酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第27話ー5

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 ――午後2時過ぎ。

 カプリコルノ国の北隣・サジッターリオ国の港にて。

「カンクロ船団がどこまで来てるか見て来る」

 と空を指差したハナが、上空へとテレトラスポルトして行った。

「そろそろよね」

 と、そわそわしているのはサジッターリオ国女王シャルロッテ。

 その傍らには、サジッターリオ国の板金鎧を装備している婚約者――カプリコルノ国第二王子コラードがいた。

「大丈夫だって、オレが守るから」

 とコラードが言うと、近くにいたサジッターリオ国の兵士たちがひそひそと話を始める。

「コラード殿下ってさ、流石は力の王の息子だよな。さっき手合わせしてもらったら強すぎてびっくりした」

「ああ。アクアーリオ国の王子なんかは口だけで、いざとなったら自分だけ逃げ出す卑怯な弱虫らしいが、コラード殿下は違う」

「今年の9月に成人されたらうちの陛下になるんだろう? 子供とはいえ、頼りになるよなー」

 フラヴィオがシャルロッテの顔を見た。

「いや、ロッテは宮廷に戻っていた方が良い。いきなり戦闘になるかもしれぬ、危ないぞ」

「大丈夫よ、フラヴィオ。ベルだっているじゃない」

「ベルは余の目の届かない安全な場所に避難させておくより、戦場でも余の目の届くところに置いておく方がまだマシな超絶問題児天使だから仕方なくだ」

 と、溜め息を吐きながらベルを見下ろしたフラヴィオ。

「そういえば」とちょっと気になることを問うた。

「そのドレスヴェスティートどうしたのだ?」

 ベルは普段、ヴァレンティーナに着せ替えさせられる前はいつも裾に刺繍が少し入っただけの黒のヴェスティートを着ている。

 今日はそれでなく別のものを着ていて、また気になるのはそれが庶民が着る生地で出来ているということだ。

 その答えはベルではなく、シャルロッテが出した。

「そりゃそうよ。戦わないとはいえ、戦場には出るんだし。どうするのよ、いつのものお気に入りのヴェスティートを駄目にしちゃったら」

「ああ、そういうことか。いや、しかし……」

 本当にそれだけだろうか?

 というか、本当にそれが理由だろうか?

 とフラヴィオが不審に思ったとき、ハナが戻って来た。

「フラビーフラビー」

「おかえり、カンクロはもう来るか?」

 ハナが「うん」と頷いて、フラヴィオの手を掴む。

「だからさ、行こうフラビー。ベルの策を成功させるため、あたいは強行突破に出なきゃいけない」

「うん?」と小首を傾げたフラヴィオを、ハナがテレトラスポルトで連れ去って行った――強行突破に出た。

 そしてほんの2秒後に、「ただいま」と一匹で戻って来る。

「フラビーを珠の湯にボチャーンして来た」

 コラードと、少し離れたところにいるマサムネが哄笑した。

「焦ってるだろうなー父上」

「宮廷にいるタロウんとこ向けて、爆走しとるあいつが目に浮かぶわ」

「あたいは笑えないから」

 とハナが蒼白すると、ベルが「大丈夫ですよ」と苦笑した。

「あとで一番お仕置きされるのは私ですから」

「大丈夫よベル、ハナも。私が後でフラヴィオを宥めるから」

 と、シャルロッテ。

「今回のベルの策は、私も賛成というか……実際、どうなるのかこの目で確認したいのよ」

 コラードが「だな」と同意した。

「オレも今年この国の王になる以上、多少知っておいた方が良いと思うんだ。でもどんな策か知ったら父上は大反対するし、こうするのは仕方ないよな」

 マサムネが「そそ!」と続く。

「今回の策にあいつは邪魔やから仕方ないない! 後でワイもあいつを宥めたるから安心せいベルハナ! 今回の策は、ワイもめっちゃ興味あんねん。まぁ、何も起こらんかもしれんけど……っと、カンクロが来るんやったな。皆、はよ隠れいっ!」

 とマサムネが、連れて来ているもう3人――足元で爆睡しているアラブとナナ・ネネを揺すり起こす。

 その後ベルとコラードだけがその場に残り、他の皆はすぐ後ろにある港町の中に駆け込んで行く。

「あ、ベル!」

 と、ハナが港町の門を潜る前に振り返った。

「バッリエーラ、奴ら――カーネ・ロッソや、メッゾサングエ王太子ワン・ジンには見えるぞ! さっきアクアーリオで魔法使ったし、そんなん掛かってたら何言ったって怪しまれるよ!」

「そうでした。2枚です」

 と、ベルがコラードを見ると、それは「よいしょ」と拳を2回振るってベルのバッリエーラを破砕した。そして兜の面頬を下げて、顔を隠す。

「万が一危なくなっても、オレが護衛としているから大丈夫だ。安心して策を遂行してくれ、宰相」

「スィー、お願い致します」

 ハナがコラードに向かって「頼んだぞ!」と叫んだ。

「あたいらもベルが危なくなったときのために、すぐに魔法使えるようにしておくから!」

 コラードが「おう」と手を上げると、ハナも他の一同に続いて港町に入っていった。

 海の方を見てカンクロ遠征軍を待ちながら、コラードが「でも」と会話を続ける。

「策通り、本当に奴らをあの場所まで上手く誘導できるのか、宰相? だって、ここからかなり遠いぞ? 失敗したら父上のアモーレをただ危険に晒したことになるし、オレの命も危うくなるからね?」

「申し訳ございません、成功するかは分かりません。ですが、町に食糧が無いと分かったら彼らは向かうはずです」

「まぁ、たしかに。かなり遠いって言っても、テレトラスポルトがあるしな。後、奴らから何を聞き出すって? ちなみにオレも一応カンクロ語を学んでたけど、ほとんど話せないから」

「日常会話程度ではありますが、私が話せるのでご心配なく。カンクロ国王ワン・ファンが病で危篤だという噂があるのですよ」

 コラードが「そうなの?」と声高になった。

「それが本当なら、重大な情報じゃん」

「スィー。なので、確認したいのです」

「だな」

 そんな会話の直後、カンクロ遠征軍のカーネ・ロッソが2匹前方に現れた。

「来た」とベルとコラードの小声がハモる。

 一方のカーネ・ロッソの方は2人に目もくれず、辺りの匂いを嗅いでいた。

「うわ、アクアーリオ国だけじゃない! こっちの町もほとんど食い物の匂いがしない!」

「これは絶対カプリコルノ国の仕業だ! だってこんなのおかしすぎる!」

「やられた!」

「どうしよう、カプリコルノに侵攻する前にご主人様が腹ペコで死んじゃうよ!」

 コラードを見て「いきます」と囁いたベル。

 コラードが承知して頷くと、2匹のカーネ・ロッソに声を掛けた。

「おや、カンクロ国のカーネ・ロッソさんではありませんか。こんな遠方の国に、なんと珍しい」

 2匹が「え?」とようやくベルを見た。

「なんだおまえ……カンクロ語が喋れるのか?」

「はい。私は旅商人なもので、色々な国の言葉を覚えております。こちらの兵士は護衛です」

 2匹が「旅商人……」と呟いて、ベルの頭の先から爪先まで見つめた。そして、鼻をひくつかせる。

「む、おまえ干し肉持ってるな? よこせ!」

「ていうか、なんでこの国に食い物がない! カプリコルノの仕業か!?」

 ベルは腰からぶら下げている巾着に忍ばせておいた干し肉を取り出しながら、「さぁ」と小首を傾げた。

「先ほども申しましたが、私は旅商人なもので。ここ母国サジッターリオに、昨日帰って来たばかりなのです。それ故、同様に困っていたところです。これは、私と護衛の本日の食事でしたが……よろしかったらどうぞ」

 と干し肉を差し出すと、それはすぐさま奪われた。

 またベルの姿をまじまじと見つめる。

「少しは賢い女のようだな」

「カンクロ語も喋れるし使える」

「どこか食い物がある場所を教えろ」

 ベルが腕組みして「うーん」と唸った。

「どのような食べ物でしょうか? 野菜ですか、木の実ですか、肉ですか?」

「肉だ、肉が良い。野菜や木の実もあれば食うが、力が出るのは肉だ」

「それでしたら、ここから遠く離れた場所に豊かな山がありますが」

 2匹が「それだ!」と声高になった。

「山に行けば、食い物がいっぱいあるぞ! でも遠いって?」

「じゃー、まずはご主人様に連絡だ!」

 と、一匹がその場から消えた。

 会話の流れで、ベルがさりげなく問う。

「ご主人様とは? カンクロ国の兵士ですか?」

 むっとした顔が返って来た。

「違う! 兵士ごときの給料で買えるエサで、あたしらカーネ・ロッソが懐くものか! タダの犬じゃあるまいし! あたしらを飼ってんのは、ほっぺが落ちそうなほど美味い食い物を毎日与えてくれる王侯貴族や将軍たちだ! そして聞いて驚け! あたしのご主人様は、なんとカンクロ国王太子ワン・ジン殿下だぞーう!」

「なんと……」

 と、ベルが声高になると、今度は得意げな顔が返って来た。

「びびったか! すごいだろ!」

「ええ、本当に。素晴らしいご主人様をお持ちですね」

「そーだろ、そーだろ! すごいだろ!」

 と誇らしげにふんぞり返る様は、カンクロ海賊リージンが飼っていたホンファを彷彿とさせる。純粋なカーネ・ロッソである以上、似たような性格が多いのかもしれない。

 それから間もなく、さっき消えていったカーネ・ロッソがひとりの男を連れて戻って来た。

 その身なりを見ながら、コラードがベルの耳元で囁く。

「なぁ、こいつって……」

 ベルは頷いた。

(これが、カンクロ国王太子――ワン・ジン)

 そう確信した後、続々とカーネ・ロッソが現れて来た。

 何十匹どころではない。

 瞬く間にベルとコラードの後方の方まで溢れ返り、テレトラスポルトに失敗したのか仲間の上に重なったり、海に落ちたりするのもいて、何百匹という数だった。

 そしてその様子を見るなり、それらすべての主がこのワン・ジンに思える。

 あまりの数に、コラードが「なんだこりゃ」と兜の中で呟いた。

 眉間に皺を寄せているワン・ジンが、ベルの前方へと歩いて来る。

 向こうもベルの顔を見つめているが、ベルもその姿をしかと瞼に焼き付ける。

 年齢は20歳前後だろうか。レオーネ人のように黒髪で、この近辺の人間やアラブと比べると堀の浅い顔をしている。

 マサムネほどではないが、マストランジェロ一族の男たちと比べると華奢な身体をしており、背丈はカプリコルノ国の男の平均――176cm――程度のようだった。

 またカーネ・ロッソのメッゾサングエのようだが、犬耳ではなく人間の耳をしていた。尻尾の有無は、鎧に隠されていて分かりそうにない。

 それから、人間の女が嫌いという噂は本当である気がした。

「おい、女」

 とベルを見るその目も、顔も、声も不機嫌そうに、ワン・ジンが口を開いた。


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