酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第20話ー6

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 ――皆に引っ張られるようにして、フラヴィオが久々に宮廷に足を踏み入れた。

 夕餉の前にまずは風呂だと、4階の王侯貴族専用の浴室へと連れて行かれる。

 大量の使用人に、ベルもついでにと一緒に浴槽に突っ込まれた。

 あたたかく、気持ち良く、うとうとしてしているあいだに、痩せ細った身体を何十本もの腕に洗われる。

 無精髭を綺麗に処理されてツルツルになり、金の髪はピカピカになり、ふわふわのタオルアッシュガマーノで拭いてもらう。

 もう寝間着が用意されていて、それをベルに着せてもらった。

「フラヴィオ様は、しばらくのあいだ休養が必要です。朝廷にはフェーデ様とドルフ様、私が出ますし、日々の体力作りや武術の鍛錬もお休みください」

 そういうわけには行かないと、フラヴィオが首を横に振る。

(余は国王なのだ)

 特に『力の王』なのだから、これ以上貧弱になるわけには行かなかった。

『天使』を始め、国民を守るという使命をきちんと思い出したのだ。

(もう二度と、大切なものを失うわけにはいかぬ)

 しかしベルも「駄目です」と言って首を横に振る。

「本調子に戻るまで、ゆっくりお休みになってください。朝廷の中は相変わらず重苦しいでしょうし、食欲もまだお戻りになっていないのですから。今無理をされては逆効果です」

(しかし……)

 とフラヴィオの顔が戸惑うと、ベルが続けた。

「皆様も私も、フラヴィオ様の声が聴きたいのです。以前のような、明るい笑顔が見たいのです。そのためには、一日三食おやつ昼寝付きで、好きなときに好きなことを好きなだけして過ごすくらいの生活が必要のように存じます」

「ベルさんベルさん」

 と、廊下からルフィーナの突っ込みが入った。

「それは甘やかしすぎですよ。国王陛下がなんという徒食生活ですか」

 ベルが廊下に向かって「いいえ」と言った。

「これくらいで良いのです」

「いやベルさん、『好きなときに好きなことを好きなだけ』って……『四六時中女、女、女』は駄目でしょう」

「そこまで極端なことになっていらっしゃいますか、レオーネ国の『酒池肉林王』は。フラヴィオ様は女性以外にも、狩りや絵画、チェススカッキ、遊漁、その他色々お好きなものがあるのです」

「そうでしたか」

 と、さも意外そうなルフィーナの声が聞こえた。

「いやでも、徒食生活は駄目ですって」

「今は良いのです、これで。異議は認めません」

 とベルが語調を強くすると、ルフィーナの「えー?」というさも異議がありそうな声が聞こえた。

 しかし譲る気はないらしいベルが、もう一度「認めません」と返した。

 フラヴィオの手を引いて、同階にある王侯貴族専用の食堂へと向かっていく。

 皆の優しい笑顔に迎えられながら食堂に入って、国王の席に着く。

 向かいの王妃の席を見てフラヴィオの顔が沈んだとき、フェデリコが「ベル」と言ってその椅子を引いた。

「私ですか?」

 とベルが戸惑って訊くと、皆が頷いた。

 とりあえずのところ、それが良いという話になっているらしい。

「では……」

 と、やはり戸惑いながらベルが王妃の席に着いた。

 しかし、皆の判断通りこれで良かったらしい。

 フラヴィオの顔が、どこか安堵したように微笑した。

 フラヴィオだけでなく、皆もあまり食欲が無いようだったが、少しだけ笑顔が戻ったあたたかい食卓だった。

 その後は3階の居間に集まって談話やスカッキをして過ごし、時間が経つにつれ、年の小さなものから自室に戻っていく。

 最後まで残った大人たちは、23時に居間を後にした。

 4階の廊下にやって来たとき、ちょうどルフィーナとピエトラが歩いていた。

 フラヴィオの寝室の近くにいたルフィーナが、その扉を開けて「どうぞ」と言うと、フラヴィオの足が止まった。

(嫌だ……)

 いつもこの時間になると、寝室に戻っていた。

 ベッドレットの周りを囲う天蓋を開けると、いつもそこにフラヴィオを待つヴィットーリアの姿があった。

 その光景はもう二度と見られないのだと思うと、まだ戻る勇気が無かった。

 2人でもゆとりのあったレットを、ひとりで使うことも抵抗があった。

 ルフィーナが「陛下?」と小首を傾げる一方で、ベルがフラヴィオの手を引いた。

「ルフィーナさん、今日からしばらくはフラヴィオ様のお部屋はこちらになります」

 と、階段近くの角部屋――自身の部屋の扉を開ける。

「え」と複数の声がハモったが、ベルは「おやすみなさいませ」と廊下にいた一同に言うと、フラヴィオを中に入れて扉を閉めた。

 手を引っ張ってレットへ連れて行き、「どうぞ」と布団をめくる。

「2人用なので、狭すぎることは無いと思うのですが」

 素直にレットの中に入り、布団を掛けてくれるベルを見るフラヴィオの顔には、ほっとしたような表情が浮いていた。

 まだまだ感情が表に出辛いベルが、優しく微笑する。

「大丈夫です。フラヴィオ様をひとりにしたりしません。これまでもそうであったように、私が傍にいます。またこれからは、眠っているときだって一緒なのですから」

 心の内を読まれているようだった。

 ベルがシャンデリアランパダーリオの火を消し、レットの中に入る。

「おやすみなさいませ」

 とフラヴィオの頬にキスバーチョすると、フラヴィオの身体を抱き締めた。

 細くて頼りない腕だ。

 この『力の王』が守らなければならないものだ。

 それなのに、不思議と大きな安心感に包まれる。

 自然と溜め息が漏れ、少し無理して気張っていたことに気付く。

(すまん……ベル)

 その胸に顔を埋め、瞼を閉じたら、また涙が落ちた。

(ありがとう……)

 間もなく規則正しい寝息が聞こえてくると、ベルはそっと胸元に視線を落としてみた。

 するとそこには、まるで母親の鼓動を聴きながら眠る子供のような、無防備な寝顔があった。


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