酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第24話ー4

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 何だか通常時と違う感じのフラヴィオの様子に、ベルの鼓動が少し高鳴った。

 フラヴィオの一歩斜め後ろにはルフィーナがいて、はしゃいでこう催促した。

「陛下、陛下っ! 早く、早くっ! 見たい、見たい、見・た・いっ!」

「分かった分かった」

 と言いながら、フラヴィオがベルの下へと歩いて来た。

 ベルを抱っこして椅子に座ると、ポケットタスカの中にあるものを右手に握り締めて取り出した。

 それをベルの膝の上に持っていく。

 一同がフラヴィオの右手に注目する中、フラヴィオは後ろからベルの横顔を覗き込んでいた。

「最上級の中でも、上質のものを見つけて来た」

 とその右手が広げられると、一同からわっと声が上がった。

 フラヴィオの視線の先、リッラ色のオルキデーア石の指輪を見つめる栗色の瞳は、たちまち恍惚と煌めていった。

「50億っ……!」

「や、売るなよ……!?」

 フラヴィオの斜め後ろに立って覗き込んでいるルフィーナが、「綺麗」や「すごい」といった言葉を連発して興奮している。

「いいなぁ、いいなぁ! パオラさん、羨ましいっ!」

「貸して貸して!」

 と、ハナが手に指輪を取った。

「さっすが最上級のオルキデーア石! ピッカピカの、キラッキラだ! シャンデリアランパダーリオの灯りが反射して、目が潰れそうだよ!」

「本当だね。わぁー、綺麗なリッラ色。たしかにこれは、似合いそうだね」

 とタロウの手に渡り、それは一周してまたフラヴィオの手元に戻って来た。

 それを膝の上で見つめるベルの頬が、少し紅潮しているのが分かった。

「本当に綺麗ですね。見つけるまでに一週間も掛かった甲斐があったでしょうね、ファビオさん。パオラさんはきっと、とてもお喜びになるでしょう」

「これくらいの大きさで良かったか? 大き過ぎたりしないか?」

「ちょうど良いように存じます。誤魔化す必要のない、一点の曇りも傷もないせっかくの最上級なのですから」

 ハナが、ふとルフィーナを見た。

「ねぇ、さっき使用人の誰かが探してたっぽいよ?」

「あれ、本当ですか? では、いってきます」

 とルフィーナが一礼した後、小走りで部屋から出て行く。

 指輪に見惚れていたベルが、ふと視線を感じてフラヴィオの顔を見た。

 周りの一同の顔も見る。

 優しい顔々がベルを見つめていた。

 ひとりだけまだ分かっていないベルが、「あの……?」とフラヴィオの顔に目を戻す。

 それは、もう一度こう問うた。

「売るなよ?」

「スィー」

 今度はめいが付け加えられた。

「生涯だ」

「スィー」

 その答えを聞いたフラヴィオが、ベルの左手を取る。

 そして右手で、その薬指に指輪を通していく。

 ようやくベルも、気付くときが来た。

「――えっ……?」

 と、指輪が自身の左手薬指の第一関節まで通されたときに、鼓動が強く波打った。

「あのっ」

 第二関節を通過したら、視界がぼやけた。

「あのっ……」

 そして薬指の根元に到達したときには、滝のような涙が頬を濡らしていく。

 気付いてから、ほぼ一瞬のことだった。

「…ど…どうしてっ……?」

 どうして、自身の左手薬指には無縁であるはずのオルキデーア石の指輪が、そこで煌々と輝いているのか。

「本当は、余はこっちが目当てで鉱山に行ったのだ。今は、何も言ってやれぬが……」

 たしかにその通り、コラードの言った通り、フラヴィオは求婚していない。

 でも、ベルにとっては永遠の誓いでしかなかったことは、優しい目で見つめている一同にも容易に伝わった。

 ハナに「笑うとこだろ」と突っ込まれても、笑うことが出来ず。

 かといって、言葉も返せず。

 フラヴィオの腕の中、真っ赤な顔でひたすら嗚咽している。

 フラヴィオとベルを交互に見つめたシャルロッテが、何か言いたげにマサムネの顔を見た。

 マサムネはその視線を遮るように兜の面頬を下ろすと、咳払いをして立ち上がった。

「ちょお、厠塔いってくる」

 居間を出て階段の方へと向かいながら、胸が痛みを上げる。

(ベルもやっぱ、女やんな……ほんまは愛する男と結婚したくて、溜まらんのやな。それに、フラビーやってほんまは……――って!)

 首を大きく横に振る。

(あかんあかん! ワイまで情に流されるな! 何よりも国のことを最優先せなあかん!)

 でも、

(ベルが王妃で、ルフィーナが側室……でも、ええんちゃうか……?)

 階段を下りて行くと、ルフィーナと鉢合わせになった。

 ルフィーナが辺りを見回し、小声で問う。

「マサムネ殿下ですか?」

 マサムネは一瞬だけ面頬を上げて答えると、ルフィーナにこう問うた。

「フラビーのこと、好きか?」

 ルフィーナの頬が染まり、笑顔が咲き、「スィー」の言葉が返って来た。

 ルフィーナは恋をしていた。

 糸目の瞳が少し動揺する。

 まだアドルフォの方を好きでいてくれることを、どこかで期待していた。

 それ故、言葉に詰まってしまうと、ルフィーナの方からこう言ってきた。

「なので、お願いがあります、マサムネ殿下。陛下の後妻探しは、もう止めてください」

「え?」

「わたしが次の王妃になります」

 尚のことマサムネが動揺した。

「そ、そうか。せやけど、その、王妃やとめっちゃ辛い想いするで?」

「スィー、もう覚悟は出来ました。陛下が居てくれるなら平気です」

「そ、そうか。けど、やっぱ側室の方がええんちゃう? 王妃より、幾分マシやから。で、王妃をベルにして――」

「嫌です」

 と、ルフィーナがマサムネの言葉を遮った。

 その顔から笑みが消えた。

「わたしが王妃でベルさんが側室でも嫌ですが、ベルさんが王妃でわたしが側室なんて、もっと嫌です。怖すぎます。それで陛下が、わたしを愛してくれる気がしないからです」

 そんなことはないと、言えないマサムネが居た。

 フラヴィオはルフィーナを後妻として迎えたとしても、ベルを愛さなくなることはまず無いのだから。

 ベルが王妃になったら、フラヴィオの中のルフィーナの存在は無くなるとは言わずとも、今よりも小さくなるように思えた。

 下の階から、使用人と思われる女の声が聞こえて来る。

「ルフィーナさーん、ちょっと来てー!」

「スィー、先輩」

 と返事をしたルフィーナは、「失礼します」と言ってマサムネに頭を下げた。

 階段を数歩下りてから、振り返る。

「止めてくださいね?」

「え?」

「陛下の後妻探しです」

「あ……う、うん」

 とマサムネが頷いてしまうと、ルフィーナは「ありがとうございます」と笑顔を返して階段を下りていった。

 足取りが軽くなる。

 これで自身は無事にフラヴィオの後妻になれそうだ。

(婚約指輪、早く欲しいなぁ)

 さっき見た指輪を思い出すと、鼓動が高鳴ってしまう。

 最上級の中でも上質のものだというそれは、目が眩んでしまうほど綺麗だった。

 それをフラヴィオから貰ったら、どれだけ嬉しいだろう。

(――って……あれ?)

 足が止まる。

 約半月前に聞いた、フラヴィオとファビオの会話を思い返す。

(ファビオさん、水色のオルキデーア石をパオラさんに贈るって言ってなかったっけ?)

 でも、さっき見たものはリッラ色のオルキデーア石だった。

 ファビオの気が変わっただけだろうか?

(それとも……)

 ふと、嫌な動悸に襲われる。

(まさか、ベルさん……――)


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