酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第36話ー1 新婚旅行もどき

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 ――1491年8月上旬のカプリコルノ国。

 時刻は朝餉を食べ終わった後の午前8時過ぎ。

 宮廷の3階にある男子用の衣裳部屋の中。

 フラヴィオの誕生日――8月12日――に王都オルキデーアで開催されるパラータ用の衣装を試着中の本人が、「うーん」と腕組みをして唸っている。

「おや、陛下。お気に召しませんか?」

 と、試着の手伝いをしている家政婦長ピエトラ。

「ああいや、パラータの衣装はこれで良いのだ、第二の母上よ。余が悩んでいるのは、こっちだ」

 とフラヴィオが指したのは、壁に掛けられた複数のド派手な衣裳。

 いつもならこの時間は『中の中庭』で鍛錬に励んでいるか、会議で朝廷にいるが、今日は出掛ける用事があった。

「余はこれからアモーレと一緒に、カンクロ国との貿易取引に行く。向こうが陸路を通って石材を運んできてくれるカンクロ国の端っこまで、ムネの猫4匹のテレトラスポルトで行って帰ってくる。なんでカンクロの端っこかって? そこまで寄って来てもらわないと、石材が重すぎてムネの猫4匹でもテレトラスポルトするのがきついからだ」

 とフラヴィオが、「で」と話を戻した。

「衣装はどれが良いと思う、第二の母上よ?」

「ただの貿易取引ですよ、陛下。おめかししなくても」

「駄目だ。向こうにはカンクロ国王ワン・ジンもいるのだから、無礼に当たるような格好ではいけな――」

「本音をどうぞ」

「あいつより余の方が格好良いということを見せつけたい」

 想像通りの答えで、ピエトラが呆れの溜め息を吐く。

「だってあいつ、まだベルを好いている気がするのだ。ベルの愛する男はこんなに格好良いのだぞ、おまえごときじゃ相手にされぬのだぞと、分からせないと駄目だ」

「だからって、何もここまでド派手な衣装でなくても。陛下くらい容姿が整っていますと、逆に着飾らない方が美しかったりするものですよ」

「着飾らない方が? ふむ、そうか……よし、分かった。では、第二の母上よ」

 と、フラヴィオが衣装を脱ぎ捨てて、全裸になった。

「いってきますなのだ」

「着てください?」

 ピエトラが適当に衣装を取ってフラヴィオに着せ付けていると、廊下からヴァレンティーナのはしゃぐ声が聞こえた。

「わぁ、すごい! ベル、これどうしたの!?」

 フラヴィオが「なんだ?」と小首を傾げると、ピエトラがこう言った。

「ベルが帰ったようですね。カンクロ国との貿易取引から」

「――はっ?」

 と声を裏返したフラヴィオが、衣裳部屋から飛び出して行く。

 すると目前に、金銀財宝を両手に抱えたベルが立っていた。

 傍らにはヴァレンティーナを始めとする天使たちがいて、それらも手に見慣れぬ衣装や装飾品を持ってきゃっきゃとはしゃいでいる。

 また、フェデリコも居た。

「帰りました、兄上」

「待て、どこからだ」

「黙って出掛けて申し訳ありません。私とベル、ムネ殿下の猫4匹でカンクロ国との貿易取引に行き、無事に終えて参りました。ああ、ご安心を。ベルは石材を今までの『半値』ではなく、ちゃんと『3割引き』でワン・ジンと取引しました」

 ベルが恍惚とした顔でフラヴィオを見ている。

「ご覧ください、フラヴィオ様。ベルナデッタは取引をきちんと終えただけでなく、ワン・ジンにこんなにも金銀財宝を貢がせました。いらないものはとっとと高値で売っぱらい、国庫金に変えま――」

「悪い子め!」

 とフラヴィオの怒号が3階の廊下に響き渡ると、ベルの頬が膨れ上がっていった。

「フラヴィオ様はすぐそういうことを! ベルナデッタは良い女でございます!」

「余も一緒に行くって言ったではないか! どうして言うことを聞けない! お仕置きだ、来い!」

 と、フラヴィオがベルを脇腹に抱えると、ベルの手から金銀財宝が落ちていった。

 それを拾おうとベルが「あっ」と手を伸ばしたが、フラヴィオがお構いなしに4階へと向かって疾走していく。

 駆け込んだのは国王の寝室で、雲のようにふかふかのベッドレットの上にベルを放り投げると、やわらかな音を立てて埋まった。

 レットの傍らに、フラヴィオが仁王立ちして説教を続ける。

「余に黙って勝手な行動を取るんじゃない! 危ないだろう、向こうにはワン・ジンも居たのに!」

「ですから、フェーデ様が私の護衛を務めてくださいましたし、石材の輸送をお願いしたハナとタロウさん、ナナさん・ネネさんだって居たのです。向こうはワン・ジンとその飼い犬が一匹、王太后、犬の兵士が少し程度でしたから、まず私に危害を加えることは出来ませんでした。犬の兵士たちなんて、ハナたちの魔力に震え上がっているような状態でしたし」

 と貿易取引のときの状況を話しながら、ベルの脳裏に初対面だったワン・ジンの母――カンクロ国の王太后の姿が蘇る。

 純血のカーネ・ロッソであるそれは、赤犬の耳と尻尾を持つすらっとした美人で、優雅で豪奢なカンクロ服を纏っていた。

 他のカーネ・ロッソたちがマサムネの猫4匹に戦慄している中で、ひとり動じることなく凛とした佇まいでワン・ジンの傍らに立っていた。

 そして何かを察した様子で、ベルの姿を頭の先から爪先まで食い入るように見つめていた。

(あれは一体、何を……)

 とベルが黙考している傍ら、文句轟々でいるフラヴィオがレットに上がった。

 膝でベルを挟んで跨ぎ、ベルの身体の前面を隈なく見つめ、転がして背面も見つめ、さらにスカートゴンナの中を覗き込んだりする。

「あいつに何もされていないだろうな……!?」

「私の話を聞かれていましたか?」

 一応聞いていたフラヴィオだが、不服そうに「だって」と口を尖らせた。

「やはりあいつは――ワン・ジンは、そなたをまだ好いている。そなたの貢がれぶりからして確定だ。ああ、腹が立つ!」

「ならばさっさとワン・ジンを倒して、カンクロ国をフラヴィオ様のものにしてくださ――」

「そんなことはせん」

 しかし虫の居所が悪いらしいフラヴィオが、ベルのゴンナの中に手を突っ込んで半ば乱暴に下着を剥ぎ取った。

 膝を広げられ、脚のあいだにフラヴィオの体温を感じたベルが、ふと呆れ顔になっていく。

「一体どうやったら一瞬でそんなことになるのですか?」

「余は酒池肉林王なり」

「便利なお身体で」

「そなたには負ける」

 とフラヴィオが身体を押し付けるようにしてベルの脚のあいだを擦ると、すぐに濡れた音がした。

「一体どうやったら一瞬でそんなことになるのだ? 便利な身体だな」

 とフラヴィオが呆れた風に言い返してにやけると、ベルが赤面して小さな唇を尖らせた。

「だ…だって……」

「だってなんだ」

 ほとんど抵抗なく、ベルの中にフラヴィオが入っていく。

「だって……!」

 フラヴィオの顔を見つめるベルの表情がたちまち弱くなって、フラヴィオの背の方にある小さな爪先が反り返った。

「なんだ」

 リスやネズミほどの重さにしか感じない小さな身体の腰を片腕で持ち上げて、もっと奥まで押し入れる。

 ベルの身体に、もう一度同じことがより強く起きた。

「だって、フラヴィオ様を愛しているのです……!」

 その強く深く、大きな想いが、潤む栗色の反映される。

 フラヴィオの胸が締め付けられたら、笑顔が引き攣った。

「うむ……知っている。愛している、ベル」

 ここ最近、胸の締め付けが拷問のように日に日に強く、苦しくなっていく。

 今月の半ば以降に待っている『新婚旅行もどき』が楽しみな半面、怖かった。

(ベル18歳の誕生日まで、あと一ヶ月……――)





 ――国王フラヴィオ・マストランジェロ35歳の誕生日パラータは、これまでで一番の大盛況だった。

 というのも――去年開催されなかったというのもあるが――パラータに向かう直前になって、フラヴィオがベルを拉致するように馬上に上げ、共に連れて行ったからだった。

「やっぱり! 陛下は、宰相天使閣下を後妻に迎えるおつもりなんだわ!」

「そうだと思ってた! ご結婚おめでとうございます陛下、宰相閣下!」

 民衆のそんな声が飛び交うパラータになった。

 ――それから3日後の早朝6時。

 王都オルキデーアがまだ祝福に沸いている中、手荷物片手に北の海に立つフラヴィオとベルの姿があった。

 フラヴィオの左手とベルの右手は指を絡めて握り合い、近くにはフェデリコやアドルフォ、王子たち、天使たちも居た。

 間もなくハナがテレトラスポルトで現れて、「お待たせ」と2人を迎えに来る。

 見送り一同の顔を見回し、2人が笑顔で声を揃えた――

「いってきます」

 レオーネ国へ、『新婚旅行もどき』に飛んでいった。


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