酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第30話ー1 絵画

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 ――翌朝、フラヴィオの腕の中で咳をしながら目を覚ましたベル。

 治っていないかと思いきや、体温の方はすっかり平熱に戻っていると分かった。

 まだ眠っているフラヴィオの耳元で、「ありがとうございます」と囁いて頬にキスバーチョする。

 すると夢現だったのか、その口元が笑んだ。ベルの頭を引き寄せて額と額をくっ付け、体温を確認して「ふふふ」と笑う。

 瞼が開き、碧眼がベルの顔を捕えた。

「愛の力か?」

はいスィー」と微笑して、ベルはフラヴィオの胸に抱き付く。

 本当にそうだと思う。

 フラヴィオが一晩中抱き締めていてくれたお陰であたたかく、苦しみよりも安堵感の中で眠ることが出来たのだから。

 また、自身の最大の仕事であるフラヴィオのために『生きること』が、快復の一助になったのはたしかだった。

「ああ……」と、腕の中のベルの頭を撫でるフラヴィオから、安堵の溜め息が漏れる。

「良かった……!」

 耳元で鼻を啜る音を聞きながら、ベルは「申し訳ございませんでした」と返した。

 フラヴィオにとても怖い想いをさせてしまったのだから。

 このフラヴィオの様子から言って、きっとヴィットーリアを亡くす直前の状況を彷彿とさせたのだと分かる。

 真冬の極寒の夜空の下で破廉恥なことをし出したのはフラヴィオの方だが、あくまでもフラヴィオの方だが、猛反発するなりして病に罹るようなことを避けるべきだったと反省する。

 そして改めて誓う。

「この7番目の天使ベルナデッタは、フラヴィオ様を愛し、フラヴィオ様の癒しとなり、フラヴィオ様の助けとなり、フラヴィオ様のためにいつまでも美しくあり、そして何よりもフラヴィオ様のために『生きること』を誓います」

「100歳越えの熟女になる約束も忘れては駄目だ」

「スィー。そして、フラヴィオ様の最期を膝枕で看取るというヴィットーリア王妃陛下とのお約束も、必ずやお守り致します」

「うむ……」

 と、もう一度深く安堵の溜め息を吐いたフラヴィオ。

 少しばかり遅くなった『おはようのバーチョ』をベルにした後、戸口へと顔を向けて声を大きくした。

「ハナ、起きているか? ハナ」

 数秒して、寝惚け眼のハナが戸口に現れた。

「なんだフラビー? ベルは治ったのかー?」

「スィー、フラヴィオ様のお陰で」

 とベルが答えると、「おおっ」と声高になったハナがレットの傍らへとテレトラスポルトした。

 ベルの額に手を伸ばして体温を確認し、また「おおっ」と言って笑顔を咲かせる。

「本当に下がってるぞ! さすがフラビー! 愛の力で治したんだな! なんか脱いでるし、まさか具合が悪いにも関わらず――」

「違いますよ?」

 とベルが赤面してハナの言葉を遮った傍ら、フラヴィオが「うーん」と伸びをした。

 窓から差し込む朝日のように、清々しい笑顔をしている。

「ハナ、余はアモーレと風呂に入りたい」

「珠の湯は駄目だぞ? ベルの風邪がぶり返すかもしれないから」

「うむ。4階の風呂を用意して来てくれ。水魔法で湯を出して、ぱぱーっと」

「承知!」

 ――病み上がりのベルの身体をなるべく冷やさないようにと、湯は気持ち熱めのものが用意されていた。

 ベルの風邪が治ったと聞きつけて、天使番号1番ベラドンナ・2番アリーチェ・3番セレーナ・4番パオラの他、ルフィーナと家政婦長ピエトラ、ナナ・ネネが袖をまくりながらゾロゾロと入って来る。

 布でフラヴィオとベルの身体を擦って入浴を手伝いながら、何やら話したいことがある様子だった。

「ねぇ、フラヴィオ様、ベル。昨夜、ティーナがね――」

「待って、ベラちゃん。ベルは良いとして、やっぱりフラヴィオ様には言わない方が良いんじゃない?」

「大丈夫よ、アリー。フラヴィオ様に知らない振りしててもらえば」

「それってどうなの?」

 というベラドンナとアリーチェの会話に、フラヴィオは小首を傾げていたが、ベルは何のことか察している。

 昨夜おそらく、ヴァレンティーナに初潮が来たことだ。

 そのことをヴァレンティーナは男たちに知られたくない様子だったので、この会話を止めさせるべきかどうか躊躇していたら、ピエトラがこう口を開いた。

「陛下、それから宰相ベル。ティーナ殿下が喜んでおります。無事に、アクアーリオ国の王太子殿下の子を授かることが出来るようになれたと」

「――え? あ…ああ、そういうことか。分かった、余は知らない振りをするっ……」

 と動揺したフラヴィオの一方、宰相の表情は雲っていく。

「やはりティーナ様は、アクアーリオ国の王太子殿下との婚姻をお望みですか。気が進みませんね」

 ハナが「まぁな」と同意した。

「アクアーリオは極端な男尊女卑の国で、ティーナを大切にしてもらえるか分からないんだろ?」

「それは大丈夫では?」

 と、口を挟んだのはルフィーナ。フラヴィオとベルにグラスビッキエーレを渡して、宴から持って来たワインヴィーノを酌し始めた。

「ヴァレンティーナ殿下は絶世の美少女ですし、やはり力の王陛下に守られていますから。この近辺の国の王侯貴族の男性は、誰もが大切に扱ってくださると思います」

「そう思うけどねぇ」と、ピエトラの顔もベルと同様に曇っていた。

「でもアクアーリオ国は、王妃・王太子妃が男児を出産しないという理由で離婚や死刑にして来たっていうじゃないか。王妃になってもまつりごとに口出すことは許されないっていうし」

「やだ!」と声高になったセレーナの隣で、パオラの顔が驚愕に染まっていった。

「なんだべソレ! ティーナ殿下はそんなひでぇ国に嫁がねえといけねえだか!?」

 と問われたフラヴィオは、湯船の中で膝を抱えて悄然としている。

「余だって本当は嫁にやりたくないが、そういう訳には行かぬし、将来王妃にしてやりたいし、ティーナ本人がヴィットーリアの遺言通り向こうの王太子と結婚する気満々だし……」

「わたしも賛成よ、フラヴィオ様。隣国とは友好的に行くべきだと思うもの」

 とフラヴィオを慰めるように、アリーチェがその腕を優しくアッシュガマーノで撫でる。

 間もなく隣にいるベラドンナの手が止まっていることに気付くと、「どうしたの?」とその顔を覗き込んだ。

「うん……ワタシはちょっと、別のことが心配になっちゃって」

「別のこと?」

 と複数の声がハモった。

「ワタシはしばらくのあいだ子供を授からなかったから、ついね。男児を出産云々の前に、ティーナが子供を授からなかったらどうしようって思っちゃってたの。こういうのは遺伝は関係ないのかなって思うけど、ティーナはワタシの姪だし、なんとなく不安になって……。それにきっと、向こうの宮廷ってこっちより居心地が良くない気がするの。ワタシはフラヴィオ様に別邸を建ててもらったでしょう? ジルを授かったのは、それも大きかったと思ってるのよ。宮廷でドルフの子をまだ授からないのかって、陰口を叩かれているときより何十倍も気が楽で、幸福な日々を過ごすことが出来たもの」

 パオラが頷いた。

「おらも幸せでいると、お腹に赤ちゃんが来てくれる気がしてるだよ」

「おお、そうだ」と、フラヴィオが新婚のパオラの頭を撫でた。

「早く子を授かると良いな」

 パオラがはにかむ。

「実は、もうお腹にいるみたいだべよ」

 一同から驚きの声が上がった。

 間髪入れず、ナナ・ネネが続く。

「あちきらもだ」

「さっき起きたときに気付いた」

「腹から魔力感じる」

「あちきらも腹に赤ん坊いる」

 さらに驚きの声が上がった。

「ずいぶんと目出度いことが重なるな! 宰相よ、ここは宴を延長してみてはどうだ?」

 とフラヴィオがベルを見ると、それは「スィー」と賛成した。

「ここは3日間足して、合計10日間の大宴会と行きましょう!」

 そして、気になる。

「ナナさん・ネネさん、どちら様のお子を?」

 2匹よりも先に、ハナが答えた。

「あたいの兄貴――タロウだよ」

 大きな仰天の声が上がった。タロウとナナ・ネネが、そういう関係になっているとは微塵も気付かなかった故に。

「魔力の高い宮廷ガットのオスはさ、20歳くらいになるとメスに種付けするよう命を下されるんだ。去年マサムネが兄貴に、ナナ・ネネとのあいだに子を作って来いって言ってるの聞いた」

「あいつ、いきなり2人の妻を……!」

 と、どこか羨ましそうな様子で衝撃を受けたフラヴィオの傍ら、ベルが疑問を口にする。

「ガット・ネーロとガット・ティグラートの合いの子は、なんというのですか?」

「耳と尻尾が黒だったらネーロ、虎柄だったらティグラートってことにされるんだ」

 その理由は、耳と尻尾には、より受け継いだ力の方の特徴が現れるからとのことだった。

 ネーロは闇属性で、ティグラートは風属性だが、闇と風の力半々くらいで産まれることは早々無く、どちらかに偏って生まれて来るらしい。

 ちなみに純ガット同士の子の場合、ほんの3ヶ月で産まれるとのこと。パオラの出産予定は9月のようだが、タロウとナナ・ネネは春には親になるようだった。

 となると、ベルがふと気になったのは親友のこと。

「ハナにはそういうお話は無いのですか?」

 ハナがきっぱりと「無い」と答えた。

「あたいはマサムネから、しばらく子を産めって言われないよ」

 ナナ・ネネが頷いた。

「ハナはこの大宴会が終わってから忙しくなる」

「ハナは最上級闇魔法の修得で朝から晩まで忙しくなる」

 ベルが「最上級闇魔法?」と鸚鵡返しに問いながら、ハナを見た。魔法は『上級』が最上だとばかり思っていた。

「闇魔法だけ『最上級』があるんだよ。使うときなんて滅多に来ないのに、マサムネに覚えろ言われてさ」

 と答えたその表情は、どこか憂鬱だ。

「闇魔法は『上級』までは妨害系が多いんだけど、『最上級』はほとんどが攻撃系――ていうかもう、レオーネ島を丸ごと飲み込んじゃうような破滅の呪文って感じなんだ。実践して練習するわけにも行かないし、呪文が長すぎて覚えられる気がしないし、覚えられても難し過ぎるしで、さーっぱり会得出来る気がしないよ」

 と、ハナが苦笑した。

 尚、現在すべての『最上級闇魔法』を会得済みなのはレオーネ国王付きのガット・ネーロだけらしい。

「タロウさんは修得しなくて良いのですか?」

「兄貴はマサムネに特に言われてなかったなー。ナナ・ネネ以外のガットのメスにも種付けする仕事で忙しいってことなんじゃないか?」

「おい、あいつ……!」

 とフラヴィオがやはりどこか羨ましそうな様子で衝撃を受ける一方、ナナ・ネネが「違う」と言った。

「最上級闇魔法はハナが最適だからだ」

「最上級闇魔法は危険過ぎるからだ」

「ハナは一度も人間やモストロを殺したことがない」

「ハナなら命令以外で最上級闇魔法を唱えることはない」

 ハナが「む」と口を尖らせた。

 ナナ・ネネは誉め言葉だったのかもしれないが、本人にはそうは聞こえなかったのだろう。

 ルフィーナが「なるほど」と言った。

「大きな危険を伴う最上級闇魔法は、『信頼』も無いと修得させてもらえないんですね。タロウさんが信頼無いわけではないのでしょうが、念のためって感じでしょうか」

「本当はあたいより、兄貴の方が優しい性格をしてるんだ。でもあたいがこうだから、その分頑張ってくれてるんだ」

 ナナ・ネネが「でも」と続けた。

「タロウも『オブリーオ』くらいは覚えろ言われる」

「あちきらも『オブリーオ』くらいは覚えろ言われた」

 ベルが「オブリーオとは?」とハナに問うた。

「最上級闇魔法の中で、唯一の妨害系魔法だよ。最上級だから当然容易じゃないけど、長ったらしい呪文も無いし、他の最上級と比べたら技術もそんなにいらないから、ティグラートとか他の属性のモストロでも使えたりする。『オブリーオ』は、忘却させる魔法だ」

 つまり、掛けた相手を『記憶喪失』にさせる魔法らしい。

「ネーロ以外が使っても効力弱いけどな」

 と、ナナ・ネネが付け加えた。

 そうだとしても、なんて厄介な魔法だろうとベルは思う。

 例えば、自身が使われたらどうなるだろう。

(私は、フラヴィオ様を忘れてしまうの……?)

 親友の心の内を呼んだハナが、「ないない」と突っ込んだ。

「あたいの麻痺魔法をあっさり解いちゃうベルに、オブリーオがまともに掛かるもんか」

「でも、オブリーオは最上級なのでしょう?」

「まぁ、だから強力っちゃ強力だけど、ベルのフラビー愛にゃ負けるよ。ベルの記憶からフラビーが消える? ないない」

 とハナがおかしそうに笑うと、周りも「ないない」と同意して浴室が笑いに包まれた。

 実際、何があろうとフラヴィオを忘れられる気がしなく、「そうですね」と安堵したベル。

「ふふふ」と笑ったフラヴィオの膝の上に抱き上げられ、バーチョされる。

 それを見たピエトラが咳払いをした。

「では、私たちはこれにて。ごゆっくり、陛下。しかしベルは病み上がりですので、お手柔らかに」

 そこにいる女性陣から生ぬるーい笑顔で見つめられてベルが赤面する傍ら、フラヴィオが「いや」と返した。

「湯の中はそんなに良くないし、冷たい大理石の床でするのも抵抗がある。余の部屋を暖かくしておいてくれ。アモーレの風邪がぶり返さないように、暑いくらいで良い」

「畏まりました」

 と浴室を後にしようとしたピエトラに向かって、「あ」とフラヴィオが手を伸ばす。

「それから、画材の用意を頼む」


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