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第46話ー3
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――午前9時から開始されるパラータの数分前。
真冬の寒空の下、王都オルキデーアに集まった民衆は殺気立ち、手には石やゴミ、食べ物、武器、ガラスの破片、動物の死骸、家畜の糞の入った袋などが持たれていた。
また、いつものパラータには皆精一杯着飾って来るのだが、そういう者はほとんど見えず。
中央通りを通る馬車を邪魔するように、車道にまで民衆が犇めき合っていた。
「いいか、皆! 狙うはメッゾサングエ王妃とそのガキ2匹だ! 陛下には当てるなよ!」
「それは無理よ。アタシ命中力ないもの。でも大丈夫よ。陛下には魔法の盾が掛かっているだろうし、そんなもの無くなって、陛下に届く前に大公閣下やドルフ閣下が防いでくれるから」
「そうね、気にせず投げましょう。あ、でも、メッゾサングエ王妃にも当たらないのは一緒じゃない? それじゃ意味ないわ」
「いいんだよ、俺たちがどれだけ忌み嫌ってるか伝われば」
「そうだね。ああ、汚らわしい! よくも陛下の高貴な血を穢しやがって、あのメッゾサングエ女! あたしは矢を300本持ってきたんだ! 魔法の盾なんて破壊して、大逆罪になったってあの女もガキ2匹も殺してやるよ!」
民衆のひとりが、「見て!」と宮廷の大手門を見上げながら指差した。
そこからいつものパラータの3倍はいようか数の宮廷楽士たちが出て来て、坂を小走りで下りてくる。
そしてパラータ開始位置付近に、馬車の邪魔にならないよう整列した。
町に少しどよめきが起こる。
「なんかいつものパラータと違う? いつもは宮廷楽士たち、馬車の後ろに付いてたのに。ていうか、何この数……まるで今までで一番盛大なパラータが始まるみたいじゃない」
「ねぇ、宮廷楽士長」
とひとりが声を掛けると、振り返ったそれは顔色が悪くなっていた。
民衆の顔を見回し、声を震わせる。
「皆、悪いことは言わない。手に持っている物を捨てるんだ。今すぐにっ……」
「はぁ? 嫌よ。何でよ」
その直後、大手門の方から聞こえて来たリエンの声――
「はーイ、どいたどいたー! ベルナデッタ女王陛下のお通りネーッ!」
民衆が一斉に大手門の方を見上げる。
どよめきが大きくなった。
「――なっ、なんだなんだ……!? 今日って女王陛下の誕生日パラータの間違いだったか! うわぁ、今日の女王陛下すげぇ綺麗だなーっ!」
「違うわよ、女王陛下のお誕生日は9月よ。女王陛下をよく見て……金髪の赤ん坊を抱っこしてる!」
「待て、何かおかしいぞ…! 何でこんなに武装したカンクロ国の将軍が来てるんだよ……!」
馬車が中央通りに近付くにつれ、民衆が慌てて車道から歩道に移動していく。
さらにカンクロ女王の後には続けて、ここカプリコルノ国王の馬車、レオーネ国王夫妻の馬車、サジッターリオ国王・女王の馬車、ヴィルジネ国王夫妻の馬車と続き、町が騒然としていく。
「凄いわ…! こんな豪華なパラータ見たことない……!」
「って、あれ? あのメッゾサングエ王妃がいないぞ!」
「もしかしなくてもコレ、皆あのメッゾサングエ王子と王女の味方ってこと……!?」
先頭のカンクロ女王の馬車が中央通りに入る一歩手前で止まる。
その後ろに付いている各国の国王たちの馬車も止まると、町中の空気が張り詰めていった。
ベルが宮廷楽士長に向けて、すっと手を挙げる。
王都オルキデーアに鳴り響く、盛大なファンファーレ。
「ごきげんよう、親愛なる国民の皆様」
と満面の笑みを作ったベルの栗色の瞳が、視界に入るすべての民衆の顔を捕えていく。
「さぁ、どうぞ……やれるものならやってごらんなさい」
馬車が中央通りに向かって進み出すと、町が凍り付いていった。
いつもの歓声が無い分、楽士たちの盛大な演奏はより遠くまで響き渡っていく。
栗色の瞳を真っ直ぐに見つめ返すことが出来ず、民衆の目が横や下、斜め、上に向かって逸れていく。
震える手は持っていた物を落とし、跪いていく者たちが現れる。
「だ…誰か、早くやれよっ……!」
「む、無理よっ……女王陛下に当たっちゃったらと思うと怖くて……!」
「当たらなくても、顔を覚えられたらと思うだけでっ…! やれよって言う奴がやればいいだろ……!」
「オレに五国の陛下を敵に回す勇気がねぇから言ってんだよっ……!」
そんな大人たちの一方で、小さな子供たちの無邪気な声が張り詰めた空気を破る。
「わぁ、女王陛下とってもキレイ!」
「王様たちみんなキラキラしてる!」
「アレッサンドロでんか、シルヴィアでんか、はじめまして!」
優しい笑顔を返したベルとフラヴィオが、アレッサンドロとシルヴィアに手を振らせると、子供たちが「わー!」とはしゃいだ。
それに便乗するように、徐々に歓声や拍手が増えていく。
そんなに盛り上がっているわけでは無いが、満ちていた殺意はやがて王都オルキデーアから消えていった。
またその現象は、続け様にパラータが行われたサジッターリオ国の王都でも起こった。
「癒しですねぇ、純真無垢な子供たちの笑顔というのは。トーレが生まれてから、よりそう思います」
とベルがサジッターリオ国の子供たちに手を振りながら言うと、馬車の御者を務めているリエンが「そうだネ」と返した。
「人間は子供のうちだけが可愛いネ。違う人間もいるんだろうけド、人間て大人になるとどうしてああなっちゃうんだろウ。特にアレックス殿下とシルビー殿下にハ、何の罪もないのニ。リエン、ご主人様を思い出して嫌な気持ちになるヨ」
リエンのご主人様――ワン・ジン。
ベルが「そうですね」と呟いて、アレッサンドロを守るように抱き締めた。
ワン・ジンを思い出す度に、少し胸が痛むのを感じる。
「でモ、アレックス殿下とシルビー殿下はきっと大丈夫ネ。リエンのご主人様とは違っテ、こんなにヤバイ味方たちがいるんだかラ!」
リエンが振り返って「でショ?」とベルの顔を見えた。
笑いながら「スィー」と返したベルが、アレッサンドロの金の髪を撫でる。
「あなたやシルビー様には、いつだって私たちが付いていますからね。特に私は、あなたたちのもうひとりの母なのですから」
「ご主人様みたいに捻くれないで育つんだヨー」
ハナがぱっとリエンの隣――御者席に現れた。
黒猫の耳を動かしながら、興奮気味の様子だった。
「なぁなぁ、ベル。聴こえるか?」
と、現在サジッターリオ国の宮廷方面へと向けて馬車が進んでいるのだが、そちらの方をハナが指差した。
「あたい子供の頃からカプリコルノに来てるから、こっちの方の国の楽器演奏を何百回と聴いてるけどさ? その中でも、飛び抜けて上手いって分かるヴィオリーノ演奏が聴こえてくるよ。パラータの後ろから付いて来てる楽士たちじゃなくて、サジッターリオの宮廷の中――庭かな? そこからだ」
「ふむ。残念ながら、私にはまだ聴こえませんが……」
ベルはふと思い出す。
(マヤ殿下お気に入りのヴィオリニスタでしょうか)
先月フラヴィオは、お年玉の代わりに素晴らしい出来の高級ヴィオリーノをマヤに贈っている。
マヤはそれを、お気に入りのヴィオリニスタにあげるのだと言っていた。
宮廷を見てみると、それはまだ小さく映る。
その付近にカラスのようなものが飛んでいるのが見えたとき、ハナが「む」と言ってふとベルとアレッサンドロにバッリエーラを10枚追加した。
「あれ、ピピストレッロだ」
ピピストレッロことピピストレッロ・デッレ・サングエは、サジッターリオ国の町から遠く離れた山に棲息する人型モストロだ。
世にも美しい黒髪と、雪のように白い肌。
紅い瞳と、紅を塗ったような唇。
そして蝙蝠の翼を持っていた。
リエンが「ヒィィィィ」と声を上げた。
「あれっテ、カーネ・ロッソを瞬殺したっていう噂のモストロォォォ!?」
「ああ、そうだ。リエンとテンテンは、あんまり無闇に彼らの山に行かない方がいいぞ。人型モストロは共通して賢いから、もしかしたらカーネは敵として覚えられてるかもしれないからな。ちなみにたぶん、悔しいことにレオの一番好きなモストロだ。あたいらガットを見たときよりはしゃぐんだよな、レオ」
と口を尖らせるハナの傍らで、ベルは不審に思いながら空を飛んでいるピピストレッロを眺めていた。
それは宮廷の上空を円を描くように飛んでいる。
ピピストレッロは普段、人と関わらずに生きていくモストロだ。
(それがどうしてこんな町中に……)
ハナが「あ」と黒猫の耳を動かした。
「終わっちゃったよ、ヴィオリーノの演奏。残念、本当に上手かったのに。ありゃたぶん、天才かヴィオリーノの神か何かだな」
「そんなにですか」
「ああ。ベルも楽器上手いけど、さっきのと並んだら子供の演奏に聴こえちゃうかもな」
「なんと……それは是非聴いてみたいですね」
「聴けるんじゃないか? きっと宮廷楽士だろうし、5月のリナルドとマヤ王太女殿下の結婚式とかで」
今度はリエンが「あ」と言った。
宮廷の上空を指差す。
「ピピストレッロがどこかへ飛んでいくヨ」
その生息地の山がある方向だった。
ハナがほっと安堵の溜め息を吐く。
「良かった良かった、帰ったみたいだ。町が炎の海にされちゃうんじゃないかと心配したよ。いや、ならないかな? 民家の半分以上がもう石造りに建て直されてるし。賢明だな、サジッターリオ国王・女王陛下は」
ベルは「そうですね」と同意しながら、去って行くピピストレッロを目で追っていった。
以前見たことがある故に知っているが、ピピストレッロは先ほどのように空に円を描いて悠々と飛ぶ一方で、クロスボウの矢のような速度でも飛ぶ。
ベルの目にカラスのような大きさで映っていたそれは、あっという間に米粒のような大きさになって、見えなくなっていった。
一抹の不安を覚え、胸の中に霧が掛かる。
(何も起こらないと良いのですが……)
真冬の寒空の下、王都オルキデーアに集まった民衆は殺気立ち、手には石やゴミ、食べ物、武器、ガラスの破片、動物の死骸、家畜の糞の入った袋などが持たれていた。
また、いつものパラータには皆精一杯着飾って来るのだが、そういう者はほとんど見えず。
中央通りを通る馬車を邪魔するように、車道にまで民衆が犇めき合っていた。
「いいか、皆! 狙うはメッゾサングエ王妃とそのガキ2匹だ! 陛下には当てるなよ!」
「それは無理よ。アタシ命中力ないもの。でも大丈夫よ。陛下には魔法の盾が掛かっているだろうし、そんなもの無くなって、陛下に届く前に大公閣下やドルフ閣下が防いでくれるから」
「そうね、気にせず投げましょう。あ、でも、メッゾサングエ王妃にも当たらないのは一緒じゃない? それじゃ意味ないわ」
「いいんだよ、俺たちがどれだけ忌み嫌ってるか伝われば」
「そうだね。ああ、汚らわしい! よくも陛下の高貴な血を穢しやがって、あのメッゾサングエ女! あたしは矢を300本持ってきたんだ! 魔法の盾なんて破壊して、大逆罪になったってあの女もガキ2匹も殺してやるよ!」
民衆のひとりが、「見て!」と宮廷の大手門を見上げながら指差した。
そこからいつものパラータの3倍はいようか数の宮廷楽士たちが出て来て、坂を小走りで下りてくる。
そしてパラータ開始位置付近に、馬車の邪魔にならないよう整列した。
町に少しどよめきが起こる。
「なんかいつものパラータと違う? いつもは宮廷楽士たち、馬車の後ろに付いてたのに。ていうか、何この数……まるで今までで一番盛大なパラータが始まるみたいじゃない」
「ねぇ、宮廷楽士長」
とひとりが声を掛けると、振り返ったそれは顔色が悪くなっていた。
民衆の顔を見回し、声を震わせる。
「皆、悪いことは言わない。手に持っている物を捨てるんだ。今すぐにっ……」
「はぁ? 嫌よ。何でよ」
その直後、大手門の方から聞こえて来たリエンの声――
「はーイ、どいたどいたー! ベルナデッタ女王陛下のお通りネーッ!」
民衆が一斉に大手門の方を見上げる。
どよめきが大きくなった。
「――なっ、なんだなんだ……!? 今日って女王陛下の誕生日パラータの間違いだったか! うわぁ、今日の女王陛下すげぇ綺麗だなーっ!」
「違うわよ、女王陛下のお誕生日は9月よ。女王陛下をよく見て……金髪の赤ん坊を抱っこしてる!」
「待て、何かおかしいぞ…! 何でこんなに武装したカンクロ国の将軍が来てるんだよ……!」
馬車が中央通りに近付くにつれ、民衆が慌てて車道から歩道に移動していく。
さらにカンクロ女王の後には続けて、ここカプリコルノ国王の馬車、レオーネ国王夫妻の馬車、サジッターリオ国王・女王の馬車、ヴィルジネ国王夫妻の馬車と続き、町が騒然としていく。
「凄いわ…! こんな豪華なパラータ見たことない……!」
「って、あれ? あのメッゾサングエ王妃がいないぞ!」
「もしかしなくてもコレ、皆あのメッゾサングエ王子と王女の味方ってこと……!?」
先頭のカンクロ女王の馬車が中央通りに入る一歩手前で止まる。
その後ろに付いている各国の国王たちの馬車も止まると、町中の空気が張り詰めていった。
ベルが宮廷楽士長に向けて、すっと手を挙げる。
王都オルキデーアに鳴り響く、盛大なファンファーレ。
「ごきげんよう、親愛なる国民の皆様」
と満面の笑みを作ったベルの栗色の瞳が、視界に入るすべての民衆の顔を捕えていく。
「さぁ、どうぞ……やれるものならやってごらんなさい」
馬車が中央通りに向かって進み出すと、町が凍り付いていった。
いつもの歓声が無い分、楽士たちの盛大な演奏はより遠くまで響き渡っていく。
栗色の瞳を真っ直ぐに見つめ返すことが出来ず、民衆の目が横や下、斜め、上に向かって逸れていく。
震える手は持っていた物を落とし、跪いていく者たちが現れる。
「だ…誰か、早くやれよっ……!」
「む、無理よっ……女王陛下に当たっちゃったらと思うと怖くて……!」
「当たらなくても、顔を覚えられたらと思うだけでっ…! やれよって言う奴がやればいいだろ……!」
「オレに五国の陛下を敵に回す勇気がねぇから言ってんだよっ……!」
そんな大人たちの一方で、小さな子供たちの無邪気な声が張り詰めた空気を破る。
「わぁ、女王陛下とってもキレイ!」
「王様たちみんなキラキラしてる!」
「アレッサンドロでんか、シルヴィアでんか、はじめまして!」
優しい笑顔を返したベルとフラヴィオが、アレッサンドロとシルヴィアに手を振らせると、子供たちが「わー!」とはしゃいだ。
それに便乗するように、徐々に歓声や拍手が増えていく。
そんなに盛り上がっているわけでは無いが、満ちていた殺意はやがて王都オルキデーアから消えていった。
またその現象は、続け様にパラータが行われたサジッターリオ国の王都でも起こった。
「癒しですねぇ、純真無垢な子供たちの笑顔というのは。トーレが生まれてから、よりそう思います」
とベルがサジッターリオ国の子供たちに手を振りながら言うと、馬車の御者を務めているリエンが「そうだネ」と返した。
「人間は子供のうちだけが可愛いネ。違う人間もいるんだろうけド、人間て大人になるとどうしてああなっちゃうんだろウ。特にアレックス殿下とシルビー殿下にハ、何の罪もないのニ。リエン、ご主人様を思い出して嫌な気持ちになるヨ」
リエンのご主人様――ワン・ジン。
ベルが「そうですね」と呟いて、アレッサンドロを守るように抱き締めた。
ワン・ジンを思い出す度に、少し胸が痛むのを感じる。
「でモ、アレックス殿下とシルビー殿下はきっと大丈夫ネ。リエンのご主人様とは違っテ、こんなにヤバイ味方たちがいるんだかラ!」
リエンが振り返って「でショ?」とベルの顔を見えた。
笑いながら「スィー」と返したベルが、アレッサンドロの金の髪を撫でる。
「あなたやシルビー様には、いつだって私たちが付いていますからね。特に私は、あなたたちのもうひとりの母なのですから」
「ご主人様みたいに捻くれないで育つんだヨー」
ハナがぱっとリエンの隣――御者席に現れた。
黒猫の耳を動かしながら、興奮気味の様子だった。
「なぁなぁ、ベル。聴こえるか?」
と、現在サジッターリオ国の宮廷方面へと向けて馬車が進んでいるのだが、そちらの方をハナが指差した。
「あたい子供の頃からカプリコルノに来てるから、こっちの方の国の楽器演奏を何百回と聴いてるけどさ? その中でも、飛び抜けて上手いって分かるヴィオリーノ演奏が聴こえてくるよ。パラータの後ろから付いて来てる楽士たちじゃなくて、サジッターリオの宮廷の中――庭かな? そこからだ」
「ふむ。残念ながら、私にはまだ聴こえませんが……」
ベルはふと思い出す。
(マヤ殿下お気に入りのヴィオリニスタでしょうか)
先月フラヴィオは、お年玉の代わりに素晴らしい出来の高級ヴィオリーノをマヤに贈っている。
マヤはそれを、お気に入りのヴィオリニスタにあげるのだと言っていた。
宮廷を見てみると、それはまだ小さく映る。
その付近にカラスのようなものが飛んでいるのが見えたとき、ハナが「む」と言ってふとベルとアレッサンドロにバッリエーラを10枚追加した。
「あれ、ピピストレッロだ」
ピピストレッロことピピストレッロ・デッレ・サングエは、サジッターリオ国の町から遠く離れた山に棲息する人型モストロだ。
世にも美しい黒髪と、雪のように白い肌。
紅い瞳と、紅を塗ったような唇。
そして蝙蝠の翼を持っていた。
リエンが「ヒィィィィ」と声を上げた。
「あれっテ、カーネ・ロッソを瞬殺したっていう噂のモストロォォォ!?」
「ああ、そうだ。リエンとテンテンは、あんまり無闇に彼らの山に行かない方がいいぞ。人型モストロは共通して賢いから、もしかしたらカーネは敵として覚えられてるかもしれないからな。ちなみにたぶん、悔しいことにレオの一番好きなモストロだ。あたいらガットを見たときよりはしゃぐんだよな、レオ」
と口を尖らせるハナの傍らで、ベルは不審に思いながら空を飛んでいるピピストレッロを眺めていた。
それは宮廷の上空を円を描くように飛んでいる。
ピピストレッロは普段、人と関わらずに生きていくモストロだ。
(それがどうしてこんな町中に……)
ハナが「あ」と黒猫の耳を動かした。
「終わっちゃったよ、ヴィオリーノの演奏。残念、本当に上手かったのに。ありゃたぶん、天才かヴィオリーノの神か何かだな」
「そんなにですか」
「ああ。ベルも楽器上手いけど、さっきのと並んだら子供の演奏に聴こえちゃうかもな」
「なんと……それは是非聴いてみたいですね」
「聴けるんじゃないか? きっと宮廷楽士だろうし、5月のリナルドとマヤ王太女殿下の結婚式とかで」
今度はリエンが「あ」と言った。
宮廷の上空を指差す。
「ピピストレッロがどこかへ飛んでいくヨ」
その生息地の山がある方向だった。
ハナがほっと安堵の溜め息を吐く。
「良かった良かった、帰ったみたいだ。町が炎の海にされちゃうんじゃないかと心配したよ。いや、ならないかな? 民家の半分以上がもう石造りに建て直されてるし。賢明だな、サジッターリオ国王・女王陛下は」
ベルは「そうですね」と同意しながら、去って行くピピストレッロを目で追っていった。
以前見たことがある故に知っているが、ピピストレッロは先ほどのように空に円を描いて悠々と飛ぶ一方で、クロスボウの矢のような速度でも飛ぶ。
ベルの目にカラスのような大きさで映っていたそれは、あっという間に米粒のような大きさになって、見えなくなっていった。
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