酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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最終話ー11

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 涙を拭ったベルが、「テンテンさん!」と廊下に声を響かせた。

「すぐにプリームラ町へ行き、国民にプリームラの避難所へ移動するよう伝えて来てください。そしてその後、レオーネ国まで飛べますか?」

「スィー、女王陛下! レオーネ国に援軍要請をしてきます! 正直、レオーネ陛下の猫4匹の魔法を借りなきゃ、ピピストレッロの集団を相手にするなんて無理だよ! 陛下たちも猫4匹のバッリエーラをもらってから戦った方がいい! いってきます!」

 とテンテンが、テレトラスポルトでプリームラ町へと飛んでいく。

 その後フラヴィオたちが急いで板金鎧を装備し、ベルもカンクロ服からいつもの簡素な黒のヴェスティートに着替えていると、1階の廊下にサジッターリオ国民が悲鳴と共に雪崩れ込んできた。

 あっという間に2階、3階、4階まで埋め尽くしていく。

「灯りを消してください!」

 誰かのサジッターリオ語が響き渡った。

「早く、灯りを消して! 早く!」

 使用人たちが、急いで廊下や部屋の中の蝋燭を消していく。

 そして宮廷内の明かりが、カーテンテンダの隙間から差し込む月明りだけになると、また誰かの声が響いた。

「静かに! 声を出さないで! 声を殺して!」

 騒然としていた宮廷内が水を打ったように静まり返り、緊迫した空気に包まれていく。

 そして外から衛兵の叫喚が響いて来たと思った刹那、宮廷が北から南へと、真っ暗闇に包まれていった。

(一体、何が……)

 フラヴィオと共に自室の窓辺に立っていたベルが、そっとテンダを開けて空を見上げる。

「――なっ……」

 月も、星も、雲も見えなかった。

 いつだったかサジッターリオ国で見たように、数多の蝙蝠の翼がひしめき合い、夜空を覆っている。

 そしてそれは、つい先ほどまでアクアーリオ戦の前日祭が行われていたことで、たくさんの灯りで煌々としている王都へと向かっていった。

「フラヴィオ様、王都がっ……!」

「いかん……! フェーデ、ドルフ!」

「スィー!」

 と返事をした2人の他、皆も人込みを掻き分けてベルの部屋へと駆け込んでくる。

「兄上、おそらく民衆の避難は終わっていません! 急ぎましょう!」

「ああ、ムネの猫4匹もすぐ来るだろうし行くぞ! でも宮廷の守りも必要だ、余とフェーデ、ドルフのうちのひとりは残った方がいい!」

「ならばそれは、陛下でしょう。念のため陛下は外に出ないで、宮廷の城壁内で戦った方がいい。さらに言うなら、コニッリョが一度も顔を出したことのない中庭に絞った方がいい」

 とアドルフォが言った。

「忘れていませんか、陛下。この騒ぎではコニッリョは山へ逃げていくとは思いますが、万が一ということもあります。今ここで陛下が――『人間界の王』が、剣を振るい、殺生を行い、それがコニッリョの目に入ってしまったとしましょう。さすれば、今までの努力がすべて水の泡になります。あと少しでコニッリョが仲間になりそうなのに、また振り出しに戻ってしまいます」

「――そ…そうだ、一瞬忘れていた……! 分かった、余は宮廷の中庭の守りを担当する。しかし、それでは裏庭が守れない。あと宮廷に残ってくれる奴はいるか」

 とフラヴィオが問うと、ムサシ・ジルベルト兄弟、フェデリコの次男ガルテリオが挙手した。

「分かった、おまえたち3人に任せる。で、レオ」

 とフラヴィオが、レオナルドに顔を向けた。

 それは父フェデリコと同じ白銀色の板金鎧を装備させられ、父と同じハルバードアラバルダを右手に持たせられ、小刻みに震えていた。

「ピピストレッロの『水』以外の弱点を詳しく教えてくれ、レオ。この国ではおまえが一番、彼らについて詳しいのだ」

 レオナルドが震え声で答える。

「さ、最大の弱点は『翼』です。彼らの魔力は翼の大きさに比例していますが、どんなに魔力が高くても、翼を根元から切り落とされると、彼らは魔力を失うだけでなく、短くても3秒間は身体が硬直して動けなくなります。片方で3秒以上なので、両翼だと6秒以上の隙が出来ます。あと、切り落とさなくても、翼を傷付けられるだけで魔力は小さくなります」

「分かった。彼らは魔法以外では戦わないのか?」

「爪でも戦います。戦うとき、爪が鋭く長く伸びます。魔力に関してはオスメス関係ないけど、力に関しては基本的に人間と同じように、身体が大きく筋肉量の多いオスのピピストレッロの方が上回ります」

「そうか、助かった。ありがとう」

 とフラヴィオが兜の上からレオナルドの頭を撫でた一方、フェデリコが「行くぞ」とレオナルドの手を引いた。

 しかしそれは、その場から動こうとしない。

「ち、父上、ピピストレッロは人間が何もしなければ何もしませんでした」

「ああ、人間が悪いのは分かってる」

「そうです、彼らは何も悪くない。彼らはとても純粋で、穢れなき美しい心を持つモストロです。悪いのはあくまでも人間の方なのに、それを殺すというのは不合理なことだと僕は思います」

「今の状況が分かっているか、レオ。どんなに人間が悪くても、今は彼らと戦うしかないんだ。話し合いで解決できる相手ではない」

「で、でも僕は――」

「レオ!」

 とフェデリコが声高にその言葉を遮った。

「勇気を持て! おまえは弱い者を守るために戦うんだ! おまえはそれが出来るだけの力を持って生まれ、そのために生まれて来た! もう彼らに、私たちの家族を3人も殺されている! おまえはこれ以上、大切な者を失いたいのか!」

「そうではありません、父上! 僕だって大好きだったリナルド兄上や、コラード陛下、レンツォ殿下が亡くなってしまったと思うと胸が潰れそうです! でも…でもっ……!」

 とレオナルドが泣き出すと、母アリーチェが「止めて」とフェデリコの手をレオナルドから離させた。

「この子にはまだ無理よ、フェーデ! こんな状態で連れて行ったって、戦えるわけがないわ!」

「そうだ、止めろ!」

 とジルベルトがフェデリコを突き飛ばした。

「レオには無理だ! 虫一匹殺せねえ奴に、人型モストロなんて殺せるわけねえだろ! オレがレオの分も戦う! それに、アレックスだってもう戦えんだ!」

「そうです、フェーデ叔父上! 僕ももう戦えます! レオ兄上の代わりに僕が戦場に出ます!」

「トーレも行くよ! だからレオ兄上を虐めないで、フェーデ叔父上!」

 とアレッサンドロとサルヴァトーレが続くと、フェデリコが溜め息交じりに「分かった」と返した。

「でもトーレは宮廷で留守番だ。おまえは絶対に戦場に出るんじゃない、いいな?」

「さあ、急ぎましょう……!」

 とアラブが戦場に出る10人を連れて、まずはベルの部屋の窓から見える裏庭にテレトラスポルトした。

 手を繋ぎ輪を作って、全員にバッリエーラを5枚ずつ掛ける。

 その後、宮廷組の4人を残し、残りの6人――フェデリコ・アドルフォ・オルランド・ティート・アレッサンドロ・エルネスト――を連れて王都へと飛んでいった。

「ね、ねぇ……」

 と、アリーチェの声が震える。

「ほ、本当に大丈夫かしら? あれだけで足りる? 相手は人間じゃなくてモストロなのよ? しかも強いのでしょう? 兵士たちもいるとはいえ、本当に大丈夫なの?」

「だ…大丈夫……でしょう? だって『力の王』・『力の王弟』・『人間卒業生』の3人がいるんだし。ねえ?」

 とベラドンナがベルを見ると、返答がなかった。

 不安げでいるベラドンナやアリーチェ、他の天使たち、子供たち、シャルロッテたちを見るその顔は、『はいスィー』とも『いいえ』とも捉えられない曖昧模糊あいまいもことした表情をしていた。

(私は、フラヴィオ様たちがどれだけお強いか知っている)

 一方で、ピピストレッロがどれだけ恐ろしいかも知っている。

(私は、ハナたちがどれだけ優秀な魔法使いか知っている)

 しかし、その魔法使い――ナナ・ネネが、彼らに怯えていたことも知っている。

(どうなるの……何が起こるの)

 分からなくて、他の皆と同じように不安心で一杯だった。

 でも、その幼い娘――ヴィルジニアに「ははうえ?」と抱き付かれたら、はっとして抱き上げながら笑顔を作った。

「大丈夫ですよ、ジーナ……皆さんも。何故ならテンテンさんがプリームラ町で国民を避難させてくださった後、すぐにレオーネ国へ援軍要請に飛んでくださいますから。そうしたら、コニッリョたちの力はまだ借りられなくとも、頼りになるハナたち4匹がすぐに飛んで来てくれます。4匹の力があれば、『力の王』『力の王弟』『人間卒業生』は天下無敵ですからね――」





 ――プリームラ町に飛んだテンテンは、必死に声を張り上げていた。

「みんな、早く避難所へ! プリームラの避難所……ええと、プリームラ城とデカい教会、それから村にもひとつあったでしょ! 早く早く! こっちにまでピピストレッロが飛んでくるかもしれないから! 彼らはとても強いモストロなんだ! 群れで戦う分、この世一かもしれない! 襲われたら一溜りもないよ! おれ、レオーネ国に援軍要請に行かないといけないから、早く早く! 王都が危ないんだ! みんな死んじゃうよ! 早くして!」

「君、テンテンくん」

 と背後から声を掛けられてテンテンが振り返ると、プリームラ軍の将軍たち――プリームラ貴族たち――が立っていた。

「避難連絡と誘導をありがとう。君は忙しいんだろう? もういいよ、後は私たちに任せてくれ」

「ありがとうございます、助かります! それじゃ、おれはレオーネ国に行ってきま――」

 背中から衝撃が走って、テンテンの言葉が途切れた。

 自身の身体に目を落とすと、胸元から槍の穂先が飛び出ていた。

「――え……?」

 呆然としながら振り返ると、そこにはもうひとりプリームラ貴族が立っていて、顔に薄ら笑いを浮かべていた。

「レオーネ国に援軍要請? 行かせるわけないだろう?」

「は……?」

 とテンテンが耳を疑う。

「な…何を言ってるんだよ、あんた……! 彼らは王都の人間を殺し終わったら、きっとこっちにも来る。そしたら、あんたらの命だって無いんだよ。分かってるのか……!」

「ああ、案ずるな。そうなったら、我らプリームラ貴族全員が避難できるだけの船はある。これで上手く行けば、『力の王』『力の王弟』『人間卒業生』は死に、この宝島の王権は再び我らプリームラ貴族のものだ!」

 テンテンを囲うプリームラ貴族から、高笑いが上がった。

「そんなことになるもんか! たとえ陛下たちが死んだって、この国には女王陛下が――ベルナデッタ・マストランジェロ陛下だっているんだ! 世界一の大国の女王陛下に敵うと思ってるのか! おまえら見たいな下衆、あのお方に優しく処刑していただけると思うなよ!」

「なぁに、あんな小娘どうせ生き残らん。もし生き残っていたり、こっちに逃げて来たりしたら、すぐに殺してやる。で、オルキデーア城の中からカンクロの玉璽を見つけ出し、朝が来たらノコノコやって来るだろうカンクロの奴らに、恭しくこう言ってやるんだ。「僭越ながら、私が女王陛下から玉璽を賜りました」ってな」

 鼻で笑って「バーカ!」と返したテンテン。

「カンクロの官僚は、おまえらとは頭の出来が違うんだよ! そんなの誰ひとり信じるもんか!」

 そう言うなり、レオーネ国へテレトラスポルトしようとした。

 しかしその刹那、背後から剣が振るわれ、首が落ちる。

 そして石畳の上で灰になっていったその姿を見て、騒ぎを聞いて駆け付けて来た兵士たちが叫び声を上げた。

「何てことをしているのです、将軍!」

「黙れ」

 とプリームラ貴族の剣の切っ先が、兵士たちの鼻先に突き付けられた。

「いいか、よく聞け愚民ども。王都に応援に行こうとする奴はこの場で処刑だ。当然おまえらの妻子も、親もだ」

「私たちは、フラヴィオ・マストランジェロ陛下の常備軍ですよ! 一体どういうことなのです!」

「何度も言わせるなよ。でもま、いいか? 何度言っても、気持ち良くて昇天しちまいそうになる台詞だ」

 と再び、プリームラ貴族たちの高笑いが響き渡っていった。

「これで『力の王』も『力の王弟』も、そして『人間卒業生』も死ぬ! そして王権は、俺たちプリームラ貴族のもの! 俺たち誇り高きプリームラ貴族の時代の再来だ!」


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