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第24話ー3
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――約半月後の11月初旬、22時過ぎ。
宮廷の3階にある居間に、レオーネ国王太子マサムネとその猫4匹が、この国の板金鎧に身を包んで(隠して)訪れていた。
「『出軍』……ですか」
フラヴィオの膝の上に座っているベルが、マサムネの言葉を鸚鵡返しにした。
右隣の席のハナが「そうなんだ」と言った。
「カンクロ国は、どうやら近日中に出軍するっぽい。カーネ・ロッソを含めて、最低でも50万の兵は出しそうだ。まぁ、ここまで無事に辿り着けるのはどれくらいか分かんないけどさ」
「信じられないわ」
と、言葉通りの態度を見せたのは、フラヴィオ・ベルの左隣にいるサジッターリオ国女王シャルロッテだ。
マサムネたちがここへ来る前にサジッターリオ国へ寄って、急遽連れて来た。
「密偵が何か勘違いしたんじゃなくて? だって、造船を始めたのが一か月半前でしょう? それでもう出軍?」
「魔法があるからな」
と、ナナ・ネネが声を揃えた。
それまで窓辺に設置しているチェスの駒を転がし、猫らしい手付きでジャレていたが、ふと近くの椅子やテーブルを魔法で纏めてひょいと持ち上げた。
「人力より楽々だ」
「テレトラスポルトだってある」
「人間が造船材料を運ぶ必要ない」
「魔法で木を切ることも出来る」
「人間は船を組み立てるだけ」
「人間疲れない」
シャルロッテが「なるほどね」と苦笑した。
右隣のフラヴィオの横顔を見る。
それは、膝の上のベルと同じもの――ターヴォラの上の世界地図に目を落としていた。
ベルが指先で、カンクロ国からここカプリコルノ国までの航路を辿っている。
見ていると、ところどころで指が一時停止する。
「ロッテ、国の防備を固めておくのだ」
「そうですね。シャルロッテ陛下には、兵を少しお貸し頂きたく存じていたのですが、これではそういうわけには……」
と、ベルが難しい横顔を見せる。
シャルロッテの眉間にシワが寄った。
「ヤダ、うちも襲われる?」
「兵糧が目当てでな。買ってくれるなら兎も角、奴らのやり方だと『略奪』だ。普通に考えたら、カンクロがここへ来るまでの通り道にあるアクアーリオの方が襲われるが」
フラヴィオの向かいの席に座っているマサムネが、世界地図を見ながら「せやな」と続く。
「念のために防備固めといた方がええで、女王陛下。奴ら、ここへ辿り着くまでのあいだに長いこと兵糧を手に入れられる場所が無い。カーネ・ロッソがおるから、水の方は魔法で何とかなるけど」
「ああ、お腹ペコペコで来るってわけね。……って普通は敵地で――こっちで兵糧を調達するんじゃない? 通り道のアクアーリオは分かるけど、うちまでわざわざ来るかしら」
「いやいや、考えてみぃ女王陛下。まぁ、向こうにはテレトラスポルトもあるから、ここで兵糧調達も有りっちゃ有りやけど。せやけど、こっちにはヤバイのが3人もおるんやし」
シャルロッテが「そうね」と同意した。
以前、先王――母がこの国を攻めたことがあるから知っている。辛うじて生き残って返って来た兵士の話だ。
『力の王』と『力の王弟』が陸から武器を一振りするだけで、100m先にある沖の船が軋む。
『人間卒業生』なら200m先まで揺れる。
その『忠告』を聞かず、撤退しない場合、二振り目が来る。
舳先が折れる。
ここで引き下がってなるものかと艦砲などを発射してしまったら、もう最後。
怒濤の連撃が虚空を切り裂く。
そして、鍛え上げられた兵士たちによる矢の雨の中、破壊された船は沈没し、人は針山にされて死んでいく。
「私がカンクロ軍なら、アクアーリオで兵糧調達して、兵士のお腹満たしてから挑むわ。戦において、空腹は敵だもの。で、足りないようなら、ちょっと遠回りになってもうちの国――サジッターリオに行くわね」
それを聞いたベルが、こうすることに決めたらしい。
「彼らの戦力を落とすため、事前にアクアーリオ国とサジッターリオ国の食料をうちで買い占めておきましょう、フラヴィオ様」
「おお、今日は羽振りが良いな宰相」
「必要経費ですから」
と、ベルがマサムネを見た。
「うちに向けて出軍することで、本国が手薄になるカンクロ国に侵攻されるようですが」
「ああ。うち――レオーネ国と、ヴィルジネ国で攻めて来る」
「国民は軍事費を賄うための租税負担から困窮に陥っていませんか?」
「バレたか。すでにヴィルジネがあかんのよ。ヴィルジネって獣型モストロはおるけど、うちみたいに人型モストロおらんのよ。お陰で、魔法はほとんど使えへん。かといって、ここみたいにヤバイ人間がいるわけでもない。その結果どうなるかって、兵器の製造にめっちゃ金掛けんねん」
シャルロッテが「うちもよ」と言った。
「ある程度の打撃与えたらさっさ引くけど、予定よりも長引いたら餓死するヴィルジネ国民が出て来るかもしれん」
ベルがフラヴィオの顔を見る。
「支援致しましょう」
フラヴィオが「そうだな」と言って、マサムネを見た。
「うちで買うアクアーリオとサジッターリオの食料を送る。役立ててくれ」
「ありがとう! めっちゃ助かる!」
ベルが今度は右隣のハナの顔を見た。
「カンクロ国の人型モストロ――カーネ・ロッソは、普通の犬みたいに雑食ですか?」
「肉食寄りの、雑食って感じだ。人間に飼われてる奴らは肉以外にも色々食べるけど、山に生息してる野生はほぼ肉食だと思う」
「では、町の食料が無いと分かった場合、彼らは山へ向かいそうですか?」
「うん」
と言ったのは、同じく野生は山に生息する肉食モストロ――ガット・ティグラートのナナ・ネネだ。
「あちきらも腹が減ったら山に行くことある」
「町にエサが無くても別に困らない」
ハナの右隣にいるタロウが口を開く。
「カーネ・ロッソは尚のことじゃない? 肉食だけど雑食だから、木の実とかでも良いんだし」
ベルは「ふむ」と答えて、ヴィルジネ国の山を思い浮かべる。
以前、一度だけその麓に行ったことがあった。
「上手く行けば、『自滅』して頂けるかもしれませんね……」
とのベルの呟きをはっきり聞き取った猫4匹が「え?」と、その顔を見た。
どういうことかと問う前に、コラードが「あの」と口を挟んだ。
不安そうな顔をして、フラヴィオに問う。
「父上、サジッターリオにカンクロが攻めて来たら、オレ助けに行って良いですか?」
「ああ。むしろ、おまえは最初からサジッターリオにいろ。来年にはサジッターリオ国王になるのだから、今から国民の信頼を得ておけ」
フラヴィオが「それに」とシャルロッテを一瞥した。
「おまえは『女神』を失うな」
コラードが「スィー」の返事をした一方、フラヴィオを見つめるシャルロッテの紫色の瞳が大きく揺らいだ。
思い返すのは、フラヴィオが最愛の『女神』――ヴィットーリアを亡くしたときのその姿だ。
「フラヴィオ……あなた、もう大丈夫なの?」
涙ぐんだシャルロッテを見て、フラヴィオが安心させるように「ああ」と微笑した。
「皆が支えてくれたからな。何より、ベルが居てくれた」
「そうね、ベルが懸命に支えてくれたものね」
と、シャルロッテが、フラヴィオの膝の上にいるベルを見た。
世界地図や書類と睨めっこしながら、ひとりでブツブツと呟いて、宰相の横顔を見せている。
「フラヴィオ……あなた、ベルを後妻に迎えるべきだわ」
「いや」
と答えたのは、マサムネだった。
「次の王妃は、ベルちゃうねん」
その辺のことを何も聞いていなかったシャルロッテが「え?」と困惑したとき、猫4匹が何か聞き取った様子を見せた。
タロウがこう言う。
「誰かがフラビーを呼びながら、階段駆け上がって来るよ。なんか急用かな」
「敵襲か?」
と、マサムネを挟んで座っていたフェデリコとアドルフォが、即刻立ち上がる。
答えは違ったようだった。
「陛下、陛下! 宝飾職人さんがお呼びです! 指輪、出来上がったそうです!」
と、扉の向こうからした声はルフィーナだった。
「なんだ」と小さく安堵の溜め息を漏らして2人が腰を下ろす一方、「分かった」と答えたフラヴィオがベルを抱っこして立ち上がる。
それまでの会話が聞こえていなかったらしいベルが、「あれ?」とフラヴィオの顔を見た。
「フラヴィオ様、どちらへ?」
「宝飾職人のところだ。指輪が出来上がったそうだから、取って来る」
「畏まりました」
と答えたベルを椅子に座らせると、フラヴィオが戸口に向かって行った。
扉を開けたときに少し見えたルフィーナは、一応シャルロッテも知っている。
本当はレオーネ国出身のメッゾサングエの彼女は、サジッターリオ国出身の人間として使用人に扮しているということだけ聞いた。
「ねぇ……今の子、たぶんカンクロが襲ってきたときに、メッゾサングエってバレるわよね。今のこの国でそれは危ないんじゃないの? しかも、レオーネ国出身となったら尚更」
マサムネが頷いた。
「せやけど、こっちの国民に魔法の必要性を改めて分からせる機会でもある」
「あたいらも魔法で助けるんだ! で、あたいらモストロも、レオーネ国民も、また受け入れてもらうんだ!」
と、張り切った様子のハナ。
シャルロッテが納得した様子を見せた。
「たしかに、良い機会だわ。傍から見ても、この国がレオーネ国と友好関係を切ってしまうのは愚かだし。ハナたちなら、モストロでもまた受け入れられるでしょう。そしてこの国がレオーネ国と友好関係が復活したら、さっきの子は正体バラすくらいなら大丈夫になりそうよね?」
誰も同意の返事をしなかった。
一同の顔を見回し、「何?」と小首を傾げたシャルロッテ。
マサムネから今後の計画を聞くなり、「ちょっと待って」と声高になった。
「あのね……繰り返すけど、レオーネ国王太子マサムネ殿下が助けに入ることで、レオーネ国とカプリコルノ国の友好関係はきっと復活するわ。それから、この国に馴染み深いタロウやハナ、ナナ・ネネも、また受け入れてもらえると思うわ。さっきの子――ルフィーナ? も、正体がバレる程度なら大丈夫でしょう」
シャルロッテが「でも」と声を強くした。
「フラヴィオの『後妻』ってなったら話は別よ! 最近ぽっと現れたメッゾサングエが、王妃としてここの国民に受け入れられると思ってるの? タロウたちをまた受け入れることが出来ても、ここの国民はそう簡単にモストロに心を許すことは出来ないわよ。私だってヴィットーリア陛下のこと以来、タロウたちは平気でも、モストロに不信感があるもの。それで、ルフィーナをフラヴィオの後妻って……彼女に恨みでもあるの?」
「いや、分かっとる、大変なことになるんは。すべて承知の上の計画や。てか、ルフィーナは後妻確定とは言わへんよ。一応まだ、フラビーに見合ったメッゾサングエ探しとる」
「そう。賛成だわ、そうしてあげて」
と言った後、シャルロッテが少し昔の話をした。
「こっちの国もそうだったんでしょうけど、王太子だったフラヴィオに、成り上がり男爵家のヴィットーリア陛下が嫁いだとき、うちの国で大騒ぎになったのよ。それまでのマストランジェロ王家のしきたり通りだと、公爵家か侯爵家から妻を選ぶはずだったでしょう? だから、なんて身の程知らずなのって、うちの上級貴族の女たち怒り狂ってね。今だから言うけど、一部じゃ暗殺計画も立てられたのよ」
一同が「えっ」と衝撃を受けた中、シャルロッテが「でも」と続ける。
「フラヴィオが初めてうちの舞踏会にヴィットーリア陛下を連れて来たとき、舞踏会場が一斉に静まり返ったわ。そしてフラヴィオがヴィットーリア陛下を連れて挨拶回りに行くと、男は皆跪いたし、女という女が自分を恥じらって俯いたわ。暗殺も何も、いたたまれなくなって、舞踏会場から逃げ出してたわ」
マサムネが「うん」と頷いた。
「ワイも最後の最後まで、ヴィットーリアはんを前にすると跪いたわ」
「それだけの女性だったのよ、ヴィットーリア陛下は。比べて……さっきのルフィーナが可愛い顔をしてるのは分かるけど、ヴィットーリア陛下の足元にも及ばないわ。比べるべきじゃないなんて意見はいらないわよ? はっきり言うけど、国民はヴィットーリア陛下と比べるからね? しかも人間ならまだしも、モストロの血が流れるメッゾサングエって……気の毒すぎるわよ。フラヴィオがどうしてもメッゾサングエを後妻にしなきゃならないって言うなら、せめてヴィットーリア陛下と並ぶくらいの女を連れて来るべきだわ。そしたら、認めざるを得ないから」
マサムネが苦笑する。
「おらへんから、今のところルフィーナなんよ……」
「まぁ、早々見つからないでしょうけど。じゃあ、きっと国民に望まれているでしょうベルを王妃にして、ルフィーナはせめて『側室』にしてあげるべきだわ。ていうか、ルフィーナの方は乗り気なの?」
ナナ・ネネが声を揃える。
「本人に訊くと良い」
フラヴィオとルフィーナが戻って来るようだ。
ハナが「なぁ」とベルの顔を見た。
「フラビーが取りに行った『指輪』って、交換日記に書いてたパオラの?」
「おそらく。ファビオさんからパオラさんへの、婚約指輪かと」
そのことも初めて知るシャルロッテが、「あら、おめでとうパオラ」と言った。本人たちはここにいないが。
「ふーん」
と返したハナが、少し経ってから疑問を口にする。
「なんでフラビーが取りに? ファビオが直接受け取りに行けばいいじゃないか」
「ちゃんと仕上がっているか、フラヴィオ様ご自身の目でご確認になりたいのかと」
フェデリコとアドルフォが「ベル」と呼んだ。
その顔々を見ると、微笑していた。
「違うぞ」
「え?」
とベルが小首を傾げた一方で、察して「あっ」と声を上げたハナ。
「何?」と問うたタロウに耳打ちした声は、リン・ランの耳にも届く。
「そうなのか」
「めでたいな」
と見られたベルはますます小首を傾げたが、それによってマサムネとシャルロッテも気付いて動揺した。
「ちょ、ちょお、待て、あいつまさか……!」
「さっきのメッゾサングエの後妻どーのこーのはなんだったのよっ……!」
コラードが「落ち着いてよ」と言った。
「父上は『しない』よ」
もはやベルが、ちんぷんかんぷんになったとき、扉が開いた。
振り返ると、その場から優しい碧眼でベルを見つめるフラヴィオがいた。
宮廷の3階にある居間に、レオーネ国王太子マサムネとその猫4匹が、この国の板金鎧に身を包んで(隠して)訪れていた。
「『出軍』……ですか」
フラヴィオの膝の上に座っているベルが、マサムネの言葉を鸚鵡返しにした。
右隣の席のハナが「そうなんだ」と言った。
「カンクロ国は、どうやら近日中に出軍するっぽい。カーネ・ロッソを含めて、最低でも50万の兵は出しそうだ。まぁ、ここまで無事に辿り着けるのはどれくらいか分かんないけどさ」
「信じられないわ」
と、言葉通りの態度を見せたのは、フラヴィオ・ベルの左隣にいるサジッターリオ国女王シャルロッテだ。
マサムネたちがここへ来る前にサジッターリオ国へ寄って、急遽連れて来た。
「密偵が何か勘違いしたんじゃなくて? だって、造船を始めたのが一か月半前でしょう? それでもう出軍?」
「魔法があるからな」
と、ナナ・ネネが声を揃えた。
それまで窓辺に設置しているチェスの駒を転がし、猫らしい手付きでジャレていたが、ふと近くの椅子やテーブルを魔法で纏めてひょいと持ち上げた。
「人力より楽々だ」
「テレトラスポルトだってある」
「人間が造船材料を運ぶ必要ない」
「魔法で木を切ることも出来る」
「人間は船を組み立てるだけ」
「人間疲れない」
シャルロッテが「なるほどね」と苦笑した。
右隣のフラヴィオの横顔を見る。
それは、膝の上のベルと同じもの――ターヴォラの上の世界地図に目を落としていた。
ベルが指先で、カンクロ国からここカプリコルノ国までの航路を辿っている。
見ていると、ところどころで指が一時停止する。
「ロッテ、国の防備を固めておくのだ」
「そうですね。シャルロッテ陛下には、兵を少しお貸し頂きたく存じていたのですが、これではそういうわけには……」
と、ベルが難しい横顔を見せる。
シャルロッテの眉間にシワが寄った。
「ヤダ、うちも襲われる?」
「兵糧が目当てでな。買ってくれるなら兎も角、奴らのやり方だと『略奪』だ。普通に考えたら、カンクロがここへ来るまでの通り道にあるアクアーリオの方が襲われるが」
フラヴィオの向かいの席に座っているマサムネが、世界地図を見ながら「せやな」と続く。
「念のために防備固めといた方がええで、女王陛下。奴ら、ここへ辿り着くまでのあいだに長いこと兵糧を手に入れられる場所が無い。カーネ・ロッソがおるから、水の方は魔法で何とかなるけど」
「ああ、お腹ペコペコで来るってわけね。……って普通は敵地で――こっちで兵糧を調達するんじゃない? 通り道のアクアーリオは分かるけど、うちまでわざわざ来るかしら」
「いやいや、考えてみぃ女王陛下。まぁ、向こうにはテレトラスポルトもあるから、ここで兵糧調達も有りっちゃ有りやけど。せやけど、こっちにはヤバイのが3人もおるんやし」
シャルロッテが「そうね」と同意した。
以前、先王――母がこの国を攻めたことがあるから知っている。辛うじて生き残って返って来た兵士の話だ。
『力の王』と『力の王弟』が陸から武器を一振りするだけで、100m先にある沖の船が軋む。
『人間卒業生』なら200m先まで揺れる。
その『忠告』を聞かず、撤退しない場合、二振り目が来る。
舳先が折れる。
ここで引き下がってなるものかと艦砲などを発射してしまったら、もう最後。
怒濤の連撃が虚空を切り裂く。
そして、鍛え上げられた兵士たちによる矢の雨の中、破壊された船は沈没し、人は針山にされて死んでいく。
「私がカンクロ軍なら、アクアーリオで兵糧調達して、兵士のお腹満たしてから挑むわ。戦において、空腹は敵だもの。で、足りないようなら、ちょっと遠回りになってもうちの国――サジッターリオに行くわね」
それを聞いたベルが、こうすることに決めたらしい。
「彼らの戦力を落とすため、事前にアクアーリオ国とサジッターリオ国の食料をうちで買い占めておきましょう、フラヴィオ様」
「おお、今日は羽振りが良いな宰相」
「必要経費ですから」
と、ベルがマサムネを見た。
「うちに向けて出軍することで、本国が手薄になるカンクロ国に侵攻されるようですが」
「ああ。うち――レオーネ国と、ヴィルジネ国で攻めて来る」
「国民は軍事費を賄うための租税負担から困窮に陥っていませんか?」
「バレたか。すでにヴィルジネがあかんのよ。ヴィルジネって獣型モストロはおるけど、うちみたいに人型モストロおらんのよ。お陰で、魔法はほとんど使えへん。かといって、ここみたいにヤバイ人間がいるわけでもない。その結果どうなるかって、兵器の製造にめっちゃ金掛けんねん」
シャルロッテが「うちもよ」と言った。
「ある程度の打撃与えたらさっさ引くけど、予定よりも長引いたら餓死するヴィルジネ国民が出て来るかもしれん」
ベルがフラヴィオの顔を見る。
「支援致しましょう」
フラヴィオが「そうだな」と言って、マサムネを見た。
「うちで買うアクアーリオとサジッターリオの食料を送る。役立ててくれ」
「ありがとう! めっちゃ助かる!」
ベルが今度は右隣のハナの顔を見た。
「カンクロ国の人型モストロ――カーネ・ロッソは、普通の犬みたいに雑食ですか?」
「肉食寄りの、雑食って感じだ。人間に飼われてる奴らは肉以外にも色々食べるけど、山に生息してる野生はほぼ肉食だと思う」
「では、町の食料が無いと分かった場合、彼らは山へ向かいそうですか?」
「うん」
と言ったのは、同じく野生は山に生息する肉食モストロ――ガット・ティグラートのナナ・ネネだ。
「あちきらも腹が減ったら山に行くことある」
「町にエサが無くても別に困らない」
ハナの右隣にいるタロウが口を開く。
「カーネ・ロッソは尚のことじゃない? 肉食だけど雑食だから、木の実とかでも良いんだし」
ベルは「ふむ」と答えて、ヴィルジネ国の山を思い浮かべる。
以前、一度だけその麓に行ったことがあった。
「上手く行けば、『自滅』して頂けるかもしれませんね……」
とのベルの呟きをはっきり聞き取った猫4匹が「え?」と、その顔を見た。
どういうことかと問う前に、コラードが「あの」と口を挟んだ。
不安そうな顔をして、フラヴィオに問う。
「父上、サジッターリオにカンクロが攻めて来たら、オレ助けに行って良いですか?」
「ああ。むしろ、おまえは最初からサジッターリオにいろ。来年にはサジッターリオ国王になるのだから、今から国民の信頼を得ておけ」
フラヴィオが「それに」とシャルロッテを一瞥した。
「おまえは『女神』を失うな」
コラードが「スィー」の返事をした一方、フラヴィオを見つめるシャルロッテの紫色の瞳が大きく揺らいだ。
思い返すのは、フラヴィオが最愛の『女神』――ヴィットーリアを亡くしたときのその姿だ。
「フラヴィオ……あなた、もう大丈夫なの?」
涙ぐんだシャルロッテを見て、フラヴィオが安心させるように「ああ」と微笑した。
「皆が支えてくれたからな。何より、ベルが居てくれた」
「そうね、ベルが懸命に支えてくれたものね」
と、シャルロッテが、フラヴィオの膝の上にいるベルを見た。
世界地図や書類と睨めっこしながら、ひとりでブツブツと呟いて、宰相の横顔を見せている。
「フラヴィオ……あなた、ベルを後妻に迎えるべきだわ」
「いや」
と答えたのは、マサムネだった。
「次の王妃は、ベルちゃうねん」
その辺のことを何も聞いていなかったシャルロッテが「え?」と困惑したとき、猫4匹が何か聞き取った様子を見せた。
タロウがこう言う。
「誰かがフラビーを呼びながら、階段駆け上がって来るよ。なんか急用かな」
「敵襲か?」
と、マサムネを挟んで座っていたフェデリコとアドルフォが、即刻立ち上がる。
答えは違ったようだった。
「陛下、陛下! 宝飾職人さんがお呼びです! 指輪、出来上がったそうです!」
と、扉の向こうからした声はルフィーナだった。
「なんだ」と小さく安堵の溜め息を漏らして2人が腰を下ろす一方、「分かった」と答えたフラヴィオがベルを抱っこして立ち上がる。
それまでの会話が聞こえていなかったらしいベルが、「あれ?」とフラヴィオの顔を見た。
「フラヴィオ様、どちらへ?」
「宝飾職人のところだ。指輪が出来上がったそうだから、取って来る」
「畏まりました」
と答えたベルを椅子に座らせると、フラヴィオが戸口に向かって行った。
扉を開けたときに少し見えたルフィーナは、一応シャルロッテも知っている。
本当はレオーネ国出身のメッゾサングエの彼女は、サジッターリオ国出身の人間として使用人に扮しているということだけ聞いた。
「ねぇ……今の子、たぶんカンクロが襲ってきたときに、メッゾサングエってバレるわよね。今のこの国でそれは危ないんじゃないの? しかも、レオーネ国出身となったら尚更」
マサムネが頷いた。
「せやけど、こっちの国民に魔法の必要性を改めて分からせる機会でもある」
「あたいらも魔法で助けるんだ! で、あたいらモストロも、レオーネ国民も、また受け入れてもらうんだ!」
と、張り切った様子のハナ。
シャルロッテが納得した様子を見せた。
「たしかに、良い機会だわ。傍から見ても、この国がレオーネ国と友好関係を切ってしまうのは愚かだし。ハナたちなら、モストロでもまた受け入れられるでしょう。そしてこの国がレオーネ国と友好関係が復活したら、さっきの子は正体バラすくらいなら大丈夫になりそうよね?」
誰も同意の返事をしなかった。
一同の顔を見回し、「何?」と小首を傾げたシャルロッテ。
マサムネから今後の計画を聞くなり、「ちょっと待って」と声高になった。
「あのね……繰り返すけど、レオーネ国王太子マサムネ殿下が助けに入ることで、レオーネ国とカプリコルノ国の友好関係はきっと復活するわ。それから、この国に馴染み深いタロウやハナ、ナナ・ネネも、また受け入れてもらえると思うわ。さっきの子――ルフィーナ? も、正体がバレる程度なら大丈夫でしょう」
シャルロッテが「でも」と声を強くした。
「フラヴィオの『後妻』ってなったら話は別よ! 最近ぽっと現れたメッゾサングエが、王妃としてここの国民に受け入れられると思ってるの? タロウたちをまた受け入れることが出来ても、ここの国民はそう簡単にモストロに心を許すことは出来ないわよ。私だってヴィットーリア陛下のこと以来、タロウたちは平気でも、モストロに不信感があるもの。それで、ルフィーナをフラヴィオの後妻って……彼女に恨みでもあるの?」
「いや、分かっとる、大変なことになるんは。すべて承知の上の計画や。てか、ルフィーナは後妻確定とは言わへんよ。一応まだ、フラビーに見合ったメッゾサングエ探しとる」
「そう。賛成だわ、そうしてあげて」
と言った後、シャルロッテが少し昔の話をした。
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一同が「えっ」と衝撃を受けた中、シャルロッテが「でも」と続ける。
「フラヴィオが初めてうちの舞踏会にヴィットーリア陛下を連れて来たとき、舞踏会場が一斉に静まり返ったわ。そしてフラヴィオがヴィットーリア陛下を連れて挨拶回りに行くと、男は皆跪いたし、女という女が自分を恥じらって俯いたわ。暗殺も何も、いたたまれなくなって、舞踏会場から逃げ出してたわ」
マサムネが「うん」と頷いた。
「ワイも最後の最後まで、ヴィットーリアはんを前にすると跪いたわ」
「それだけの女性だったのよ、ヴィットーリア陛下は。比べて……さっきのルフィーナが可愛い顔をしてるのは分かるけど、ヴィットーリア陛下の足元にも及ばないわ。比べるべきじゃないなんて意見はいらないわよ? はっきり言うけど、国民はヴィットーリア陛下と比べるからね? しかも人間ならまだしも、モストロの血が流れるメッゾサングエって……気の毒すぎるわよ。フラヴィオがどうしてもメッゾサングエを後妻にしなきゃならないって言うなら、せめてヴィットーリア陛下と並ぶくらいの女を連れて来るべきだわ。そしたら、認めざるを得ないから」
マサムネが苦笑する。
「おらへんから、今のところルフィーナなんよ……」
「まぁ、早々見つからないでしょうけど。じゃあ、きっと国民に望まれているでしょうベルを王妃にして、ルフィーナはせめて『側室』にしてあげるべきだわ。ていうか、ルフィーナの方は乗り気なの?」
ナナ・ネネが声を揃える。
「本人に訊くと良い」
フラヴィオとルフィーナが戻って来るようだ。
ハナが「なぁ」とベルの顔を見た。
「フラビーが取りに行った『指輪』って、交換日記に書いてたパオラの?」
「おそらく。ファビオさんからパオラさんへの、婚約指輪かと」
そのことも初めて知るシャルロッテが、「あら、おめでとうパオラ」と言った。本人たちはここにいないが。
「ふーん」
と返したハナが、少し経ってから疑問を口にする。
「なんでフラビーが取りに? ファビオが直接受け取りに行けばいいじゃないか」
「ちゃんと仕上がっているか、フラヴィオ様ご自身の目でご確認になりたいのかと」
フェデリコとアドルフォが「ベル」と呼んだ。
その顔々を見ると、微笑していた。
「違うぞ」
「え?」
とベルが小首を傾げた一方で、察して「あっ」と声を上げたハナ。
「何?」と問うたタロウに耳打ちした声は、リン・ランの耳にも届く。
「そうなのか」
「めでたいな」
と見られたベルはますます小首を傾げたが、それによってマサムネとシャルロッテも気付いて動揺した。
「ちょ、ちょお、待て、あいつまさか……!」
「さっきのメッゾサングエの後妻どーのこーのはなんだったのよっ……!」
コラードが「落ち着いてよ」と言った。
「父上は『しない』よ」
もはやベルが、ちんぷんかんぷんになったとき、扉が開いた。
振り返ると、その場から優しい碧眼でベルを見つめるフラヴィオがいた。
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