酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第21話ー1 後妻

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 早朝5時ちょっと前。

 宮廷オルキデーア城の4階。

 階段近くにある角部屋――7番目の天使ベルの部屋の扉を10cmばかり開け、恐る恐る覗いてみるは、フェデリコとアドルフォ。

 これから『中の中庭』へ朝餉前の鍛錬へ向かおうと思っていたのだが、『2人』がどうしても気になってしまった。

「服……着てるよな?」

 とフェデリコが小声で問うと、真上にあるアドルフォの黒い顔が頷いた。

「たぶん。王妃陛下が亡くなったばかりとなっては、陛下といえどそういう気分にならないのでは?」

「だと良いんだが。真面目な話、兄上はすっかり痩せ細ってしまったし、これ以上は体力消耗するようなことは避けて欲しい。それに、ベルだって……」

 と、フェデリコが困惑する。

「ベルは嫌がらないかと。陛下が相手なんですし」

「それは分かる。ベルは兄上のためとなれば、何だってする。だが……」

 と、フェデリコの脳裏によぎるのはベルの『過去』だった。

「ベルが男に対して、そういう感情になることはあるんだろうか。なんというか、こう……ひとりの女性として幸せになりたいと思ったことはあるのだろうか」

「そういえばベルって、陛下を誰よりも愛しているのは分かるんだが、結婚願望みたいなものは無いような……」

「だろう? ベルがいくら兄上を愛していても、兄上がそういう対象でないのなら同室は避けるべきの気がしてならないんだ」

「俺は単純に、今までは陛下に王妃陛下がいたからだと思いますけどね。そういうこと考える余地が無かったというか」

「ああ、たしかにそれも考えられるな。今は義姉上が亡くなったばかりだから、もう少し先になるが……もしベルが兄上と結婚したいと考えるようになったなら、私は是非とも『後妻』にしてやりたい」

「俺もです。むしろ陛下の『後妻』はベルしかいないと思ってる。王妃陛下がベルに、『側室』になるよう仰ったこともあるらしいですし」

 なんて会話を2人がしていると、「おはようございます」とベルの小声が聞こえた。

 ベッドレットから身体を起こし、隣で眠っているフラヴィオを起こさぬよう、口に人差し指を当てて2人を見ている。

 2人は顔を見合わせたあと、見つかったことだし、ベルは服を着ていたことだしで、部屋の中に入って行った。

 なるべく足音を立てぬよう、レットの方へと向かって行く。

 深く眠っていると分かるフラヴィオがいた。

「ベルはしばらく、朝の厨房を手伝いに行かなくて良いんじゃないか?」

 と、こんな早朝に起きたベルに対してフェデリコが言うと、それはフラヴィオの寝顔を見つめながら『はいスィー』と答えた。

 フラヴィオが眠っているあいだも、なるべく傍に居てやりたいのだと分かる。

「現在の朝廷はどうなっていますか?」

 とベルが問うと、2人の顔が少し険しくなった。

 充分な答えだった。

 ヴィットーリアの死によって、コニッリョと融和するという最大の課題が振り出しに戻ったのだと分かる。

「朝廷の中だけではない、国民もだ。コニッリョに――モストロに対して、完全に不信感を抱いている。仲間を殺されたコニッリョの方もだ。人間に怯え切ってしまって、今はもう、大好物のあんこだってティーナからしか受け取らない。まぁ、ティーナだけでもコニッリョとの絆が断ち切れていないのは不幸中の幸いだが」

 とフェデリコが言うと、アドルフォが続いた。

「朝廷では、今何を言っても無駄だぞ。まるで耳を貸さないし、逆撫でするだけだ。だがとりあえずコニッリョを殺傷した者は罰金及び投獄にしたし、ルフィーナ殿が居てくれることだし、もう少しほとぼりが冷めるのを待った方がいい」

 少しのあいだ黙考したベルが「分かりました」と答えてから間もなく、ルフィーナが急いだ様子で「失礼します」と部屋の中に入って来た。

 後からオルランドと、ついさっきまで眠っていただろう寝癖付きのベラドンナも入って来た。

「陛下、起きてください。陛下」

 と、これまで起こさないようにしていたフラヴィオを、ルフィーナが揺すって起こす。

「マサムネ殿下たちがいらしているようです」

 フラヴィオの目が開いた。

 ルフィーナが窓を開け、耳を澄ませる。マサムネたちの位置を確認しているようだ。

「北の海ですね。さぁ、行きましょう」

 ――北の海にやって来ると、衛兵に警戒されながら立っているマサムネとその猫4匹、それからアヤメとムサシがいた。

 またレオーネ国に仕事に行っていたガラス・陶磁器職人たちを連れて来てくれたようだった。向こうで訃報を聞いた様子の彼らが、泣き腫らした目で町の方へと向かって行く。

「良かった、ベル……!」

「ありがとうございました、ハナ…! お陰で助かりました……!」

 と泣きながら抱擁し合うベルとハナに、オルランドとアヤメ、ベラドンナとムサシも続く。

 その傍らでは、フラヴィオとマサムネが向かい合って俯いていた。

「ほんま……すまんかった、フラビー」

 とマサムネが言うと、フラヴィオが首を横に振った。

(気にしないでくれ)

 正直、そのときのことはぼんやりとしか覚えていないが、マサムネに本当のことを言われたのは覚えている。

「ヴィットーリアはんの墓参りに連れて行ってくれへん? 今この国に来るのは危険やと思て、おとんやおかん、嫁たちは連れて来られへんかったけど……ワイはどんなにここの国民に嫌われとっても、行かんわけにはいかへんから」

 とマサムネが言うと、タロウが自身たちにバッリエーラを掛けながら続いた。

「まだ早朝だし、そんなに国民と遭遇しないと思うから……いい?」

 と問われたフラヴィオが頷くと、タロウがその場にいた一同も連れて霊廟近くにテレトラスポルトした。

 案の定、早朝5時となれば幸い人気はなかった。

 扉を開けて中に入り、マサムネがヴィットーリアの柩の上に持って来た花束を置く。

 マサムネが正座すると、猫4匹とアヤメ、ムサシも続き、しばしのあいだ泣いていた。

 袖で涙を拭った後、マサムネが立ち上がって「なぁ」とフラヴィオたちの顔を見回す。

「今のこの国、コニッリョとどうなっとるん?」

「大荒れです」

 とルフィーナが正直に答える。

「特に国民の方が、コニッリョに対して激しい敵意を抱いてしまっていて……今にもコニッリョの山に火を付けそうな勢いです。宮廷を歩いていても、モストロに対する怨嗟の声が聞こえてきますし」

「そうやろうやなぁ……」

 と呟くように言ったマサムネが、フラヴィオの顔を見た。

「なぁ、フラビー?」

 フラヴィオがその顔を見ると、少ししてマサムネの口が少し尖った。

「そろそろ返事くらいしてや。まだ怒ってるん?」

「いいえ、カプリコルノ陛下は声を失っているのです」

 と答えたルフィーナ。

 マサムネ一同が驚いたのを見つつも、緊張した面持ちで続け様にこう問うた。

「マサムネ殿下はどうすれば良いと思いますか? この国は、コニッリョの力が必要なんですよね? 何かあった場合、わたしが支えられるだけ支えますが、わたしはメッゾサングエですし、ひとりでは限度があります。それに、もしわたしがメッゾサングエだとバレた場合、忌み嫌われることで助けられるものも助けられないといったことになり兼ねません。これは他の国――モストロと敵対している国での話ですが、わたしが怪我人に治癒魔法をかけてあげようとしたら逃げられたってことが、実際に何度もありましたから。やはり早く、コニッリョと融和する必要があると思います」

 マサムネが頷いた。

「そのことなんやけど……」

 と、フラヴィオの顔を見る。

「今はまだこんなこと言うべきちゃうって、不謹慎やって、分かっとるんやけど……やっぱフラビーは国民からめっちゃ愛されとるし、最終手段は、その……」

 それを言うことが出来ないらしく、マサムネが俯いて口を閉ざす。

 でもそれがどんな言葉なのか、その様子を見ればフラヴィオに伝わった。

(メッゾサングエの『側室』――いや、『後妻』…か……)

 困惑する。

 今回のことは、マサムネに言われた通り己の失態だと思う。

 早くにメッゾサングエの側室を迎えていたら、その時点で魔法を使える者がこの国に居ただけでなく、コニッリョともすっかり融和していたかもしれない故に。

 再びコニッリョとのあいだに深い溝が出来てしまった現在、このフラヴィオがモストロやそのメッゾサングエの後妻を迎えることで改善できるというのなら、二度と同じ過ちを繰り返さないためにそうすべきなのだ。

 それは分かっている。

 しかしやはりそれはそれで、問題もあった。

 今のこの国で、その後妻がすぐに国民に受け入れられる可能性は非常に低く、辛い想いをさせてしまうということ。

 それによって、悲劇が起こるかもしれないということ。

 またそれ以前に、不安がある。

(余は、後妻となる彼女を愛することが出来るのだろうか)

 正直、ヴィットーリアを愛したように、その彼女を愛することが出来るかと言われたら、今はまるで自信がない。

 マサムネは、別に愛さなくても良いと、ただこのフラヴィオの妻になることが重要なのだと言うだろう。

 しかし、夫にさえ愛されないというのなら、その後妻となる彼女は、本当にただの国のための犠牲だった。

「その、なっ……?」

 と、やはり言わなければと思ったらしいマサムネが、再びフラヴィオの顔を見た。

 言いたいことは分かったと伝えたいフラヴィオが、それを出来ずにいる手前、マサムネが「その……」と言いながら、ふとルフィーナを見た。

 またフラヴィオを見る。

(……は?)

 マサムネが「せやからな?」と言いながら、またルフィーナを見、フラヴィオを見、ルフィーナを見、フラヴィオを見る。

(いや、ちょ…………)

 フラヴィオの顔が引き攣っていった。


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