踏室の中央でコラードが『お姉様』にバーチョしていた。

 大人たちに尚のこと衝撃が走る。

「見ろ、決定や……!」

 マサムネが、突如廊下にある窓の方へと駆けていく。

 そこで叫んだ――「ハナ、おるか!」

 そろそろ舞踏会の終わりの時間ということで、一時帰っていたカプリコルノの宮廷から戻って来ていたようだった。

 ハナがテレトラスポルトで、ぱっと現れる。

「もう帰るのか?」

「まだや。ちょっとえらいことになった。今コラード連れて来るから、人気のないとこに移動頼む」

 ハナが「うん?」と小首を傾げてから間もなく、本日の舞踏会へ招かれていた一同がやって来る。

 最後にコラードがひとりの『お姉様』の手を引いてやって来るのを見るなり、目が点になる。

「――うっそ……!」

 マサムネに「はよ」と催促されたハナは、はっとすると一同を連れてテレトラスポルトを唱えた。


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