酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第38話ー5

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 コラードの戴冠式と、その後の即位祝賀パラータはサジッターリオ国とカプリコルノ国で予定通りに開催された。

 しかし、パラータの護衛になるはずだったフェデリコ・アドルフォは居なく、代わりに兵士が護衛を務め、主役の2人にはマサムネの猫4匹の強力なバッリエーラが50枚掛けにされていた。

 民衆はそこまで疑問に思わなかったようだったが、裏では上を下への大騒ぎになっていた。

 カプリコルノ国宰相こと7番目の天使ベルが、誰も見ていないあいだに失踪してしまった故に。

 アラブ・ルフィーナ兄妹とマサムネの猫4匹、テンテンのテレトラスポルトで飛び回り、ベルが失踪したサジッターリオ国はもちろんのこと、カプリコルノ国の方も捜索する。

 途中からは本日の主役だった2人も混じり、またその命でサジッターリオ国の兵士一万人を動員して捜索したが、一向に見つからず。

 時刻は夕方を迎え、一同はサジッターリオ国の港に集まっていた。

 女たちはついに泣き出し、殺気立っているフラヴィオの声が震える。

「どう考えてもベルはテレトラスポルトで攫われたのだ」

「ああ、決まりやわ」

 とマサムネが続いた。

「あいつ何が目当てやろ。身代金か?」

「違う、ベルだ。あいつはベルが欲しくて余から盗んだのだ」

 話に付いていけないルフィーナが、困惑しながらフラヴィオとマサムネの顔を交互に見た。

 さらに周りの一同を見ると、皆分かっている様子だった。

「あ、あの……『あいつ』とは?」

 まるで怒号のようにフラヴィオが返答した。

「カンクロ国王ワン・ジンだ!」

「クソ犬が! さっさと奴の一族を皆殺しにしてカンクロを頂きましょう!」

 と兄アラブも激昂すると、ルフィーナが慌てて「待って!」と声を上げた。

「陛下もお兄ちゃんも落ち着いて! カンクロ国王がベルさんを攫ったって決まったわけじゃないでしょう!?」

「そうよ! それに戦争はダメよ、父上! 戦争は悲しみしか生まないわ!」

 とヴァレンティーナも必死に止めようとする中、思案顔でいたフェデリコがアドルフォの顔を見ながら口を開いた。

「どうもおかしくなかったか、あのときのアクアーリオ国王夫妻は。不自然というか」

「ああ。貿易交渉をするなら俺達じゃなくて陛下か宰相だろう。あれはベルを追って行こうとした俺達を、わざと引き止めたんだ」

 フェデリコが、親友の名を呼んで泣きじゃくっているハナの頭を撫でながら、こう言った。

「アクアーリオ国王夫妻を連れて来てくれないか? 恐らくまだアクアーリオに帰国中の船の中だろう」

 ハナはしゃくり上げながら承知すると、タロウと共にテレトラスポルトで飛んでいった。

 すぐに見つけたらしく、アクアーリオ国王・王妃を連れて戻ってきたのは1分後だった。

 すでに戦慄しているその姿を見るなり、フェデリコとアドルフォから溜め息が漏れる。

 その途端、すべてを察したらしい2人が「申し訳ございません!」と跳び上がった。

「私めどもは、カンクロ国に脅されたまでのこと! どうかお許しください!」

「我が国はカンクロ国のような大国に襲われたら一溜りもない故! お許しください、カプリコルノ陛下!」

 と土下座する2人とフラヴィオのあいだに、ルフィーナが立ちはだかる。

 今のフラヴィオにはまるで冷静さを感じられず、2人の首をこの場でへし折ってしまいそうだった。

「アクアーリオ国両陛下、早く教えて下さい。我が国の宰相を攫ったのはカンクロ国ですか?」

 小さく「はい」と返ってきた。

「それはカンクロ国王ワン・ジンが?」

 今度は「分かりません」だった。

「私めどもも、詳しくは聞かされてない故。ただ我が国に来たのは、カンクロ国王の母親――カンクロ王太后でした」

「王太后が?」

 と鸚鵡返したルフィーナの背後から、怒声が轟く。

「カンクロは何のために宰相を攫った!」

 2人の戦慄が増しただけで、答えが返って来なかった。

 その時、周りにいた兵士が「あっ!」と声を上げた。海を指差している。

 一頭の白馬が海を泳いでいた。

「あれはもしや、私がカプリコルノ宰相閣下にお貸しした……!」

「は? ちょお待て、なんで海に馬が……」

 とマサムネが「ナナ・ネネ」というと、2匹がすぐさま馬を助けに向かっていった。

 そしてテレトラスポルトで白馬を連れて帰ってくると、兵士が「間違いありません」と言った。

「これはたしかに、私がカプリコルノ宰相閣下にお貸しした白馬です。カプリコルノ宰相閣下は、この馬に乗って町の外へ行かれたのです」

「せやから」とマサムネが蒼白して声高になった。

「なんでっ……なんで海から馬が戻って来たん! なんでっ……!」

 アクアーリオ国王が、小さく返答した。

「カプリコルノ宰相閣下はもう、ご存命ではありません……――」





 ――カンクロ国王ワン・ジンの眉間に刻み込まれていたと思ったシワが、魔法のように消えていく。

 目は潤み、口元は綻び、腕は一見して寝姿の人形のような女を抱き締めていた。

 また、足元には愛犬が白目を剥いて転がっている。

「よくやったな、リエン。おまえは本当に優秀な犬だ」

 大きく息を吸い込んで深呼吸すると、それまで緊張で強張っていた身体から力が抜けていった。

 腕に抱いている女の顔を愛おしく見つめ、今か今かと覚醒のときを待つ。

 そして間もなく長い睫毛が動いて、綺麗な二重瞼がゆっくりと開いていく。

 栗色の瞳に捉えられると、どきっと鼓動が高鳴った。

 桜の花弁のような唇が、微かに動く――

「――…誰……?」

「俺はカンクロ国王ワン・ジン。おまえは『エミ』だ」

「…エミ……?」

「ああ、おまえの名は『エミ』だ。そして、おまえは俺の妻だ。カンクロ国の王妃だ――」


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