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第47話ー1 5番目の天使の婚姻
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5月末日のカプリコルノ国。
本日は3年前に亡くなった前王妃ヴィットーリアの命日故に、カンクロ・レオーネ・サジッターリオ・ヴィルジネ一同が訪れている。
カンクロ国代表の内閣大学士や女王の女官リエンは、ヴィットーリアの顔すら知らないのだが、カプリコルノ国は事実上同国であり、女王での母国でもあるのを理由にやって来ていた。
時刻は現在、午後0時過ぎ。
未明の時間帯から始まっている民衆の墓参りがまだ終わっておらず、宮廷オルキデーア城の3階にある居間の中でそれぞれが時間を潰している。
「レオがハーゲンからもらった本を読むために、家庭教師の下でサジッターリオ語を勉強し始めた?」
と、コラードがレオナルドの姿を探すと、それは窓際に設置しているチェス盤の椅子にジルベルトと向かい合って座っている。
と言ってもチェスの勝負をしているのではなく、ピピストレッロの本を開いて恍惚と眺めていた。
「この辺の三国の共通語はカプリコルノ語にするべきだと思ってるけど……まぁ、覚えたいならねぇ? 苦労しないですぐに覚えると思うわ。レオが赤ちゃんの頃から私がサジッターリオ語で話し掛けてたし」
とシャルロッテが、レオナルドの下へ歩いていった。
「貸して」と言ってピピストレッロの本を受け取る。
「こんなものがうちの図書室にあったとはね」
と本をパラパラとめくっていくと、8割は野生のピピストレッロの絵になっていて、画集に近いものになっている。
それを覗き込んで、マヤが「まあ」と顔を赤くした。
「ハーゲンったら、こんなものをレオナルド様に差し上げるなんて。3つのレオナルド様にはまだ早くてよ」
というのも、ここカプリコルノ国のコニッリョや、レオーネ国のガットに関してもそうだが、野生となれば裸でいるのも少なくなかった。
ピピストレッロの本には、裸のオスメスも描かれている。
「別にええんちゃう? うちの国の春画とちゃうんやし」
とマサムネがピピストレッロの本をレオナルドに返してやると、それはまた絵に見惚れている。
「ところで、アレ困ってへん?」
アレ――ソファに掴まって立っているサルヴァトーレ。
それは少し離れたところにいる父と叔父2人に、躍起になって呼ばれていた。
「トーレ、こっちだトーレ! おまえを一番愛している父上はこっちだぞー! おまえの大好きな父上はこっちだぞー、こっちこっち!」
「トーレ、こっちだトーレ! フェーデ叔父上はこっちだぞー! おまえを賢くしてやるフェーデ叔父上はこっちだぞー、こっちこっち!」
「トーレ殿下、こっちだトーレ殿下! ドルフ叔父上はこっちだぞー! 傍にいるだけで敵が逃げていくドルフ叔父上はこっちだぞー、こっちこっち!」
「だから何でおまえたちも呼ぶのだ、下がっていろ! ほーらトーレ、大好きな父上のところに来るのだー」
「私だって叔父上なんですから良いでしょう、兄上! ほーらトーレ、フェーデ叔父上のところに来ると賢くなれるぞー」
「そんなに必死になって、トーレ殿下に選んでもらう自信がないんですか、陛下? ほーらトーレ殿下、ドルフ叔父上のところに来ると安全に生きられるぞー」
「駄目だトーレ、父上のところなのだ!」
「違うぞトーレ、フェーデ叔父上のところだ!」
「いーやトーレ殿下、ドルフ叔父上のところに来るんだ!」
サルヴァトーレが3人の顔を見て硬直している。
ハナがベルに耳打ちした。
「トーレは明日で1歳だけど、もうすでに人の心を読むようになってるんじゃないか? きっと誰のところに行っても空気が悪くなることを気にしてるんだ」
「だったら、こんなことにはならないと思うのですが」
ハナが「こんなこと?」と鸚鵡返しに問うと、ベルがフラヴィオたちの傍に膝を突いた。
「はーいトーレ、母上はこっちですよー」
と言い終わるか終わらないかのうちに、それは嬉しそうに「あー」と笑い、よちよち歩きで母の下へ歩いて行ってその腕の中に落ち着いた。
笑いが起こる居間の中、フラヴィオたち3人の口が尖っていく。
「ちょっと待て、アモーレはずるいのだ!」
「そうだぞ、ベル。流石に君は反則だ」
「母親が出て来たら俺たちが負けるに決まってるだろう」
ベルは「はいはい」と溜め息交じりに返すと、「どうぞ」と3人に向かってサルヴァトーレを差し出した。
3人同時に手を伸ばしたが、こうなった場合、フェデリコとアドルフォはぐっと我慢して国王に譲ることになっている。
よって、今度は父の腕へ移ったサルヴァトーレ。
「おーよしよし、トーレ。母上の次は、フェーデ叔父上でもドルフ叔父上でもなく、この父上が大好きかー。そーかそーか」
とデレデレの父に顔中にキスをかまされる。
「――って、ん?」
ふとサルヴァトーレの金の髪がふわりと靡き、フラヴィオが窓辺を見た。
しかし窓は閉まっている。
「誰か風魔法を使っているか?」
モストロやメッゾサングエが「え?」と返した後、一呼吸置いて「あ」と双子メッゾサングエ――アレッサンドロとシルヴィアに顔を向けた。
「おお! アレックス、シルビー、おまえたち風魔法を使ってるのか!」
と、興奮気味の2人の伯父――アラブ。
意識しなければ分からないくらいの微弱な魔法の風が、部屋の中を流れていた。
「生後5ヶ月で初魔法か、四分の一のメッゾサングエにしては早かったやん。2人共もう卒乳したん?」
とマサムネがルフィーナに問うと、それは「スィー」と複雑そうな笑顔を見せた。
「つい先日、2人とも母乳を欲しがらなくなりました。やっぱりティグラートの血が入ってるので、今はもう陛下が焼いてくださるビーフステーキに夢中で。見た目は人間の赤ちゃんの生後5ヶ月と変わりませんが、乳歯はもう生え揃っていますし、しっかりとした足取りで駆け回りますし……成長が早すぎて、母親としてはちょっと寂しくて」
「そうかもしれませんけど、ありがたいことです。お二人には早めに言葉や文字を勉強していただき、まずは一番簡単な治癒魔法グワリーレだけでもすぐに習得していただかなければ」
「そうですね、ベルさん。可愛い担当はサルヴァトーレ殿下ですしねー」
とサルヴァトーレが、今度はルフィーナの腕へと移る。
「今日も、とってもとっても可愛いですねーえ? アレックスやライモンド殿下と比べるとおとなしいし、未だにさーっぱり男の子に見えませんよー?」
「や、止めてくださいルフィーナさん……」
「もう潔く諦めましょうよ、ベルさん。サルヴァトーレ殿下は男の子の才がありませんから、このまま『王太女』として育てましょう」
「いえちょっと、1歳で諦めるのは早すぎますからっ……!」
そこへ、居間の扉を叩く音がした。
家政婦長ピエトラの声が聞こえてくる。
「陛下、アクアーリオ国王陛下と王妃陛下、王太子殿下がいらっしゃいました」
それを聞いたカプリコルノ一同が、眉を顰めて顔を見合わせる。
誰かアクアーリオ国を呼んだのかと、どの顔も問うていたが、首を縦に振る者はいない。
ヴァレンティーナが急いで戸口へと駆けて行った。
すぐに扉を開け、そこに立っているアクアーリオ国王夫妻と王太子に恭しくお辞儀する。
「こんにちは、アクアーリオ陛下、王妃陛下、王太子殿下。もしかして、母上のお墓参りに来てくださったのですか?」
「ああ、そうなんだ王女殿下。わ、我々もよろしいですかな……?」
と顔色の悪いアクアーリオ国王が、おそるおそる居間の中を覗き込むなり「ひっ」と声を上げる。
すぐそこに、冷然とした蒼の瞳を光らせるカプリコルノ国王と、泣く子も黙る形相のカンクロ女王がいらっしゃった。
2人に振り返ったヴァレンティーナが頬を膨らませた後、アクア―リオ国王たちに顔を戻して笑顔になる。
「もちろんです、ありがとうございます。天国の母上もきっと喜びます。今はまだ国民がお墓参りをしておりますので、居間の中でお待ちください」
と3人をソファに案内する。
しかし、アクアーリオ王太子だけは居間に一歩入ったところで立ち止まった。
それを見たマサムネの猫4匹から溜め息が漏れる。
「はいはい、あたいらモストロとメッゾサングエは外に出てるよ」
「何でネ、ハナ? リエン、まだ女王陛下が作ってくれたパンケーキ食べ終わってないヨ」
「アクアーリオはまだモストロに馴染みなくってさ。だからほら、ふわふわトルタの皿持って中庭に行くぞリエン」
モストロとメッゾサングエがテレトラスポルトで居間を去った後、アクアーリオ王太子がようやく歩き出して両親と共にソファに腰掛ける。
正面のソファにカプリコルノ国王とカンクロ女王が座ろうとしたら、ヴァレンティーナが小声で「ダメ!」と言って押しやった。
代わりにヴァレンティーナがソファに座り、アクアーリオ国王たちと談笑を始める。
フラヴィオが口を尖らせながらベルに耳打ちする。
「なんかティーナ、ついに反抗期に入ったんじゃないか?」
「ちょっとそんな気がするのです」
「いや、カプリコルノ国王とカンクロ女王が殺気ムンムンだからだって。オレも人のこと言えないけど」
とサジッターリオ国王コラードが、アクアーリオ王太子に軽蔑の眼差しを向けながら続ける。
「急にどういうつもりだろうな。やっぱあのクソ王太子とティーナの結婚が目的だろうな。あー、ヤダヤダ」
「ティーナ様の視界に入るだけで汚らわしいのです」
「やはりアクアーリオは駄目だ。ヴィットーリアやティーナのことだけでなく、さらにアモーレ失踪事件のときにも一役買っていたと思うと許せんわ」
「いい機会だからこの場で殺りましょう、父上。大丈夫です、コニッリョは見ていません」
フェデリコとアドルフォが小声で口を挟む。
「3人とも落ち着いて。先日もちょっと話したが、もしかしたらアクアーリオ王太子が少し成長しているかもしれない」
「俺も殺したいのは山々だが、ティーナを王妃にしてやれるのはあの王太子だけだと思うと、少しだけ様子を見てやってもいい気がしてくる」
居間に居る一同が口を閉ざし、ヴァレンティーナたちに注目する。
間もなく使用人が茶を運んで来ると、それをヴァレンティーナが受け取り、「どうぞ」とアクアーリオ国王たちに差し出した。
コラードが呟く。
「あのクソ王太子、またティーナに毒見させるんじゃね?」
しかしそれは、笑顔で「ありがとう」とヴァレンティーナに返すと、それなりの仕草でカップを口に運んでいった。
「ヴァレンティーナ殿下、明日は君の15歳の誕生日なんだろう? おめでとう、君に贈りものを持ってきたんだ。明日のパラータが終わったら渡すよ」
「えっ? 本当ですか、ありがとうございます王太子殿下。嬉しいです、今夜はぜひ宮廷にお泊りになってください」
フラヴィオたちが顔を見合わせる。
「あの王太子、本当に少し成長したのかもな」
ベルがフンと鼻を鳴らした。
「私の目にはそうは見えません。あんなの私たちの前だけでございますよ。裏では何も変わっていないことでしょう」
そこへ、マストランジェロ王家の霊廟へと行っていたテンテンが「ただいまー」と戻ってきた。
「民衆の墓参りは大体終わったみたいだよー」
とのことで、中庭にいるマサムネの猫4匹を呼び、居間に集まっていた他国の一同を霊廟へとテレトラスポルトで移動させ、先に墓参りを終えてもらう。
カプリコルノ国一同はその後にひとりひとり霊廟の中へと入って行き、ヴィットーリアにあれやこれやと報告して気が済んだら出て来る。
今年も最後はフラヴィオで、それは明日の朝までヴィットーリアと語り明かすのだと分かった。
「愛している、ヴィットーリア」
と、すでに花束だらけの柩の上に、ヴィットーリアが最も好きだったバラの花束を置く。
するとそこに、ヴィットーリアの笑顔が見えた気がした。
「ふふふ、そなたの笑顔は本当に美しいなヴィットーリア。何百万回、何千万回見たって見飽きぬ」
用意の良いことに、座面がふかふかの椅子が置いてあったので、それに腰掛けて語る。
「聞いてくれ――いや、もう聞いただろうが――孫のライモンドが1歳になったぞ。明日でトーレも1歳だし、ヴァレンティーナは成人だ。レオとジルももう3つで、それから……ああ、そうだ。さっきな、アレックスとシルビーが魔法を使ってみせたのだ。子供たちの成長はあっという間だな」
少しのあいだ黙考して、フラヴィオが安堵の微笑を浮かべた。
「ヴィットーリア、カプリコルノ国には明るい未来が見える。ベルはまさかの世界一の大国の女王に君臨してしまったし、レオとジルは想像や期待以上に力を持って生まれて来ていた。もう魔法使いだっているし、ヴァレンティーナの力もあってコニッリョたちがまた徐々に人間に心を許してくれているのを感じる。それに、トーレは1歳になるというのに相変わらず女みたいで天上天下唯一無二の可愛さを誇り――え? 今、何か突っ込んだか? 可愛いは世を制するぞ?」
と「でもま」とフラヴィオが小さく溜め息を吐いた。
「心配事がすっかり消えたわけでは無いのだ。レオがアリーの中身に似てしまって心優し過ぎるところとか、アレックスとシルビーは余やベル、友好国の国王たちに守られているとはいえ、物心付いて来た頃にはよほど鈍感でない限り嫌がらせを感じ取るようになるだろうし、ワン・ジンのように育ってしまわないだろうかとか……。それから、ヴィットーリア……やはりそなたはこう思っているか? ティーナは、アクアーリオ王太子と婚姻すべきだと……――」
本日は3年前に亡くなった前王妃ヴィットーリアの命日故に、カンクロ・レオーネ・サジッターリオ・ヴィルジネ一同が訪れている。
カンクロ国代表の内閣大学士や女王の女官リエンは、ヴィットーリアの顔すら知らないのだが、カプリコルノ国は事実上同国であり、女王での母国でもあるのを理由にやって来ていた。
時刻は現在、午後0時過ぎ。
未明の時間帯から始まっている民衆の墓参りがまだ終わっておらず、宮廷オルキデーア城の3階にある居間の中でそれぞれが時間を潰している。
「レオがハーゲンからもらった本を読むために、家庭教師の下でサジッターリオ語を勉強し始めた?」
と、コラードがレオナルドの姿を探すと、それは窓際に設置しているチェス盤の椅子にジルベルトと向かい合って座っている。
と言ってもチェスの勝負をしているのではなく、ピピストレッロの本を開いて恍惚と眺めていた。
「この辺の三国の共通語はカプリコルノ語にするべきだと思ってるけど……まぁ、覚えたいならねぇ? 苦労しないですぐに覚えると思うわ。レオが赤ちゃんの頃から私がサジッターリオ語で話し掛けてたし」
とシャルロッテが、レオナルドの下へ歩いていった。
「貸して」と言ってピピストレッロの本を受け取る。
「こんなものがうちの図書室にあったとはね」
と本をパラパラとめくっていくと、8割は野生のピピストレッロの絵になっていて、画集に近いものになっている。
それを覗き込んで、マヤが「まあ」と顔を赤くした。
「ハーゲンったら、こんなものをレオナルド様に差し上げるなんて。3つのレオナルド様にはまだ早くてよ」
というのも、ここカプリコルノ国のコニッリョや、レオーネ国のガットに関してもそうだが、野生となれば裸でいるのも少なくなかった。
ピピストレッロの本には、裸のオスメスも描かれている。
「別にええんちゃう? うちの国の春画とちゃうんやし」
とマサムネがピピストレッロの本をレオナルドに返してやると、それはまた絵に見惚れている。
「ところで、アレ困ってへん?」
アレ――ソファに掴まって立っているサルヴァトーレ。
それは少し離れたところにいる父と叔父2人に、躍起になって呼ばれていた。
「トーレ、こっちだトーレ! おまえを一番愛している父上はこっちだぞー! おまえの大好きな父上はこっちだぞー、こっちこっち!」
「トーレ、こっちだトーレ! フェーデ叔父上はこっちだぞー! おまえを賢くしてやるフェーデ叔父上はこっちだぞー、こっちこっち!」
「トーレ殿下、こっちだトーレ殿下! ドルフ叔父上はこっちだぞー! 傍にいるだけで敵が逃げていくドルフ叔父上はこっちだぞー、こっちこっち!」
「だから何でおまえたちも呼ぶのだ、下がっていろ! ほーらトーレ、大好きな父上のところに来るのだー」
「私だって叔父上なんですから良いでしょう、兄上! ほーらトーレ、フェーデ叔父上のところに来ると賢くなれるぞー」
「そんなに必死になって、トーレ殿下に選んでもらう自信がないんですか、陛下? ほーらトーレ殿下、ドルフ叔父上のところに来ると安全に生きられるぞー」
「駄目だトーレ、父上のところなのだ!」
「違うぞトーレ、フェーデ叔父上のところだ!」
「いーやトーレ殿下、ドルフ叔父上のところに来るんだ!」
サルヴァトーレが3人の顔を見て硬直している。
ハナがベルに耳打ちした。
「トーレは明日で1歳だけど、もうすでに人の心を読むようになってるんじゃないか? きっと誰のところに行っても空気が悪くなることを気にしてるんだ」
「だったら、こんなことにはならないと思うのですが」
ハナが「こんなこと?」と鸚鵡返しに問うと、ベルがフラヴィオたちの傍に膝を突いた。
「はーいトーレ、母上はこっちですよー」
と言い終わるか終わらないかのうちに、それは嬉しそうに「あー」と笑い、よちよち歩きで母の下へ歩いて行ってその腕の中に落ち着いた。
笑いが起こる居間の中、フラヴィオたち3人の口が尖っていく。
「ちょっと待て、アモーレはずるいのだ!」
「そうだぞ、ベル。流石に君は反則だ」
「母親が出て来たら俺たちが負けるに決まってるだろう」
ベルは「はいはい」と溜め息交じりに返すと、「どうぞ」と3人に向かってサルヴァトーレを差し出した。
3人同時に手を伸ばしたが、こうなった場合、フェデリコとアドルフォはぐっと我慢して国王に譲ることになっている。
よって、今度は父の腕へ移ったサルヴァトーレ。
「おーよしよし、トーレ。母上の次は、フェーデ叔父上でもドルフ叔父上でもなく、この父上が大好きかー。そーかそーか」
とデレデレの父に顔中にキスをかまされる。
「――って、ん?」
ふとサルヴァトーレの金の髪がふわりと靡き、フラヴィオが窓辺を見た。
しかし窓は閉まっている。
「誰か風魔法を使っているか?」
モストロやメッゾサングエが「え?」と返した後、一呼吸置いて「あ」と双子メッゾサングエ――アレッサンドロとシルヴィアに顔を向けた。
「おお! アレックス、シルビー、おまえたち風魔法を使ってるのか!」
と、興奮気味の2人の伯父――アラブ。
意識しなければ分からないくらいの微弱な魔法の風が、部屋の中を流れていた。
「生後5ヶ月で初魔法か、四分の一のメッゾサングエにしては早かったやん。2人共もう卒乳したん?」
とマサムネがルフィーナに問うと、それは「スィー」と複雑そうな笑顔を見せた。
「つい先日、2人とも母乳を欲しがらなくなりました。やっぱりティグラートの血が入ってるので、今はもう陛下が焼いてくださるビーフステーキに夢中で。見た目は人間の赤ちゃんの生後5ヶ月と変わりませんが、乳歯はもう生え揃っていますし、しっかりとした足取りで駆け回りますし……成長が早すぎて、母親としてはちょっと寂しくて」
「そうかもしれませんけど、ありがたいことです。お二人には早めに言葉や文字を勉強していただき、まずは一番簡単な治癒魔法グワリーレだけでもすぐに習得していただかなければ」
「そうですね、ベルさん。可愛い担当はサルヴァトーレ殿下ですしねー」
とサルヴァトーレが、今度はルフィーナの腕へと移る。
「今日も、とってもとっても可愛いですねーえ? アレックスやライモンド殿下と比べるとおとなしいし、未だにさーっぱり男の子に見えませんよー?」
「や、止めてくださいルフィーナさん……」
「もう潔く諦めましょうよ、ベルさん。サルヴァトーレ殿下は男の子の才がありませんから、このまま『王太女』として育てましょう」
「いえちょっと、1歳で諦めるのは早すぎますからっ……!」
そこへ、居間の扉を叩く音がした。
家政婦長ピエトラの声が聞こえてくる。
「陛下、アクアーリオ国王陛下と王妃陛下、王太子殿下がいらっしゃいました」
それを聞いたカプリコルノ一同が、眉を顰めて顔を見合わせる。
誰かアクアーリオ国を呼んだのかと、どの顔も問うていたが、首を縦に振る者はいない。
ヴァレンティーナが急いで戸口へと駆けて行った。
すぐに扉を開け、そこに立っているアクアーリオ国王夫妻と王太子に恭しくお辞儀する。
「こんにちは、アクアーリオ陛下、王妃陛下、王太子殿下。もしかして、母上のお墓参りに来てくださったのですか?」
「ああ、そうなんだ王女殿下。わ、我々もよろしいですかな……?」
と顔色の悪いアクアーリオ国王が、おそるおそる居間の中を覗き込むなり「ひっ」と声を上げる。
すぐそこに、冷然とした蒼の瞳を光らせるカプリコルノ国王と、泣く子も黙る形相のカンクロ女王がいらっしゃった。
2人に振り返ったヴァレンティーナが頬を膨らませた後、アクア―リオ国王たちに顔を戻して笑顔になる。
「もちろんです、ありがとうございます。天国の母上もきっと喜びます。今はまだ国民がお墓参りをしておりますので、居間の中でお待ちください」
と3人をソファに案内する。
しかし、アクアーリオ王太子だけは居間に一歩入ったところで立ち止まった。
それを見たマサムネの猫4匹から溜め息が漏れる。
「はいはい、あたいらモストロとメッゾサングエは外に出てるよ」
「何でネ、ハナ? リエン、まだ女王陛下が作ってくれたパンケーキ食べ終わってないヨ」
「アクアーリオはまだモストロに馴染みなくってさ。だからほら、ふわふわトルタの皿持って中庭に行くぞリエン」
モストロとメッゾサングエがテレトラスポルトで居間を去った後、アクアーリオ王太子がようやく歩き出して両親と共にソファに腰掛ける。
正面のソファにカプリコルノ国王とカンクロ女王が座ろうとしたら、ヴァレンティーナが小声で「ダメ!」と言って押しやった。
代わりにヴァレンティーナがソファに座り、アクアーリオ国王たちと談笑を始める。
フラヴィオが口を尖らせながらベルに耳打ちする。
「なんかティーナ、ついに反抗期に入ったんじゃないか?」
「ちょっとそんな気がするのです」
「いや、カプリコルノ国王とカンクロ女王が殺気ムンムンだからだって。オレも人のこと言えないけど」
とサジッターリオ国王コラードが、アクアーリオ王太子に軽蔑の眼差しを向けながら続ける。
「急にどういうつもりだろうな。やっぱあのクソ王太子とティーナの結婚が目的だろうな。あー、ヤダヤダ」
「ティーナ様の視界に入るだけで汚らわしいのです」
「やはりアクアーリオは駄目だ。ヴィットーリアやティーナのことだけでなく、さらにアモーレ失踪事件のときにも一役買っていたと思うと許せんわ」
「いい機会だからこの場で殺りましょう、父上。大丈夫です、コニッリョは見ていません」
フェデリコとアドルフォが小声で口を挟む。
「3人とも落ち着いて。先日もちょっと話したが、もしかしたらアクアーリオ王太子が少し成長しているかもしれない」
「俺も殺したいのは山々だが、ティーナを王妃にしてやれるのはあの王太子だけだと思うと、少しだけ様子を見てやってもいい気がしてくる」
居間に居る一同が口を閉ざし、ヴァレンティーナたちに注目する。
間もなく使用人が茶を運んで来ると、それをヴァレンティーナが受け取り、「どうぞ」とアクアーリオ国王たちに差し出した。
コラードが呟く。
「あのクソ王太子、またティーナに毒見させるんじゃね?」
しかしそれは、笑顔で「ありがとう」とヴァレンティーナに返すと、それなりの仕草でカップを口に運んでいった。
「ヴァレンティーナ殿下、明日は君の15歳の誕生日なんだろう? おめでとう、君に贈りものを持ってきたんだ。明日のパラータが終わったら渡すよ」
「えっ? 本当ですか、ありがとうございます王太子殿下。嬉しいです、今夜はぜひ宮廷にお泊りになってください」
フラヴィオたちが顔を見合わせる。
「あの王太子、本当に少し成長したのかもな」
ベルがフンと鼻を鳴らした。
「私の目にはそうは見えません。あんなの私たちの前だけでございますよ。裏では何も変わっていないことでしょう」
そこへ、マストランジェロ王家の霊廟へと行っていたテンテンが「ただいまー」と戻ってきた。
「民衆の墓参りは大体終わったみたいだよー」
とのことで、中庭にいるマサムネの猫4匹を呼び、居間に集まっていた他国の一同を霊廟へとテレトラスポルトで移動させ、先に墓参りを終えてもらう。
カプリコルノ国一同はその後にひとりひとり霊廟の中へと入って行き、ヴィットーリアにあれやこれやと報告して気が済んだら出て来る。
今年も最後はフラヴィオで、それは明日の朝までヴィットーリアと語り明かすのだと分かった。
「愛している、ヴィットーリア」
と、すでに花束だらけの柩の上に、ヴィットーリアが最も好きだったバラの花束を置く。
するとそこに、ヴィットーリアの笑顔が見えた気がした。
「ふふふ、そなたの笑顔は本当に美しいなヴィットーリア。何百万回、何千万回見たって見飽きぬ」
用意の良いことに、座面がふかふかの椅子が置いてあったので、それに腰掛けて語る。
「聞いてくれ――いや、もう聞いただろうが――孫のライモンドが1歳になったぞ。明日でトーレも1歳だし、ヴァレンティーナは成人だ。レオとジルももう3つで、それから……ああ、そうだ。さっきな、アレックスとシルビーが魔法を使ってみせたのだ。子供たちの成長はあっという間だな」
少しのあいだ黙考して、フラヴィオが安堵の微笑を浮かべた。
「ヴィットーリア、カプリコルノ国には明るい未来が見える。ベルはまさかの世界一の大国の女王に君臨してしまったし、レオとジルは想像や期待以上に力を持って生まれて来ていた。もう魔法使いだっているし、ヴァレンティーナの力もあってコニッリョたちがまた徐々に人間に心を許してくれているのを感じる。それに、トーレは1歳になるというのに相変わらず女みたいで天上天下唯一無二の可愛さを誇り――え? 今、何か突っ込んだか? 可愛いは世を制するぞ?」
と「でもま」とフラヴィオが小さく溜め息を吐いた。
「心配事がすっかり消えたわけでは無いのだ。レオがアリーの中身に似てしまって心優し過ぎるところとか、アレックスとシルビーは余やベル、友好国の国王たちに守られているとはいえ、物心付いて来た頃にはよほど鈍感でない限り嫌がらせを感じ取るようになるだろうし、ワン・ジンのように育ってしまわないだろうかとか……。それから、ヴィットーリア……やはりそなたはこう思っているか? ティーナは、アクアーリオ王太子と婚姻すべきだと……――」
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