酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

文字の大きさ
210 / 303

第40話ー5

しおりを挟む
 ――引っ越した場所は、カクタス町よりは王都に近い場所にあるらしい副都イビスコだった。

 付近にとても大きな川がある離宮の無い町で、祭りでもないのに雑踏していた。

 ワン・ジンが選んできたのは戦死したらしい将軍の庭園付きの豪邸で、商店街に近い場所にあるようだった。

 そのため邸宅の前は特に人通りが激しく、家の中でも喧噪が聞こえてくる。

 ベルがどんなに声を張り上げ、ここにいるのだと訴えても、掻き消されてしまうような感じがした。

(フラヴィオ様、私はここです)

 フラヴィオ様――

(大丈夫です)

 フラヴィオ様――

(私は生きています)

 フラヴィオ様――

(無論きちんと大国を持って帰ります)

 フラヴィオ様――

(愛しています……愛しています、フラヴィオ様。7番目の天使ベルナデッタは、永遠にフラヴィオ様だけを愛しています)

 どうやったらこの声が届くだろう。

 フラヴィオに伝える絶好の機会だった結婚式は無くなり、石材貿易も無くなってカプリコルノとの交流も途切れた。

 それでも離宮に居たならいつかはレオーネ国の密偵に見つけてもらうことが出来ただろうに、それも無い町に来てしまった。

 その上さらに、外出は許されないという。

(でもやはり、頼りになるのはレオーネ国の密偵……なんとしてでも気付いていただかなければ)

 牀の中、ワン・ジンが顔を覗き込んで来る。

 不安げに揺れている瞳があった。

「怒ってるのか?」

 殺したいくらいだ。

 でも「はい」と答える程度にしておく。

「ワン・ジン様はエミの願いを叶えてはいただけないのですね」

「わ、悪かった。カプリコルノ国王に関わること以外なら、なんでも叶えてやるから機嫌を直せ」

 と寝間着を脱がそうと、ワン・ジンの手が伸びてくる。

 背を向けて横臥した――避けた。

 すぐに肩を掴まれて仰向けに直されたが、顔はそっぽを向いたままでいる。

 顔まで正面を向いたらバーチョをされる。それが一番嫌だった。

「なぁ、おい……」

 困っているような、怒っているような声。

 黙っていたら、こう訊いてきた。

「何が欲しいんだ?」

 ベルは少しのあいだ考えて、「楽器を」と答えた。

 外出さえも許されないのなら、近所迷惑にならないよう昼間だけでも窓を開け、町の喧噪の中に大きな音を響かせて、自身の居場所をレオーネ国の密偵に伝えようと思った。

 レオーネ国の密偵はガットやそのメッゾサングエ故に耳が利くのだから、音を出すことは良案だった。

「楽器か、分かった。じゃあ……明日『そう』でも持って来る」

 その顔を見る。

「ソウ?」

「弦楽器だ。俺はこれの音色が好きなんだ。昔レオーネ国にも伝わってて、向こうではたしか『こと』と呼ばれていた」

 それは尚のことレオーネ国の密偵の注意を引けるように感じた。

「それでいいか?」

「はい。エミはこれから毎日、ワン・ジン様のために筝を奏でましょう――」

 ――その宣言通りに日々を過ごした。

 カンクロ国について勉強する一方で、毎日毎日筝を弾いた。

 カプリコルノの弦楽器に関してもそうだが、最初のうちは指が痛くなったり、強く弦を弾けなくて音が小さかったりした。

 でも痛みに関してはリエンの治癒魔法で治ったし、懸命に弦を強く弾いてイビスコ町に音色を響かせた。

 日に日に塀の外に民衆が集まるようになり、ワン・ジンもうっとりと聴き惚れるようになった頃――10月末。

「凄いヨ、王妃陛下! 塀の外にお客がいっぱいいるヨー!」

「そうですか、リエンさん」

 とベルは窓を開け、その手前に置いている筝の前に正座する。

(この調子ならば、そろそろレオーネ国の密偵にも気付いていただけるでしょう)

 と弦を強く弾き、本日も優雅な音色を町に響かせる。

 それから5分ほど経ったときのことだった――

「――うっ……」

 と、ベルが口元を押さえた。

 真っ青になっているその顔を見て、すぐさまテレトラスポルトで桶を持って来たリエン。

 察した通り、嘔吐したベルを見て狼狽した。

「どうしたノ、王妃陛下! さっき食べた朝餉に毒でも入ってたノ!? ま、まさか王太后陛下が――」

「リエンさん」

 ベルが腹部を押さえている。

 緊張した面持ちがあった。

「今日は、何日ですか……?」

「え……?」

 答えを返す余裕が無かった。

 リエンはベルの腹部に手を当てた後、テレトラスポルトして宮廷に飛び、宮廷医を呼んで来る。

 ベルとは初対面だったが、一目で察したようだった。

「――なんと、王妃陛下ですかっ……!」

 一通りの挨拶を済ませた後、リエンから事情を聞いている宮廷医が診察を始める。

 ベルとリエン、双方にとって案の定の結果が待っていた。

「おめでとうございます、王妃陛下。ご懐妊です」

 普通はこういうとき、歓喜の声が沸くものなのだろう。

 でも、部屋の中は静寂に包まれた。

(待って…待って……)

 ベルを嫌な動悸が襲う。

(どっちの子……?)

 筝を演奏することに必死になっていて、月のものが遅れていることに気付かなかった。

 先月のことを思い返してみる。

 月のものは、大抵が予定の日付ぴったり来ていた。

 でもたまに一日や二日ズレて来たことを考えると、フラヴィオの子とワン・ジンの子、どちらの可能性もあった。

「王妃陛下っ……」

 リエンがベルの両手を握り締めた。

 その様子から、同様に嫌な動悸を感じているのが伝わってきた。

 それは何故?

(フラヴィオ様の子だから……?)

 リエンならどっちの子か分かるはずだ。

 何故ならワン・ジンの子ならばメッゾサングエで魔力があり、モストロならばお腹に触れることでそれを感じるからだ。

「リ…リエンさん、あの……――」

 ワン・ジンが部屋の戸口に現れた。

「どうした、エミ! リエンが医者を連れてテレトラスポルトしたって聞いたんだが!」

 硬直した2人の傍ら、宮廷医がワン・ジンに笑顔を向けてもう一度「おめでとうございます」と言った。

「王妃陛下がご懐妊ですよ、陛下」

「――えっ!?」

 と声を上げたワン・ジンが、躓いて転びそうになりながらベルに駆け寄って来た。

「本当か!」

 と、ベルの腹部に腹を当てる。

 ベルに尚のこと緊張が走ったそのとき、リエンが満面の笑みになって声高にこう言った。

「おめでとウ、ご主人様! 世継ぎが出来たネ! ご主人様はメッゾサングエだから分かり辛いだろうけド、リエンには分かるヨ! 王妃陛下のお腹から、小さい小さい、とってもとっっっても小さい魔力を感じるよ!」

「そうか、流石だなリエンっ……! そうだよな、元々カーネ・ロッソって魔力が低いし、三分の一となったら魔力が小さ過ぎて腹越しには分からんか。ああいや、別にそんなことはいいんだエミ! 無事に俺の子を生んでくれ!」

 この日を境に、副都イビスコから筝の音色が消えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...