酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第38話ー4

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 9月22日からカプリコルノ国・サジッターリオ国で連日開催された催物の中で、カプリコルノ国一同を何よりも感動に包んだのは、サジッターリオ国の玉座で午前8時から行われたコラードの『戴冠式』だった。

 もちろんコラードの誕生日・成人パラータや結婚式も嬉しく、見ていて幸せだったが、一国の主となったその姿を見るのは比較にならないほどの歓びだった。

 兄弟・従兄弟の中で、もっとも『力の王』・『力の王弟』の力を受け継ぎ、15歳にして2人と目線の高さがほぼ並んだコラード。

 2人と比べると少年らしい華奢さは見えるが、それでもやはり立派な体格だった。

 厳かな空気の中、法衣を纏ったコラードがサジッターリオ国の玉座に付いていて、宝剣や王笏おうしゃく、王杖を受け取り、そしてサジッターリオ国の大司教から王冠を被せられる。

 その刹那、カプリコルノ国一同の胸が締め付けられ、視界がぼやけたり、鼻の奥がつんと痛みを上げた。

 もっともあからさまに感動していたのは宰相で、サジッターリオ国の楽士たちが盛大に祝福を奏でる中、ハンカチファッツォレット一枚では足りないくらい涕泣していた。

「なんとご立派なお姿でしょう、コラード陛下! これでサジッターリオ国の半分は我が主が頂いたようなものなのですうぅ――」

 フラヴィオが慌てて「こら!」とベルの口を塞ぐ。

 その傍ら、微笑ましそうに玉座に君臨するコラードを眺めているレオーネ国王太子マサムネが、「せやなぁ」と口を開いた。

「ほんま立派になったな、コラード。ヴィットーリアはんも草葉の陰から喜んどるで」

 とマサムネは一呼吸置いた後、自身の右隣――フラヴィオの左隣――にいるルフィーナを一瞥した。

「大丈夫か?」

 笑顔で居ながらも、俯きがちになっているそれは「スィー」と返事をした。

 メッゾサングエがフラヴィオの後妻になったことはこの国でも知らない者はおらず、またカプリコルノ国以上にモストロに馴染みのないこの国でもルフィーナは受け入れられていなかった。

「アレがカプリコルノ陛下の後釜のメッゾサングエ?」

「せめてヴィットーリア王妃陛下にも引けを取らない絶世の美女なのかと思えば……」

「ああ、汚らわしい。こんな神聖な場所に入って来ないで欲しいわ」

 そんな声々がルフィーナの人間よりも利く耳に届いてくる。

「あ…あの、わたし、宮廷の外に出てますね。タロウさんたちだってそうしてるのに、気が利きませんでした。すみませんっ……!」

 とルフィーナがその場から逃げるように駆け出すと、ベルの口を塞いでいたフラヴィオが「どうした!」と慌てて追い駆けていった。

 マサムネがフラヴィオの右隣にいたベルに一歩近寄り、「ところで」と耳打ちする。

「サジッターリオは、アクアーリオと交流続けるんやな」

 と、少し離れたところにいるアクアーリオ国王夫妻を一瞥した。

 現在カプリコルノ国とアクアーリオ国は一切の交流が無く、ベルはその顔を6月の舞踏会以来に見る。

「そうでしょうね。あの日アクアーリオ国はあくまでもうちと敵対したのであって、サジッターリオ国とは直接の因果はありませんから。それにしても、アクアーリオ国王夫妻の足元だけ地震が発生しているのですか?」

「あんさんに戦慄してるんやろ。あの王太子も連れて来とらんみたいやし、舞踏会以降『力の王』より畏怖されてるんちゃう?」

「はぁ、そうですか」

 と淡々と返したベルが、玉座の方へと顔を戻す。

 現在、参列しているサジッターリオ国の貴族から祝辞を受けている真っ最中なのだが、コラードの隣にいるシャルロッテの顔が真っ白になっていた。

「シャルロッテ陛下は、お身体の具合が優れないのではっ……!」

「なんや、悪阻かっ?」

「恐らくは」

 とベルは狼狽しながら、少しのあいだ黙考して「あっ」とマサムネの顔を見た。

「治癒魔法は悪阻には効きませんか?」

「基本は外傷の治癒やから治らんと思うけど、楽にはなるんやろ?」

 とマサムネが見たのは、左隣にいる妻――正室――のスミレ。

 それはアヤメと似た愛らしい顔立ちを「ええ」とやわらかく微笑ませた。

「悪阻を治すことは出来ませんが、楽にはなりますよ。私はタロウやハナ、ナナ・ネネのお陰で快適に辛い時期を乗り越えることが出来ましたから」

「と言ってもなぁ、ルフィーナをこの場に戻すのはアレやし、アラブとテンテン、あとナナ・ネネもカプリコルノで留守番やし……」

「ハナとタロウさんは宮廷の外ですか?」

 とベルが問うと、マサムネが「せや」と頷いた。

「ここの舞踏会のときとかでもそうやけど、あいつらは人目の付かないとこにやっとるから。窓から呼んでみて、来なかったら町の外に行っとるわ」

 ベルは承知すると、足音を立てないように玉座を後にした。

 それを見たフェデリコとアドルフォが念のため護衛として付いて行こうとしたとき、「あの」と呼ぶ声。

 2人が振り返ると、アクアーリオ国王・王妃だった。

「お久しぶりですな、大公閣下、侯爵閣下。折り入ってお願いがあるのですが」

「そろそろ石材にお困りではありませんか? 以前よりもお安く提供して差し上げられますよ」

「ああ、いや、その……」

 とフェデリコ・アドルフォが返答に困っている頃、廊下に出たベルは急いで近くの窓を開けた。

「ハナ、タロウさん!」

 と声高に呼んでみるが、何の反応もなし。

 それもそのはず、宮廷の外は戴冠式に参列できなかったサジッターリオ・カプリコルノ国民で溢れ返り、祝福に歌ったり踊ったりしていた。

(騒がしくて聞こえないだけ?)

 ベルは玉座のある2階から1階へと駆け下り、宮廷の外へと出て行く。

 そこでも2匹を呼んでみたが、反応は無し。これだけの人込み故に、町の外へ行っているようだった。

(早く呼んでこなきゃ……!)

 辺りをきょろきょろと見回すベルを見て、近くの衛兵が声を掛けてきた。

「どうされましたか、カプリコルノ宰相閣下」

「馬を一頭お貸し頂けませんか? 町の外へ行きたいのです」

「それならば馬車をお貸しいたしますよ」

「いえ、町は混み合っていて馬車では思う通りに進みませんし、馬の方が速いので」

 衛兵は承知すると、すぐに馬を引っ張ってきた。

 気を遣ってくれたらしく、とても美しい白馬だった。

 ベルは「ありがとうございます」と言うなり白馬に乗って発進させ、速歩はやあしでサジッターリオ国の町中を駆けていった。

 町の外へと辿り着くその間にも、ハナとタロウの名を声高になって呼んでいく。

 だがやはり2匹は姿を現さず、そのまま町の外へと出た。

「ハナ! タロウさん!」

 市壁の門衛が2匹の行方を教えてくれた。

「ガット・ネーロのお二人ですよね? それならば、レオナルド様・ジルベルト様と思われる方々をお連れになって、立ち入り禁止区域に行かれました」

 ベルが「立ち入り禁止区域?」と鸚鵡返しに問うと、門衛が「はい」と答えた。

「人型モストロ『ピピストレッロ・デッレ・サングエ』の棲息する山です」

 ベルがカンクロ国相手の防衛戦のときに、その力を利用させてもらったモストロだった。

「危険だからとお止めしたのですが……」

「ご心配なさらず。ガット・ネーロのお二人には魔法の盾がありますから。また、私にもその盾が掛かっていますから」

 と、ベルはその山の方へと馬を走らせていった。

 山はとても遠い場所にあるが、2匹の優秀な猫耳には届くかもしれないので、また名を呼びながら向かっていく。

 また、2匹が何故その山にレオナルドとジルベルトを連れて行ったのかと考えたら、何となく察した。

 タロウとハナは、戴冠式だからと一応連れて来られたものの、まだ1歳5カ月でおとなしく参列できるわけがない2人の子守りを引き受けていた。

 それ故――ジルベルトは『おまけ』や『ついで』みたいなものだろうが――モストロや動物を見かける度に喜ぶレオナルドに、ピピストレッロを見せてやりに行ったのだろう。

(レオ様、はしゃいでそうですね)

 と脳裏に絶世の美幼児の愛らしい笑顔が浮かんで、ベルが「ふふ」と笑ったとき、後ろに誰かが乗ったのが分かった。

 腰には腕が回ってくる。

「ハナ?」

 それかタロウか。

 そう思って振り返った刹那、ベルの視界の景色がすり替わった。







 ――サジッターリオ国の山に棲息する人型モストロ『ピピストレッロ・デッレ・サングエ』の生息地付近に来たタロウ・ハナ兄弟が、「にゃーっ」と感嘆の声を上げた。

「信じらんないよ、あたいは。これが1歳5ヶ月の幼児が描く絵だなんて。すでにマサムネより上手いぞ」

「兄弟・従兄弟の中で、レオが一番リコたんの絵の才を受け継いでるんじゃない?」

 2匹の目線の先には、子守り中のレオナルドの姿があった。いつも一緒のジルベルトもいる。

 2人がぐずらないようにと日頃遊んでいる玩具を持って来たのだが、ピピストレッロを見るなりはしばみ色の瞳を煌めかせてはしゃいだレオナルドが、玩具の中から紙と木炭を取り出した。

 そして、紙を地面の上に置くと、近くの木の枝に座っているメスのピピストレッロを木炭一本で一生懸命描き始めた。

 その蝙蝠の翼も、世にも美しい流れるような黒髪も、こちらのことはまるで興味無いと分かるツンとした涼しい横顔も、足の指一本一本も、それだとちゃんと分かるように描いていく。

「ちなみにアッチも本当に幼児か? ていうか人間で良かったか?」

「確実に見たまんまアドぽんを受け継いでるよね」

 アッチ――アドルフォの容姿をそのまんま縮小したジルベルト。

 レオナルドと誕生日が10分違いで同じく1歳5カ月なのだが、近くにあった直径1mの岩を転がして遊んでいる。

「――って?」

 兄妹の黒猫の耳がぴくりと反応した。

 揃ってジルベルトとは反対方向を見ると、そこには戴冠式に参列しているはずのフラヴィオとルフィーナがいた。

 ルフィーナのテレトラスポルトでやって来たことは訊かずとも分かる。

「おお、おまえたちここでレオ・ジルの子守りをしていたのか。そうだな、レオが喜ぶしな」

「うん……ていうか、戴冠式はどうしたんだ2人とも?」

「わたし、こっちの国でも好かれていなくて……」

 とルフィーナが苦笑すると、2匹は理解して「そう」の一言だけ返した。

 フラヴィオが木の枝の上のピピストレッロを指差す。

「ほらルフィーナ、あれがピピストレッロ・デッレ・サングエだ。雪のような肌に紅を塗ったような唇が、とても美しいモストロだろう。人間には一切興味を持たないようで、どうにもこうにも仲間にするのは難しいようだが」

 ルフィーナが「わ」と一歩引いた。

「テレトラスポルト商人の頃に遠目に見た記憶がありますけど、こんなに魔力があるんでしたっけ。わたしの知っている限りだと、ガットの次には来ますよ。これで集団行動するんでしょう?」

「そうなんだ。集団でカンクロ軍をあっという間に焼き払ってしまった」

「恐ろしいですね。ガットは群れませんから、ある意味こっちのピピストレッロの方が強いかもしれません……――って、わぁ! レオナルドさん絵上手ーっ!」

 その場に6人が居たのは、レオナルドが絵を描き終えるまでの30分間。

 岩転がしに飽きたらしいジルベルトは眠り、フラヴィオに背負われて大きな寝息を立てている。

「もう戴冠式終わってパラータが始まってるんじゃないか? こっちの町でのパラータが終わった後、すぐカプリコルノにテレトラスポルトしてパラータだろ?」

 とハナがレオナルドを抱っこしながら訊くと、フラヴィオが頷いた。

「では、遅れてもいかんし戻ってみるか。でも町中には入らないで、市壁の門の外で他の皆を待っていた方が良いか?」

「それがいいよ。フラビーは兎も角、あたいら純モストロやルフィーナさんみたいなメッゾサングエは、こっちの民衆に馴染み薄いからさ」

 タロウが「じゃ、行くよ」と言うなりテレトラスポルトした。

 飛んだのは町の市壁の門のすぐ手前で、驚かせてしまったらしい門衛たちが「うわっ!」と腰を抜かす。

「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 とタロウが問うと、少し怯えた様子で「はい」と返した門衛たちが、立ち上がってから「あれ?」とフラヴィオたちの顔を見回した。

「カプリコルノ宰相閣下は、魔法でもう宮廷へお戻りになったのですか?」

「え?」

 とフラヴィオとルフィーナ、タロウ・ハナ兄妹の声がハモった。

「先ほど、ガット・ネーロのお二方を馬で探しに行かれましたよ。ピピストレッロの山の方へ」

「えっ!」と声を上げたハナが、「ちょっと待ってて!」とテレトラスポルトでベルを探しに行く。

 そして5分後に戻って来るなり、真っ青な顔で叫んだ。

「大変だ! ベルがいないぞ!」


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