酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第50話ー1 焦燥

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 ――1494年8月12日。

「カプリコルノ国王フラヴィオ・マストランジェロ、本日で38歳」

「並びに、カプリコルノ国大公フェデリコ・マストランジェロ、3ヶ月後に37歳」

「愛娘ヴァレンティーナの許可の下、念願の『ヒゲ』を生やしましたなのだ」

「しかしやはり、バーチョをする度に痛がらせるのは抵抗あるため、口ヒゲは諦めて顎ヒゲだけですが」

 場所は、主役のフラヴィオと護衛のフェデリコ・アドルフォ・アラブが、誕生日パラータに行く直前の『下の中庭』。

 見送り一同から拍手が沸き起こる。

「素敵よ、フラヴィオ様もフェーデも。やっぱりおヒゲある方が『国王』や『大公』らしいっていうか」

 とベラドンナが言うと、アリーチェが「そうね」と続いた。

「見た目って重要ね。おヒゲがあるだけで、より権威を感じるわ」

 他のアクアーリオ国一同よりも一足早く父の祝福に駆け付けたヴァレンティーナが、「ごめんなさい」と苦笑する。

「バーチョされても、もう痛いって言わないわ。父上と叔父上がそんなにおヒゲを生やしたかったなんて、私知らなかったの」

「良いのだ、ティーナ。大人になってくれて父上は嬉しい」

 と、フラヴィオが「ところで」と見送り一同の顔々を見つめていく。

「余のアモーレはどこだ? 今日は一緒にパラータに行くと言ったのに、まだ準備が終わっていないのか?」

 バレンティーナが「あれ?」と付近を見回した。

「さっき私がヴェスティート着せて、お化粧も終わって、一緒にここまで来たはずなのに。ベル? どこ?」

 小さく「ここです」とベルの声が、すぐそこにある宮廷の出入口から聞こえた。

 どうやら、空いている扉の裏側に隠れているらしい。

「わ、私はこのドレスヴェスティートでパラータに行く勇気がございません……」

「何故だ?」

 と問うたフラヴィオに、フェデリコが呆れ顔で突っ込む。

「兄上が突然、謎の法律を作ったからでしょう。なんですか、『女は20歳を超えても赤色やピンクローザ色のヴェスティートを着ること』って」

「だって、そうでもしないと昔からの風習をいつまーでも踏襲してしまって、直らないと思ったのだ。赤やローザと一口に言っても、少女らしい可愛らしいものから、大人向けの落ち着いたものまであるのだし、年齢関係なしに似合っていれば良いではないか。余は、アモーレが去年20歳になってから本当に赤やローザを着なくなってしまって詰まらないのだ。アモーレは淡い色が似合うし、赤は余の一番好きな色なのだから」

 王太子オルランドが「たしかに」と妻アヤメを見つめた。

「アヤメも先月20歳を迎えてから、赤とローザを着なくなってちょっとガッカリしてるよ。君はそういう可愛らしい色が似合うのに」

「だ、だって、カプリコルノでは赤やローザは20歳未満の特権やって言うからっ…! それで着とったら、頭おかしい女みたいやんっ……! ベルちゃんが恥ずかしがって当然やで」

「大丈夫よ」

 とヴァレンティーナが小走りで宮廷の出入口へと向かって行く。

 扉の裏側に居たベルの手を両手で握り、引き摺るようにして外に出す。

「や、止めてくださいティーナ様っ…! 止めてくださいっ……!」

「大丈夫よ、ベル。むしろ何の違和感も無いわ、このローザのブリブリヴェスティート。ねぇ?」

 と同意を求められた一同は頷くが、ベルの方は羞恥で真っ赤になっている。

「流石アモーレ、似合うのだー」

 とフラヴィオの顔がデレると、ベルの口が尖っていった。

「嬉しくないのです。ベルナデッタは大人の、しかも女王ですのに、こんな如何にも少女向けの可愛らしいローザのブリブリヴェスティートが似合うなどっ……!」

「すっかり誇り高くなったな。以前は自己評価が低すぎて心配したものだが」

「これでパラータに行くなど以ての外。権威などあったものではございません。自らカンクロ女王ベルナデッタ・アンナローロを舐めてくださいと言ってるようなものでございます」

「大丈夫だ、今や誰もそなたを舐めぬから。そなたが着ているのを見れば、民衆の女たちは真似をしたがるだろう? つまり、これまでの風習が一気に取り払われるのだ」

「だからって、こんなブリブリにしなくてもよろしいではありませんかっ……!」

「さ、行くぞ」

「嫌でございます、フラヴィオ様! ベルナデッタは大人の女王らしいヴェスティートでパラータに行くので――あっ!」

 とフラヴィオに抱き上げられたベルが、問答無用で馬車に乗せられる。

 そしてフラヴィオが見送り一同に「行ってくるぞ」と言うと、馬車が王都オルキデーアへと向けて発進していった。

 ベルの「嫌です!」や「降ろしてください!」、「皆様、お助けを!」の叫び声が小さくなっていくのを聞きながら、見送り一同が宮廷へと戻って行く。

「ありがたいわー、これで大人の女性のあいだでも赤やローザが着られるようになる。ワタシたちはいつから着る、アリー? 本当はワタシ、ずっと赤が着たかったのよ」

「ベラちゃん、赤似合うものねー。わたしは可愛らしすぎないローザが着たいかしら。明日にはもう流行ってそうだから、とりあえず今日から仕立ててもらっていいかも」

「そうね、服飾職人のところへ行きましょ!」

 とベラドンナとアリーチェが腕を組んで服飾職人の部屋へと向かう一方、ルフィーナがメッゾサングエ双子にこう言った。

「アレックス、シルビー、お城の空調管理をお願い。まだ朝9時なのに陽射しがジリジリとして、今日はとても暑くなりそうだから『涼しめ』でお願いね」

 アレックスとシルビーは「はいスィー!」と声を揃えると、まず1階の廊下に魔法で涼しい微風を起こした。

 その後、各部屋ひとつひとつに駆け込んで行く。

 さらにサルヴァトーレが「トーレも!」、カテリーナが「リーナも!」とはしゃいで2人の後を付いて行くと、それを見たレオナルドとジルベルト、ビアンカも慌てて続いた。

「待ってトーレ殿下、リーナ! 転んじゃうよ!」

「アレックスとシルビーはともかく、おまえらはコケたら怪我すんだぞ!」

「もう、ヴェスティートでそんな走り方したらダメじゃないリーナ! メッゾサングエとはいえ、シルビー殿下もよ! 女の子はおしとやかにしないといけないのよ!」

 最後にムサシがやれやれと言った様子で追い駆けていく。

「こらこら、子供たち。廊下を走ったら危ないでござるから」

 その背を見送りながら、ムサシの実の姉アヤメが突っ込む。

「ムサシも子供やっちゅーねん、まだ14なんやから。それにしてもちっちゃい子たち、みーんな兄弟みたいになっとるね。誰が兄弟で、誰が従兄弟かいまいち分かってへんのちゃう? 実際ちっちゃい子たち、年上は従兄弟でも、従兄弟の従兄弟――他人でも、『兄上』『姉上』って呼んどるし」

「私も小さい頃はそうだったらしいわ。一緒に暮らしてるとみんな兄弟って感覚なのよね。それって幸せなことだと思ってるわ。この子にもとっても、きっとそう」

 とヴァレンティーナが、アヤメの臨月に入った大きなお腹を撫でる。

「もうすぐね。今月かしら、来月かしら」

「どやろなぁ。お産はちょっと怖いけど、それ以上にはよ会いたいわぁ」

 とアヤメが見せた笑顔は、もう『母の顔』になっていた。

 ヴァレンティーナから小さく「いいな」と漏れる。

「私も早く母親になってみたい。それ以上に産まないと……私、早く男の子を産まないとっ……! もう結婚して1年が過ぎたのに、どうして――」

「あかんよ!」

 とアヤメがその言葉を遮った。

 焦りの色の浮かぶ蒼の瞳を見つめながら、「あかん!」と首を横に振る。

「焦ったらあかんよ、ティーナちゃん! 結婚して『まだ1年』って考え方をせな!」

 ルフィーナも「そうです」と続く。

「あまり焦ったら駄目ですよ、ヴァレンティーナ殿下。大体、王太子殿下の方に問題があるのかもしれないんですから、あまり自責の念に囚われないように」

「え、ええ……そうね、ごめんなさい。大丈夫よ」

 とヴァレンティーナが無理に笑顔を作ったと分かったとき、ふと使用人たちの悲鳴が響き渡って来た。


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