酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第32話ー2

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 ――北にある宮廷側から王都オルキデーアの中央通りに入ると、そこら一帯は貴族の邸宅になっている。

 今日は「陛下」ではなく「フラヴィオ様」と民衆から声を掛けられながら、南下して『姫通り』ことヴィーア・プリンチペッサへと向かっていった。

 甘い菓子の香りが鼻を擽るようになると姫通りが近い合図で、それは町の中心に辿り着く少し手前を右に曲がると現れる。

 甘い菓子の香りで充満しているそこに菓子屋が沢山あるのは当然のこと、甘いドルチェのある飲食店や服飾屋、花屋、雑貨屋、美容室などの店舗・露店が建ち並び、8割以上が女で賑わっている。流行の発信地であることもしばしば。

「さて、どの辺で露店を開くかなー」

 と姫通りを歩きながら、フラヴィオが辺りをきょろきょろと見回してその場所を探していく。

 ベルも一緒に探すべきところだが、フラヴィオの顔を見上げ、繋いでいる手を見、俯き気味になって頬を染める。

(巷でいうデートアップンタメントをしてるみたい……)

 真上から「後でな」と声が聞こえた。

「先に仕事を終えてからだ、ソレは」

「ソ……ソレとは?」

「アップンタメントだろう?」

 ベルがまた俯いて頬を染めてしまいながら、「スィー」と返事をした。

「そなたと出会った頃に一度しかしたことなかったもんな、忙しくて」

 また「スィー」と返事をしただけなのに、心境が読まれる。

「分かった、さっさと売り切ってアップンタメントしよう」

 ベルの栗色の瞳が煌めいた。フラヴィオの手を引っ張って歩き出し、露店場所を探す。

 そうしたら、とある店舗の入口から一瞬、金の髪がはみ出ているのを見つけた。すぐに引っ込んだが、見覚えのある金糸ような髪だった。

(まさかティーナ様がこんなところに?)

 少し焦りを覚えながら、その店舗の方へと小走りで向かって行く。

「どうした?」

 とフラヴィオに問われながら店舗の前へと辿り着いたら、中から村天使こと4番目の天使パオラと、その夫ファビオが出て来た。

「おー」とフラヴィオが2人に向かって手を上げながら、店舗を確認する。

「だよな、ここはドレスヴェスティート屋だよな。主に花嫁の。買いに来たのか?」

 この国の女たちは、貴族でなくても華やかなヴェスティートを着る日が割とある。

 例えば――今は喪に服しているから行われていないが――毎月のように行われる王族の誕生日パレードパラータだ。義務ではないものの、それなりに装って参加するという暗黙の礼儀があった。

 この店はそういった日のヴェスティートもあるが、7割は花嫁衣裳を扱う店だった。

 どちらも借りることも買うことも可能だが、花嫁衣裳の場合は一生に一度しか着ないのが大半であることから、前者である場合が多いようだ。

 フラヴィオの問いかけに、首を横に振ったパオラもそうしたようだった。

「おらは、結婚式当日に借りるヴェスティートの試着に来ただよ。もう少しお腹が大きくなっても着れるやつ」

 と、はにかむ。今年の秋頃に出産予定のそのお腹は、少し下腹部が目立ってきたように思う。

「他の皆もそうだけんども、結婚式はヴィットーリア王妃陛下が亡くなってから1年間は避けたいから、まだもう少し先だけんどもね」

「と言っても、あと2ヶ月で1年が経つからすぐだな。結婚式はオルキデーア式か? プリームラ式か?」

 とフラヴィオが問うと、夫妻が「オルキデーア式」と答えた。

 隣町プリームラがまだ一国で、プリームラ国だった頃は聖職者が国を支配していた時代もあることから、プリームラ式の結婚式は教会で挙げるものだった。

 対して、オルキデーア国は一応教会はあるが小さく、勢力が強かった時代は一度もない。

 いつだってマストランジェロ王家が頂点で、結婚式は教会に限らず好きな場所で行われてきた。

 また、プリームラ式の場合は結婚式の前に、司祭の前で婚約を誓い、指輪交換を行う『婚約式』というのを終えてから、後日教会の戸口で結婚式を挙げ、その後さらに教会の中でミサを……なんて決まりがあるが、オルキデーア式にそんなものはなく、やはり自由だった。

 誓いは結婚式当日に集まってくれた親類や友人たちの前で立てれば良いし、指輪が愛の誓いであることは同じだが、交換するのはいつでも良い。婚約式が無い代わりに、結婚式に取り入れる夫婦は多いが、その前でも後でも良い。

 そんなものだから、オルキデーア式を選び、婚約式も無く、結婚式もまだのファビオ・パオラ夫妻だが、もう結婚指輪をしていた。

「6月に入ったら、あちこちで結婚式が行われるみたいですだよ」

「だろうなぁ」

「6月といえば王女殿下とアドルフォ閣下の誕生日パラータですけんども、去年出来なかった王太子殿下の成人パラータやご成婚パラータもするですだか?」

「うむ。あとランドとアヤメの結婚式も挙げる」

「それから今年はコラード殿下の成人パラータと、サジッターリオ国王にご即位祝賀パラータもありますだね」

「うむ。さらにコラードの成婚パラータ……はもうやったが、結婚式は今年やらねばな。忙しいなぁ」

 とフラヴィオとファビオがそんな会話をしているあいだ、パオラが「ベルちゃん」と手招きした。

 何かとベルが近寄ると、パオラがにこにことしながら店の扉を指差した。

 何かと見てみると、貼り紙がある。

「――へ?」

 大変、不自然な貼り紙だった。

『限定一名様! コレ試着できます(3日後)』

 ――の文字と共に、花嫁衣裳の絵が描いてある。

 見覚えがあった。

 それは以前、ベルが王妃になるのだと思ったヴァレンティーナが、交換日記に描いてくれたものだ。

 ベルに似合うよう描いてくれた、ベルの花嫁衣裳だ。

「このベルちゃんにしか似合わないような花嫁用のヴェスティートの試着、限定一名様だべよ。んだからベルちゃん、他の人に取られる前にお店で予約して、んで採寸してくだよ」

「さ、採寸って……! ちょ、あのっ……まず、ティーナ様はお店の中にいらっしゃるのですか?」

 パオラが頷きながら口元に人差し指を当てる。フラヴィオに聞こえないよう、小声になった。

「心配しなくても大丈夫だべ。ドルフ閣下が護衛に付いてるだよ。なんで隠れてるのかって? フラヴィオ様がこの花嫁衣裳を、純粋に気に入ってくれるかどうか、見たいんだって。おらはフラヴィオ様は気に入ること間違いなしだと思うけんども、まぁティーナ殿下が描いたって知ったら、たしかにフラヴィオ様は気に入ってなかったとしても絶賛するからね」

「は、はあ、なるほど……。そ、それよりですね、花嫁さん用のヴェスティートを試着って、あのっ……」

「ただの『試着』なんだから、何も気にする必要ないだよベルちゃん」

「き、気になりますっ……! お店にある貸し用のヴェスティートを試着というならまだしも、わざわざ採寸してこの花嫁衣裳を作るのでしょう?」

 つまり、ベル専用の花嫁衣裳を作ってしまうということになるのだから、困惑せずにはいられない。

 今のところ、フラヴィオと結婚する予定はないのだから。

「そうだけんども、何か都合悪いだか? ベルちゃん、一生フラヴィオ様と結婚出来ないなんて、決まったわけじゃないべ」

「そ、そうですが近いうちにするわけじゃありませんしっ……!」

「じゃー近くなったら、そのときまた試着すればいいべ。宰相閣下は、花嫁衣裳の試着時期の決まりなんて作っただか?」

「そ、そんなものは作っていませんし考えてもいませんがっ……!」

「じゃー、腹を決めるだよベルちゃん。心配しなくても、フラヴィオ様はどうせこの花嫁衣裳を気に入るだよ」

「し、しかしっ……!」

「ティーナ殿下はベルちゃんがこのヴェスティートを着るの、すっごく期待してるだよ? あの青のオルキデーア石みたいな瞳をキランキランさせて!」

「くっ……!」

 とベルが困り果てたとき、「これは……?」とフラヴィオが寄って来た。

 ベルとパオラを通り越し、扉にくっ付いている貼り紙を取る。

 そして「Oh……」と碧眼を煌めかせたと思ったら、店舗の扉を開け放った。

「頼もーっ!」

 すぐさま、ヴェスティート屋を経営する女店主が「はいスィー!」と出て来た。

 ずんずんと店の中に入っていくフラヴィオの後を、ベルも焦りながら「お邪魔します」と帽子を脱いで付いて行く。

 来ているらしいヴァレンティーナとアドルフォは、店の奥に隠れているようだった。

「限定一名のコレの試着は出来るか?」

 と、フラヴィオが貼り紙を見せながら問うと、店主が満面の笑みでまた「スィー」と答えた。

「そちらの宰相天使閣下がご試着なさるのですね? まぁ、なんてお似合いなのでしょう! ささ、宰相天使閣下、採寸致しますので試着室へどうぞ」

「え、ええと……」

 とベルが困惑してフラヴィオの顔を見上げると、それは貼り紙に描かれているヴェスティートを見て恍惚としていた。

 パオラの言った通り、ヴァレンティーナがベルのために描いたそれを心底気に入ったらしい。

「なんということだ…! アモーレのための花嫁衣裳なのだ……!」

「ほんとだべねー、ベルちゃんが着てあげなきゃこのヴェスティートが可哀想だべよー。んだからほら、ベルちゃん! 採寸、採寸!」

 とパオラがベルを試着室の方へと押しやった後、フラヴィオを見ながら店の外を指差した。

「採寸が終わるまで少し時間掛かるし、フラヴィオ様はお店の前で露店開いてたらどうだべ?」

「おお、そうだ。そうしよう。ちょうど空いてたしな」

 とフラヴィオは外へ出ると、ヴェスティート屋の前で持って来た高級敷物を広げ始めた。

 ファビオに手伝ってもらってきちんと広げたら、椅子などは持って来なかったのでその上に直接座る。

「何のお店ですだか?」

「オルキデーア石のクズ石屋なのだが……思えば余はクズ石を扱ったことがない。クズ石なんて、どれくらい需要あるのだ?」

「結構ありますだよ、若い女たちに。なんか石に穴開けて紐で繋いで腕輪や首輪にして、『まじない』に使うだかなんだか」

「まじない? 女はそういうのが好きだな」

 と、「ふふふ」と笑ったフラヴィオが、布袋に大量に入ったオルキデーア石のクズ石を敷物の上に直接まけていく。敷物から転がっていったのは、ファビオがさりげなく戻しておく。

「さてと」と、賑わっている姫通りにフラヴィオの朗々とした声が鳴り渡っていった。

「いらっしゃいませなのだー。オルキデーア石のクズ石を買って欲しいのだー。値段は1つあたり……うーん……5mmから8mm程度しか無いし、原石のままだし、形も歪だし、そして傷だらけだし……。でもアモーレのためにアップンタメント費用を稼がないといけないし……よし! ちょっと高めかもしれなくて申し訳無いが、ピンクローザ色と水色は100オーロ、ライラックリッラ色は200オーロ、青は300オーロ、紫は400オーロ、赤は500オーロ! いらっしゃいませなのだー」

「ちょ――」

 と止めようとしたファビオを突き飛ばすように、待ち構えていた女たちが黄色い声を上げながらフラヴィオの露店に殺到していった。


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