酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第36話ー3

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 レオーネ国の宮廷の廊下に並んでいる、ガット・ネーロもしくはガット・ティグラートのメッゾサングエである5人の美女。

 常日頃はそうでなくてもきちんと化粧をし、着飾っていた。

 何故なら、彼女らは『カプリコルノ国王の後妻候補』に選ばれた5人で、本日これからカプリコルノ国の宰相による面接によって、最終決定が下されるからだ。

 我こそが王妃に相応しいのだと宰相に訴えるために、きちんと身なりを整えることは必須だった。

「ねぇ、誰が選ばれても恨みっこなしよ?」

「ええ、分かってるわ」

「カプリコルノ宰相閣下が、どうか私を選んでくれますように」

 そんな会話をしていたところに、それは現れた。

 レオーネ国王太子マサムネの後に続き、マサムネの猫4匹に囲まれながら、とても美しい姿勢で歩いてくる小柄なレオーネ国の美少女。

 しかし、その落ち着いた厳格な雰囲気は少女とは掛け離れ、先に年齢を聞いていたとはいえ初対面である者は動揺せずにはいられない。

 そして、その栗色の瞳に捉えられた刹那、5人の背筋に凍り付くような寒気が走った。

 事前に指示を受けたわけでも、打ち合わせをしていたわけでもないが、揃って身体が直角になるまで深く頭を下げる。

 唾液を飲み込んだ喉が鳴り、膝の前に揃えた指先が戦慄に震える。

 少女が自身たちの前を通ると空気が鉛のように重くのし掛かり、それがマサムネたちと共に近くの客間に入ってから5秒間は、誰ひとり頭を上げることも、呼吸することも出来なかった。

「辞退したくなってきた……」

 と、ひとりがぼやいた。

 客間に入ったカプリコルノ国宰相ことカプリコルノ国王の7番目の天使ベルは、そこに用意されていた椅子に静かに着いた。

 隣にはマサムネが腰掛け、猫4匹は2人の背後に立った。

 ベルとマサムネの目前には装飾の施された食卓があり、その上には緑茶と美女5人ひとりひとりの名と経歴が書かれた紙が置いてある。

 またベルとマサムネの正面――食卓を挟んだ向こうには、椅子が一客だけ置かれていた。

「面接はひとりずつな、ベル。でも彼女らを選んだワイはもう訊くこと無いから、後はベルに任せるわ。気の済むまで質問して、フラビーの後妻としての合否を決めてや」

 とマサムネが言うと、ベルが緑茶を一口飲んでから「畏まりました」と答えた。

「じゃ、始めるよ」

 と戸口に向かっていったタロウだったが、戸を開けて廊下を見るなり「あれ?」と言った。

 どうしたのかと思いきや、廊下からこんな声が聞こえて来た。

「1番の方は、辞退してお帰りになりました」

 タロウがベルの方を見て苦笑する。

「聞こえた? どうする? 連れ戻してこようか?」

「結構です。1番の方の合否は決まりました」

「だよね。話にもならないよ」

 とタロウは溜め息を吐くと、「2番の方どうぞ」と言った。

 その彼女が緊張した面持ちで中へと入って来ると、ようやく面接が始まった。

 ベルが複数の質問をぶつけ、彼女らが答えていく。

 彼女らは戦慄しながらも必死に笑顔を作っていたが、宰相の方は一笑すらすることなく、あっという間に最後の候補者――5番の面接の時間を迎えた。

 5番の彼女は「失礼します」と戸口で一礼し、ベルとマサムネの正面にある椅子に着いた。

 他の候補者たちよりも、落ち着きを払った様子だった。

 その澄んだ若草色の瞳が、ベルの顔を真っ直ぐに見つめている。

「あなたは何故、我が国の王妃になることを希望されましたか?」

 ベルが問うと、5番目の彼女はこう答えた。

「わたしはカプリコルノ国が好きです。カプリコルノ国民が好きです。だからわたしが王妃になることで、それを危機から救えるのならと思ったからです」

 ベルが一呼吸置いて続けた。

「あなたがカプリコルノ国民を好いていても、あなたを好いているカプリコルノ国民は多くないのが現状です」

「存じています」

「あなたが王妃になった際には、カプリコルノ国民からこんな声が聞こえてくるでしょう。「どうしてあのメッゾサングエが王妃なのだろう」「メッゾサングエが陛下の後妻だなんて認めない」「あのメッゾサングエが陛下を誑かした」「何もかもあのメッゾサングエが悪い」。さらに石やゴミ、動物の死骸や糞を投げつけられることだってあるでしょう。あなたはそれに耐えることが出来ますか? 耐えられなかった場合、陛下が自責の念に苛まれることになります」

「もう、覚悟は出来ています。500年前のレオーネ国に起きた悲劇と同じことは起こしません。必ず耐えてみせます。カプリコルノ国のために少しでも役に立つよう、魔法もたくさん練習してきました」

 その心の内に秘めた本心を見抜くように見つめているベルが、少しのあいだ口を閉ざしていた。

 そして「分かりました」と言って、次の質問に映った。

「あなたが王妃となった場合、あなたは『9番目の天使』となります。ヴィットーリア王妃陛下は天使とは別格の『女神』でしたが、あなたは『天使』止まりです。陛下の『女神』は永遠にひとりで、それを超えられる者はおりません。不服なのでは?」

「いいえ。わたしは先の王妃陛下は当然のこと、今後陛下の寵姫になるでしょう宰相閣下にも敵わないことは分かっていますし、もう以前のような嫉妬もしません。現在わたしが宰相閣下にしたいことは、兄の命を救って頂いたことへの恩返しです。また、わたしが王妃になった場合、王妃の仕事だけでなく、天使としての仕事も抜かりなく両立する努力をします」

 ベルがまた少しのあいだ閉口した後、「分かりました」と言った。

「では、最後の質問です。しかし思えばこれは、『大前提』の条件でした」

「はい、好きです」

 と、ベルが問う前から、彼女が答えた。

「わたしは真っ直ぐで、善良で、とてもお優しいフラヴィオ・マストランジェロ陛下が好きです。たとえ天使の仕事が無かったとしても、フラヴィオ・マストランジェロ陛下を愛することを誓います」

 ベルが間髪入れず「それは」と問う。

「私に負けず劣らずですか? 私は、誰よりも何よりもフラヴィオ・マストランジェロ陛下を愛しています。あなたの陛下への想いは、私に負けないと胸を張って言えますか?」

「言えなかったら不合格ですか?」

「無論」

 彼女が口籠ると、ベルの小さな唇から溜め息が漏れた。

 すると彼女が、むっとした様子で声高になった。

「お言葉ですが、カプリコルノ宰相閣下。それはいくらなんでも、無理難題だと思います」

「はい……?」

 とベルの声が冷然と響くと、マサムネと猫4匹がびくついた。

 部屋の中の空気が一瞬で緊張を孕む。

 身振り手振りで5番の彼女の口を止めようとしたが、それは止まらなかった。

「何の冗談ですか宰相閣下、気付いてくださいよ。『誰よりも何よりも』陛下を愛されているのなら、誰ひとりあなたに並ぶことは出来ません」

 数秒の間の後、ベルから「あれ?」と出た。

 今度は5番の彼女からベルへと質問が飛ぶ。

「お尋ねしますが、宰相閣下? わたしが今ここで、あなたと同じくらい陛下を愛していますと言ったら、何を思いますか?」

 再びの間の後、ベルの眉間にシワが寄っていった。

「ご冗談を。有り得ません」

 5番目の彼女が「ほら!」と口を尖らせた。

「宰相閣下に認める気がないのですから、誰がどんなに陛下を好きです、愛していますと言ったって、あなたに並ぶことなんて出来ないんですよ!」

「なんと……」

 と衝撃を受けたベルの一方、彼女は必死に想いを訴える。

「わたしはわたしなりに、陛下を愛しています! 真っ直ぐで、善良で、とても優しくて、尊敬の出来る陛下を、本当に愛しています! そしてわたしは、何かとあなたに敵いませんが、ひとつだけあなたに勝てると言えることがあります! それは魔法もそうですが、そうでは無いことです!」

「ええ、なんでしょう?」

「わたしはあなたよりも、『国民想い』だということです! あなたはこれまでもこれから先も、どこまでもどこまでも陛下のために生きる宰相閣下ですが、わたしは国民中心に生きることが出来ます! わたしはちゃんと陛下が好きです、愛しています! 天使の仕事も怠りません! 魔法も使えます! どんなに国民から罵詈雑言や石ゴミ死骸糞を投げつけられようと、天変地異が起きようと、必ず耐えてみせます! カプリコルノ国を、カプリコルノ国民を救うために! だからわたしはっ……わたしは、誰よりもカプリコルノ国の王妃に相応しい!」

 部屋の中に静寂が訪れた。

 5番の彼女の呼吸を整える音だけが、少しだけ大きく響く。

 そして初めて、宰相の顔に笑みが浮かんでいった。

「そうでしたね。あなたはとてもとても、陛下の大切な国民を想ってくれていた方でした。正直すぎる言葉は少々困りものでしたが、その一方で陛下を諫めてくださったこともありました。あなたは強く優しく善良で、魔法の力も申し分なく、苦行にも耐え、天使としても努力してくださるのなら……なるほど、たしかにあなたは陛下の後妻に相応しい」

 そして、最終決定が下された。

「合格です」

「この宰相相手に、それだけの口を叩けるって意味でもな」

 と口を挟んだマサムネが、脱力していった。

「あなたは4日後――1491年9月10日から、カプリコルノ国の王妃陛下です。フラヴィオ・マストランジェロ陛下を、カプリコルノ国を、どうぞよろしくお願い致します……ルフィーナさん」

 5番目の彼女――ルフィーナが「はい」と頭を下げると、食卓の上にぽたりぽたりと涙が落ちていった。

「ありがとうございます……ありがとうございます、ベルさん。以前お助けいただいた恩の分も含め、わたしは立派な王妃になることをお約束します……!」





 ――ベルがハナのテレトラスポルトで本日の貸し切り温泉旅館に戻ったら、部屋の中にフラヴィオの姿が無くなっていた。

「あれ? フラビー、ベルを探しに行っちゃったのかな。ってことは、温泉にいるのか?」

「ならばバレたでしょうね、ハナと私が『朝風呂』に行ったのでは無いことが……」

 と2人は顔を見合わせて苦笑した後、旅館の温泉へとテレトラスポルトで飛んでみた。

「男湯でしょうか、女湯でしょうか?」

「貸し切りだし、ベルを探してたなら女湯じゃないか?」

 と、とりあえず脱衣所を通り越して、女風呂を覗いてみる。

 案の定、檜で出来た浴槽の中にフラヴィオの金色の頭が見えた。

「どこへ行っていたのだ」

 と、その声が響いて来た。

 それはこっちを見ないままでいたが、その顔を見ずとも不貞腐れていると分かる。

「余に嘘を吐いて、どこへ行っていた」

 ベルが「申し訳ございませんでした」と返した後、ハナの顔を見た。

「私は主のご機嫌取りに行ってくるとします」

 これからベルと本当に朝風呂に入ろうと思っていたハナは、溜め息交じりに「了解」と答えた。

 その場から宮廷の前へと、テレトラスポルトで去って行く。

 するとマサムネとタロウ、ナナ・ネネの姿が目に入った。

「もう今日の仕事に行くのか? あたいこれから朝風呂入ろうと思ってたのに」

 その質問に対する答えは返って来なかった。

「ハナ、見なかったか? 単純にうちの国を探りに来たのか、フラビーとベルの新婚旅行もどきを聞き付けてきたのか何なのか知らんけど、どうやら密偵に来てたみたいや」

 と、マサムネ。

 ハナが「誰が?」と声高に問うと、こう返ってきた。

「カンクロ国王ワン・ジンと、その母親――カンクロ王太后や」


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