酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第21話ー4

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 ――4階にある王侯貴族専用の浴室で入浴中のフラヴィオは、使用人たちの会話に耳を傾けて困惑していた。

 十数人でフラヴィオの身体をせっせと洗って仕事しながらも、その様子は怒り心頭に達しているようだった。

「ほんっと、信じられないわルフィーナさんて!」

「陛下やベル様に対して、なんて無礼なのかしら!」

「でももう大丈夫ですよ、陛下。いい加減に黙っていられなくて、私が昼間に彼女を叱っておきましたから!」

 今日の昼間、フラヴィオとベル、そしてルフィーナが3人で居るところを使用人たちが見ていたらしい。

 ベルとルフィーナの会話も聞こえていたようだった。

 ひとりの使用人がフラヴィオの顔を覗き込む。

「あのルフィーナさんが後妻候補に挙がってるって、本当ですか? 彼女はサジッターリオ国出身らしいですが、ただの『使用人』ですよ? 選ぶならベル様ですよね?」

 フラヴィオが首を縦に振ることも横に振ることも出来ないでいる一方、使用人たちの会話は続く。

「ねぇ、ルフィーナさんてなんかしょっちゅう姿消してない?」

「そういうとき、町に行ってるらしいわよ」

「何それ、遊んでるってこと?」

 それはきっと違うだろうと、フラヴィオは察する。

 遊びに行っているのではなく、国民想いのルフィーナが心配してその様子を見に行っているのだ。

 また、コニッリョの山にも行ってそうだった。

「ていうか彼女、コニッリョと仲良くならなきゃ駄目だって言うんだけど」

「ちょっと嘘でしょ……まだモストロを信用してるの、あの人?」

「所詮、他国民だからよ。モストロのせいで、陛下や私たちがどれだけ憂き目を見たか分からないのよ……!」

「家政婦長はどうして彼女をクビにしないのかしら! 彼女がいると気分が悪くなるわ!」

 と悪口が激しくなってくると、フラヴィオが止めようと口を動かした。

 それを見た使用人たちははっとすると、「申し訳ございませんでした」と口を揃えた。

 静かになった浴室の中、フラヴィオの顔に不安の色が浮かぶ。

(彼女、大丈夫なのか……?)

 入浴を終えた後、ベルのいる図書室――2階――を通り過ぎて、使用人たちの部屋がある1階へと向かう。

 階段を降りているときから、ルフィーナと家政婦長ピエトラの会話が聞こえて来た。

「口は災いの元ですよ、ルフィーナさん。もういっそのこと、口を閉じていなさい」

「その方が良いですかねぇ。激しいですね、カプリコルノ国の女性は」

 ルフィーナに何かあったのだと分かる。

 1階の廊下に辿り着くと、2人と鉢合わせになった。

 ルフィーナの赤い巻き髪が、不自然に乱れている。

(どうしたのだ)

 とフラヴィオの碧眼が動揺すると、ピエトラがこう言った。

「陛下、彼女に一人部屋を与えてもよろしいでしょうか。彼女は使用人に扮しているだけで、マサムネ殿下からの預かりものですし。魔法が使えるとはいえ、怪我をさせる訳にはいきませんから」

 怪我と聞いて、大体のことは察した。

 ルフィーナは使用人の集団部屋で、きっと大なり小なり暴力を振るわれたのだ。

(申し訳ない……!)

 狼狽したフラヴィオが、ふとルフィーナを抱き上げると「きゃっ!」と声が聞こえた。

(気が利かなかった、許してくれ)

 と、4階まで駆け上がっていく。

 連れて行ったのは、ベルの隣の部屋だった。空き部屋となっているそこの前でルフィーナを下ろし、扉を開ける。

(ここの部屋を使うといい)

 と、その顔を見下ろしたときになって気付く。

「あっ…ありがとうございますっ……」

 茹ダコのようになっていた。

 ルフィーナはどうしたのかと問いたげなフラヴィオの顔を見上げた後、若草色の瞳を動揺させて俯き気味になった。

「そ、その…お、お姫様抱っこっていうんですかっ…? け、経験がなかったもので……」

 要は恥ずかしかったらしい。

(意外と初心なのか)

 と分かったら微笑ましくなり、フラヴィオの顔に笑みが浮かぶ。

 ルフィーナが少し戸惑った様子で問う。

「あの、このお部屋、本当にわたしが使っても良いんですか?」

 もちろんだとフラヴィオが頷くと、ルフィーナがもう一度「ありがとうございます」と言った。

「わたしは使用人に扮してはいますが、元だってただの商人なのに……それに、無礼なことだってたくさん言ってきたのに。お優しいですね、カプリコルノ陛下は。そんなところも国民に愛される要素のひとつなんでしょうね」

 めずらしく褒められた。

 感動を覚えているフラヴィオの手前、ルフィーナが突然深々と頭を下げる。

「いつものことではありますが、今日の昼間は特にすみませんでした。わたしの口はあまりも無礼だって、人を傷つけるって、周りで聞いてる方も不快だって……使用人の先輩たちにたくさん叱られて反省しました。わたしもう、思ったことがあっても口を開かないことにしますね」

 と、どこか落ち込んでいる若草色の瞳を見ながら、フラヴィオは首を横に振った。

 たしかに正直すぎるところは困りものかもしれないが、ルフィーナの口から出るものは国民を想ってのものだった。

 同時に、国王としてのフラヴィオを正すものでもあった。

 だからそんなに気にすることはないと、フラヴィオが何とか伝えようとしていると、ルフィーナが「あ」と自身の手元に目を落とした。

 一冊の帳面とペンペンナが持たれている。

 それを「どうぞ」とフラヴィオに差し出した。

「陛下に差し上げようと思っていたところです。いつもわたしばかり言いたい放題ですみませんでした。これからはこれに書いて伝えてください」

 と言うや否や、ルフィーナは小首を傾げた。

 帳面とペンナを受け取ったフラヴィオの碧眼が、どういうわけか妙に煌めいている。

 そして早速、帳面に何やら書き込んでいく。

 それを喜々とした様子でルフィーナの目前に突き出したと思ったら、そこにこう書かれていた。

『これは巷で流行中のアレか?』

 まったく分からなかったルフィーナが「アレ?」と言うと、フラヴィオが今度はこう書いた。

『交換日記?』

「いや違います」

 とルフィーナが即刻否定すると、たちまちフラヴィオの顔が悄気ていった。

「ただ筆談用にしようと思ってただけですよ。交換日記て……いやちょっと、陛下」

(う、怒られるのだ)

 と少し竦んだフラヴィオの手前、愉快げな笑い声が響き渡っていった。

「どこの女子ですか」

 フラヴィオは目を疑って瞬きをする。

(笑ってるぞ……)

 フラヴィオは、ほぼ毎日ルフィーナに怒られたり説教されたりしているものだから、そのときの表情ばかりが脳に刻まれていた。

 と言っても、いつも眉を吊り上げていたり、呆れ顔になっているわけではないのだが、笑ってくれたのは今が初めてのような気がする。

 少し嬉しくなってその笑顔を眺めていると、やがてルフィーナが問うて来た。

「したいんですか? 交換日記」

 フラヴィオが素直に頷くと、ルフィーナがまた笑ってから「いいですよ」と答えた。

「その帳面、交換日記ってことでも。日記の他にも、明日は何をしたいから何時にどこへ行くとか、予定を書いておいてください。その時間にテレトラスポルトできるよう準備しておくので。あと常に持っていて下さいね、本当は筆談用に用意したものですから」

 頷いて承知したフラヴィオが、ルフィーナの部屋の中を指差す。

「さっそく筆談したいことがあるんですか?」

 フラヴィオが再び頷くと、ルフィーナは「どうぞ」と言ってフラヴィオを部屋の中に招き入れた。


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