酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第27話ー4

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「じゃ、頼んだ」

 とアラブに向かって片手を上げたナナ・ネネを見て、ベルが少し焦る。

「あの、ナナさん・ネネさん? アラブさんが功績を立てる絶好の機会ではありますが、アラブさんはメッゾサングエですし、攻撃魔法を任せっきりにされるのは少々困りま――」

「違う違う」

 とハナがその言葉を遮った。

「ナナ・ネネは上級トルナードを唱えるんだけど、少し時間が掛かるんだ。だからその間、アラブがポンと出せる中級トルナードで攻撃しておくんだ。アラブも三分の一のメッゾサングエの割には結構な魔力持ってるし、充分打撃を与えられるよ」

 アラブが「というか」と続いた。

「どっちかと言ったら、自分の中級トルナードは敵の注意を引くためです。ナナちゃんネネちゃんの上級トルナードを気付かれないようにするために」

 そもそもその『トルナード』を見たことがないベルはいまいち分からず、「はぁ」と小首を傾げる。

 それを見て、「良いですか」と言いながら船団を指差したアラブ。ベルがそちらに顔を向けると、「トルナード」と魔法を唱えた。

 すると海上に突如現れた竜巻が、海水を巻き上げながら船団に襲い掛かっていく。

「これが中級トルナードです。純ガット・ティグラートだと、もう少し大型なのですが」

「でも、凄いですね」

 と、ベルが声高になった。アラブが人差し指を動かした方向に竜巻が移動し、小型の帆船などは優に破壊していく。

 フラヴィオたちが「おおっ!」と声を上げた。

「アラブが早速功績を立てたぞ! なんと、敵軍の船を破壊した!」

 兵士たちからも「おおっ!」と感嘆の声が上がる一方、港にいるカーネ・ロッソたちからは悲鳴が上がっている。

「大変だ! ご主人様の船が!」

「待て待て! なんでトルナードが起きてる! アクアーリオ国って人型モストロでもいるのか!?」

「なんだぞれ、聞いてないぞ! 早く風を鎮めるんだ!」

「くそぅ、よりによって風魔法なんて!」

 マサムネが「タロウ!」と声を上げた。

「おっと、逃がさないよ」

 とタロウが、港にフラヴィオとフェデリコ、アドルフォの3人をテレトラスポルトで移動させる。

 船の方ばかりを気にしている何十匹ものカーネ・ロッソたちが、後方から気配を感じて機敏に振り返ったが時すでに遅し。

 そこに立っている三色の板金鎧が、それぞれの武器を一振りすると5枚掛けてあったバッリエーラが、ガラスの割れるような音を立ててすべて破砕されていく。

 それと同時に真ん中の黄金色が『力の王』で、右の白銀色が『力の王弟』で、左の漆黒色が『人間卒業生』だと察した刹那の二振り目で、首が飛んで灰の山と化す。

 オルキデーア軍元帥フェデリコから「弓兵!」と声が聞こえると、港にいたタロウと、砦の城壁上の歩廊にいたハナが「はいスィー!」と返事をした。

 砦の中で隊列を組んで待機していた300人の兵士たちの下に移動し、「せーの」と力を合わせて「ぬおぉりゃあぁぁぁあ!」と全身全霊の力を込め、全員まとめて港にテレトラスポルトする。

 大剣の切っ先を天に掲げるは、遠くからでも優に確認出来る黒の巨人――プリームラ軍元帥アドルフォ。

 カンクロ大船団に向かって大剣が振り下ろされると同時に轟く、勇猛な将軍も震え上がるような野太い咆哮。

「殺せえぇぇぇえっ!」

 すっかり竜巻に気を取られていたカンクロ大船団に、矢の豪雨が降り注ぐ。

 錯乱の悲鳴が、猫4匹やアラブの耳に届いて来た。

「わわっ、なんだコレ!」

「ゲェっ、あそこにいるの絶対カプリコルノ軍だ! ここに来るの読まれてたんだ!」

「じゃーこのトルナードもカプリコルノ軍の仕業か! 生意気な、やっつけてやる!」

「バカ! 先にトルナードを鎮めろ! ご主人様が危ないぞ!」

「バカってバーカ! 矢の雨だって危ないだろ!」

「今喧嘩するなよ! あわわ、バッリエーラが壊された!」

 アラブが「ありがたい」と言った。

 ベルの顔を一瞥して、竜巻を操りながら続ける。

「自分のトルナードを、カーネ・ロッソたちが鎮めようとしているのですが」

「風魔法が弱点であると同時に不得意であるカーネ・ロッソに、それは可能なのですか?」

「並のカーネ・ロッソ一匹が自分のトルナードを鎮めようとしても感知すら出来ませんが、塵も積もれば何とやらです。鎮めようとしているカーネ・ロッソの数が多く、抵抗がとても強かったのですが、弓兵のお陰で少し楽になりました」

 ベルが「ふむ」と相槌を打った傍ら、ナナ・ネネが言葉を揃えた。

「そのまま頼む」

 ベルがナナ・ネネを見てみると、2匹は聞き取れないくらいの小さな声で、何かをぶつぶつと呟いていた。

 さっき言っていた『上級トルナード』の呪文だと察したが、とりあえず海にはまだアラブの中級トルナードしかない。

「ベルさん、空を見てください」

 とアラブに言われて従うなり、ベルは「えっ」と目を疑った。

 思わず瞼を擦る。

「私は現在、真冬だと存じておりましたが……」

 何故空に、夏によく見る入道雲が浮いているのか。

 真っ白でムクムクとしたそれは、目に分かる速度で膨らんでいく。

「中級トルナードは純粋な風魔法です。でも、上級トルナードは風と水魔法の合わせ技で、まず雲を作ることから始まります」

 一呼吸置いて、ベルが問うた。

「雲を作るのは水魔法ということですか?」

「使い手によって光魔法や炎魔法を少し使う場合もありますが、大方そうです。自然ではあの雲が出来上がっていくうちに竜巻が発生しますが、上級トルナードはそれに風魔法を付け加えたものだと思ってください」

 ナナ・ネネが「アラブ」と呼んだ。

「来るぞ」

「カーネ・ロッソの気をもっと逸らしてくれ」

 アラブが「了解!」と言って、「よっ」と気合の籠った声を出すと、竜巻が2つに割れた。

 それをアラブが両手の人差し指を高速でぐるんぐるんと回して動かし、カンクロ船団を尚のこと翻弄していく。

 その間、ベルの栗色の瞳は空の入道雲に奪われていた。

 入道雲から、一本細い尻尾のような雲が出て来る。それはよく見ると渦を巻き捻じれていて、船団へと向かって伸びていく。

「よし」とナナ・ネネが声を揃えた。

「良いか?」

 と問われたアラブが「良いよ!」と答えるなり、2匹が「トルナード」と唱えた。

「――わっ!」

 とベルは、度肝を抜かれてしまう。

 目が追い付かない速度で、尻尾のような雲が船団へと向かって伸びて行ったと思った刹那のこと。

 アラブのものの5倍はあろうか巨大な竜巻が発生し、轟々と音を立てながら海水を、カンクロ船団を、天へと向かって巻き上げていく。

 突如吹き飛ばされそうになったベルが、慌てて城壁上の小壁に掴まる。あまりの大風に、髪が根元から引っこ抜かれてしまいそうだった。

 さらにアラブが「助勢!」と言って、自身が操っていた2つの竜巻を、ナナ・ネネの竜巻に合わせる。

 すると尚のこと大きく膨らみ、威力を増したトルナードが、カンクロ船団を壊滅していく。

(何これ……)

 と初めて見るベルも、また兵士たちも、矢を打つ手を止めて唖然とするしかない。まるで、この世が終わって行く様でも見ているようだった。

 しかし少しすると、竜巻が小さくなり、威力が下がったように見えた。

 額から汗を流し始めたアラブから、「ぐっ」と声が出る。

「まだまだカーネ・ロッソがいるな。いくら風魔法が不得意でも、一丸となられちゃ抵抗がデカすぎる」

 ナナ・ネネがベルを一瞥した。

「宰相」

 ベルがはっとして「スィー!」とそちらを見ると、2匹も少し息が切れていた。

「あちきらは、ここでもう終わりにして良いか?」

「次のサジッターリオ国での戦闘まで、力を残しておくべきか?」

 ベルがすぐさま「フラヴィオ様!」と呼ぶと、ハナがそれを連れてベルの隣に現れた。

 2匹がもう一度同じことを問うと、フラヴィオがベルを見て問うた。

「次のサジッターリオ国での戦闘で、何か策があるのだろう?」

「スィー。しかし、それは失敗に終わるかもしれません」

「まぁ、構わん。タロウ・ハナはまだ魔法が使えるし、余もフェーデもドルフもまだほとんど戦っていないし、そもそも戦は臨機応変にするものだ」

 と、フラヴィオがナナ・ネネを見て「良いぞ」と言った後、アラブの顔を見た。

「おまえもだ、アラブ。おまえはもう充分に功績を立てたのだから、おまえの赦免は決定だ。次のサジッターリオ国で魔法を使えなくなっても良いから、全力で行け」

「ありがとうございます!」

 と大きな声で言ったアラブが、ナナ・ネネと顔を見合わせる。そして3人同時に頷くと、ハナが港にいる一同に向かって「防御だ!」と叫んだ。

 フラヴィオが「アモーレもだ」と言って、しかとベルを腕に抱く。ハナは「あたいも」と言うと、フラヴィオの片腕に掴まった。

 視界を黄金色の板金鎧に遮られたベルは、フラヴィオの身体の横から顔を覗かせてトルナードを見る。フラヴィオに「こら」と言われたが、気になって仕方がない。

 ふと横から風を感じて振り返ると、アラブとナナ・ネネの髪がふわふわと踊っており、その足元から風が起きているのだと分かった。

「ワンコロめ……!」

 ナナ・ネネの声が揃った。

「あちきらは王太子付きのティグラート……!」

「つまりはスゲェェェ強いティグラート……!」

 2匹に代わって「舐めるなよ!」と言ったアラブ。

「食らえ!」

 と続けた次の刹那、3人の足元から起こっている風が、その髪々を瞬く間に逆立たせた。

 アラブは黒髪だが、純ガット・ティグラートのナナ・ネネの髪は赤く、まるで紅蓮の炎のようだった。

 そして間もなく大風が暴風となり、ベルは「わっ!」と声を上げてフラヴィオの胸に顔を埋めた。竜巻がどうなるか見ようと思っていたが、とてもでは無いが見られない。

 つまりそれだけの竜巻が今、カンクロ船団を襲っているということだった。

「あかんあかんあかん! 砦に避難やーっ!」

 とマサムネの叫び声が聞こえた。兵士たちが吹き飛ばされそうになりながら、大慌てで砦に駆け込んで来るのが分かる。

 マサムネが「行け行けーっ!」と3人を鼓舞すると、兵士たちがそれに続いた。

 それに「スィー!」と答えたアラブ。額から滝のような汗を流しながら、全身全霊の力を込めて魔法を放っているのは、傍目にも分かった。

 そして20秒ほど経ったときに、フラヴィオの顔を見た。

「す…すみません、陛下っ……」

「ああ、もう良い。よくやったアラブ!」

 ベルが「お見事です!」と続くと、アラブが嬉しそうに「スィー」と微笑した。

 竜巻に向かってかざしていた手がガクッと落ち、ふらついて三歩後方に下がり、地面へと向かって落下していく。

 兵士たちが「わぁーっ!」と狼狽の声を上げ、アラブの身体を受け止めた。

「よくやったな、アラブ――」

「じゃないだろ! アラブ将軍、お見事です!」

 アラブは「おー」と笑顔を見せるなり、眠りに落ちていった。

 それからまた20秒ほどして、

「タロウー」

「ハナー」

 とふらつき、「海ー」と言うなり、ナナ・ネネも城壁上の歩廊から落下していく。ナナをフェデリコが、ネネをアドルフォが受け止めた。

「お疲れ」

「流石だな」

 2匹も「おー」と笑顔を見せるなり、アラブに続いて眠りに落ちていった。

 タロウ・ハナは言われた通り、海――港へとテレトラスポルトする。すっかり荒れ果てた海を、水魔法で鎮める仕事だ。

 トルナードが消えて暴風が止み、皆が一斉に砦の城壁に登ったり、外に出たりして、カンクロ大船団を確認する。

 すると人間の目で見える範囲では船団が跡形もなく壊滅しており、兵士たちがわっと歓喜に沸いた。

 もう勝利を確信したかのように狂喜乱舞する兵士たちに、2人の元帥の叱責が轟く。

「静まれ! まだ終わっていない!」

「次はサジッターリオ国での戦闘だ!」

 姿勢を正して「はっ!と承知の声を揃えた兵士たちだったが、その顔々にはやっぱり満面の笑みが浮かんでいた。

 あまりの締まりのなさに、2人の元帥が「おい!」と言うと、フラヴィオが笑いながら口を挟んだ。

「まぁ、良い。アラブとナナ・ネネは本当に頑張ってくれた。おまえたち、3人を称えてやれ」

 兵士たちが「御意!」と返事をした。砦の中に戻って、また狂喜しながら眠っている3人を胴上げする。

 それでも起きない3人は、本当に力を使い尽くしたようだ。

「まぁ、カンクロがサジッターリオに着く頃には少し回復してるよ。疲労回復は寝るのが一番だからさ」

 と、海を鎮め終わったらしいハナ。

 タロウが「そうだね」と言った後、空を指差した。

「ちょっとカンクロ軍を見て来るよ」

 と、テレトラスポルトで上空へと移動する。間もなく戻って来ると、こう言った。

「やー凄い凄い、半分は壊滅したよ。そして想定通り、残りの大半はサジッターリオに向かってる。でも少しカプリコルノにも向かってる」

 それを聞いたフラヴィオが、すぐに指令を出した。

「ドルフは現在プリームラ軍が守っている東のチクラミーノ港に、フェーデはランドとムサシが守っている北の海に行ってくれ。そしてタロウは、宮廷の裏庭であんこを炊いているティーナのところに頼む」

 承知した3人の傍ら、ベルとハナが顔を見合わせた。何やら目で会話している。

「あの、フラヴィオ様もティーナ様とご一緒された方がよろしいのでは?」

「そうそう、フラビー。なんだかんだ、ティーナも強い父上に一緒にいてもらわないと不安だと思うんだ」

 フラヴィオが「しかし」と声高になってベルを見る。

「そうしたら、アモーレひとりでサジッターリオに行くことになるではないか。駄目だ」

「いや、ひとりじゃないよ。あたいがベルと一緒にいるし。あと、アラブさんとナナ・ネネもちょっと回復するだろうから来てもらうし、それにサジッターリオにはコラードだっているし、おまけだけどマサムネもいるんだから。心配しなくても大丈夫だ、フラビー」

 フラヴィオがベルとハナの顔を交互に見て、不審そうに眉を寄せる。

「何か企んでいないか? ベルにハナがくっ付くと、安心する以上に不安だ」

「なんだよ、それ。あたいには魔法があるんだから、何があったってベルを守ってみせるよ」

「そうだ、だからベルは尚のこと無茶をするんだ。リージンの件が良い例だ。だから駄目だ」

 フラヴィオに続いて、フェデリコとアドルフォの眉間にもシワが寄った。

「ベル、君はサジッターリオ国での戦闘で何やら策があるようだが……さては危険を伴うな?」

「じゃー俺も賛成できないぞ、ベル」

 再び顔を見合わせたベルとハナの口が開きかけると、3人が「駄目だ」と声を揃えた。

 威圧感たっぷりに真上から見下ろされ、ベルとハナが俯いて苦笑する。また顔を見合わせて、お互い仕方なさそうに頷いた。

「畏まりました……では、フラヴィオ様もご同行のほどお願い申し上げます」

「良かろう」

 と機嫌の直ったフラヴィオが、ベルの頭を撫でて抱っこする。

「さーて、移動するぞー。あれでも、奴らがうちの国やサジッターリオに着くのは、確実に午後だよな。一旦宮廷に帰って食事にするかー」

「そうですね、兄上。アラブとナナ・ネネを寝心地の良いレットに寝かせてやりたいことですし」

「ですな。本当に頑張ってくれましたからな。アラブは大逆罪の赦免だけでなく、真に強い者だけがなれる『大将』に昇格してやってはどうでしょう、陛下」

「ああ、そうするか? 世襲だけでなれる中将・少将は沢山いるが……あれ? 元帥に次ぐ強さの『大将』って初めてか」

 そんな会話がされているあいだ、ベルとハナはまたまた顔を見合わせていた。

『どうしよう』と言っているベルの顔を見て、ハナが『大丈夫だ』の意味で親指を立てる。

(後でフラビーにお仕置きされるのは必至だけど……こうなったら、強行突破だ!)


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